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第2話。「はじまり」

「ごちそうさま!」

 そう言うとイヴは満足そうな笑顔を浮かべその場にゴロンと横になった。

「えっと……どうだった? 美味しかった?」

「うむ。 中でもあのカップヌードルとやらは中々の美味だったぞ」

「そ、そっか。それは良かった」

 それもそのはず、カップヌードル10個を1人で全部食べておいて不味いなんて言われたらたまったもんじゃない。

 その他にもパンや缶詰などなど家にあった食料のほとんどは全て食べられてしまった。

 これからどうしよう……。

「ところで両親の顔が見えぬがお前は1人で暮らしているのか?」

「うん。ちょっと訳あって家族とは別に暮らしてるんだ」

「そうなのか? それは大変だな」

  

 それにしてもこの子は本当にバンパイアなのだろうか?

 今更ながら目の前にいる少女が人間ではなくバンパイアだという実感が持てないぼくはある事を思いついた。

 作戦その1。

「あの……イヴ?」

「何だ?」

 寝そべったまま寝返りをうつようにこっちを振り返るイヴの目の前にニンニクを出してみた。

「どう?」

「何がだ?」

「何ってバンパイアの弱点のニンニク……」

「弱点? 何を言ってる。それよりそんな臭い物さっさとしまえ」

 そう言うとイヴはまた横になってしまった。

 作戦その1失敗。

 続いて作戦その2。

「じゃあこれは?」

 そう言って今度は机の中からロザリオのキーホルダーを取り出した。

「きれいなロザリオだな。くれるのか?」

「えっ? えっと……うん」

「そうか。ありがとうスバル!」

 ロザリオを受け取るとイヴはうれしそうにそれを眺めていた。

 作戦その2も失敗……。

 このままじゃらちがあかない。そう思ったぼくは思い切って質問してみた。

「イヴって本当にバンパイア?」

「今、何と言った?」

 ……なんか押しちゃいけないスイッチを押しちゃったかも。

 ゆっくりとぼくの方を振り向くイヴ。

 その時のイヴの顔はさっきまで見せていた笑顔とは真逆のまさに鬼の形相だった。

「だからイヴは本当に……」

 そして振り向きざまに放った蹴りは、またもやぼくの股間にクリーンヒットした。

「いったあー!」 

「この阿呆! まだ信じていなかったのか?」

 ヤバい……逆鱗に触れたみたいだ。

「いや……信じていない訳じゃないんだけど,なんかぼくの想像と全然違うというか何というか……」

 また蹴りを喰らうんかないかと身構えていたのだけど、イヴの反応は案外冷静だった。

「ほう、ならお前が思っているバンパイアとはどういうものだ?」

 冷静……みたいだけどその声からは怒気、いや殺気が感じられ、下手なことを言えば殺されるかもしれない。

「そ、そうだな……例えば燕尾服着てて、マントを羽織ってるおっさんが、にんにくと十字架が苦手で日の光を浴びると灰になっちゃうとかそんな感じ……かな?」

 ビクビクしながら反応を待ったけど、イヴは苦笑混じりの笑みをこぼしていて、案外的を得ていたのかもしれない。

「まあ確かに昔はそういった格好をしていた奴らもいたが、それは元々変装のためだったんだ。だから今は着ない」

「そうなの?」


「そうだ。今そんなやつが街中を歩いていたらどう思う?」

 その状況を想像してみたぼくは思わず吹き出しそうになった。

「た、確かにおかしい」

「そうだろ? それと弱点の方だが」

「あれも間違い?」

「そうだ。ワタシ達バンパイアは人間よりあらゆる身体能力が優れているから臭いものは人間より臭いと感じるし、日の光も人間より眩しいと感じるが、だからといってそれでどうこうなる事はない」

「そうなんだ。じゃあ十字架は?」

「それも違う。……ただワタシ達にとって教会は天敵のようなものだった。だからそういった迷信がうまれたのだろうな」

「天敵? それは何で?」

「その話は置いといて今度はこちらの質問に答えてもらうぞ。あれはなんだ?」

 イヴがあれと言って指差したのはテレビだった。

「テレビだよ。テレビっていうのは、えっと……」

「テレビか! テレビなら知っているぞ! でもおかしいな。テレビとはもっと大きく、箱のように四角いものではなかったか?」

「それはね、えっと……技術が発達していく形が薄くなっていったというか……」

「そうか。それでどうやって見るんだ?」

 どうやらイヴは早く見たくてウズウズしてるようだった。

「はい」

 そう言ってぼくはリモコンを手渡した。

 するとイヴは不思議そうにそれを10秒ほど眺めた後、降参と言わんばかりに頬を膨らませて、ぼくを見上げた。

「そこの赤いボタンを押してみて」

「これか?」

 イヴは恐る恐る電源のボタンを押した。

「おおー! 映ったぞ!」

「うん。それでそのリモコンに1から12までの数字があるだろ?」

「うむ」

「その数字を押すといろんな番組が見られるんだ」

「そうなのか? おおー! すごい! すごいぞスバル!」

 そうしてしばらくイヴはチャンネルを回していた。

 夢中でチャンネルを回すその横顔は、おもちゃを買ってもらった子どものように無邪気だった。

 こうして見ると本当に年相応の子供のようにしか見えない。

 イヴはこれまでどれくらいの時を生きてきたのだろうか。

「ねえイヴ?」

「何だ?」

「イヴって何歳?」

「分からん。 というか覚えておらん」

「ずっと日本にいたの?」

「世界中を旅していて日本に来たのは100年くらい前だったかな」 

「へえ、その割には色々知らないことが多いみたいだけど?」

「……実際は1年ほどしか起きていなかったからな。それからお前と会う1時間くらい前まではずっと寝ていた」

「そんなにたくさん!?」

「わたし達はお前たち人間と違い寿命で死ぬということがないからそのくらい寝ることは珍しくない。」

 寿命で死ぬ事はない……100年も眠る……。それは一体どんな気持ちなのだろうか?

 きっとそれは100年も生きられない僕達には生涯理解できないだろう。

「そっか。なんか今日は驚かされてばかりだよ」

「それはワタシも同じだスバル。カップラーメンは今まで食べてきた物の中で一番うまかったぞ!」

「ど、どういたしまして」

 なんか……複雑。

 けれども僕はイヴの心からの笑顔に同じように笑顔を返す。

「それじゃあわたしはそろそろ帰るよ」

「えっ? ああ……うん」

 なんだろう……この気持ち。

 刻々と近づいてくる別れの時。玄関まで歩くイヴの背中を追いながらぼくはこのまま時が止まればいい。そう思った。

「スバル今日は楽しかったぞ。ワタシはこれから何があってもお前の名を忘れることはないだろう」

「僕も、忘れたくても忘れられないよ」

「元気でなスバル」

 そう言ってイヴは玄関の戸を開けて去ろうとした。

「待って!」

 考えるよりも早くぼくは駆け出し気づけばイヴの手を掴んでいた。

 イヴは一瞬、驚いたような顔をしていたけど、すぐに意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「どうした? 別れが惜しくなったか?」

「うん」

 意地の悪そうな笑みを浮かべて訊くイヴにぼくは素直な気持ちを即答した。

「あ、阿呆! 真顔でそんな冗談を言うな!」 

 ぼくの言葉が予想外だったのか、イヴは顔を真っ赤にしている。

「冗談なんかじゃないよ。……ねえイヴ?」

「な、なんだ?」

 一呼吸おいた後、ぼくはイヴの目を真っすぐ見てこう言った。


「いっしょに暮らさないか?」


 どうしてこんな事を言ったのか分からない。だけどこれは紛れもないぼくの本心だった。

 ぼくの言葉に目を丸くしていたイヴはいきなりお腹を抱えて大笑いし始めた。


「あっはははは! 長年生きてきたが、ワタシをバンパイアだと知ってもなお、いっしょに暮らそうと言ったのはお前が始めてだ!」

「どう……かな?」

「理由を訊いてもいいか?」

 理由……ぼくがイヴといっしょに居たいと思う理由。

 それは……

「それは……放っておけないっていうか、もっと君と一緒に居たいっていうか……」

 違う……何か違う。

「つまりお前はわたしに惚れているというわけか?」

「惚れている?」

 そっか……そうだったんだ!

「うん……。ぼくは多分イヴの事が好きなんだ」

 ぼくの答えが予想外だったのか、イヴは顔を真っ赤にして視線を逸らした。

「阿呆……。よくもそんな恥ずかしい事を言えるな」

「えっ!? す、好きと言ってもこれはそういうんじゃなくて……そのえっと……」

 なんでこんなにテンパってるんだぼく!?

「あっはははは! ……まったく面白いやつだ」

 そう言ってイヴは呆れたように笑った。

「後で取り消すと言っても聞く耳持たぬからな」

「それじゃあ!」

「うむ。まあワタシは別にどっちでもいいのだが、お前がどうしてもと言ってることだし、恩人のたっての頼みでもあるし……」

「これからよろしく。イヴ」

 そう言ってぼくはイヴに手を伸ばす。

「うむ。よろしく頼むぞ! スバル」

 イヴはぼくの伸ばした手を掴みニコリと微笑んだ。

 


 こうしてこの日からぼくとイヴはいっしょに暮らすことになった。

 そしてぼくにとって一生忘れる事の出来ない長い長い夏が始まりを告げた。



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