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(短いやつ)ラブコメ&シュールコメディ

【短編】即堕ち二コマな姫様と異世界勇者の色々

「あああ♡ 勇者しゃまあ♡♡ 素敵でしゅわああ♡♡♡」

「シルビア、ちょっと離れて」

「クールなところもしゅてきぃ♡♡♡ ああ勇者しゃまの良い匂いぃ♡♡♡」

「嗅がないでシルビア」


 ここに一人の”勇者様しゅきしゅき♡♡♡の姫”がいる。


 姫は瞳孔をハート型にして勇者にしな垂れかかっている。

 しゅきしゅきの姫、定番の構えだ。


 たわわに実った二つの果実が、勇者の腕にむぎゅりと押し付けられ形を変えているが、当の勇者は魔物を倒したときの勢いはどうしたのか、照れながらも困ったように姫を制止することしかできない。


 姫の名前はシルビア、十五歳。

 この国の第二王女であり、勇者一行の回復役でもある。


 腰まで伸びた金の髪を持つ彼女はスタイルも良く、ローブに覆われてなおその肢体が描く魅力的なラインは隠しきれていない。

 磨き上げられた肌は艶やかで、幼げながらも女性的なその顔は勇者以外の前では品良く落ち着いた雰囲気を醸し出すとびきりの美人だ。

 

 外見だけでも引く手あまただろう彼女は、優れた魔法使いでもある。

 回復魔法や神聖魔法の希少な使い手であり、中でも王族のみが使える神聖魔法はこの旅の中でグングンと威力を増し、重要な戦力にもなっている。


 そんな彼女は魔王復活という世界の一大事に、召喚勇者と共に魔王討伐を目指す旅のメンバーの一人だ。


「シルビア姫、そろそろ落ち着け。他の魔物が出てきた際に勇者様の邪魔になってしまうよ」

「そうですよぅシルビア様ぁ。それに勇者さまに引っ付きすぎですぅ」


 勇者にべったりなままのシルビアを見かねてファイターのサツキが制止に加わり、錬金術師のルリィは「ずるいずるい」と声を上げる。

 そうしてシルビアは勇者から引き剥がされた。

 勇者から離れたことで我に返ったのか、サツキとルリィの視線を受けハッとしたシルビアは多少気恥ずかし気な表情になる。


「み、見苦しいところをお見せしましたわ。ですけど、勇者様の勇姿があまりに素敵だったものですから、つい……」


 取り繕おうとしながらも未だ顔を赤くするシルビアの声は語尾になるにつれ小さくなっていく。

 そんなシルビアにサツキは苦笑し、ルリィは同意するように「たしかに、勇者さまカッコ良かったですぅ」とウンウン頷いた。


 先ほどまで醜態ともいえる姿を晒していたシルビアではあるが、勇者のこと以外では落ち着いた知的な人物だ。

 それに彼女の神聖魔法は勇者パーティーの生命線で、瀕死と呼べるような状態であっても回復させてしまえるほどの力は王国史でも稀な実力者でもある。


 ファイターのサツキは優れた身体能力を持ち高い物理攻撃力があるし、錬金術師のルリィはその鑑定眼と魔法薬や武器の精製でパーティーに貢献している。

 召喚された異世界人であり強力な光魔法と剣の使い手である勇者を支え魔王討伐を成すべく、シルビアはサツキとルリィと共に勇者パーティーとして旅をしていた。




 しかしシルビアには実は、そんな旅の仲間、敬愛し心酔する勇者にすら話していない秘密があった。






「だって、ずっと勇者様のこと……」







 なぜ王族であり厳しく躾けられたはずのシルビアが、勇者の前でだけはここまで心乱れてしまうのか。

 それは、シルビアの秘密に原因があった。




 これは、勇者パーティーに同行する品行方正な姫が『勇者様しゅきしゅき♡♡♡』になってしまうまでのお話────。


















































 土煙が晴れていくにつれ、周囲の様子が露わになる。

 そうして分かるのは、人類の最大の脅威が去ったのだという、その事実だった。


「やった! 魔王を倒したぞ!」

「やりましたわね、勇者様」

「シルビアありがとう! でも俺だけの力じゃない! サツキもルリィも、シルビアも、みんなのおかげだ!」

「それでも、勇者様のお力あってのことですわ」


 勝鬨の声を上げた勇者に、シルビアは柔らかく微笑みかけた。

 勇者の体はボロボロで、シルビアとてそれは変わりない。


 ファイターのサツキは勇者に支えられるようにしてなんとか立っているし、シルビアもルリィも限界まで魔力を使い果たして肩で息をするばかりだ。

 しかしその全員の顔は明るく、活力に満ちていた。




 勇者一行は見事、誰一人欠けることなく悲願であった魔王討伐を果たしたのだ。




 雄たけびのように声を上げながら泣き笑いを始めたサツキ。

 へにゃへにゃと座り込みながらも笑顔で両手をぐっぐっと何度も握り勝利を噛みしめるルリィ。

 そんなパーティーメンバーへ声をかけ勝利の喜びを分かち合う勇者は、彼にしては珍しいほどの満面の笑顔で、そんな皆をシルビアは優しく微笑みながら見つめていた。


 良いパーティーメンバーだったと思う。

 召喚された勇者にこの国を、いや、この世界を任せることになったとき、あったのは不安ばかりだった。


 神聖魔法の実力を買われ勇者と同行することになったものの、王女として育ったシルビアは戦いにも野営にも縁はなく、魔王討伐の旅はとにかく辛い毎日だった。

 年若い勇者、姫でしかないシルビア、同じく実力はあるものの若い女性であるサツキとルリィ。


 それでもシルビアは国のため、世界のため、不安と苦労を乗り越えてようやく魔王討伐を成し遂げることができたのだという安堵に包まれていた。



 シルビアはいつだって冷静だ。

 王女として育った素養がある彼女は大きく感情を乱さない。



「我が国のため、この世界のため、ありがとうございました勇者様。サツキ、ルリィも。本当にありがとう」



 内に満ちる歓喜を感じながら、共に旅した仲間たちとその喜びを分かち合うのだった。




























 それが、シルビアの最初の人生だった。




























「ここは……?」


 シルビアが目覚めたのは、城の自室のベッドの上だった。

 長い夢を見ていたような。

 自分は勇者と旅をして、魔王を倒し、そして────。



 そこまで考えたところで窓の外が騒がしいことに気付く。

 間を置かず廊下に人が駆ける音がして、それがシルビアの部屋の前まで来ると今度は大きくノックの音が響いた。


「姫様、姫様、急ぎご用意くださいませ。王がお呼びです」


 聞こえたのは幼い頃から傍にいる世話係の声だったが、その声は焦燥に駆られ普段穏やかなその声が大きく張り上げられている。


「起きているわ、着替えを手伝って頂戴」

「はい、ただいま」


 扉が開き数人の侍女と共に世話係が入室する。


 そこでシルビアは今の状況にデジャヴを感じた。


 この状況を、シルビアは知っていた。


 そう、それは長い夢の中。


 これはまるで、夢の中で魔王が復活した朝の光景そのままだったのだから。




 王族付きの侍女たちによって素早く整えられていく服や髪に合わせて体を動かしながら、シルビアは背に冷たいものが流れる感覚を味わっていた。



(あれは、本当に夢だったのかしら)



 シルビアは覚えていた。


 夢の中、激しい魔物との戦闘も魔物の命を奪う感覚も。

 夜闇の深さや寒さ、土の地面の冷たさ、雨で全身が濡れた不快さなど王女であるシルビアが知るはずがないというのに、知っていたのだ。


 夢のようなあの出来事は、果たして本当に夢であったのか。

 であるなら、この記憶は何なのか。

 どうして知るはずのない感覚を知っているのか。


 共に旅した仲間を、勇者をこれほど鮮明に覚えているのか。




 着せ替えられたシルビアは急ぎ父である王へと謁見しその言葉を告げられたことで、確信した。



「王として命ずる。王女シルビアよ、召喚されし勇者と共に魔王を討ち倒せ」

「──謹んでお受け致します」




 夢の出来事は、夢ではなかった。



 シルビアはまた、魔王が復活したその日へと巻き戻ってしまっていたのだ。








 一度目の人生の記憶はあれど、魔王を討伐した後の記憶は無かった。

 激しい戦闘によって遮蔽物も無くなってしまった決戦の地、勝利の声を上げる仲間たちと見守るようにそこにいたシルビア自身。

 そこで記憶は途切れている。


 二度目の人生も一度目の人生をなぞるように同じ十五年を生きてきたらしい。

 思い出したばかりの一度目の人生の記憶に翻弄されている間に、シルビアは再び勇者召喚の場に立っていた。


 召喚勇者。

 それは異世界から召喚せし魔王への切り札。

 この世界の希望を一身に背負って立つ、かの人物が再び召喚されようとしていた。


(一度目だって上手くいったのだもの、今回だって同じだわ。私が覚えているのだからもっと上手くだってやれるはずよ)


 召喚の場には、ファイターのサツキと錬金術師のルリィもいた。

 今の人生では初対面であるが、シルビアの良く知る勇者パーティーの仲間たちの姿に、シルビアの心は少し軽くなる。

 彼女たちに記憶はないようだが、上手くやっていけるとシルビアは確信を深めた。































 ひとつ、シルビアの思惑と違ったこと、それは。
























「ぼ、ぼ、ぼくが勇者~~~!?」







 召喚された勇者が、一度目とは異なる人物だったこと。




























「勇者様、そちらではございません」

「あ! また間違えちゃった! ごめんごめん」

「構いません。ですがサツキの先導から外れませんよう」

「分かったよ~」


 二度目の勇者は少しとぼけた様な人物だった。

 王から状況を説明し魔王討伐へ旅立つことは承諾してくれたものの、感覚がずれていると思える場面が多く、また道にもよく迷った。


「僕、昔っから方向音痴なんだよね~」

「左様ですか」

「神様もせっかくならマップスキルとかオマケしてくれればいいのにね~」

「左様ですか」


 シルビアは、この勇者が苦手だった。

 戦いの実力でいえば一度目の勇者にも引けを取らないものの、いつもへらへらと緊張感がなく軽口が多い。


「……?」

「またか!」

「あ~! いない! また勇者さまどっか行っちゃいましたぁ!」


 そしてちょっと目を離したスキにどこかへ行ってしまうのだ。

 方向音痴などという、可愛らしいものでは済まない。


 今話していたというのに、一瞬黙ったと思ったらもう居ないのだ。

 まっすぐ見通しの良い一本道、左右と前をシルビアたちに囲まれ歩いていたはずなのに、忽然と消える。


「……」


 シルビアは漏れそうになるため息を必死に押し殺した。

 気持ちがモヤつきもどかしいが、それを表に出さないよう努める。


 道に迷ってしまう事、それが勇者本人にはどうしようもない勇者の個性なのだとは分かっていても、どうしても心は平静でいられなかった。

 考えてはいけないと分かっていても、思考の片隅で思ってしまう。



『一度目の勇者様はもっと──』



 シルビアはいけないと頭を軽く振り思考を散らした。


「勇者様を探しましょう。まだ遠くへは行っていないはずです」

「でもこないだはたった一刻で隣町まで行ってた御人だからなあ」

「勇者さま、迷子さんですぅ」


 苦笑するサツキと頬を膨らますルリィの背を押し、周囲を捜索する。

 二刻を数える頃、森の木と木の間に挟まるように眠っていた勇者を見つけ出した一行は日も暮れかけていたこともあって森での野営を張ることとなった。





 野営の際は二人一組で見張りに立つことにしている。

 先番と後番に分かれ、半分ずつ睡眠を取るのだ。


 今日の先番はシルビアと勇者。

 サツキとルリィは後番で今はタープを低く張っただけの簡易テントでジャイアントベアーからはぎ取った毛皮を布団代わりに眠っている。

 二つ並んだ月が南天に上りきり、もう間もなく交代の時間だ。


「今日も迷っちゃってごめんね~、動かないほうがいいかと思ったんだけど寝ちゃったよ、アハハ」

「左様ですか」


 相変わらず軽口の多い勇者に対し、シルビアは声が冷たくならないよう気を付けながら返事をする。

 一度目の勇者様はもっと責任感があったのに、この勇者ときたら。

 一度目の勇者様はもっと仲間を気遣ってくれたのに、この勇者ときたら。

 一度目の勇者様はもっと──。


「また迷ってもアレだし、シルビアちゃんが手を繋いでくれたらなあ」

「以前それで失敗したではないですか」

「それもそうか、アハハ」


 何が可笑しいのか、勇者はへらへらと笑っている。

 旅立った当初から道に迷い姿を消すことが多い勇者に、一度シルビアが手を引いて歩いたことがあった。


 ルリィは勇者と身長差が大きいために歩きづらくなってしまうし、サツキの手を塞いでしまってはいざという時の対応に遅れる。

 そこで魔法を使うのにも支障のなく身長の釣り合いも取れるシルビアに白羽の矢が立った訳だが、結論を言えば失敗だった。


 シルビアは生粋の姫であり、エスコートをされることはあってもその逆の経験など皆無だ。

 むしろ親族でも婚約者でもない男性と手を繋ぐこと自体に忌避感があった。


 手を繋いだところで勇者はシルビアに配慮することなく歩いたし、布のグローブ越しではあっても好意を抱いていない相手と手を繋ぐことは苦痛だった。

 その上。


「それに、勇者様の手の繋ぎ方はいやらしいので嫌ですわ」

「アハハ、シルビアちゃん手厳しいな~」

「……冗談ではないのですけど」


 勇者は好色家のようだった。

 旅立つ際も女性ばかりのパーティーと知って明らかに機嫌が良くなったり、旅の最中も水浴びの際などのぞきのような真似をしていることを知っている。


 サツキもルリィも懐疑的なようで勇者はそんなことしないだろう気のせいだろうと思っているようだったが、手を繋いだ際の気持ちの悪い手付きがシルビアは忘れられないでいた。

 その時ふと、テントから声がした。


「お待たせ、二人とも」

「おまたせぇ」


 サツキとルリィが起きてきたことで、見張りを交代する。





 シルビアはその夜思い知ることになった。





 この勇者が、『道を迷う勇者』では無かったということを。




















「道を踏み外す勇者って! どういうことですの!?」

「ど、どうされました姫様」

「なんでもないわ!」


 家庭教師による授業の最中、突然大声を上げたシルビアに世話係が飛んできた。

 シルビアは彼女らしくなく息を乱し、フーフーとまるで獣のように鼻息を吐く。

 普段であれば『大声を出すなど慎みがない!』と一喝するはずの世話係も教師も、シルビアの尋常ではない様子に仰天してしまっていた。


「なんでもございませんわ! けれど、今日の授業はここまでにしてくださるかしら、気分が優れませんの」

「え、ええ。それは構いませんわ」


 行儀作法も教える厳しい教師であっても、シルビアの様子を見てすぐに今日の授業を切り上げた。

 強く瞳を怒りに燃えさせながら、シルビアの目には光るものがみるみる溜まっていた。


 人前だから耐えているだけなのだろう、気を抜けば零れてしまいそうなそれに世話係はサッとスカーフを広げると王女の顔を隠すようにしながら教師の退室を促した。


「どうされましたか、姫様」

「……夢を見ただけよ」


 物心ついた頃より傍にいる世話係であっても、全てを話すことはシルビアにはできなかった。

 三度人生をやり直していることも。

 前回の人生で”道を踏み外す勇者”によって辱めを受けたことも。


 唯一告げたのは、魔王に関すること。

 三度魔王復活を目前に生きることになったシルビアにできることは、予知夢を見たと言って周囲を促し、少しでも戦闘能力の底上げをしておくことくらいだった。































「毎回毎回!! 人の純潔を(けが)しやがりまして!! 私をなんだと思ってますの!?」

「姫様!? ご乱心ですか!?」



 それからシルビアは幾度も幾度も人生を繰り返していた。

 十回、百回、数え切れないほどたくさん。

 魔王復活の直前に記憶を取り戻すこともあれば、生後すぐに思い出すこともあった。


 そのどれもでシルビアは怨嗟の念を叫んだ。

 

 人生をやり直す度、シルビアは世界のために備え、そして勇者を迎えて旅に出た。

 メンバーはファイターのサツキと錬金術師のルリィ。


 しかし、勇者はいつだって別の人物が召喚された。


 召喚される勇者は正直、褒められた人物ばかりではなかった。

 皆揃って実力があり最後には魔王を討ち倒してみせたが、とにかく手が早いのだ。


 迷子かと思いきや道を外していた勇者は手癖も悪く、野営中に無理やり事に及んできた。

 彼はその後の旅でもサツキやルリィに悪戯を仕掛けたり露店から物を盗んだりと最悪だった。


 その次の勇者は堅物な合理主義者だった。

 先の勇者のせいで男性に不信感を持ち始めていたシルビアにとっては多少安心する相手であったはずだったのだが、魔王戦の直前に突然求婚してきた。


 曰く、『守るべき相手がいたほうが魔王討伐にも力が入るはずだから』と。

 そうして魔王討伐のためならと承諾したシルビアを、勇者はその当夜に言いくるめるようにして手籠めにしたのだ。


 曰く、『魔王戦で死ぬかもしれんのに童貞のままは嫌だ。結婚するのだからもういいはずだ』と。

 魔王戦を盾に取り前後関係で筋を通してくるあたり性質が悪い。


 その次の勇者は高い能力を持つ代償に酷い近眼だった。

 ルリィが精製したマジックグラスを装備することで視力の問題は解決したはずだったが、この勇者はことあるごとにマジックグラスを紛失する。


 勇者が『メガネ……メガネ……』と唱え始めたら最後、パーティーの誰かが胸か尻を揉まれるまでマジックグラスは見つからなかった。

 その勇者も結局、魔王戦を間近に控えた最後の村でのシルビアの入浴中に乱入、やはり『メガネ……メガネ……』と言いながら滑って転んで事を成しやがった。


 ある人生では、シルビアに八人の王女姉妹がいることもあった。

 シルビアの喜びは如何ほどだったか。


 何度も生まれ直し、何度も人生を魔王討伐に捧げては純潔を散らす日々。

 けれど今世では姉がいる。妹がいる。

 でかした父様。

 やったぞ父様。

 これだけいれば

 産めや増やせやヤンヤヤンヤ。


 その頃にはシルビアは人生にすっかり疲れ果てていたのだ。

 それでも魂からの王女であったシルビアは品行方正な王女として生き続けた。



 結局、その人生では召喚した勇者に一目惚れされ旅のメンバーに指名されてしまったのだが。

 最悪だ。


 そしてやっぱり旅の途中で犯された。

 最悪だ。



 他にも、勇者が女性だったこともある。

 今度こそやったぞと内心で諸手を挙げたシルビアはただ新しい扉を開かされただけだったし、勇者が人外であってもそれは変わらなかった。



「もう、疲れましたわ」



 魔王を討伐し、歓喜する勇者パーティーの中一人。

 ぽつりと零した本音は風に溶けて消え、そしてやはりそこでシルビアの記憶は一旦途切れた。


























 目覚めた寝室、いつもと変わらないベッドの上。

 けれどシルビアは叫ばなかった。


 シルビアは数え切れないほどの転生の先で、己の中の真実に気付いたからだ。


 シルビアは二度目の人生の勇者以降、いつも勇者に落胆していた。


『どうしてこの勇者様はこうなんでしょう』

『もっとこうすればよろしいのに』

『今一つ好きになれませんわ』

『もっと、あんな風に振舞えばよろしいのに。そう、もっとあの勇者様のように──』


 シルビアはもう気付いていた。

 自分の気持ちに。

 大切なものに。



 シルビアはいつだって一度目の勇者と比べてきた。


 一度目の人生で共に旅をし魔王を倒した勇者。


 彼はどこにでもいるような人物で、一度目のシルビアは彼に対して特別な感情は抱いていなかった。


 ただ、なんの掛け値も無しにシルビアの世界を救おうと努力をする勇者だった。

 ただ、なんの掛け値も無しにシルビアたち仲間を慮り、大切にしてくれた。

 ただ、なんの掛け値も無しにシルビアを尊重し、仲間を尊重し、そして最後まで自身の足で立って戦い抜いてくれた。


 一度目のシルビアは、それを特別だと思わなかったのだ。

 知らなかったのだ。

 それがどれだけ尊く得難いものであるか気付きもしなかったのだ。



「勇者さま……」



 いつだってシルビアは召喚勇者に敬意を払った。

 けれど、シルビアが『勇者』を思うとき、それはいつだって一度目の勇者であったのだ。


 彼と比べれば二度目の勇者も三度目の勇者も、他のどの勇者だって劣って見えた。

 勇者と名乗ることが気に入らなかった。


 勇者と名乗るならと、いつも一度目の勇者と同じものを求めてしまった。

 今ではもうシルビアにだって真実は分かっている。


 シルビアが求める全てが、一度目の勇者であっただけなのだ。


 控え目に笑う顔が好きだった。

 仲間を名で呼ぶ、その声が好きだった。

 魔物を一太刀で薙ぎ払うその強さに恋い焦がれた。

 守られるたび、感じる胸の疼きに気付かないふりをしていた。


 シルビアは、ただずっと心の奥底からたった一人の勇者を求め続けていただけなのだ。



「勇者さま……」



 幼な子のように、ただ一人心から求める彼を呼ぶ。

 静かに涙を零したシルビアは、そこで廊下がやけに騒がしくなっていることに気づいた。


「今回は、ここからなのね」


 平坦な感情のまま一筋の涙の跡が残る顔を扉に向けたシルビアは、いつものように呼びに来た世話係を招き入れ慌てた侍女たちによって身支度を整えられるのだった。











 もう、何度目だろうか。

 何百、何千と立ちあった勇者召喚の儀式が進む。


 今世も変わらず勇者に同行することになったシルビア、それにサツキにルリィが見守る中で部屋中央の魔法陣が一際強く魔力の光を放つ。



 シルビアは、その光景に目を見開いた。



 のどが熱い。

 目が熱い。



 収まらない光は目を焼くほどに眩いままで、その中心に立つ人物の輪郭が浮かび上がってきている。



 そんなまさか。

 こんなことって。



 これまでの人生全てで、勇者は必ず別人だった。



 繰り返す人生、その先で。

 もしもまたあなたに会えたなら。



 その時、私は。

 私はきっと────。

























「勇者しゃまあああ♡♡♡魔物をバシュッって、ドサッって、強い、強すぎましゅうぅ♡♡」

「シルビア落ち着いて。ほら、返り血がついてるから汚れる」

「ああ、しゅきですぅ♡♡しゅきでしゅわぁああ♡♡」

「シルビア、ちょ、今は駄目だって」


 今日もまた、堪らないと言いたげに勇者に抱き着き頬ずりをするシルビア。

 勇者はすっかり参ったというように耳を赤くしながらやんわり離れるよう促し、サツキは苦笑し、ルリィは戯れるように頬を膨らましている。


 勇者が召喚されて以降、シルビアの勇者への献身は有名だ。

 召喚され右も左も分からない勇者を誰よりも助け、導き、そして愛した。


 勇者の何が一体彼女をそうさせるのか、シルビアの中で一体何があったのか、それを知るものは誰もいない。



 分かるのは、きっとこの旅は上手くいくだろうと、それだけだった。




 




【クールで品行方正な姫様は勇者パーティーに同行することになった途端に『勇者様ぁ♡好きでしゅわぁ♡♡♡』と突然ふしだらになってしまわれました ─完─ 】



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[一言] 毎回好きでもない人達にことにおよばれるのに壊れない精神がすごいなぁ
[一言] 誰も知らないが、王女だけは知っている.... 好意にはしっかりと理由があったんですね
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