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第12話。「ディアナ」

 あれからどれくら経ったんだろう。

 気がつけば辺りは青い夕闇が広がっていた。

「スバル……」

 隣にいるイヴが心配そうな顔でぼくの顔を覗き込んでいた。

「どうしたの?」

 平然を装ってイヴに笑みを返す。

 でも頭の中ではこれからどうするかという不安でいっぱいだ。

「これからどこへ行くんだ?」

「えっと……」

 行く当てなんてあるはずない。光や綾瀬のところは迷惑がかかるからダメだ……。

「と、とりあえずご飯でも食べに行こうか。お弁当も食べられなかった事だし」

「うむ……」

 そう言ってぼくたちは、また歩き出した。

 空にはぼくの心を表すかのように、暗雲が満月を覆い隠していた。





 それからぼくたちは電車に乗り、2つほど先の駅で降りると近くにあったファミレスに入った。

 これだけ離れていたら誰かに会うことも無いだろう。

 席に座り財布の中身を確認すると、残りの残金は1万円ちょっと。

 それと生活費が振り込まれたばかりだから口座にあと10万近く残ってるはずだ。

 これであとしばらくは……しばらくしたら何か変わるのかな……。

 10万ちょっとのお金なんて一ヶ月も経たない内に無くなってしまうだろう。

 どこかで働くにしても18歳以下は確か保護者の同意書が必要だから無理だ。

 どうしよう……。

「スバル……」

「ど、どうしたの? 食べたいもの決まった?」

「そうじゃない!」

 イヴの怒声に店内は水を打ったように静まり返った。

「お前はワタシを何だと思ってる! お前にとってワタシは何だ! それほどまでにワタシは頼りにならないのか?」

「そんな事は――」

「なら! ……なら話してくれてもいいだろう。たまにはワタシもスバルの役に立ちたい……」

「イヴ……」

 小さくなっていく声と共に嗚咽が聞こえてくる。

 そうだ……。ぼくは何を勘違いしてたんだろうか。

 ぼくはイヴの保護者なんかじゃない。パートナーのはずだったのに……それなのにぼくは……。

「ゴメンねイヴ」  

「スバル……」

「外へ出よっか」



 ファミレスを後にしたぼく達は近くにあった公園のベンチに腰を掛けた。

 辺りに人影は無く、どうやらこの公園にはぼく達しかいないみたいだ。

 重い空気が包む中、ぼくは話を切り出した。

「ぼくの家って結構お金持ちなんだ。もちろん綾瀬の家には足元も及ばないけど」

「…………」

 イヴはぼくの目から目を逸らさずにじっと聞いている。

「父さんは日本で有名な建築会社の社長で、ぼくは小さい頃から父さんの跡を継ぐためだけに色んなことをやらされてきたんだ」

 みんなが笑って遊んでるとき、ぼくは1人分厚い参考書と向かい合っていた。

「そんな時さ、何か……全部嫌になっちゃってさ、それで一回家出をしたんだ」

 でも1時間も経たない内にお巡りさんに見つかって、母さんにむちゃくちゃ怒られたっけ。

「それからはぼくも反抗しなくなって、母さんも以前よりあまりうるさく言わなくなったんだ」

 そのせいか家の中は変な緊張感が漂っていて何だか家族との距離が一歩遠のいた感じがした。

「高校に入学して辺りからかな。また母さんがうるさく言い始めたのは」

 また塾やら家庭教師を雇うようになって、家に帰ったら缶詰状態にされて。

「それで高2の時に逃げるように家から出てきたんだ」

 3日3晩母さんと喧嘩して、やっとの事で許してもらえて。

「家から出て、ぼくはこれから自由だー! ……なんて思ったけど結局何一つ変わってなんか無くてさ」

 むしろ、不自由な事を、自分の無力さを深く思い知った。

「それで塾もやめて家庭教師も断って、ずっと今まで逃げてきたんだ」

「スバル……」

「それで後は……えっと……」 

 イヴはぼくの側に近づくと小さな手でぼくの頭をやさしく包んだ。

「イヴ?」

「ワタシが傍にいるから……だからもう泣かないで……」

「えっ?」

 その言葉を聞いてぼくは初めて自分が泣いている事に気がついた。

「あれ? 何でぼく……」

 拭っても拭っても涙は止め処なく溢れてくる。

「大丈夫だ。大丈夫……」 

 イヴはその後も大丈夫、大丈夫と繰り返し囁いていた。

 その言葉はぼくの心の奥底に響き、優しく包んでいった。




「……落ち着いたか?」

「うん。心配かけてごめんね」

 そう言ってぼくはイヴの胸からそっと離れ、精一杯の笑顔を作って見せた。

「うむ! やっぱりお前にはそっちの方が似合ってるぞ!」

「ありがとう。イヴ」

「礼なんか言うな、阿呆。それよりもまだ肝心の事を話してもらってないぞ!」

 肝心な事? 何だろう……。

「えっと……あれだよね……あれ」

「…………」

「ごめんなさい。忘れました」

 ドカッ!

 久しぶりに股間に走る激痛。

 どうやら蹴りの威力は衰える事を知らないらしい。

「阿呆! ……レストランで言った事だ」

「レストラン?」 

 あの時? ……う~ん、思い出せない。

「お、お前にとってワタシは何だと聞いただろうが!」

 そう言って顔を背けるイヴ。

 精一杯隠したつもりなんだろうけど、耳まで赤くなっている事には気づいてないんだろう。

 ぼくにとって……イヴは……。

「恋人」

 まずい……。ぼくの顔まで熱くなっていく。

「……ワタシの意見はどうなる」

 そういえば確かに。

「ダメ……かな?」

「ダメじゃ……ない」

 あれ? っていう事はもしかして……?

「イヴもぼくの事好きなの?」

「阿呆! ……そんな事いちいち聞くな」

 ますます赤くなるイヴ。

 それはもう髪の色と同じになるんじゃないかってくらい。

 そんなイヴをぼくは心からいとおしく思い、そして一生守ると誓った。

「じゃあ行こうかイヴ」  

 行く当てなんかないけれど、イヴと一緒ならきっとどこへでも行ける気がするから。

「うむ!」

 そう言ってイヴはぼくの差し出した手を握った。


 

 その時だった。



「どこへ行くのですか?」

 


 それは突然の事だった。

 声のした方を振り返ると目の前に綺麗な女の人の顔があった。

 思わず後ろにたじろくと、徐々にその女性の全身が見えてくる。

 血で染めたかのような朱い髪、透き通った白い肌、イヴのような外見の女性だけど、違う点もあった。

 イヴとは違いルビーのように赤い瞳、すらりと伸びた長い足、そしてふくよかな胸。

 まるでこれは……。

「イヴの……お姉さん?」

「違う!」

 イヴの顔は先ほどとは打って変わって真っ青になっていた。

 手足も微かに震えていて、明らかに目の前の女性に怯えている。

「フフフ。お姉さんだなんて」

「あなたは一体……」


「イヴの母のディアナと言います」


 ディアナさんはそう言って、怪しげな笑みを浮かべていた  

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