キャンプ日記 その1
のんびり気まぐれに更新していきますー
かららん、という木のベルが来客を知らせると、うるさかった周囲の人達が一瞬だけこちらを見やる。だがすぐに元の喧騒を取り戻し、誰も来客に興味を示さなかった。
「こんにちは、スバルさん。納品ですか?」
「はい。お願いします」
スバル、と呼ばれた彼は、入り口からまっすぐ受付に向かうと、自分の身分を示す会員証と一緒に、カゴいっぱいに摘まれた薬草をカウンターに置く。
「今日はコレもお願いします」
「ホーンラビットの角ですね。買取ですか?納品ですか?」
「一部買取でお願いします」
「分かりました。では……今日は銀貨五枚と銅貨二枚ですね。他にはございますか?」
「ありません」
「分かりました。ではまたのご利用をお待ちしてますね」
差し出されたお金を財布にしまうと、スバルは空になった薬草カゴを背負って施設を後にした。
「…疲れたなぁ……」
もうすぐ日が暮れ、街は夜の闇に包まれる。歓楽街は賑わい、裏路地にはスリやチンピラなどが出歩き始めるのだ。
「今日の稼ぎが銀五銅二、貯金と合わせても大銀三銀一、宿を取ると……ちょっと厳しいかな…」
この辺りの宿屋は、安くても銀貨三枚はする。今後を考えるともう少し貯金しておきたい所だけど……仕方ない、今日も外で野宿するか…。
「野宿…野宿か……ふふ…」
矢飼昴、それが僕の名前だ。高校を卒業して働きつつ、休日はバイクに乗ってデイキャンプをするのが好きだった。
その日も朝からバイクに乗って川沿いのデイキャンプ地まで行き、ついうとうとしてしまって、気がついた時には日も暮れて夜になっていた。
暗がりの中でテントやチェアを片付けていた時、うっかり足を滑らせて川に真っ逆さま。溺れたのか、頭を打ったのか、気がついた時にはもうこの世界にやって来ていた。そう、僕は異世界に転移してきていたんだ。
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「…今日はこの辺でするか」
街中で夜を明かすとなると、強盗に襲われる危険がある。しかし一歩外に出れば、それらの心配はほとんど無い。代わりに魔獣と呼ばれるモンスターが虎視眈々とこちらの命を狙っているけれど。
「まぁ、街に近ければその心配もほとんど無いんだけどね」
魔獣とて、知能は無いが馬鹿では無いらしい。街に近づけば即刻討伐されると分かっているからだ。
「さてと、まずは火を起こして寝床の準備をするかな」
荷物をごそごそと漁り、僕の顔の倍はあるであろう、片方だけ持手の取れた丸い浅鍋を取り出す。周辺から手頃な石を三つほど三角の形になるように配置して、鍋をその上に置いた。
「本物の自然ってだけあって、薪に困らないのは良いところだよなぁ」
そこら辺に生えている木から、枯れ枝を採取する。生きている木でも、不要になった枝は自ら栄養の供給をやめてしまう。そういった枝は手で簡単に折れるうえ、程よく乾燥していて焚き付けにはちょうどいい。
それらを鉄鍋の中に放り込み、採取した枝の中から太めの枝を選び取って、薬草採取に使っているナイフで、枝の先端を毛羽立たせた。フェザースティックの完成だ。
「あとは火打ち石で…」
慣れた手つきで石を打つと、飛んだ火花が枯れ枝に着火。みるみる大きくなり、小枝を灰に変えて行く。先程、納品のために立ち寄った施設で買った木炭を数個入れると、今度は事前に乾燥させておいた大きな薪を放り込む。
ここまで進めて、ようやくキャンプの準備が整った。
「今日はうさぎ肉が手に入ったから、久しぶりに肉入りスープにしよう」
慣れた手つきで野菜を細かく刻み、調理用鍋に入れる。もう少なくなった水筒の水を残らず投入し、炭に燃え移った頃合いをみて焚き火の中へ。
ぐらぐらと煮立つのを待ち、味付けはあえて塩とブラックペッパーのみで。野生の獣肉は独特の臭みがあるので、香草と一緒に鍋で煮込む。
「……よし、しばらくは大丈夫かな」
肉に火が通るまで待つ間に、寝床の準備をする。日は完全に落ちたが、焚き火のおかげで手元は明るい。なるべく平坦な場所に継ぎ接ぎされた毛皮を敷き、荷物の中から1メートルほどの細い鉄棒を四本取り出す。
まず一本目を毛皮の端、地面に対して斜めになるように設置し、上から石で殴って地面に刺す。
それと対になるように反対側も斜めに打ち、少しだけ上の方を十字に交わらせてロープで結ぶ。
残った二本は、一本の長い鉄棒になるように結び、さきほど作った鉄棒十字部分に立てかけた。
あとはボロボロの布地を上から被せて、垂れた下の部分を石で押さえつければテントの完成だ。
「そろそろ出来たかな……お、いい具合に柔らかくなってる」
自作の箸で肉を刺すと、中から肉汁がスープの中へと溢れ出す。血の色が出てくる気配も無さそうなので、鍋を焚き火から引き上げた。
「…いただきます」
まずはスープから。小皿に移すなんて洒落た真似はせず、豪快に鍋から一気にいただく。鍋が熱くて火傷するので、液を傾けて口から迎えに行った。
「……ほふぅぁ…」
野菜と肉の旨味がスープに溶け出し、ほとんど塩しか味付けをしていないのに食欲をそそられる。コンソメスープとはまた違った、優しい味だ。
「野菜はどうかな…?」
半透明になるまで煮た野菜類。異世界産のよく分からない野菜を大量につかまえて、したたるスープと一緒に口の中へ。口に入れた瞬間から、ほろほろと繊維が崩れてトロトロのペーストになる。噛んでいるのか飲んでいるのか分からなくなるほど旨味の凝縮された野菜を飲み込むと、ふわりと鼻を通るのは野菜本来の甘味。
「さて、メインの肉は……?」
あえて切らずに入れた兎肉。箸を置き、飛び出た骨を持ってかぶりつく。鶏肉のようなサッパリとした食感。危惧した獣臭さは抜け、むしろ香ばしい野生の味が鼻を突き抜ける。牛や豚のような脂っこさは無く、ササミ肉に近い。
「旨い……」
気が付けば完食し、鍋の中は一滴も残っていなかった。総評、兎肉しか勝たん。
「そろそろ寝るか……明日も働かなきゃな…」
まだ赤く燃焼する炭を火消し用の密閉缶に放り込み、上から灰も全部入れて蓋をする。それをテントの中の足下に設置して暖を取りつつ、入り口は開放して僕は眠りについた。
3話くらい連日投稿したいですねー
ゆるーく息抜き更新していきますので今後ともよろしくですよー