12 魔を狩る者
この状況でペルル少尉がどういう行動をとるかでこの小隊の運命が決まる。
少尉と言えども貴族様に変わりはない。
彼は今ここでの最高権力者ということ。
逆らえばその場で処刑する権利も有する人物だ。
だがここで処刑されなくても、下手したら全滅の可能性だってある。
そんな権限を持つペルル少尉だが、目の前で頼りの曹長が戦死したとあっては、一人オロオロするばかりだ。
そんな少尉に俺は言葉を掛ける。
「ペルル少尉、ご指示をお願いします」
するとペルル少尉は俺を見ると目を見開いて言った。
「おお、ウルフ軍曹がいるじゃないか。そうだ、軍曹、小隊に命令を出せ、早く!」
何?
俺が命令を出せと。
曹長が戦死した途端にこれか。
小隊長は実戦経験はほとんどないようだな。
全部小隊付きの曹長に頼っていたみたいだし。
小隊本部兵の伍長が怪訝な表情で俺を見るが、小隊長の命令だからな。
まあこれで、やりたいようにできそうだ。
目の前には体長10数メートルはあるな岩トカゲ、左右にはゴブリン歩兵。
それで俺達の小隊は残り4個分隊か。
「了解です。それでは……ギルバート分隊は左翼を固めろ。右翼はジダン分隊だ。残り二個分隊は前方に対応する。各分隊、斉射するたびに10メートル後退。いくぞ、隊形立て直せ!」
俺は作戦とか陣形とかは専門家じゃないから良くわからない。
本来なら二手に分けて後退と攻撃を繰り返すんだっけ?
わからんからその辺は適当にやる。
だけどな、俺は自分のやり方で今までずっと生き残ってきたんだ。
クロスボウで応射しながら後退する。
敵にも弓があるから要注意だ。
なあに、弓兵の数はそこまで多くない。
いけるだろ?
「てっ!」
俺の掛け声で40名あまりのクロスボウ兵士が、三方向へ一斉射撃する。
40本のボルトが放たれたわけだが、全部が全部命中する訳じゃない。
それでも数本のボルトが敵ゴブリン兵を貫く。
命中したらこっちのもんだが、当たらなくても効果はある。
こちらが攻撃を加える限り、敵は間違いなく怯み前に進む足が遅れる。
「後退!」
俺の指示で全隊が一斉に10メートルほど小走りで後退する。
後退したところで間髪入れずに次の指示を出す。
「発射準備~!」
そしてまた兵達はクロスボウを再装填していく。
まだ大丈夫。少女らはまだ頑張っている。
体力の低い少女達が、この動きにどこまでついてこれるかが一番の問題だ。
「構え、撃てっ」
おお、なんて気持ちが良いんだ。
小隊長ってこんな感じなんだな。
俺は自分の胸が昂ってくるのを感じる。
チラッと横目でペルル少尉を見れば、落ち着きなくキョロキョロするばかりだ。
言葉も「良し」、「いいぞ」、「その調子」の三つを繰り返すだけだ。
実戦経験どころの話じゃないな、こりゃ。
弓矢が飛んでくる。
岩トカゲの上から射っているゴブリン弓兵が5匹見える。
結構な腕前だ。
味方の兵士の肩や腕に何本か突き刺さっている。
だが奴らが使う弓は短弓で、ゴブリンの腕力の弱さもあって威力が低い。
矢を数本喰らっても当たり場所さえ悪くなければ直ぐに死ぬことはない。
だが、負傷者が出てしまった以上、後退速度が遅くなる。
それは良くない。
「負傷者を最後尾へ移せ!」
負傷者が一人、二人と増えていく。
その度に後退する速度は落ち、攻撃力も落ちていく。
正面の岩トカゲの上にいる弓兵が邪魔だ。
「全隊、2列横隊に変更!」
あまり隊形を変えるのは混乱するんだが、ここは決断する時だしな。
隊列を横に伸ばして、すべての火力を正面の岩トカゲに向けた。
「目標、岩トカゲの上にいる弓兵。狙え――てっ!」
一個小隊すべてのクロスボウの攻撃が、岩トカゲの上のゴブリン弓兵に殺到する。
ゴブリン弓兵は岩トカゲの背中にあるでかい木の箱に入っている。
通称戦闘室と呼ばれる箱だ。
ゴブリン弓兵はその戦闘室に隠れる為、かなりのボルトが木の箱に突き刺さって防がれる。
もしくは岩トカゲの岩のような鱗に弾かれる。
その中でも数本のボルトは見事にゴブリン弓兵に命中した。
「ギギャッ」
「ギャッ」
一匹はボルトを胸に受けて、箱の中へと倒れ込んだようだ。
さらにもう一匹は肩に突き刺さり、その衝撃で箱から落ちた。
しかしその地面に落ちた後もまだ息はあるようで、なんとか自力で起き上がったところで、そのゴブリン弓兵は岩トカゲの足に潰された。
この攻撃で弓兵からの攻撃が弱まる。
岩トカゲの鱗は硬いのだが、クロスボウのボルトならばなんとか突き刺さる。
だが、少女らが使うクロスボウは弦の張りを弱くしてあるから、貫ける場所と貫けない場所があるようだ。
その点、男たちが使う通常のクロスボウならば、あの硬い鱗にも普通に刺さる。
だからと言って、岩トカゲをクロスボウで仕留められるかと言ったら無理がある。
でも仕留められなくても進行速度を遅らせることはできるはずだ。
足を狙えば良い。
4つある足の前足の片方を集中攻撃すれば、上手くいけば歩けなくなる。
少なくても歩くのは遅くなる。
そうなれば俺達は余裕で撤退できる。
「正面部隊、岩トカゲの前足の右側狙え。右だぞ、間違えるな。構え~……てっ!」
クロスボウの一斉射が岩トカゲの前足の右側に集中した。
地面に突き刺さるボルトに胴体に命中するボルトもある。
だが、半分が狙い通り前足右に集中した。
それでも突き刺さるボルトと弾かれるボルトは半数ずつくらい。
それでも放った数が多いから突き刺さったボルトも思った以上に多い。
五本から七本は刺さったように見える。
突然岩トカゲの前進が止まった!
そして、しきりに複数のボルトの刺さった前足をブルブルと振り出した。
こうなればこっちのものだ。
背中の戦闘室の中のゴブリン兵は、なんとか岩トカゲを前進させようと必死だが、全然言う事を聞かない。
岩トカゲはただひたすら前足に刺さったボルトを外そうともがいている。
それを見た時、俺は胸の内が熱くなり、かつての戦いの高揚感が沸々と湧き上がってくるのを感じた。
俺の本能が『戦え』と言っている。
だが、今は小隊の仲間達、強いては上官のペルル少尉もいる。
無謀な事をすれば小隊の兵士に死傷者が出る。
それはまずい。
「全隊、止まれっ。この隊形のままで岩トカゲの動きを完全に封じる!」
あ、思わず自分の感情の流れで命令しちまった!
本当は撤退した方が良いのかもしれない。
俺は横目でチラリとペルル少尉を見る。
するとペルル少尉も鼻息が荒く、何度も拳をギュっと握っている。
これは俺の勝手な思い込みかもしれないが、ペルル少尉も岩トカゲと闘いたがっているようにしか見えない。
その時、誰かが地面を強く蹴る。
「ダン」
それに応じる様にまた誰かが地面を蹴る。
「ダン」
そして今度は地面を打ち鳴らす音が複数に増えた。
「ダン、ダダン」
その音は次第に小隊全体へと波及していく。
ペルル少尉も足ダンしてやがる!
そう思った瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「突撃イイイイィィッ!!」
俺はロングソードと手斧を振りかざして岩トカゲに突撃していた。
隊列を組んでいる兵士達を飛び越えて俺は前へと出る。
それを驚きの表情で見ている少女らが俺の目に映る。
俺が走り出したところで隊列の中から少女の叫び声が聞こえた。
「みんにゃ軍曹に続くのにゃ、突撃にゃあっっ!」
振り返って見ると、ミイニャ伍長が俺に続いて走りだすところだった。
その後直ぐにラムラ兵長がクロスボウを放り出して抜剣する。
「ボルフ軍曹に続けえぇぇっ」
ラムラ兵長も走りだした。
ハッとしたペルル少尉が突然持っていた指揮棒を捨て、腰の剣を抜き放って叫んだ。
「魔狩りのウルフに遅れるな。小隊突撃~!」
指揮官の命令が下ったことで、クロスボウ小隊の全員が突撃を始めた。
冷静だった小隊付きの伍長も溜息をつきつつも突撃に加わる。
マクロン伍長も周りを伺いながら突撃に参加する。
岩トカゲの背中の3匹のゴブリン弓兵が、先頭で走る俺に向かって弓を射る。
弓矢を避けられるほど俺は俊敏である訳もなく、その内の一本が俺の左肩口に突き刺さる。
「ぐ……これくらいかすり傷。舐めんじゃねえぞっ」
俺はその場でいったん止まり、右手のロングソードを一旦地面に突き刺す。
そして左手で持っていた手斧をパッと一回転させて投げ上げ右手に持ち替えると、渾身の力を込めてそれを投げつけた。
投げた手斧は空中でクルクルと回転しながら、岩トカゲの背中の箱へと飛んでいく。
ドスッという音がして、岩トカゲの背中にいたゴブリン弓兵が落下していく。
その顔面には手斧が突き刺さっていた。
残ったゴブリン弓兵2匹から、悲鳴ともとれる声が聞こえる。
俺はさらに走り、岩トカゲの近くにいたゴブリン軽装歩兵をロングソードで蹴散らしていく。
斬るというよりもぶった斬り、薙ぎ払うと言った方が良いか。
あっという間に岩トカゲの周囲はゴブリンの鮮血で染まった。
今だ前足を振る岩トカゲに対して、俺は後方の尻尾から背中へと走り登る。
その頃になってやっと小隊の兵士達が俺に追いついた。
しかし最早ゴブリン兵は恐慌状態。
「ワー!」
「こいつめっ」
「にゃあ!」
それぞれがそれぞれの掛け声を発しながら、逃げ惑うゴブリンの背中にクロスボウのボルトを撃ち込んだり、小剣で切り倒していく。
俺はというと、岩トカゲの背中の残ったゴブリン兵どもをまずは一振りで切り飛ばし、誰も居なくなったその背中で周囲を見まわした後、ひょいっと岩トカゲの首に移動した。
そこで片手で印を組み、詠唱を開始。
俺の愛用のロングソードに魔法を掛けた。
そして魔法で輝くロングソードを両手に持ち変えて、頭上高く振りかぶった。
そして渾身の力を込めて、その硬い鱗で覆われた首に刃を叩きつけた。
ロングソードが岩トカゲの首に食い込んだと同時に魔法を発動した。
シャドウアローの魔法だ。
俺のシャドウアローは剣にも掛けられる特異魔法だ。
これは俺にしかできない、オリジナルと言っても良い。
このシャドウアローの魔法なんだが、剣が標的の体内へ少しでも食い込めさえすれば、標的の体内で魔法を発現することが出来る。
つまり体内に直接シャドウアローを叩き込んだと同じ効果が得られる
いや違うな、シャドーソードと言うべきか。
無論、体内には鱗などはない。
その効果は標的にとっては致命的だろう。
その途端、岩トカゲが暴れ出し、上に乗っていた俺は即座に振り落とされた。
振り落とされた俺は、受け身を取りつつ地面に転がったが、怪我は避けられない。
脇腹に激痛が走る。
「痛っつう!」
それでも痛みを我慢して岩トカゲに目を向ける。
その時の俺の目には、頭を左右に振りながら首から鮮血を巻き散らす、苦しそうな岩トカゲの姿が映った。
しかし、その姿も徐々に弱々しいものになっていく。
数分もすれば息絶えるだろう。
そして気が付けば戦闘は一方的なものになっていた。
あちこちでゴブリン一匹に対して、寄ってたかってなぶり殺しをする様子が伺える。
ある集団は丸腰のゴブリン兵を取り囲んで、殴る蹴るとリンチのように暴力を振るっている男兵士が見える。
そんな光景の中に少女らの姿もあった。
片手剣の小剣を両手で握り締めながら、死体のゴブリンの前で必死に振り回す少女。
既に動かなくなったゴブリン兵に、何度も何度も刃を振り下ろす少女。
振るえる手で小剣を握りしめ、ただただその場で泣き叫ぶ少女。
ゴブリンにその場でジャンプさせ、「なんだ、金持ってるにゃ。出すにゃ」と脅してる猫少女。
こいつに言う事はない。
ペルル少尉もその中にいた。
彼はすでに虫の息になりそうな岩トカゲに向かって、何度も何度も石を投げている。
誰もが精神を狂わせる場所、それを戦場と言う。
俺は大きく深呼吸した後につぶやく。
「はは、爽快な気分だ」
俺もその中の一人と言う事だ。
誰かが返り血で染まった俺を見て言った。
「魔を狩る者が戻って来た……」と。




