第5話。「美優」
「それでお兄ちゃん!」
「はい」
「この子は誰?」
「あ、なんかデジャヴだ……」
「はぐらかさないで! 大体お兄ちゃんは……」
この子は妹の美優、中学3年生。
美優はとても成績優秀で都内でもトップクラスの高校に推薦で入学が決まっているらしい。
そのせいか時折、こうして実家からぼくの家に遊びに来る。
「分かった? って聞いてるのお兄ちゃん!」
「えっと……うん。何だっけ?」
「まあいいわ。それじゃあ話を本題に戻すけどこの子は一体、どこの誰なの?」
「じゃあイヴ自己紹介しなさい」
「…………?」
「どうしたイヴ?」
「イヴちゃんって言うんだ。この子外国人でしょ? 日本語喋れないんじゃないの?」
「そんなわけ……」
「あいきゃんすぴーくいんぐりっしゅ」
「ほら、やっぱり」
「こ、こいつ……」
その時、イヴは勝ち誇ったような顔をしていた。
「でも大丈夫。私英語得意だから」
「あいむはんぐりー」
「この子、お腹空いたって言ってるよ?」
「ぼくでも分かるよ!」
言いたいことは分かってる。
つまり助けて欲しいならうまいものを食わせろと、そういうことだろう。
「……わかった。夕飯は何でも好きなもの食べさせてあげるから」
「だからお兄ちゃん、日本語は……」
「スバル! それは本当だろうな!」
「喋った!?」
「よし! それではそこのスバルの妹の、ミユと言ったか?」
「は、はい?」
「わたしの眼をよく見ろ」
「眼?」
するとイヴの眼がまた金色に変わっていく。
「わたしの名はイヴ。スバルとは遠い親戚。両親が他界したわたしは他に行く当てもなくスバルの家で一緒に暮らすことになった」
これで一安心……そう思ったのも束の間、美優を見てみると表立った変化はなくただ呆然としていた。
「何を言ってるの?」
固まる2人。
「なぜ効かん?」
「いや、ぼくに聞かれても……」
「お兄ちゃん」
「な、何?」
「本当の事を言って。じゃないとお父さんとお母さんに言うからね」
美優の真剣な眼差しを見てぼくは、理由は分からないけどイヴの魔眼が効かない今、これ以上ごまかすのは無理だと確信した。
「わかった。美優、本当の事を話すよ」
「うん」
「イヴはバンパイアなんだ」
「……えっ?」
「詳しく話すと……」
「なるほどね」
「分かってもらえたかな?」
「そんな訳ないでしょー! そんな話どうやって信じろって言うのよ!」
「それはそうなんだけどさ……」
「じゃあ証拠。証拠を見せてよ!」
「……うるさい娘だな」
「うるさいって何よ! 今あんたの事を……」
「ほら、これでいいのか?」
そう言うとイヴの背中からコウモリのような黒い翼が生えた。
「これでもまだ信じられないと言うのなら次はお前の血を頂くぞ」
イヴはニヤリと笑い長く鋭い犬歯を見せた。
「…………」
「み、美優?」
「どうやら気を失っているな」
「おい美優、美優!」
「……お兄ちゃん? そうだ私!」
「大丈夫か?」
「う、うん。さっき見たのは夢……かな?」
「残念だけど本当だよ」
「そうだよね。だってこんなにはっきり覚えてるんだもん」
「ようやく信じたか。小娘」
「ええそれは認めます。でもねそれはあなたがお兄ちゃんと同居していい理由にはならないわ」
確かにその通りだとぼくは思った。
「理由ならあるぞ」
「是非、聞きたいわね」
「それはなスバルがわたしに惚れ……」
「ほ、放っておけなかったから! 美優だってたとえバンパイアでもこんな小さい子が夜中に1人でいたら放っておけないだろ?」
「それは……」
「だから父さんと母さんには内緒にしてくれるかな?」
恐る恐る、聞いてみると美優は半分呆れたような口調で答えた。
「……わかったわよ」
「ありがとう美優!」
「どういたしまして。それじゃあ私はそろそろ帰るね」
「じゃあそこまで送っていくよ」
ぼくと美優は立ち上がり玄関へと向かっていく。
「そうだ! お母さんに通知表を持ってくるように頼まれてたんだ。お兄ちゃん頂戴」
「はい」
そう言ってぼくはカバンの中から通知表を出し美優に手渡した。
通知表を見た美優は渋い顔をしていた。
「じゃあイヴちょっと行ってくるよ。」
「さようなら」
「ちょっと待て」
そう言ってイヴは美優を引き止めた。
「イヴどうしたの?」
「さっきの事がどうにも気になってな。その小娘に直接聞こうと思ってな」
「何の事?」
「魔眼の件だ」
「眼を直接見たら暗示をかけられるってやつ? それって例えばガラスの向こうにいる相手とか眼鏡かけてる相手にも効くの?」
「効かぬ。 文字通り直接見なければ暗示をかける事は出来ない」
「なるほど。じゃあこれのせいじゃないかな?」
そう言うと美優は自分の眼に指を当てて何かを取り出した。
「コンタクトレンズ。知ってる?」
「ねえお兄ちゃん……」
自宅の近くまで来ると美優は思いつめた表情でぼくを見た。
「何?」
「また成績下がっちゃったね……」
「……そうだね」
「そうだねって他人事みたいに言わないでよ。受験勉強に集中したいからアパートで1人暮らし始めたんでしょ! なのに成績下がっておまけに塾も勝手にやめてるしお父さん達怒ってたよ」
「……分かってる」
「分かってないよ!」
「美優」
「な、何よ」
「いいから……」
この時ぼくはどんな顔をしていたのか分からないけど美優はひどく悲しい顔をしていた。
罪悪感を感じながらもぼくは美優に謝罪や、慰めの言葉を告げることができなかった。
「父さんに生活費振り込んどくように言っといて」
「……うん」
「バイバイ」
「……うん」
家に帰るとイヴがテレビを見ながら退屈そうに待っていた。
「遅いぞスバル! おかげで背と腹がくっつきそうだ」
「ゴメンね。約束通りイヴが好きなもの食べよう。何が食べたい?」
「……何かあったのか?」
「えっ?」
唐突にそんな事を訊くイヴにぼくは動揺を隠せなかった。
「な、何でもないよ。それより焼肉なんてどうかな? あっそれとも……」
「スバル」
「カレーもいいかな? でも暑いしなー、やっぱり……」
「スバル!」
大声を上げるイヴ。
「何があった?」
「だから何でもないよ」
「なら何故泣いている?」
その言葉を聞いてぼくは自分が泣いていることに気が付いた。
いくら拭っても涙は止まらない。
「あれっ? 何でぼく?」
「スバル……」
イヴはぼくの側に近づくと小さな手でぼくの頭をやさしく包んだ。
「イヴ?」
「大丈夫だ。大丈夫……」
イヴはその後も大丈夫、大丈夫と繰り返し囁いていた。
その言葉はぼくの心の奥底に響き、優しく包まれているそんな感じがした。
「……ありがとうイヴ」
「礼などいらぬ。それより落ち着いたか?」
「うん」
そう言ってぼくは精一杯の笑顔を作って見せた。
「よし! やはりお前には笑顔のほうが似合うぞ」
喜ぶイヴを見ているうちに作り笑顔は次第に自然なものに変わっていく。
「今夜は何が食べたい?」
「そうだな……。さっき言っていた焼肉とやらが食べたい!」
「じゃあ食べに行こっか」
「うむ!」
そうしてぼくたちは焼肉屋へと向かって歩いていく。
歩きながらぼくは横で無邪気に笑うイヴを心から愛おしく思った。