第16話。「家族」
イヴと一緒に実家に行くと、玄関で父さんに思いっきり殴られた。
父さんとは長い間、口も聞かない間柄だったけど、殴られたのはこれが始めてだった。
「入れ」
父さんはそう言い、ぼくとイヴ、そして机を挟んで母さんと父さんという形になった。
「話せ」
昔から父さんは無口で厳格な人で何を話すにしても必要最低限しか口を開かないそんな人だ。
「父さんの跡は継ぎません」
「ちょっと昴! あんた何を言って――」
「分かった」
「あなた!」
「高校を出たら働きます」
「昴!」
「母さんは黙っていなさい」
「でも……」
「昴」
「はい」
「好きなようにしなさい」
「父さん……」
「言いたい事はそれだけか?」
「まだあります」
むしろこっちが本題かもしれない。
「高校を出たら結婚します」
「……ダメだ」
「父さん!」
「……いいから聞け。何も結婚するのがダメと言ってるわけじゃない。お前が一生のパートナーと呼べる人を見つけたと言うのなら親としては喜ぶべきだろう……だがな結婚と言うのはそんな簡単な事じゃない。だからな昴……」
「はい」
「3年……1年でもいい。その子と一緒に暮らしてみなさい。そしたらまた家に来い。その時は一緒に酒でも飲もう」
「父さん……」
そう言って父さんは歯を出しニコッと笑った。思えばそれがぼくが見る父さんの初めての笑顔だった。
嬉しいはずなのにぼくしばらく下を俯き、子供のように涙を流した。
「それじゃあ昴、その子を紹介しなさい」
「はい。この子の名前はイヴ。実は――」
ぼくはイヴとの出会いから今までの事を全部父さんと母さんに話した。
父さんと母さんは信じられないといったような顔で話を聞いていたけど、話が終わると何1つの言及も無く、ただ頷いていた。
「……イヴさん」
「はい」
「息子の事を、よろしくお願いします」
「はい。御父様」
「それじゃあ今日は家に泊まっていきなさい。明日からはまた2人で暮らすといい」
「はい」
そしてぼくたちは実家で一晩過ごす事になった。
時間を見るともう日付が変わっていたけど、
父さんは寿司を頼みドアの外から様子を伺っていた美優も参加して、豪華な夕食会が始まった。
それまでおとなしくしていたイヴも寿司を目にしたとたん、いつものバカ食いを始めて、それを見た母さんは目を丸くし、父さんは腹を抱えて笑っていた。
その後、宴は3時過ぎまで続き、酔っ払った父さんと疲れた母さんはソファーで寄り添い、静かに寝息をたて始めた。
同じくソファーで寝ていた美優も部屋へ運んだんだけど、美優が妙に酒臭かったのは気のせいだろうか……。美優が寝ていた辺りに大量の空き缶があったけど気のせいだろう……気のせいに違いない。
そしてぼくとイヴは実家にそのままの形で残ってあったぼくの部屋で泊まることになった。
1年ほど前まで寝ていたベットはとても懐かしく思えて、少し狭くなったような気がした。
ぼくが大きくなったからだろうか? それも多分違う。それはきっと横で寝ているイヴのせいだろう。
シングルサイズのベットに2人寝るというのはやっぱり無理があったみたいだ。
「スバル起きてるか?」
イヴが背中越しに声を掛ける。
「起きてるよ」
ぼくも同じく背中越しにそう答えた。
「何故こっちを向かない」
「それはえっと……。そ、そういうイヴこそ向いてないじゃないか」
「う、うるさい!」
いつもいっしょに隣で寝ていて、たまに1つの布団で寄り添うように寝たことがあったとしても、その時のイヴはまだ少女の姿だったわけで……今のイヴとはいっしょに寝ているだけで心臓がはちきれそうなくらい緊張しているのに、顔でも合わせたものならどうなってしまうか、自分でも分からない……。
その時、横でイヴが何やらごそごそと動きはじめ止まったかと思うと、背中に小さな膨らみが当たったっているのを感じた。
「イ、イヴ!?」
「お、お前が向けといったんじゃないか!」
向けと言った覚えは無いんだけど、それにしてもこれは……。
「小さい……」
「ほほう。どうやらお前は結婚式より葬式の方が先に挙げたいらしいな」
「えっ!? ち、違う。そういう意味じゃ……」
「ならどういう意味だ!」
えっと、とにかく誤魔化さないと。
「イヴの胸小さいなって」
「そのままの意味だ! 阿呆!」
どうやら自分でも分からないくらいテンパっているらしい。
「ふん! ……どうせ男は大きな胸にしか興味が無いんだろう」
「そ、そんな事ないよ! 小さいのも小さいなりに良さがあるというか何というか……」
何言ってんだぼくのバカ!
「な、なら問題ないだろう……」
問題……?
「スバル、ワタシはお前の……こ、恋人なのだろう?」
「う、うん」
「そんな事、言葉ではいくらでも言える」
「イヴ! 何を―――」
イヴの一言にカチンときたぼくは、後ろをバッと振り向き、そして――唇を塞がれた。
「だから……ワタシに証をくれないか? ワタシがお前のモノだという証を……」
「それって、まさか……」
「み、皆まで言わすな。あほう……」
「イヴ……」
ダメだ。もう止まらない……。
それからぼくは無我夢中で唇を重ね、そしてイヴの服を脱が――そうとしたその時!
部屋のドアが勢いよく開いた。
「おにいひゃん!?」
「ど、どうした美優!?」
な、なな何で美優がぼくの部屋に!? さっき寝かせたはずじゃ!?
「……おひっこ」
「はい?」
「といれいくの~!」
「1人で行けー!」
美優のやつ、もしかしてまだ酔っ払ってるのか!?
「どうして? どうしてそんないじわるいうの?」
「み、美優? どうして泣いてるの!?」
「おにいひゃんのばかあああ!」
そう言うと美優はその場に座り込んで泣き出してしまった。
そして一言
「……もれる」
「ちょっと待ったー!」
まずい! それは色々とまずい!
「じゃあイヴ。ちょっと行ってくるから待っててね」
「う、うむ」
「じゃあ」
そう言ってぼくは美優を抱え、トイレへと急いだ。2階にもトイレがあったのは不幸中の幸いだろう。
トイレから出てきた美優を部屋へ連れて行き、急いで部屋に戻り、そして―――。
「イヴ!」
「…………」
「……イヴ?」
返事が無い……まさか!
「寝てる?」
「…………」
「そんなのって、そんなのって」
そんなのって無いよー!
ぼくは心の中でそう叫んだ。
その後、ぼくの頭の中では朝まで天使と悪魔が死闘を繰り広げていた。