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キャンプ日記 その5

 翌日。

 僕はようやく街に帰ってくる事が出来た。結局昨日はあのまま森の中で夜を明かし、日が出てから川に沿って歩いていった。蓋を開けてみれば、この一帯の全ての川はウィンドの三日月湖に通じていたらしく、山で迷ったなら川を探して下山しろというのが、この辺りでは常識らしい。早く教えて欲しかった。


「…やっと着いた……」


 すでに積んだ薬草はくたびれて、いくつかダメになってしまった。売れたとしても、今回は二束三文だろう。欲張った結果なのだから、自業自得だ。


「おはようございます」

「あぁ、おは……スバル!?」


 もはや顔馴染みになった門番さんと朝の挨拶を交わす。なにやら驚いているけれど、特に止められることもなく街入りをした。

 かららん、という聞き慣れた木のベルを鳴らし、冒険者協会の扉を開ける。たった一日来なかっただけなのに、この喧騒とお酒の匂いがひどく懐かしい。


「おはようございます」

「おはようござ…スバルさん!?」

「はいスバルです。なんで朝からみんな驚くんですか?」

「それは驚きます!昨日はどうして来なかったんですか?みなさん心配してたんですよ?」

「みなさんって…?」

「私もそうですが、一番は門番のガーディさん、銅級冒険者のヴォルフさん、馬休み亭のシーザーさん。それから、スバルさんがよく借りていらっしゃる湯桶宿(ゆおけやど)の女将さんも、昨晩訪ねて来られましたよ」


 門番さんと馬休み亭のお姉さんの名前は今知ったけれど、かなり心配をかけたらしい。湯桶宿には、たしか荷物を預けてあるから心配して当然だ。

 ちなみに。湯桶宿には地下にお風呂があって、一緒に岩盤浴が楽しめる。なんでも、女将さんの旦那さんがライデン国という国の出身らしく、その国にはお風呂の文化があるらしい。毎日泊まると宿泊費がバカにならないから頻繁には泊まれないけれど。


「ええっと…まぁその、心配かけてすみませんでした」

「…背中のカゴを見れば予想がつきます。森の奥まで行きましたね?」

「あっはい…それで迷って帰れなくなりました……」

「あとで皆さんに会いに行ってくださいね。それで、納品されますか?」

「お願いします…」


 ◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎


 かなり品質は落ちたけれど、捨てるのももったいないし、今日は「欲張るとこうなりますよ」という授業料だと思って、早々に報酬は諦めた。

 それでも量が多いだけに時間がかかるので、長い沈黙が続く。


「スバルさん」

「ひゃい!?」

「本当にかなり深い所まで行ったようですね」

「…どうしてそんな事が分かるんですか?」

「薬草の量もそうですが、一番は種類ですね。森の深部にしか群生しない種が一定量ありますから。地図で言いますと、この辺りです」


 あ、当たってる……さすがプロだ…


「当たってます…」

「何か変わった事はありませんでしたか?」

「変わった事……」


 冒険者協会は街の自衛組織でもある。おもに魔物の討伐や、緊急時であれば市民誘導など。数年に一度発生する、いわゆる大量発生(スタンピード)に対応する。そして、それらによる被害を未然に防ぐのも、冒険者協会の仕事だ。

 なので、遠出した冒険者や普段手の入らない所に行った冒険者には、よくこうして聞き取り調査をしているのを見た事がある。もちろん、調査依頼として出されるもあるので、話すと協力金が出る事になっている。

 …多分だけど、聞いたという事にして報酬金を渡そうとしているのだろう。なんという優しい世界なんでしょうね。


「変わった事…かは分かりません。でも、フォレストウルフを見ました」

「フォレストウルフですって!?」


 え、何ですか?フォレストウルフですよ?初心者でも狩れるクソ雑魚魔物ですよ?僕にとっては出会って五秒であの世行きですけどね?…あっ、また心配させてしまっただろうか。


「よく逃げ切れましたね…」

「えぇまぁ…気付かれ無かった……はずは無いんですけど。お腹空いて無かったんですかね、襲われませんでした」

「…それは……変ですね。フォレストウルフは自分の領域に入る事を絶対に許しません。ですが…わかりました。一匹だけですか?」

「いえ、四匹いました」

「四…っ!?……四匹とも、襲わなかったんですか?」

「そうです。まるで僕が見えてないみたいに、真横を素通りして行きました。こっちは腰を抜かして動けなかったっていうのにです」


 話せば話すほど、心配の種と、謎が増えていく。むしろこの話が僕の嘘か、夢か幻の類いであってくれと言わんばかりの心境だ。


「……それは、普通のフォレストウルフでしたか?」

「普通…だと思いますよ。強いて言えば、一匹だけすごく大きかったくらいです」

「大きい…ですか?」

「はい。セント……じゃなかった。三匹は僕の膝あたりの大きさでしたけど、その一匹は僕の腰くらいありました」


 思い出すだけで、背筋が凍って股間が縮み上がる。二度と遭遇したくない。


「スバルさん…」

「はいなんですか」

「それは『フォレストウルフ』ではなくて『フォレストファング』です」

「ふぁん…ぐ……?」


 ついこの前、何かで見たなぁ。あ、図鑑だ。薬草図鑑を返したときに、時間があったから魔物図鑑を流し読みしたんだった。たしかウルフの上位種で、等級は……?


「フォレストファングって、たしか討伐等級は銅でしたよね?」

「四匹の群れでしたら銀等級です」


 銀等級ともなると、緊急依頼扱いのはずだ。しかしまだ実害が出ていない以上、緊急討伐にはならない。


「ひとまず調査依頼を発行します。情報提供ありがとうございました。それから、こちらが今回の報酬と情報料で……」


 そう言って報酬を渡してくれた瞬間。協会の扉が勢いよく開けられ、血塗れの人を肩に担いだヴォルフさんが入ってきた。


「おい誰かッ!今すぐ止血剤と回復薬持ってこいッ!手の空いてるヒーラーも手を貸してくれ!!」


 ◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎


「ぅ……」

「気が付いたか!」


 ヴォルフさんが担いできた人は、幸いにも峠を乗り越えた。僕が直前に納品した薬草が無ければ、回復薬が足りずに命を落としていたそうだ。


「…ここは……」

「安心してください。ここはウィンドの冒険者協会です」

「意識がハッキリしたなら、悪いが何があったのか説明してくれ。俺は森の入り口で倒れてるアンタを運んできただけなんでね」

「森の…そうか、なら生き残ったのは俺だけなのか……ここまで運んでくれてありがとう。俺は鉄等級のブレイド」


 ブレイドさんはゆっくりと話し始める。彼は昨日から石等級の冒険者数人を引き連れて、フォレストウルフの討伐に向かっていた。任務は順調に進んだが、終わる頃には日が暮れたので夜営をしたらしい。数時間置きに見張りを交代しつつ、眠りに入ってからしばらく後。外からの悲鳴に目が覚め、武器を手に飛び起きると、普通のフォレストウルフより二回りも大きな狼の影を見たそうだ。


「それで、みんな散り散りに逃げて……」

「そのデカイ奴が出たのは、地図で言うとこの辺りか?」

「そ、そうだ!俺は川に近いここで夜営をしていたんだ!でも、どうして……」


 ヴォルフさんは冒険者協会の人と顔を合わせて、コクリと頷く。そして、どうして呼ばれたのかよくわかっていない僕を手招きした。


「スバル、お前が見た位置とは、どこだった?」

「場所ですか?位置的には…この辺ですかね。ちょうど水を飲んでいた所でした」

「時間は、分かるか?」

「ええっと…日はもう沈んでたと思いますけど、まだ空が明るい時間でした」

「…間違い無い、同じヤツだ」


 話をまとめると、僕が昨日見たフォレストファングが、僕の見た位置と近い所で夜営していたブレイドさん達を襲って、ブレイドさん達は勝てないと踏んで逃げてきたって事らしい。


「すぐに討伐依頼を作成してきます!」

「俺も行く。ブレイド…って言ったな。お前は安静にしていろ」

「すまない…もし、他の奴らを見つけたら……」

「…わかっている」


 協会の人が部屋を飛び出し、すぐに手続きを始める。ヴォルフさんや他の人も足早に部屋を出て行き、残ったのは僕とブレイドさんだけになった。


「…君は、行かないのかい?」

「僕は木等級なので」

「…そうか……ん?でも、さっき俺を襲ったフォレストウルフを森で見たって…」

「見ました。でもどうしてか、襲われなかったんです」

「襲われなかった…?失礼かもしれないけれど、君は魔力をどれくらい持っているんだい?」

「魔力は無いんです。だから魔法も、魔道具も、測定器だって使えません」

「魔力が無い……?」


 ブレイドさんはしばらく考え事をして、やがて何かを思い付いたような表情を浮かべる。


「もしも魔力が、本当に空っぽのゼロだとして。襲われなかったのはもしかしたら……魔物には、君が認識できないのかもしれないね」

「…?どういう事ですか?」

お読みいただきありがとうございますー

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