キャンプ日記 その6
「とある偏屈な魔物研究家が、興味深い本を自費出版したんだ」
その本には、魔物と称される生物には、視覚や聴覚と言った五感が、別の代替機能で作られていると記されているらしい。
「つまり、鼻の効く魔物は、鼻で魔力を。耳のいい魔物は、耳で魔力を聞き取るって事」
「……そうなんですか?」
「さぁ?証拠も無いし、裏付け資料も存在しない。同じ業界では、ただの空想論として扱われているよ」
「…そんな本、よく知ってましたね」
「書いたのは俺の祖父だよ」
「あー……」
それなら、知っていて当然かもしれない。しかし、魔物は魔力を五感で感じ取る…か。確かに、魔物についてまだ解明されていない所はあるみたいだし、その説も一つの可能性ではある。
「生きている間に証明する事は出来なかったけれど、誰もこの説を完全否定できなかった」
「どうしてですか?」
「魔物は死ぬと、魔石を残して死ぬ。生捕にしても、飼い慣らせない。そして何より、全ての人間や動植物は、魔力を持っているから検証出来ない」
「な、なるほど……空想論と言われるわけですね」
理論があっても、証明出来なければ空想と変わらない。理論の穴を点けないのであれば、なおさらに。
「さてスバルくん…だったかな」
「あ、はい昴です」
「俺の荷物から…魔物図鑑を取ってくれ」
「魔物図鑑ですね……はい、どうぞ」
「それをスバルくんに預ける」
「……え?」
「そして、いつまでかかってもいいから、スバルくんが遭遇して……完全に襲われなかった魔物に、印をして欲しいんだ。つまり、スバルくん専用の依頼だよ」
「依頼…はあ。依頼ですか」
なるほど?つまり?この魔物図鑑完全版というちょっとお高い図鑑に記載された、総勢千種を超える魔物全てに遭遇しろと?ヒョロガリもやしのクソ雑魚メンタル日本人にそんな事言わないでもらえませんかね?そんなのゲームの中だけでいいんだよ。どこのモンスター図鑑だ。全国版か。
「それって拒否できます?」
「してもいいけど、スバルくん以外には出来ないよ。魔力を持っていない人なんて、そもそも存在しないからね」
「うーん…」
「ある程度進んだら、報酬を用意するよ。全て確認出来たなら、あの論文の受賞金は君のものだ」
「…それって、金額にしてどれくらい……?」
「うーん、どれくらいだろう?人生三回は遊んで暮らせるくらい出るって聞いたけど」
「やります」
即答でした。気は長いけれど、そのうち絶対に終わる依頼なんだから、受けて損はないだろうね。
「ありがとう。これで祖父も浮かばれるよ」
「……ちなみに一つ聞いてもいいですか?」
「何かな」
「おじいさんの名前って、なんだったんですか?」
「オウキットだよ」
……もうダメじゃないかな、それ。アウトだよね。モンスターを捕獲する事に人生捧げちゃってるよね絶対。
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「え、ダメなんですか」
「ダメに決まってるじゃないですか」
朝に戻ってきたとは言え、金銭的に余裕が無いのは変わらない。なので空っぽのカゴを背負って協会を出ようとしたところ、呼び止められて外出禁止を言い渡された。
「どうしていいと思ったんですか?」
「えっ…いや、あの……」
「この街の主要な冒険者達は、フォレストファング討伐に出かけました。今残っているのは石等級や、一部鉄等級の冒険者だけです。木等級のスバルさんが、厳戒態勢の森に入ったら……今度こそ、幸運では助かりません。いち職員として、みすみす見殺しには出来ません」
もっともな話だね。ぐうの音も出ないよ。しかし、働かねば腹はぐうぐうと鳴る一方なんだよね。
「街の外に出るのはダメです。なので、今日は街の中の依頼をしませんか?」
「えっ、木等級でも受けられる依頼ってあるんですか?」
「ありますよ。公道の清掃、民家の草むしり、犬の散歩、迷子の猫探し。普段と比べれば地味かもしれませんが、れっきとした依頼です」
確かに、それなら等級は関係なさそうな依頼だ。普段と違って危険も……無い…?いつも危険は無かったような?むしろ普段より大変なのでは??
「とりあえず…今日で終わる内容の物をお願いします」
「今日ですね。それなら……これなんてどうでしょうか?家の片付けを手伝って欲しいそうです」
渡された依頼書を見ると『等級問わず。家の大掃除を手伝ってください。大銅貨二枚。昼食出します』とあった。
「コレにします」
「分かりました。では依頼主さんには連絡しておきますので、噴水前でお待ちください」
外に出て、噴水前で佇んでいると。どこからか急ぎ足でこちらに向かってくる女性が見えた。もしやと思っていたら、やはり彼女が依頼主らしい。
「あの、お待たせしました」
「いえ、待ってませんよ」
「とりあえず、来ていただいても大丈夫ですか?なにぶん、仕事を抜けて来ていますので…」
「それは大変ですね。急ぎましょう」
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「ここです」
「コレは、なんとも、まぁ……」
連れてこられたのは、いわゆる鍛冶場だった。迎えに来てくれた彼女は、この鍛冶場を仕切る鍛冶場長の娘さんで、僕が案内された鍛冶場の裏手の廃鉄置き場には、考えるだけで嫌になるほど大量の鉄クズが。
「一年に一度、このゴミを回収場に持っていって買い取ってもらうんですけど……実は父が昨日、腰を…」
「グキッとしたんですね……」
「お恥ずかしい話ですが…」
回収場は、そこまで遠くない。運搬用のリヤカーもあるそうだし、なんとかなるだろう。
「ちなみに、他の従業員の方は?」
「まとまった注文が入ってまして、しばらく手が空きそうになく……父の腰が治っても、おそらく鍛冶場にこもりきりになるかと…」
「…わかりました。とりあえず持っていきますね」
ここで話していても、何も変わらない。そろそろ現実逃避はやめて働くとしよう。まずは、無尽蔵に積まれた山を崩さないよう、上から取れる物を取って少しづつ運ぼう。
「…っしょ、と」
リヤカーにも、積めばいいって物じゃない。持ち運べる重さ、荷崩れしない積み方を考えなければ、怪我の元だ。
そうして積み込んだ量、目算で五〇キロ程。街全体が緩やかな傾斜の上にあるので、ヘタをすると事故になる。とはいえ、今回は下から上への荷運びなので、帰りのリヤカーは空っぽの状態だけど。
「すみません、鉄クズの引き取りをお願いします」
「おう、鍛冶屋のトコか。まだあるのか?」
「はい」
「じゃあまとめて数えるから、とりあえず…あっちの方に撒いといてくれ。終わったら言ってくれよな」
「はい、わかりました」
回収場は鍛冶場とは比べ物にならない熱気で溢れ、絶えず炉に火を入れ鉄を溶かしていた。そうして溶かした鉄を型に入れ、固めてインゴットに戻すのだろう。そうしてまた、鉄は再利用されて武器や防具、便利な道具に生まれ変わる。
「さてと…サボってないで急ごう」
そうして鍛冶場と回収場を往復し、途中でお昼を頂き、また往復する。ようやく終わりを迎えた時は、もう夕方だった。
「おつかれさん。コレで終わりか?」
「は、はひぃ…もう無いです……」
「ははは、ずいぶんお疲れだな!まぁあそこは、全員が捨てられない奴だからな、お嬢が言ってやらねぇと足の踏み場も無えって話だ」
「へ、へぇ……」
さすがですお嬢。やっぱり、腕自慢の男は女性に勝てないんだなぁ……
「ま、それはさておき…だ。コレが引き取り料だ、頼んだぜ」
「はい、ありがとうございます。では失礼しますね」
引き取ってもらった鉄クズがお金に変わったので、それを持って鍛冶場に。コレを渡せば依頼終了だ。
「戻りました。コレが引き取り料と明細です」
「あ、お疲れ様です。引き取り料は……はい、たしかに。ではコレで依頼は終わりです、ありがとうございます。報酬は冒険者協会に預けておきますね」
「分かりました。では……」
そう言って去ろうとすると、お嬢は何か言いたそうになって、やめてしまった。
「あの、なにか?」
「えっ?あ、えぇっと……」
少し躊躇っているようだったけれど、この後に特に用事は無いので待ってみる。
「その、見たところ装備品が乏しいみたいですけれど……」
「あぁ……」
つまりは、そんな装備で大丈夫か?と聞きたかったのか。大丈夫じゃない、大問題だ。けれど、僕には買うお金も、装備に見合った身体能力も無い。あるのはせいぜい道具頼りのサバイバル能力くらいで、子どもと喧嘩しても勝つ自信がない。口でも負けそう。
「僕は木等級なので」
「あっ……ごめんなさい…」
「大丈夫です。もう慣れましたから」
その反応にも、評価にも。とはいえ、人の縁には恵まれているらしいけれどね。
「で、でしたら、うちの装備とかどうですか!」
「お金がないので今はいりません。貯まったら考えます」
「割引きしますよ」
「お気持ちだけで結構です」
「お願いします!そんな装備でいるなんて自殺行為です!いくら木等級でも、護身用の盾と短剣くらい持っててください!!」
「いやでも……」
さらに断ろうとして、言葉に詰まった。よく考えてみれば、今まで魔物や盗賊に襲われなかったのは運が良かっただけ。そう思うと、最低でも急所を守る防具や、身を守る武器は必要だ。
でも、盾は小さくて軽い物を使ったとして。短剣で斬りつけるなんて出来る気がしない。
「あの」
「はいっ!」
「一つ、相談なのですが」
お読みいただきありがとうございますー
今のところ毎週上げてますがー
そろそろ別の方の執筆に取り掛かりますので更新が遅くなりますー