第13話。「真実」
「やっと会えましたね」
「……何のようだ」
「母が娘に会いに行くのに理由がいるのですか?」
「ワタシはお前の顔なんか見たくない」
「そんな冷たいこと言わないでください。それよりもそちらの方は」
「お前には関係ない!」
「あらあら、娘の夫になろうという方なのですから関係ないという事はないでしょう。ねえスバルさん」
「……!」
何でぼくの名前を!?
「スバルさん、そんな怖い顔をしないでください。殺しますよ?」
そう言って笑うディアナさんの目は、まるで地に這う虫けらを見るような、そんな冷たい目をしていた。
「お前! スバルに指一本触れてみろ……」
イヴの怒声が鳴り響く。
イヴとディアナさんの間にはピリピリとした緊張感が漂っていた。
「フフフ、そんなに怒らないでください。冗談です」
「用がないならワタシの前から消え失せろ!」
「そうですね。そろそろ本題に入りましょうか」
「本題?」
「いつまでこんなままごとを続けるつもりなのですか?」
それは一瞬の事だった。
瞬きをしたその刹那、次にぼくの視界に入ってきたのはディアナさんに襲い掛かるイヴの姿だった。
地面から高く跳躍したイヴはまるで空を切り裂くような回し蹴りを放ち、それはディアナさんの側頭部を捉えた……かのように見えた。
当たったかのように見えた蹴りはディアナさんの体をするりとすり抜け、次の瞬間、イヴの体は地面に激しく叩きつけられた。
「がっ……!」
地に叩きつけられたイヴは、まるで体の底から搾り出されたような悲鳴を叫んだ
「イヴ!」
慌ててイヴの元へ駆け寄ろうとすると、ぼくの行く手をディアナさんが防ぐ。
身構えるぼくディアナさんは思いもよらない事を訊いてきた。
「スバルさん。イヴの事は好きですか?」
質問の意図は分からないけどぼくは即答した。
「当たり前だ!」
そう言うとディアナさんは満足そうに微笑み、そしてもう一度訊ねた。
「では質問を変えましょう。いつから好きになりましたか?」
いつ? そういえばいつからだろう……。終業式の前日にイヴと出会って、それから公園のベンチでアイスを食べて、それから……えっと……。
「考えたところで無駄ですよ」
無駄……? どうして?
「や……め……」
「あなたにはその時の記憶なんてものはないのですから」
記憶……? 何だ……この人は一体何を言ってるんだ!?
「やめろ……」
「だってあなたがイヴを好きになった理由。イヴを好いているその感情は……」
「やめろー!」
イヴの悲鳴にも似た叫びが響く中、ディアナさんは言った。
「あの娘の魔眼によるものなのですから」
ま……が……ん?
何を……何が……一体……?
「な、何を言ってるんだ! そうだろイヴ……」
頼む……そうだと言ってくれ。言ってよイヴ……。
「…………」
何で何も答えないんだ!? 何で……何で!!!
「どうしたのイヴ……あの人が言ってる事……嘘なんでしょ? ねえイヴ?」
「スバル……ワタシは……」
「もう分かったでしょう。この娘が否定をしない事が何よりの答えです」
「お前は黙れ!」
ぼくは認めない! だってイヴは……イヴは!
「……その通りだ」
「イヴ……?」
「ワタシはお前を……騙して……」
「嘘だよね……嘘だって言ってよ!」
ぼくの必死の問いかけにイヴは目を合わせようともしなかった。
「物分りの悪いガキですね。ならここで解いてみせましょうか。そうすればあなたも納得せざる得ないでしょう」
「それは……」
「イヤだ!」
「イヴ……?」
頭を抱えながら全身を震わせその場に座りつくすイヴ。
「イヴどうしたの? イヴ!?」
恐る恐る手を伸ばすとその手はイヴに振り払われた。
「触るな!」
イヴはそう言い、鋭い視線と共に拒絶の意を示した。
「どうして……?」
その問いに答えることなくイヴは後ろを振り向きそして――。
夜空へと羽ばたいていった。
必死に手を伸ばし、掴もうともがいたけど、その手はイヴに届くことなく、空を切り裂く。
勢い余って地面に倒れこんだぼくは急いで空を見上げた。
イヴの姿はすでに遥か彼方へ遠ざかり、闇に消えていく。
それをただ……ただ眺める事しか出来きないぼくは無力で愚かな阿呆者だった。