第10話。「旅行(下)」
あれから1、2時間経った頃、今日は朝まで寝かせないと言っていた綾瀬はベットの上でスヤスヤと眠っている。
その後、他のみんなも続々と眠りに落ちていき、気が付けば起きているのはぼく1人になっていた。
ソファで寝ている美優と皐月さんをベットに運ぶと、ぼくはあることに気づいた。
イヴがいない……。
部屋の窓から外を覗くと1人海へと向かうイヴの姿があった。
別荘を出て海の方へと歩いていくと、砂浜に座り1人佇むイヴがいた。
「イヴ」
声をかけるとイヴは特に驚いたような表情は見せず、微かに笑みを浮かべていた。
「どうしたスバル。眠れないのか?」
「そうかもね。そういうイヴこそこんな時間まで起きてるなんて珍しいじゃん」
いつもは夜ご飯食べたらすぐ寝ちゃうからね。
「子供扱いするな。阿呆……」
そう言いながらイヴは笑っていたけど、その瞳はどこか悲しげに見えた。
イヴの隣に腰を下ろすと肩に微かな重みを感じた。
「なあスバル」
「何?」
「ワタシの事……好きか?」
ぼくの肩に頭を預けながらイヴは唐突にそう聞いた。
「えっ!? いきなり何を――」
何て答えようかと迷ってるぼくの目の前にイヴの蒼い瞳が現れた。
澄んだ瞳でじっと見つめるイヴ。
ぼくはごまかすことなく自分の気持ちを……想いを伝えた。
「好きだよ」
そう答えるとイヴの瞳から涙が一粒零れ落ちた。
それを隠すようにイヴはぼくの胸に顔をうずめた。
「ど、どうしたの?」
「何でもない……」
慌てるぼくにイヴはそう一言だけ言うと、しばらくそのまま動かなかった。
耳をすますと微かに聞こえるイヴのすすり泣く声。
理由は分からないけど、ぼくはイヴの頭に手をやりそっと頭を撫でた。
泣き声が止むまで何度も……何度も。
しばらくするとイヴがそっとぼくの胸から離れていった。
「そろそろ戻ろうか」
「うむ」
そう言うとぼくらはどちらともなく手を繋いだ。
「ねえイヴ」
「何だ?」
「ぼくの事好き?」
さっきの仕返し。
するとイヴは困ったように顔を赤らめ……たりはせず、ぼくの手を倍以上の力で強く握り締めた。
「何か言ったか?」
「な、何でもありません!」
「そうか」
すると徐々に力が弱まっていく。
「……ワタシは好きでもない男の胸で泣いたりしない……」
小さく何かを呟くイヴ。
「今何か言った?」
「な、何でもない! 阿呆!」
弱まっていた力はさっきにも増して強くなっていく。
「お、折れる! 折れる!」
「うるさい!」
気づけばイヴはいつもと同じに戻っていた。
その様子にぼくは一瞬痛みを忘れ、思わず笑みがこぼれる。
そんなぼくが不思議に思ったイヴはこんな事を聞いてきた。
「スバルはマゾなのか?」
「違うよ!」
まったく誰からこんな事を聞いて……綾瀬か。
「なら何故笑う?」
心底分からなさそうな表情を浮かべているイヴ。
「何でもないよ」
「何でもないのに笑うのか?」
「うん。イヴと一緒にいて嬉しいし楽しい。だから笑ったんだ」
後々考えてみると我ながらなんてキザな台詞なんだと思う。
「阿呆……」
それを聞いたイヴは困ったように顔を赤らめていた。
「ねえイヴ」
「何だ?」
「来年もこうして皆で海に行こう。その後もずっとずっと……」
「…………」
「ダメかな?」
「……ダメだ」
「…………」
「……次は2人で来よう!」
そう言ってイヴはニコッと八重歯を見えるくらいに笑って見せた。
「うん!」
こうして綾瀬主催の旅行は幕を閉じていった。
この後、別荘に戻ったぼくとイヴは何故か起きていた皆の質問攻めにあってしまったんだけど、それはまた別のお話。
夏休みに入りぼくは1日1日が本当に楽しいと思っていた。
だけどそれと同時に夏休みは刻々と終わりに近づいたのに、そんな事ぼくはこれっぽっちも考えなくて、考えようともしなくて、夏休みはずっと続くものだとそんな儚い幻想さえ抱いていたんだ。