第1話。「出会い」
深夜0時、空には無数の星が光り輝いていた。
輝く星空に目を奪われていたぼくは、後ろからゆっくりと近づいてくる人の気配に気づく事は無かった。
「動くな」
平和な日常はある日突然崩れ去るものだと、何かの本で読んだ気がする。
その言葉通りぼくの日常は、この瞬間あっけなく終わりを迎えた。
7月下旬のある日。
明日から高校最後の夏休みが始まろうとしているのに、ぼくの気分はどこか憂鬱だった。
確かに高3の夏って言ったら、みんな受験勉強が忙しくて、呑気に遊んでなんかいられないのは分かってる。
でもこの憂鬱な気分の原因は多分違うところにある。
多分それはきっと……。
その時、ぼくの携帯の着メロが静かな部屋に響き渡った。
「もしもし、光?」
『おう、今何やってんの?』
「特に何も。それよりどうしたの? こんな時間に」
言いながら時計に目をやると時刻は深夜0時をまわろうとしていた。
『いや、明日朝練が無いから久しぶりに3人で学校行こうと思ってさ』
「3人って事は綾瀬も来るの?」
『そうそう。なんか執事が休みを取ったとかどうとかで、明日はバスで行くんだとさ』
「そうなんだ。待ち合わせの時間は?」
『8時にバス停でいいよな』
「うん。分かった」
『じゃあ明日な。遅れんなよ!』
光との1分足らずの会話を終えると急に軽い睡魔が襲ってきた。
そのまま布団にパタンと倒れ、目を閉じると気持ちのいい眠りについた。
……と思ったのだが、徐々に強くなる睡眠欲と同時に何とも言えない不快感にみまわれた。
体中からじわじわと出てくる汗、軽いサウナにでもいるかのような室温と湿度。
結局、何が言いたいかというと一言……暑い。
もう熱いと言ってもいいんじゃないかと思うくらいに暑い。
最近ヒートアイランド現象がどうとか言ってたなぁと思っているうちにも汗は止めどなく出てくる。
ならクーラーか扇風機をかけろと思うかもしれないが、生憎そんな物は家には無い。
家が貧乏……と言うわけでは無く、家はどちらかというと金持ちの部類に入るとは思う。
だけどぼくは、1年ほど前から家中の反対を押し切って1人暮らしをしているため、仕送りも少なくは無いが贅沢は出来ない、そんな金額だ。
だからなるべく節約しようと思ったけど……どうやら限界らしい。
明日買いに行こう。
この時ぼくはそう決意した。
10分後。
とりあえずぼくはこの暑さから逃げるために近くのコンビニまでやってきた。
中へ入ると改めてクーラーの有り難みを実感した。クーラーは人類最高の発明だと思う。
そしてぼくは訳の分からない雑誌を読んだり、店内をウロウロと徘徊して、充分に涼むと、最後にジュースとアイスを買って、名残惜しみながらコンビニを後にした。
外へ出るとすぐさま湿度と猛暑が体を襲ったが、まだクーラーの余韻が体に残っているせいか、それほどつらくない。
むしろ風が吹いてきたこともあってか、ちょうど良いくらいだ。
よく眠れそうだ。そんなことを思いながら歩いていると、夜空に流れ星が1つ輝いた。
「彼女が出来ますように彼女が出来ますように彼女が出来ますように」
3回言ってはみたものの、1回目を言い終わる前に流れ星は消えていった。
まあ本気で叶うなんて思っていないけど、どこかで叶うかもなんて儚い希望を抱いてしまうの何でだろう。
こうしてぼくは少しの間、星空を眺めていた。
久しぶりにちゃんと見た星空は、とても綺麗で僕は目を奪われていた。
だから後ろからゆっくりと近づいてくる人の気配に気づく由もなかった。
「動くな」
……はい?
「そのままこちらを向かずに財布を出せ」
ヤバい……ヤバいヤバい!
ぼくの頭の中ではその3文字だけが永遠と駆け回っていた。
「おい、お前! 聞いているのか?」
「は、はい! ……ん?」
頭の中が真っ白になっていく中、ぼくはある違和感に気がついた。
「……あれ? 君もしかして……ってうわっ!」
恐る恐る後ろを振り返ろうとしたぼくに、犯人(?)の容赦ない蹴りが炸裂した。
無防備な体制のまま蹴りを喰らったぼくはそのまま目の前にあった電柱に頭をぶつけてしまった。
「いってぇ~!」
「阿呆が、こっちを見るなと言ったろうに」
声が徐々に近づいてくるのが分かるとぼくは慌てて振り返った。
「……」
正直、言葉が出ない。
そこにいたのは身長2mの大男……ではなく身長150cmにも満たない小さな女の子だった。
さっき声を聞いた時から小さな女の子なんじゃないかって思っていたから、ここまでは予想通りだった。
だけど問題はここからだ。
まず最初に目に入ったのは少女の腰ほどまで伸びた、朱い髪だった。
明るい赤ではなく、暗い赤。例えるならこれはまるで……血、人の血で染めたかのようなそんな色だった。
続いて目に入ったのは少女の瞳。
朱い髪とは対照的な、アクアマリンのように透き通った水色。
そして陶磁器のように白い肌。
そのどれもが美しく、1つの芸術品ようにも思え、ぼくはしばらく見入ってしまっていた。
そんな夢心地から現実へと引き戻したのは少女が放った一発の蹴りだった。
脚を高く上げ斧のように振り下ろしたそれはぼくの股間にジャストミートした。
いわゆるかかと落としである。
「……っ!」
「何をまじまじと見ているんだ阿呆」
声にならない悲鳴を上げ、悶絶しているぼくを無視して少女は言葉を続ける。
「まぁなんだ、とりあえずとっとと財布を出せ」
……こいつ。
ぼくは股間の痛みと湧き出る怒りを我慢して優しく微笑みながらこう訊いた。
「こんな時間に1人でどうしたの? お父さんとお母さんは? 何でお金が必要なの? もしかして迷……」
「誰が迷子だ! 子供扱いするな阿呆。それに一遍に色々質問するな!」
……我慢我慢。
「じゃあ1つずつ質問するよ。こんな時間に1人でどうしたの?」
「ワタシがいつどこで何をしようとお前には関係ない」
……キレちゃダメだ。
「じゃあ次の質問、お父さんとお母さんは?」
「お前には関係ない。くだらない事を訊くな阿呆。次」
……キレちゃダメだキレちゃダメだキレちゃダメだ。
「何でお金が必要なのかな?」
「お前には関係な……」
……もう限界です。
「お前はさっきからそればっかり言って! 訳を話したらいくらでも貸すからとりあえず訳を話しなさい!」
そう言うと少女は驚いたのか、一瞬キョトンとしていたが、その後顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。
泣いちゃったのかなぁなんて考えながら、恐る恐る顔を覗き見ようとすると、少女が何かを呟いた。
「……が……から」
「えっ? ゴメン、よく聞こえなかった。もう一回言っ―――」
「は、腹が減ったからって言っているだろう! 阿呆!」
言うのがよほど恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にし、目に少し涙を浮かべながら叫ぶ様子は、年頃の女の子らしくとても可愛らしかった。
「はいはい、分かった分かった。でもそれだったらお父さんかお母さんに……」
そこまで言ってようやく気づいた。
ちゃんと両親がいるなら……自分が親ならこんな時間に子供を1人で出歩かせたりしないと。
「父と母は遠い……遠いところにいる」
そう言って遠くを見つめる少女の瞳はとても悲しそうで、この時ぼくが守ってあげなきゃってそう思った。
「そうだ、君」
「なんだ?」
「アイス食べる?」
その後、袋目掛けて飛びついてきた少女を抑えながら、僕達は公園のベンチへ腰をかけた。
「おいお前! 言われたとおり椅子に座ったんだ。さっさとアイスとやらを渡せ」
乱暴な言葉とは裏腹に少女は顔に満面の笑みを浮かべ、目は輝かせていた。
「はい、どうぞお姫様」
「うむ! 下がっていいぞ」
……一応皮肉じみた事を言ってみたのだが、倍にして返されてしまった。
それとも、もしかしたら本当にどこかのお姫様なんじゃないかと思わせるほど、少女は高貴な気品に包まれていた。
「ふぅ~、ごちそうさま!」
「うん……って早!」
少女は棒状のアイスをものの10秒ほどで完食し満足そうな笑みを浮かべていた。
「いや~美味かった! 礼を言うぞ!」
そう言って少女はニッコリと笑った。こうしていれば年相応の可愛い女の子なのに。
「まぁ、量は全然足りんがな」
……前言撤回。
「……じゃあ何かコンビニで買ってこようか?」
「それもいいが……」
そう言うと少女はしばし何かを考えた後、妖しげにニヤリと笑いこう言った。
「お前の血を吸わせてくれないか?」
「……はい?」
「食い物でもいいんだが……まぁ、そっちの方が手っ取り早いだろう」
「……」
「もちろん死なない程度にしてやるから安心しろ」
「……」
「という訳でちょっとかがめ。それじゃあ首まで口が届かないだろ」
「言いたいことはそれで全部?」
「そうだがどうした? ほれ、さっさとしろ」
……さて、どこからつっこんだものか。
「……そろそろ帰ろうか」
結論、スルー。
「おい! お前何を……」
「とりあえず送っていくよ。家はどっち?」
公園の出口へと向かう僕を少女の叫び声が止めた。
「ワタシの話を聞け~!」
少女は怒っているようで、体をワナワナと震わせて鋭い瞳で僕を睨んでいる。
「悪いけどそんな冗談につきあってる暇は無いんだ」
「冗談だと……?」
そう言うと少女はニヤリと含みのある笑みを浮かべた。
でも目は笑っていなくて、獲物を捉えた獣ような、そんな目つきをしている。
「なら冗談かどうか……」
「なっ!?」
「試してみるか?」
一瞬だった。
どこかよそ見をしていたわけでもないし、多分瞬きもしてないはずだ。
けれでも今、少女は確かにぼくの後ろに、首もとにいる。5mは離れていたはずなのに……。
「これでも信じないか?」
「……君は……一体?」
「バンパイア」
……信じるわけがない。
そう、こんな戯言、誰も信じるわけがない。
でも今のぼくには、この戯言が疑いようのないの真実に聞こえて仕方なかった。
「やっと信じたか。それじゃあ遠慮なくいただきま……」
「えっ!? ち、ちょっと……ちょっと待って!」
首筋にチクリと走った痛みに、危機感を感じたぼくは、少女を全力で振り払った。
「貴様、どういうつもりだ!」
「それはこっちが聞きたい! ……です。というか血を吸われるのは何か嫌というか何というか……」
「今、イヤだと言ったのか?」
「すみませんすみません! でも出来ればやめてもらいたいな……なんて」
「……そうか」
あれっ? 助かったのか?
「ご馳走してもらった挙げ句、無理やり吸おうとするなんて本当に申し訳ない」
……悪気があったわけじゃないんだな。何はともあれ一件落着……。
「だからと言ってやめる気は無いけどな」
「……って、おーい!」
「ん? 何をそんな大声を出している。いいからじっとしていろ。すぐ終わるからな……」
そう言って一歩ずつ近づいてくる少女。ぼくの頭の中では、この状況をどうにか打破しようと色々な案が駆け回っていた。
そしてその中でも飛びっきりの名案が採用された。
「ぼ、ぼくの家に来ないか?」
否、迷案が……。
「食べ物いっぱいある……よ」
とんでもない事を言ってしまったけど、背に腹は代えられず、恐る恐る少女の反応を伺った。
少女の顔を覗き見ると、少女は目をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべていた。
「そうか! いっぱいか! お前の家はどこだ!」
「あ、あそこ」
そう言ってぼくは近くにあるアパートの一室を指さした。
「よし! しっかりとつかまっていろ!」
「つかまれ? ってうわああああ!」
いきなり少女の背中にコウモリのような黒い翼が生えたかと思うと、驚く暇もなくぼくの体は少女に抱えられ、空高く舞い上がった。
「お前、名前は?」
「えっ? す、昴。神坂昴!」
「ワタシの名はイヴだ。よろしくなスバル!」
そう言ってイヴは今日一番の笑顔をぼくに見せてくれた。
その純粋無垢な、まるで天使のような笑顔を見たぼくは、さっきまで感じていた恐怖や不安を一切忘れ、ただ目の前の小さな吸血鬼に見惚れてしまっていた。
どうも初めまして。初めてでない人はこんにちは、こんばんは。
著者のkuiです。
新しく最初から書き直したのでどうぞよろしくお願いします。
物語の大まかかな所は変わりませんが、新しい登場人物なんかも増える予定なので、あまり期待なんかはせず、気軽に読んでくれたら幸いです。