第9話。「旅行(中)」
突然ながら、今ぼくの目の前には絶景が広がっている。
青い空、白い砂浜、綺麗な海、そして波打ち際で遊ぶ可憐な少女達!
美優の水着はビキニタイプ。だけど下にはスカートみたいのを着けている。こういうのって何て言うのかな?
まあ妹に欲情するほど、ぼくも変態じゃない。
お次は皐月さん。
皐月のトランクスタイプの水着。意外にも胸が結構あることに驚いた。
次はイヴ。
イヴの水着は何故かスクール水着。そして何故か胸の中央にはイヴと書かれている。
どうせ綾瀬の仕業だろうが……ナイス綾瀬!
そして最後は綾瀬!
綾瀬の水着はビキニタイプでヒモタイプ! これ以上言う事はありませーん!
「どうですか神坂君。楽しんでますか」
「うん! 存分に楽しませてもらってるよ!」
「そうですか。それはなによりです」
そう言ってみんなの下へ戻る綾瀬。
この時はぼくは楽しさのあまり、大事な事を忘れていた。
そう、これがあの綾瀬主催の旅行だという事を。
綾瀬の別荘へと帰ってきたぼく達。
時刻はお昼過ぎでお風呂で汗を流した後、お昼を食べようという事になった。
別荘のお風呂は男湯と女湯と2つに分かれていた。
「神坂、覗いちゃダメだからね!」
「わ、分かってるよ」
顔を赤くしながら言う皐月さん。思わずぼくの顔も赤くなる。
「お兄ちゃん、後で背中流しに行ってあげよっか?」
「……却下」
いくら妹とはいえそれはアウトだろ。美優には、兄とはいえぼくも1人の男なんだって言う事をそろそろ分かって欲しい。
「スバル」
「何?」
「今日は一緒に入らないのか?」
はいぃぃぃいいいい!?
「「今日は!?」」
声を揃えて詰め寄る皐月さんと美優。
「ち、ちょっと待って! 誤解だって!」
「うむ。嘘だ!」
「「「えっ!?」」」
今度はぼくも加わり3人の声が重なる。
「ユリがそう言えばおもしろくなると言ってな」
「こら! ダメじゃないですかイヴちゃん」
珍しく怒っている様子の綾瀬。
きっと綾瀬もほんの冗談で言ったつもりで、まさかイヴが本当に言うなんて思ってなかったんだろうな。
「ネタばらしは帰ってからって言ったじゃないですか!」
「それはもっとダメだよね!?」
「おかげでAプランが失敗してしまいましたわ……」
「何!? Aプランって何!?」
「すまん……」
「いいんですよイヴちゃん」
素直に謝るイヴに綾瀬は笑顔で応えていた。ほほえましい光景だ。
「zプランまでありますから」
「z!? 大文字通り越して小文字までいった!?」
「それは楽しみだ」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ神坂君」
「ハッピーENDもあるの?」
「もちろんですよ……」
やめよう。これ以上突っ込んだら負けだ。
「じゃあみんなまた後で」
そう言い残しぼくは男湯の方へと走っていった。
多分綾瀬はそんなぼくの姿を見てほくそ笑んでるだろう。
とはいえ、あの場にあれ以上いたら一体どうなっていた事やら。
「おおー!」
服を脱ぎ、浴場に行くとそこには全長10mはありそうな巨大なお風呂があった。
入ってみると湯加減もちょうどいい。
「ふぅ~極楽極楽」
ちょっとオヤジくさいかな。まあいいか誰もいないんだし――。
「そうですか。お気に召していただいて何よりです」
――ってあれ?
「誰かいるの?」
「これは失礼いたしました。」
そう言って風呂の奥から近づいてきたのは筋肉隆々の男の人だ。
「あの、どちら様ですか?」
「これは失礼いたしました。私、綾瀬お嬢様の身の回りのお世話をさせてもらっている篠田と申します」
近くで見ると想像よりも随分若かったのに驚いた。多分20半ばくらいかな?
「えっと……ぼくは綾瀬さんの同級生の――」
「神坂昴様ですね」
「は、はい」
「神坂様のことはお嬢様からよく聞いております」
「そうですか。どんなことを言ってましたか?」
「……それはお聞きにならないほうがよろしいかと」
「あはははは……そうですか」
そうですか。
「まあ今のは半分冗談です。お気になさらないでください」
「残り半分は!?」
さすが綾瀬の執事さん……。
「では、お夕食の支度がありますので私はそろそろ失礼します」
「えっ? 篠田さんが作るんですか?」
「はい。お嬢様の食事は全て私が作らせていただいてますので」
「……大変ですね」
「それはもう」
「それも半分は冗談ですか?」
「10割ほど本気です」
そう言って笑う篠田さんはとってもかっこよかった。まるで歴戦の勇者のように。
『聞こえてますわよ』
「…………」
「…………」
『うわー大きいお風呂ね!』
『うむ! スバルの家のとは大違いだ』
『綾瀬さん。さっき何か言いました?』
『何でもありませんわ。さあ皆さん早く入りましょう』
(……それでは神坂様。私はこれで)
(待って! 置いていかないで!)
こうしてぼくの入浴時間は5分も経たない内に終わった。
篠田さんと話したのはこれが初めてだけど何か親近感がすごく沸いた気がする。
時刻が午後6時を回った頃、やっと女性陣たちがやっとお風呂から上がってきた。
風呂上りのみんなはいつもとちょっと違う雰囲気に見えて、ぼくは少しドキドキしていた。
「神坂、何か不潔」
「えっ!? ぼくまだ何にもしてないよ!?」
「まだって何よ! 『まだ』って!」
「それは夜になったら何かするということですわ」
「違うよ!」
「お兄ちゃん!」
「だから――」
「皆様、お料理の準備が整いました」
そう言って深々と頭を下げていたのは篠田さんだった。
篠田さんナイスタイミング!
「そうですか。では皆さん行きましょうか」
「うむ!」
頭を上げた篠田さんはぼくにだけ分かるようにウインクをした。
それを見たぼくは篠田さんが意図的にぼくを助けてくれた事を悟った。
お礼にぼくもウインクを返す。
篠田さんとはいい友達になれそうだ。
「……篠田さん。私の邪魔をするとはいい度胸ですね」
綾瀬が小さく何か呟いたような気がするのは気のせいだろうか……。
いや、篠田さんの顔が青ざめてるあたり気のせいじゃないようだ。
その場で固まる篠田さんをよそに綾瀬は鼻歌交じりにリビングへと歩いていった。
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
夕食は想像以上に豪華だった。
和食から始まって洋食、中華、それにどこかの民族料理まであり、そのどれもがとても美味しく、しばらくファミレスで食事は出来ないとそんな思いさえ抱かせた。
イヴは終始ご満悦の様子で、食べ終えた皿は回転寿司のように積み重ねられている。
「皆さんお口に合いましたかしら?」
「「「「もちろん!」」」」
みんなが口をそろえてそう言った。
この料理を食べてマズいだなんていう人なんて絶対にいないって断言できる!
「そうですか。それは良かったですね篠田さん」
「はい」
「大変でしたか?」
笑顔で訊く綾瀬……って綾瀬!? 目が笑ってないよ!
「いえ……そんな事は……」
「そうですよね。もう慣れていますものね」
「…………」
言葉を失う篠田さん。
っていうか綾瀬まだ根に持ってたのか……。
「それでは皆さんお部屋に戻りましょうか。今日は朝まで寝かせませんよ」
「その言い方だと何だかエロいよ綾瀬」
「……神坂不潔」
「えっ!? ぼく!?」
「イヤですわ神坂君ったら。朝までやる事といったら1つしかないじゃないですか……」
「それがエロいって言ってるんですけど!?」
「トランプです」
……嘘だ。絶対嘘だ。
「よく分からんが楽しそうだな!」
「ええ、とっても楽しいですよ。……とっても」
耐えろ。耐えるんだぼく!
「それじゃあ部屋に戻りましょう」
そうしてリビングを後にし、ぼくは一度自分の部屋へと戻り綾瀬達のいる部屋へと向かった。
中へ入ると早くもパジャマ姿のみんながいて、特に綾瀬のパジャマは胸元が大きく開いていて目のやり場に困ってしまう。
「お兄ちゃん、今やらしい事考えてたでしょ」
「な、何言ってんだよ!」
我が妹ながら鋭い……。
「それじゃあ早速始めましょうか」
そう言って綾瀬はぼく達に棒のようなものを一本ずつ引かせた。
ぼくが手に取った棒の端は赤く塗られている。
「王様だぁ~れ?」
「は~い……って待てー!」
「何ですか?」
「何ですか? じゃないよ! これってもろ王様ゲームだよね!? トランプまったく関係ないよね!?」
「イヤですわ神坂君」
「…………?」
「私が本当にトランプをやるとでも思ったんですか?」
「思って――」
ない……ないけど……ないけど!
「それより美優と皐月さんはいいの!?」
「うん。別にいいよお兄ちゃん」
「あたしも。王様ゲームってした事ないからよく分かんないけど」
キョトンとした顔で答える2人。
分かってない……2人は王様ゲームっていうのは、その場にいる人次第で良くも悪くも変わるっていう事を。
「楽しくなってきたな」
そして何も分からず無垢な笑みを浮かべてイヴ。
隣では何もかも分かっていて笑っている人がいるけど……。
「それじゃあ神坂君どうぞ」
ああそうかぼくが王様だっけ。
「えっとじゃあ……」
とりあえず何か平和なものを。
「2番の人が―――」
「却下です」
「まだ何も言ってないけど!?」
「今は時代、王様の独裁なんか許されません」
「理不尽だ!」
「それじゃ次にいきましょう」
有無を言わさずくじを回収されるぼく。
えっと次は……2番か。
「「「「「王様だぁ~れ?」」」」」
「はい!」
手を挙げたのは―――まずい! 綾瀬だ!
「何にしようかしら?」
不敵に微笑む綾瀬。周りではそんな事も露知らず無邪気に笑う3人。
「それじゃあ―――」
2番は来るな2番は来るな2番は……。
「神坂君が3番をマッサージ」
「却下ー!」
「何故ですか?」
「理由1!番号じゃなくぼくをそのまま指名した事! 理由2! ぼくが男だから!」
「3番誰ですか?」
「スルー!? 理由聞いておいてスルー!?」
「あっ、あたしだ」
そう言って手を挙げたのは皐月さん。美優やイヴならともかく皐月さんは……。
「皐月さん。無理なら無理って言っても―――」
「却下です」
「王様の独裁は許されないはずだよね」
「イヤですわ神坂君分かってますよ」
「なら――」
「でもこれはゲームですから」
うん。確かにその通り。確かにその通りだけどさ……。
「それじゃあ始めてください」
これ以上の反論は無意味だと感じたぼくは綾瀬の言うとおり皐月さんの肩に手を置いた。
「それじゃあいくよ?」
「う、うん」
女の子だからな。そっと優しく優しく。
「あっ……」
「ごめん! 痛かった?」
「い、痛くない。大丈夫だから……」
そうは言ってるけどもうちょっと優しくしたほうがいいのかな?
「ん……! そ、そこ……」
「こ、ここ?」
「あっ! 気持ちいいよ神坂……」
何かどんどん変な気持ちになってきた……!
心臓がはちきれそうなほど高鳴ってるのが分かる。
もっと……もっと、もっと。
「ストーーップ! ストップストップ!」
そう言って美優はぼくを押しのけるようにして、間に入ってきた。
「お兄ちゃん何してんの! 皐月さんも何変な声上げてるんですか!」
「ご、ごめん……」
「さあ綾瀬さん、次いきましょ次!」
一体何回続くんだろうか。
そう思いながらくじを引くと……今度は4番か。
「「「「「王様だぁ~れ?」」」」」
「はい!」
手を挙げたのはまたもや綾瀬。
くじに仕掛けがあるんじゃないかと思ってくる。
「それじゃあ2番と4番がポッキーゲーム!」
今度はちゃんと番号で言ってくれたみたいだ。まあ当たってるから意味はないけど……。
それにしてもポッキーゲームだなんてどこで知ったんだろう綾瀬?
「はい……ぼく4番」
「2番はワタシだ」
イヴ、ポッキーゲームが何か知ってるのかな?
「イヴちゃんポッキーゲームって知ってますか?」
「知らないな」
「それじゃあちょっと耳を貸してくださいますか?」
そう言って綾瀬はイヴに何か耳打ちしている。
嫌な予感がするな……。
「それじゃあお互い端を咥えてください」
言われたとおり端を咥える。
「それじゃあスタート!」
その瞬間イヴが猛スピードでポッキーを食べ始めた!
慌てたぼくは一口も食べず咥えたポッキーを口から離してしまった。
「やったー! 勝ったぞ!」
勝った!?
「ちょっと何やってるのイヴちゃん!」
「何ってポッキーゲームだが?」
「……綾瀬さんに何て言われたんですか?」
「どっちが早くポッキーを食べるか競争するゲームだと」
「綾瀬さん!」
「次いきましょうか」
「「却下ー!」」
しかしぼくと美優の提案は華麗にスルーされ王様ゲームはこの後、夜遅くまで続いた。