28 竜池と巨大貝
寝坊が約一名いたが、なんとか日の出にはラベンダー村を出発する事が出来た。目的の場所には普通に歩けば4時間ほどだ。
しかし今回は敵に発見されるのはよろしくない。
だからちょっとばかり迂回をする。
その道のりだと歩いて6時間ほどになる。
野を越え、川を渡り、山林の獣道を歩いて行く。
道じゃないところを歩き続けると、さすがに疲れてくる。
獣人であるミイニャとサリサ以外はヒーハー言っている。
小休止を入れながらやっと森に到着。
さて、この奥に竜池はあるんだが、森の違和感みたいなのを感じる。
長年の勘というやつか。
森の奥に何かがいる。
「ミイニャ、サリサ、何か匂いはしないか?」
こういう時の獣人の嗅覚は便利である。
二人がクンカクンカと必死で風に乗ってくる匂いを嗅いでいる。
そしてサリサが「あっ」と声を上げた。
俺が「どうした?」と聞くと、風向きが一瞬変わった時に「ゴブリンの匂いがした」と言う。
やはり敵がいることは確かなようだが、かなり遠いらしい。
俺達の仕事は、その敵の規模を調べて帰ることだ。
俺達が来る前に別の偵察隊すでに敵がいるとの情報を持って帰っている。
ただ、敵の部隊規模などの情報が分からず、それで俺達の出番という訳だ。
森へと入って行く前に、改めて5人に忠告する。
「いいか、今回は戦闘は出来るだけ避ける。俺の命令があるまでは攻撃を控えろ。いいな」
全員が無言で頷くのだが、その中の一人がボソリと言った。
「そんな事言って、いつも真っ先に前に出る人は誰なんでしょうね」
ラムラ伍長の言葉だ。
言い返せねえ!
「行くぞ、先頭はサリサ兵長だ。間隔をあけて続け」
聞かなかったことにした。
十分に警戒しながら道なき道を進み、森の奥へと分け入っていく。
百メートルほど進んだところでサリサ兵長が急に背筋を張り、ウサ耳をピンと立てた。
何かの音が聞こえたようだ。
サリサ兵長は手で『警戒』の合図をする。
皆が一斉に姿勢を低くしてクロスボウの装填しようとしたところで、サリサ兵長から『警戒解除』の合図が出た。
拍子抜けだ。
しかしこれで皆の警戒心が上がったように感じる。
そこからどれくらい歩いただろうか、そろそろ竜池が見えてくる頃かと言うところで、数メートル先を行くサリサ伍長が再び反応した。
今度はさっきとは明らかに違う反応。
サリサ兵長は姿勢を低くし、耳だけがピンと立っている。
自然と誰もが身を低くし、クロスボウの射撃準備を始める。
皆に緊張が走る。
シーンと静まり返る中、野鳥の声だけが森に響く。
そんな中、サリサ兵長がボソリと言った。
「ボルフ曹長、ト、トイレいいっすか」
剣を抜きそうになった。
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小休止を終えたところで、気を取り直して再び森を進む。
しかし先へ進めど一向に敵らしき気配が見当たらない。
そしてとうとう竜池に到着してしまった。
俺は周囲を見わたしながら言った。
「これは予想外だったな。この付近に敵の部隊がいるとの情報で来たんだが、もぬけの殻どころか痕跡さえない」
だが池の周囲を全部探った訳ではない。
気配はなくても、どこかに敵の痕跡が残っているかもしれない。
警戒は解かずに池の周囲を一周してみることにした。
一時間ほど捜索したんだが、結局何も見当たらない。
あったのは魔物が捕食したであろう30㎝ほどの巨大貝の貝殻くらいだ。
竜池に生息する貝だから『竜貝』と呼ばれている。
ここは湧き水が噴き出る水源でもあり、小さな小川が草原へと伸びている。
水は澄んでおり、何よりもここの貝は旨い。
ただ、敵の勢力圏内ということで、人族が口にできる機会はまずない。
だが今は違う。
目の前にそれはある。
ならばやることは一つ。
「しょうがない、竜貝を採って帰ろうか」
俺のその言葉に一同は大喜びだ。
待ってましたとばかり、5人はキャーキャー言いながら池へと突撃する。
食料の調達でお遊びじゃないんだと思いつつも、楽しそうな彼女らには何も言えなかった。
無邪気にはしゃぎながらバシャバシャと池へと足を踏み入れる彼女らを見ると、どこにでもいる普通の女の子何だなと思う。
魔族との戦いがなければ、全然違う人生を送っていたはずだ。
五人ともに膝くらいまで水に浸かり、水底の砂の中に竜貝がいないか探っている。
そこでサリサ兵長が両手を使ってバシャリと水を飛ばした。
小さい声で「キャ」と言って手を止めたのはアカサだ。
アカサの背中が水浸しになっている。
「ああ、今やったのだあれ~、もう~。えいっ」
今度はアカサがラムラ伍長に水を飛ばした。
するとラムラ伍長がニヤリとしたかと思ったら……
「この~、こうしてくれる~!」
そう言って両手ですくい上げる様にして、辺り構わず何度も水を飛ばし始める。
すると結構な水の量がメイケの顔面を襲う。
するとメイケは目をパチクリとしたかと思ったら、両手をグルグルと回しながら水を飛ばし始めた。
だが顔は無表情だ。
これには俺も驚いた。
無口な割にやることは大胆なんだな。
そこへ満を持して野良猫の登場だ。
走って来て大きくダイブ。
身体全体を使って水面をバッシャーンと叩いた。
水飛沫が他の四人へと襲う。
「ああ~ん、野良猫ミイニャずるーい」
皆から笑いが起きる。
見ていて飽きないとさえ思える。
そこでふと、自分の感情の変化に気が付いた。
驚いたことに、無意識の内に自分が笑顔になっているのだ。
これは生まれてからずっと自分には無かった感情だ。
こんな気持ちは初めてだ。
振り返れば、戦場ではいつも俺は一人だった。
同じ隊の兵士は俺を恐れて誰も寄り付かなかったし、仲良くなったとしてもそいつは大抵長生きしなかった。
多くの部下を失ったし、戦友を失った。
今でも生きていて、戦友と呼べるのはマニーラットくらいだ。
だが今はその時とは心境が違う。
こいつらは戦友なのか?
単なる部下でしかないのか?
違うような気がする。
俺は『魔を狩る者』と周囲の敵や味方から恐れられた存在た。
かつて、戦場で最後に立っているのは『魔を狩る者』だけとまで言われた存在だ。
そんな俺がなんだ?
この得体のしれない感情は。
俺は答えが出せないままでいた。
そこへ、アカサから声が掛かる。
「ボルフ曹長~、よろしかったら一緒に貝採りしませんか~」
こいつら、敵の勢力圏内ってことを忘れてるな。
だが、俺の感情は暖かいもので埋め尽くされている。
「おい、あまりはしゃぐなよ。ここは敵の――」
そこまで言いかけて周囲の様子の変化を感じとった。
サリサ兵長も気が付いたようだ。ウサ耳がピンと立っている。
俺は手で姿勢を低くするように指示した。
それを見た五人も直ぐに反応してくれて、姿勢を低くしながら岸へとゆっくりと歩いて来る。
そこで俺は発見してしまった。
森の奥から来るゴブリン兵だ。
全員を水際の水草の茂みへ隠れさせた。
状況が把握できていないアカサが、お尻の辺りを気にしながらぼやく。
「急にしゃがめとか言うから、お尻が水浸しです~」
「ほんとにゃ、びっちゃびちゃだにゃ~」
こいつら緊張感がないのか。
「静かにしろ、敵兵が来るぞ。手を出すな、やり過ごす」
俺が厳しい口調で警告すると、誰もが口を閉ざした。
ゴブリンの斥候らしい。
十数匹が10メートルほど先を通り過ぎて行く。
やり過ごしたと安堵したのもつかの間で、その後にも次々とゴブリン部隊が現れた。
中隊規模、いや大隊規模か、それ以上かもしれない。
さらに厄介なものが目に入る。
ゴブリンの“ウォーワゴン”と呼ばれるものだ。
使役獣で動くワゴン車なんだが、全面が丸太で覆われており、革や金属で補強もされている。
ところどころに矢を射る狭間があり、そこから中のゴブリン兵が矢を飛ばしてくる。
そして一団高くなっている櫓部分には、投石兵と呼ばれるゴブリンの進化版みたいなのが居座る。
腕だけが異様に発達した、スリング投石だけに特化したゴブリンだ。
ゴブリン兵は個々の力が弱くヒューマンよりも戦闘力で劣るため、こういった別の手段で戦闘力の補填をしている。
そしてあっという間に俺達は逃げ場を失った。
奴らはこの池の近くで野営をするらしい。
俺達は尻を水に漬けたまま動けなくなってしまった。
完全に囲まれた状態だ。
くそ、失敗した。
時間的にはもう昼を大分過ぎた頃だ。
夕方くらいまでしばらく様子を見たのが、奴らはここから動く気配はない。
テントを張っているってことは、ここで夜を明かすってことだ。
となると俺達は明日の朝まで尻を水に漬けてここでじっとしているか、この際覚悟を決めて対岸まで池を泳ぐかだ。
俺は手招きで五人を集め、出来るだけ顔を寄せた状態で話を始める。
敵に声を聴かれないためだ。
顔を近づけただけでメイケの顔が真っ赤になる。
本当に人見知りが激しいな、こいつは。
逆にアカサはなんか嬉しそうだ。
「いいか、この窮地を脱するには池を泳いで対岸に渡るか、奴らが居なくなるまでここでケツを水に浸して待つかのどちらかだ。俺は泳いで渡ろうと思うが、反対の者はいるか」
即座にピンと手を挙げる馬鹿がいた。
「バカ、見つかるだろ」
俺は直ぐにミイニャ伍長の手を降ろさせる。
「ボルフ曹長、巨大貝はどうするんですにゃ。まだ採れてないにゃ」
そこか!
するとメイケがミイニャ伍長にそれを見せた。
ちょっと小さ目ではあるが竜貝だ。
直径20㎝ほど。
それを貰ってミイニャ伍長はニコニコで問題解決。
俺はメイケに礼を込めて手を軽く上げる。
すると、またしてもその顔が赤くなった。
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