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第3話。「学校」

 翌朝、目が覚めると横の布団には小さな女の子がいた。

 無垢な寝顔で眠る少女。

 ぼくは起こさぬように静かになるべく早く身支度を進める。

「うーん……スバ……ル?」

「あっゴメン。起こしちゃったかな?」

 少女の瞳はうつろで心はまだ夢の中なのかもしれない。

「どこへ行く……」 

「うん。学校にね。」

「そうか……」

「今日は終業式だからお昼には戻れると思う。帰ったら一緒にお昼を食べよう。」

「うむ……」

「おやすみ。イヴ」



 家を出てバス停まで行くと、そこにはよく見た顔ぶれが揃っていた。

「おはよう昴!」  

「おはよう神坂くん」

「おはよう。光、綾瀬」

 桐谷光きりやひかる綾瀬友里あやせゆり。2人はぼくの幼馴染で親友だ。

「ところで、どうして今日は朝練休みだったの?」

「朝練だけじゃなくて今日は一日オフだ。」

「へぇ~、珍しいね」

「その代わり明日から夏休み終わるまでほとんど休みなしだけどな……」

「……ご愁傷様」

「まったくだ。高校生活最後の夏休みだっていうのによ」

 光はサッカー部の主将だ

 高い身長を生かしたヘディングを武器に前線のフォワードとして活躍している。

 陽気な性格と高いルックスで男女問わず(特に女子に)人気があるのだが、当の本人はひどく鈍感でその事に全く気づいていない。まあ女子に言わせるとそこがまたいいらしい。

 ……不公平だ。

「こうして一緒に通学するのも久しぶりですね神坂君」

「そうだね綾瀬。確か執事さんが休みなんだっけ?」

「ええ。執事の篠田さんが今日から一週間、お暇を取られたので今日は久しぶりにバス通学です」

 綾瀬の家はすごい金持ちで住宅街の中でも一際大きい豪邸に住んでいて学校への登下校は自家用車リムジンでしている。

 綾瀬の特徴は一言で言うと……完璧。

 容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能、人望もあり胸もある。

 そして誰隔てなく優しく接する性格と笑顔、カールのかかった茶色の髪(地毛らしい)が人気に拍車をかけ校内でもトップクラスの美人と評判だ。

 男子からの人気は絶大なのだが今まで18年間彼氏が出来たことがない。

 その理由とは……。

「あっ! バスが来ましたよ!」

 そう言って無邪気にはしゃぐ綾瀬。

 慌ててあたりを見渡すと、案の定バス停に並んだ人達の冷たい視線に気がついた。

「あ、綾瀬。もうちょっと静かに……」 

「ねえ見て! あんなに人がたくさん! 乗れるのかしら?」 

「大丈夫だから、もうちょっと声を小さくして!」 

 ……まあ、綾瀬のリアクションはオーバーすぎるかもしれないけど、確かに朝の通学通勤ラッシュのこの時間、バスの中は異様なまでに混んでいて、隙間なく人で埋め尽くされてしまう。

 3年も通っているとさすがに慣れたけど、初めて乗ったときには、本気で転校しようか迷ったな……。

 バスに乗ると、車内はいつも通りの超満員。せめてもの救いはクーラーがきいていることだ。

 次々と押し寄せてくる人の波に耐えながら20分後、ようやく学校の最寄りのバス停に到着した。

「だり~。なあ昴、この時間っていつもあんなに混んでるのか?」

 バスを降りると、光は心底疲れたようにそう言った。

「うん。これ以上混んでるときだってあるし」

「マジで!? いっつも朝練行くときはめちゃくちゃ空いてんのにな……」

 いつも7時前には家を出る光からしたらあの混みようは衝撃的みたいだ。

 光でさえこんなにぐったりしているから、綾瀬は大丈夫だろうか?

 心配して綾瀬の方を目を向けると、綾瀬は光とは打って変わった眩いばかりの笑顔をしていた。

「バスの中って女の子のいい匂いがしていいですね! それに可愛い女の子がいっぱい! 今度から私もバス通学にしようかしら」 

 ……これが綾瀬の彼氏の出来ない……いや、作らない理由だ。




 気がつくと終業式が終わっていた。

 いや、正確には目覚めたときにはの間違いか。

 昨日ほとんど寝ていないせいか終業式の間、爆睡してしまっていたらしい。

 その後、教室に帰ってからも眠気は収まらずホームルームの間も眠り続け、寝ぼけ眼で成績表を受け取ったとき、ようやく意識がはっきりした。

 ……まあ、そりゃそうか。

 席へ戻るとそのまま成績表をカバンの奥へと入れた。

 もう眠くはないけれど、ぼくは机に突っ伏して眼を閉じ、眠れないままホームルームが終わった。 



「なあ昴、今日お前の家行っていいか?」ホームルームが終わると光は唐突にそう言った。

「いいですね! 私もご一緒してもいいですか?」 

 それに続いて綾瀬まで……。

「まあ別にいいけど……」

 2人が来るのはよくあることだし、どうせ家に帰っても1人だし……。

 ……1人? いや、違う! マズい! このままじゃ……。

「よし! じゃあ一回家に帰ってそれからそのままお前の家に集合でいいよな?」

「はい! 楽しみですわ」

「あの、2人ともちょっと……」 

「そうだ! 明日から夏休みなんだしどうせなら泊まっちゃおうぜ」

「それはいいですわね。早速お父様に連絡しなく……」

「2人ともちょっと待って!」 

「ん? どうしたんだ?」 

 ど、どうしよう……何て答えよう……。

「あの……そうだ! 今日予定があるのを忘れてたよ!」

「そうなんですの?」 

「うん! だから今日は悪いんだけど……」

「で、どんな用なんだ?」

「そ、それは……えっと……。」

 家庭訪問、妹が遊びに来る、アルバイト? ダメだダメだ! そもそもバイトしてないし……っていうか2人のあの目。間違いなく疑ってるな……。

「何か怪しいな。もしかして女か?」 

「ち、違うよ! そんなわけないだろ!」

 力いっぱい否定したのが裏目に出たのか、2人はここぞとばかりに詰め寄ってきた。

「違う? じゃあどうしてそんなムキになってんだ?」

「えっと、それは……」

 ヤバい、言葉が見つからない!

「これは詳しく聞く必要がありそうだな。なあ友里」

「はい! 楽しくなってきましたね」

「楽しくないよ!」 

 こうなったらもう最後の手段……逃げる!

「おもしれえ……俺に走りで勝てると思うなよ!」

「2人とも、頑張ってください!」

 ぼくは後ろを振り返らず走った。とにかく走った。

 廊下の人混みが幸いしたのか、昇降口まで捕まらずにたどり着いた。

 急いで革靴に履き替えて学校から出ようとしたその時……。

「神坂!」

 ヤバい! ……だけどこの声、光でも綾瀬でもないし……。

 振り返ってみるとそこにいたのは同じクラスの委員長。西野皐月にしのさつきさんだった。

 肩まで届かないくらいのショートカットと眼鏡がいかにも委員長って感じだ。

 眼鏡をかけているせいか気付かない人も多いけど、西野さんはかなり美人だ。

 だけどいつも怒ってばかりだし、偉そうって理由で、男子からの人気はあまりない。

「どうしたの? 西野さん」

「あんた進路調査のプリント、まだ先生に渡してないでしょ!」

 ああそういえば確かに。

「うん」

「『うん』ってあんた……出さないとあたしが怒られるんだから今日中に出して帰りなさいよ!」

「それは……」

 無理無理無理、絶対無理!

 だけどそんな事言ったら絶対怒るしな……。

「何よ。あんた今日都合でも悪いの?」

「えっとそ、そうなんだ! 実は今日これから用事があって」

「ふ~ん。……わかった」

「じゃあそういうことで……」 

「待ちなさい! 今日中に出さないとあたしが先生に怒られるって言ってるでしょ」

「だから用事が……」 

「それはさっき聞いたわよ」

 すると西野さんは何故か顔を赤くしながら、右手を僕の方へと差し出した。

「…………」 

「…………?」

 何だ!? どうしろと!?

「えっと、西野さん。用がないならぼくはこれで……」

「ああ~もう! あ、あたしが代わりに出してあげるから出しなさいって言ってるの!」

 言われてないんだけどな……。

 まあそんな事言えるはずもなく、ぼくは鞄の中からプリントを探し始めた。

 西野さんもぼくなんかのせいで、先生に怒られるのは嫌だろうし。

 ……あれ?

「どうしたの? 早くしなさいよ」 

「えっと、ちょっと言いにくいんだけど……」

「何?」

「教室に忘れた」

「……しょうがないわね。じゃあ私が出しといてあげるから」

「本当!?」

「な、何をそんな驚いてるのよ。あたしはただ先生に頼まれたから……」

「それでもうれしいよ。ありがとう」

「う、うるさい! 今度100倍にして返してもらうんだから!」

「ええ~!?」 

「当然でしょ! だから、その……あ、あんたの携帯の番号教えなさい!」

「えっと、うん。わかった」

 こうして何故か西野さんと番号を交換することになった。

 ……不思議だ。

 その後、西野さんは小さな声で「またね」と言って教室の方へと走っていった。

 



 帰りのバスの中。

 道はかなり混んでいて、バスはなかなか進まない。

 何気なく窓の外を見てみると、見覚えのある一台の車が目に入った。

「あれは……まさか!?」

 車道に国産車が並ぶ中、場違いなまでに長くピカピカの車体、あれは間違いなく……。

「綾瀬……」

 こっちに気づいたのかリムジンの窓がゆっくりと開いていく。

「なっ!?」 

 そこにいたのは綾瀬だけじゃなく光と何故か西野まで。

 というか何であの3人!?

 運転手さん休みじゃなかったの!?

 色んな事が頭の中でこんがらがってパニックになりそうな時、メールの受信を知らせるバイブが響いた。

 宛先は光。

 恐る恐るメールを開くとそこには……。

『先に行ってる(笑)』

 信号が変わると綾瀬たちは、笑顔で手を振りながら、去っていった。


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