第15話。「決意」
公園のベンチには女の子が1人座っていた。
その女の子はまるで血で染めたような朱色の髪、陶磁器のように白い肌……だけど、目の前の人物はぼくの記憶にあるそれとは違った。
幼い少女のような体は少し大人っぽい高校生のような体になっていて、若干だけど胸も膨らんでいる。
そして足元まで届きそうなほど丈の合ったお気に入りのワンピースは、まるでミニスカートのように短くなっていた。
「イヴ!」
「スバ……ル? どうして……」
こっちを振り向くと、イヴの水色の綺麗な瞳が目に映った。
その瞳は涙に濡れていて、目元も心なしか赤く腫れているような気がする。
ぼくに気づくとイヴは気まずそうに目を逸らした。
そんなイヴにぼくは言わなきゃいけないことがあるんだ。
「ねえイヴ」
「……なん……だ?」
「結婚しよう」
ぼくの言葉にイヴは驚愕の表情を浮かべ、次の瞬間、鋭い目つきでぼくを睨みつけた。
だけどそんな事で引き下がるわけにはいかない。
「今すぐには無理かもしれないけどぼくはイヴと……」
「何を言ってる! お前はワタシのことなんか好きなんかじゃないんだぞ!」
「好きだよ」
「だからそれは……」
「だからぼく決めたんだ」
「……?」
そう……決めたんだ。
「魔眼を解いて」
「イヤだ!」
「イヴ!」
「イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!」
耳をふさぎながら同じ言葉を繰り返し叫ぶイヴ。
その瞳からは止め処なく涙が溢れている。
「イヴ……」
「……スバル、ワタシはな、お前といっしょに暮らす日々の中で、自分じゃどうしようもないくらいにお前のことが好きになってしまった」
「だから……」
「だから! だからもし魔眼を解いてお前がワタシから離れていってしまったらワタシはお前を殺してしまうかもしれない……」
その言葉にぼくは微塵の恐怖さえ感じなかった。なぜなら、ぼくにはイヴのその言葉が救済を求める声にしか聞こえなかったから。
泣き崩れるイヴにぼくは近づき、そしてそっと抱きしめた。
「大丈夫……大丈夫……」
イヴがやってくれたようにぼくも同じ言葉を繰り返し繰り返しイヴの耳元で呟いた。
「スバル……ワタシは……ワタシは!」
大丈夫……。世界中の誰が許してくれなくても、神様さえも赦してくれない罪だとしても、ぼくが君の罪を許すから……だから。
「ねえイヴ、ぼくは君よりも早く老いて早く死んでいくだろう」
「スバル……?」
「だから誓うよ。命のかぎりイヴを愛する。だからその時は死んでもいいよ」
「スバ――」
何かを言いかけたイヴの唇をぼくは自分の唇を押し当て塞いだ。
一度離し、それから何度も何度もぼくたちはキスをした。
夜空には2人を雲間から優しく包み込むように、月の光が2人を照らしていた。
それからしばらくしてディアナさんがやって来た。
ディアナさんは抱き合うぼく等を見ると全てを悟ったように優しく微笑んだ。
「何をしに来た!」
「ぼくが呼んだんだよ」
「えっ!?」
そう……、ディアナさんと別れる直前、ぼくはディアナさんにイヴの魔眼を解いてくれるように頼んでいた。
「何でそんな事を……」
「ディアナさんと約束したからね。イヴを必ず幸せにするって。だからこの場にいてもらいたかったんだ」
「スバル……」
「それでは心の準備は出来ましたか?」
「うん」
そう言うとディアナさんの瞳が黄金色に輝いた。
だけど……あれ? これは……?
「スバル? ……どうした?」
「えっと……何ていうか……」
何も変わってない。
「当然です」
ぼくの言いたい事を察するかのようにディアナさんが話し始めた。
「イヴ。あなたは恐らくスバルさんに『ワタシの事を好きになれ』とかそんな風に魔眼をかけたのでしょう?」
「そうだが……それがどうした!?」
「なら簡単な事ではないですか」
どう意味だろう……? 全く意味が――。
「スバルさん言っていたじゃないですか。いっしょに暮らす中でイヴの事をもっともっと好きになっていったって」
「はい」
「イヴを好きになったきっかけは魔眼によるものですが、それからもっとイヴを好きになっていたのは紛れも無くスバルさん。あなたの感情です」
「そうなの……?」
「ワタシに聞かれても……」
「要するに一件落着というわけです」
何かよく分からないけど、とにかく一件落着というわけで……。
「じゃあイヴ。一緒に来てもらって良いかな」
「どこにだ?」
「ぼくの家に」