111 シャドウソード
左脚の太ももが革鎧ごと切り裂かれ、鮮血が飛び散った。
くそ、脚をやられたか。
左腕も相当の重傷、加えて左脚の裂傷。
出血も酷い。
これだとまともに動けない。
苦し紛れに剣を振るう。
しかし剣聖の動きは予想以上に早い。
余裕で間合いの外へと出て、俺の剣を避けた。
何度も振るうが全て回避される。
そして馬鹿にした表情で剣聖が言ったきた。
「その足では攻撃は無理のようだな。となると、私の次の攻撃をどう回避するつもりだ?」
遠回しにお前の負けだと言いたいのだろうな。
そこで俺は言い返す。
「次の攻撃だと? 何を言ってる。お前に次はない!」
ここまでに詠唱と術印は完成させていた。
後は発動のみ。
『シャドウソード』
俺の剣が不気味な輝きを放ち始めた。
「ええい、詠唱を完結していたか!」
剣聖が苛立ち気に、剣を構えて防御の姿勢をとる。
俺は一歩前へ出た。
剣聖は間合いを外すためにさらに後ろへと下がる。
そこへ俺は渾身の一撃を振るった。
剣聖は身体を引いて俺の振るった剣を躱した、と思ったに違いない。
だが、そうはならなかった。
俺の剣が剣聖の腹の前を通り過ぎる瞬間、俺の右手の指輪が輝き、普通だった剣が黒い巨大剣へと変貌したからだ。
この黒い巨大剣ならば届く!
しかし、さすが剣を極めた男。
自分の身体と巨大剣の間に、強引に細剣をねじ込んだ。
剣と剣が交叉して激しく火花を散らせる。
その瞬間、剣がポキリと折れた。
俺は振り切った剣を再び構える。
その時には元の剣に戻っている。
目の前に立つ剣聖は茫然と自分の折れた剣を見つめている。
そしてガックリと片膝を突いて言った。
「……そんな魔法、見た事も聞いた事もない……ぞ」
剣聖の腹が一気に赤く染まっていく。
どうやら俺の剣は剣聖の剣を叩き折った上で、奴の腹をも斬り裂いたようだな。
俺は足を引きずりながら剣聖のそばへと歩く。
気が付けば、辺りはシーンと静まり返っていた。
剣聖の弟子たちもワルキューレ小隊の少女達も、戦いの手を止めている。
そして街の人々までも建物の影から俺と剣聖を注視している。
俺が横まで来ると、剣聖は前のめりに倒れた。
そこで俺は剣聖に言った。
「剣聖とまで言われた奴が、なんでアルホ子爵なんかみたいなクソ野郎を助けようとしたんだ?」
すると剣聖は苦しそうに腹を抑えたまま仰向けになり、俺への答えを返す。
「どうせ、平民のお前には解からんさ……貴族同士のしがらみってやつさ……」
「そうか。本当は剣聖にまで上り詰めた者を殺したくはないんだがな。だけどな、貴様が生きているとこの先、何度も剣を交えることになりそうだ。その都度、俺が勝つとは限らないんだよな。だからお前はーーこのまま生きては帰れない」
「……ああ……最初から、負けたらそのつもりだったよ。周りを見てみろ……この多くの視線の中で剣聖が負けたんだ……ならば、そういう……こと…だ……」
剣聖は遠くを見つめたまま息を引きとった。
その途端、弟子たちが剣聖に集まって来る。
その内の一人は半身火傷してるが大丈夫なのだろうか。
ミイニャの炎の痕だろうな。
「先生!」
「師匠!」
戦いなどそっちのけで、弟子の剣士四人は剣聖の周りに腰を下ろして泣き始めた。
反対にワルキューレ小隊からは「キャーキャー」と喜びまくる声がうるさい。
ただ、俺は今ここにいる剣聖の弟子達をこの場で斬ろうか悩んだ。
恐らく、これは後々に遺恨を残すことになりそうだからだ。
それならば、いっそこの場で斬り捨てようと思ったのだ。
しかし、それを止める者がいた。
俺の右手を引っ張るのはロミー准尉だった。
「もう良いよ、そこまでにしておいてよ。ここでさ、あいつらを斬ったらワルキューレ部隊の評判が落ちちゃうよ。ここで止めておけば、逆に剣聖を倒した部隊として有名になるからさ。証人はこんだけ沢山いるんだしね。えっと、それより、傷の手当した方が良くない?」
「はい、確かにそうですね……」
そう言って傷を見てみる。
ちょっとヤバい。
出血が多すぎた。
それに何かフラフラする。
「誰か、ボルフ隊長の手当を頼むよ!」
直ぐにアカサとメイケが駆けつけ、両脇を支えてくれた。
そしてその場でゆっくりと地面に寝かされて、人々が見ている前で治療が始まった。
アカサとメイケはいつものメンバーなんだが、今回は何故かサリサ兵長が加わっている。
サリサ兵長は涙目になりながらうさ耳をフルフルと振わせて、必死に傷口にポーションを塗り込んでいる。
剣聖の弟子たちは、剣聖の遺体を担いでこの場から去ろうとしていた。
その時のロミー准尉の命令は「手だし無用」だった。
俺は治療されながらも、周囲の街の人達の声が耳に入ってくる。
「おい、見たか、今の斬り合い。ヤバすぎだろ」
「剣聖に勝ったとか、信じらんねえ!」
「あいつが“魔を狩る者”ってやつらしいぜ」
治療を終えると、再び城に向かって行軍は始まる。
俺もなんとか馬に跨り行軍を続ける。
馬での振動が傷に響くがここは我慢。
まだ城まで距離がある。
次に襲われたら俺はもう戦えない。
なんか物凄いピンチな状況なんだが。
そんな事を考えていると、前から隊列を組んだ部隊が進んで来る。
マズいな、一個小隊の軽装歩兵だ。
こうなったら街中だからとか言ってられん。
俺は隊列を止めて叫んだ。
「クロスボウ準備~!」
次々に少女らがクロスボウにボルトを装填していく。
正面から来る部隊も戦闘態勢を取り始めた。
「まだ撃つな~、そのまま待機しろ!」
馬に乗った指揮官が隊列から離れて、一人前へと進み出て来る。
どうせまた、護送馬車の中の者をよこせって言うんだろう。
俺の目の前まで来ると、その指揮官は馬に乗ったまま言った。
「この小隊はワルキューレ小隊で間違いないか」
やはり間に合いませんでした。
明日も間に合わなさそうです。
ボルフの指輪ですが、忘れているかもしれませんので補足です。
「アメフラシ」という二つ名の者を倒した時の戦利品です。




