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前編



 第一希望の大学に合格した俺は、親元を離れて一人暮らしをすることになった。

 ゾール55は、地球からは随分遠いが、近年新しく(ゲート)が発見されて、驚くほど近くなったラス星系の第五惑星だ。

 住みたい星ランキングの常連であり、治安も良いことで有名とくれば、行ってみたくなるというものだろう。

 進学先を決めるにあたり、俺はゾール55について調べた。

 ゴーグルを装着して星域インターネットに潜るが、これといった情報が見つからない。

 俺が住む太陽系から離れすぎているため、通常の検索(ダイブ)では網にかからないのかもしれないな。星域ネットはアバターと同化するぶん、視覚情報において圧倒的な体感を得られるが、人の身体に準じた制限もかかるのだ。


 住みたい星ランキング一位の楽園都市が、未開の地であるわけがない。

 となれば、情報規制か。

 ネットを介した接触は受け付けず、生身での入国のみを良しとしているのだろう。


 学校の事務局を通して、大学の情報を手に入れた。

 試験や面接は通信回線を介しておこなわれたため、実際に赴くのは今日が初めて。

 そして、いきなり困難にぶち当たった。



     ж



 "証明写真をご提示ください"



 定期旅客船から降りた後、手荷物を受け取って建物の外へ出ようとした途端、目の前に黄色い警告文字が浮かんだ。

 警告にはいくつか種類があり、黄色い文字の場合は注意を促すもの。これらを無視することもできるが、リミットは五回。その後、赤色警告に変わり、それを三回無視すると罰則が科せられる。

 冗談じゃない。新生活への第一歩を踏み出す前に、強制送還されてたまるかよ。

 空中に浮かぶ警告文字を睨む俺に気づいたか、職員が近寄ってきた。


「お客様、どうかされましたか?」

「いや、警告が出て、証明写真――」

「ああ!」

 こちらがすべてを言い終える前に合点したように頷き、笑みを浮かべた。

「他星域から来られた方ですね。この国では、すべてにおいて『証明写真』が必要なんですよ」


 証明写真とは、その名の示す通り、自身を「証明」するもの。

 そこにはありとあらゆる生体情報が記されており、提示することで、すべての施設で生体認識されるという。

 セキュリティ対策としては、虹彩認証を採用する国がほとんどだが、ここでは独自のシステムが構築されている。星域一帯に発生している宇宙線の影響なのか、ジャミングがかかっており、一般的なネットワークが使えないせいらしい。

 ゾール55の情報を調べようとして接触できなかった理由は、これだったようだ。



 宇宙港には、証明写真を発行する装置が設けられていた。

 職員曰く、所持していない外星人は存外に多いらしい。そもそも他にはないシステムなのだから当然だろう。

 旅行用カートを携えた人が列をなしており、球体型の筐体に消えていく。

 並んで順番を待っていると、ほどなく俺の番になり、前の人と入れ替わるように中へ入った。

 球体の高さは成人男性の背丈ほどあったが、内側は思った以上に狭い。無機質な銀色の壁面のせいで、圧迫感もある。

 部屋の中央には、淡い光で足形が描かれていた。


『足形の上にお立ちください』


 アナウンスが響いた。

 促されるまま指定の位置に立つと、壁面が発光しはじめる。やがて皮膚の表面を撫でるように光が身体を包み、足元から頭頂へ向かって上がっていく。


 ――スキャニングか。


 病院で、似たような検査を受けたことがある。ありとあらゆる方向から、身体の組織を調べることができるもので、円筒形の装置に寝かせられたものだが、それを縦型にしたものなのだろう。

 見えない『目』が、俺の身体を調べ尽くしていく。


『生体情報をご確認ください』


 声が告げるのと同時に、空間に文字が表示された。


 モリノ・ユウヤ Age18


 渡航先における身分証明証となる、星間パスポートに記載されている情報と同様のものだったが、詳細を確認していくうちに、それだけではないことがわかってきた。

 生年月日に加え、生誕時刻までもが記載されている。俺も知らない情報だから、合っているのかどうかは定かではない。

 しかし、スキャニングによる医療技術は進歩している。細胞を分析することによって、それらがいつ発生したのかがわかるというし、身体組織の活性具合を解析すれば、逆算することも可能なのかもしれない。

 転居歴もある。俺の父親は転勤族だったので、初等科時代はあちこち動いた。ひどい時には一ヶ月単位で転校したもので、いちいち記憶していない学校の名前もそこに明記されている。

 忘れてしまったと思っていることも、情報を引き出せないだけで実は覚えているのだという。脳をスキャンすることで、普段は忘れている記憶もサルベージされたのだろう。


『お間違いがなければ、承認を宣誓コールしてください』


 あれだけの情報をすべて確認するヤツなど、いないのではないだろうか。

 俺が「承認します」と告げると、表示されていた文字が一度輝いて、消える。次に現れたのは、緑色の楕円型。


『枠の中に顔が収まるよう、位置を調整してください』


 図形の右隣にある矢印で、変更できるらしい。

 微妙な調整をしたあと、撮影と書かれたキーを押すと、古式ゆかしいシャッター音が響き、空中に俺の顔が浮かび上がる。撮り直しもできるらしいがそのまま手続きを進め、数分後、無事『証明写真』を手に入れた。



     ж



 宇宙港を出る前に、サービスセンターに立ち寄ることにした。

 証明写真とやらをどう扱えばいいのか、予備知識を仕入れておくべきだと判断したからだ。


 旅行者に発行される期間を限定した物があれば、進学や留学、あるいは単身赴任といった形での、永住権を持たない人への物もある。

 この星に住んでいる人は、生まれた時に病院で発行されており、成長の早い幼年期は一年置きに顔写真を撮り直す必要があるという。

 俺が手にしているのは、学生用の証明写真。年単位で在住することを前提にした機能が備わっている。

 例えば、支払い。

 家賃や光熱費といったものだけではなく、日々の細々とした買い物も証明写真で決済が可能なため、現金を持ち歩く必要がないそうだ。


「口座変更も可能です。購入品によってお支払いを分けられる場合は、その都度、選択してください」

「どんな口座でも指定できるんですか?」

「主要な銀行は取り扱っております。地方銀行などには対応していない場合もありますが」


 俺が持っている口座は、銀河星系における三大銀行と呼ばれる大手のひとつ。問題はない。


「現金を使う場所はないんでしょうか?」

「ないわけではありませんね。例えば、一時的に立ち寄っただけの方などは、数時間の滞在のためだけに決済登録をする方はいません。銀河共通の通貨単位であるプロンを採用しておりますので、もしもの時はお使いになってください」


 対応してくれたお姉さんがやたら美人だったこともあり、俺はついつい長居をして、あれもこれもと訊ねてしまった。

 お姉さんは嫌がりもせず、すべて笑顔で答えてくれた。

 いい人だ。

 そして、すげーいい匂いだった。



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