八月三十二日、病室 307号室にて、陽炎は揺れる。
蒸し暑い空間、目が覚めた。セミは鳴かず、静かな空間が広がる。
昨日と変わらないその風景は、どことなく自身を不安にさせた。
うるさいほどに聞いたセミの声と選挙の演説、いつもどおりに走る車の音、楽しそうに会話を交わす人々の声、聞こえていた、聞いていた、聞かせられていた、そんな音が無いこの空間は不気味であった。
重たい身体を起こしては、着替え、キッチンに行き、朝食を作ることにした。
冷蔵庫から卵を一つ、取り出しては、フライパンの上で割り、中を出す。
一度、コンロに火をつけ、サッと焼いたあと、フライパンの中に水を入れ、フライパンを火にかけてから蓋を占める。
半熟になっている間に、食パンを冷蔵庫から取り出し、一枚取っては、オーブンに入れ、約二分で焼き上げる。
フライパンの蓋を取り、いい感じの焼き加減になれば火を止める。
チンっ、と軽快な音が響けば、平らな皿を用意して、その上に、焼き上がった食パンを置く。
箸を取り出し、出来上がった半熟目玉焼きを器用に、食パンの上に乗せた。
冷蔵庫からマヨネーズを取り出せば、パンと目玉焼きの上にかける。
お茶を用意し、それ等を持って、リビングに移動した。
茶色の机にそれ等を置き、地べたに座る。
目の前にあるテレビを付ければ、全てが砂嵐であり、何も映すことなどなかった。
仕方なくテレビを消し、朝食を食べ始める。
我ながら美味であった。
料理と言えるのかは分からないが、これくらいなら自分でもできそうだ。
食器をキッチンの流しに入れては、洗い始める。
静かな空間に、一人の男が奏でる音は、魅力的とは言えなかったが、これが普通である。
食器を洗い終われば、やることがなくなってしまった。
外に出て、誰かいないか探そうかと思い、玄関に移動しては、靴を履き、家から出た。
相変わらずの暑さであった。
この地球は着々と体温を上げていっている。
お陰で、夏は外では暮らしにくい環境となっている。
ピリピリと肌が焼ける感覚が伝わる、女性は肌の白さをキチンと護るんだよな。偉いぞ、女性陣。
こちとら護る肌も白さもねえからな。
くだらない事を思い浮かべながらも、辿り着いたのはショッピングモールであった。
かなりの広さがあり、よく通っていたものだ。
自動ドアをくぐり、中へと入る。
クーラーは効いており、涼しかった。
ただし、予想していたとおり、誰もいなかった。
レジの店員も、客に試食を煽る奴も、走り回る子供も、籠2個持ちで、買い物をする主婦も、カートを杖代わりに歩く老人も。
見慣れた風景に、見慣れた人物達がいない。
まるで、国民的アニメに登場人物が全員いなくなってしまったかのようであった。
商品は全て、開店前のままであり、一つも減ってはいなかった。
これなら盗み放題じゃないか、嬉しいのか嬉しくないのか。
ショッピングモールを回り終えれば、出ていき。
また、空虚な街を歩き出した。
車は勿論、電車も通って居らず、何時も賑わう商店街にすら、誰もいなかった。
そして、至るところで見る、“八月三十二日”の文字。
自身のスマホにも、大きなマンションにくっつけられている巨大テレビにも、何時も喋っているアナウンサーは映らず、その文字だけが、白い背景の真ん中に映し出されていた。
はて、八月は三十一日までだった気がするが。
はたまた、気がつくと、青が広がる海に来ていた。
潮風が気持ちよく、太陽に照らされた海は、キラキラと輝きを増していた。
浮き輪に捕まり、浮かぶ子供も、砂浜で日焼け止めを塗る主婦も、釣りをする、おっさんも、また、誰もいなかった。
海に入る気にもなれず、少し眺めてから場を後にする。
目の前にそびえ立つ病院は、太陽に照らされ、眩しかった。
この県一のデカさ、そして、有能さを誇る、国立病院である。
ホールを抜け、カウンターへと向かったが、誰も居らず、カウンターの横壁には、古き良き、手書きタイプのカルテがぶら下げられていた。
カルテに書かれている人の名前は、知らない人間、興味もない為、エレベーターに乗った。
まさに無人である。患者も医者も、看護婦も誰もいないではないか。
こんなんじゃ、病院なんて成り立たないんじゃないか?
3の数字を押しては、上へと上がる。
「上へ参ります」の声も聞こえず、一人、静かに上へ参りました。
3階につき、扉が開けば、廊下へと出た。
長い廊下を歩き、一つの病室の前で止まる。
“307号室”のナンバープレートを確認してから、スライド式のドアを開けた。
やはり、中は無人で、目の前には、眩しいほどの白さを持つベットと、壁に貼っ付けられたであろう、窓があった。
窓は開いており、カーテンが外へ出ようと、風に吹かれては踊っている。
ベットの横に置かれた、茶色の棚の上には、籠に入った果物が、置かれていた。
ベットに両膝を預け、窓の外を見る。
外にいるよりも涼しい風が入ってきており、他の病室を見る為、首を動かした。
窓が開いてる部屋は少なく、両手で数えられるほどであった。
国立病院、3階からの景色を眺めた。
そこまで遠くは見れないが、中々に綺麗な景色である。
人がいないだけでこうなるのだろうか。
ふと、視線を落とす。
病院の前、まさに入り口、一人の女性の姿が見えた。
黒のロングの髪に、白い肌、細すぎず太すぎず、丁度よい太さの腕が見え、ふわふわとおどる白のワンピースに、麦わら帽子。
まさに、絵に描いたような、美しい女性であった。
その姿には見覚えがあった。
何時しか、この服で海や祭りに行くのが夢だと語った彼女の姿が思い出される。
「未央奈」
ポツリと口から溢れた言葉で、我にかえる。
追いかけねばと、本能が叫ぶ。
直ぐ様、病室をでては、エレベーターを待つ時間さえ惜しかった為、階段を使い、駆け下りる。
ホールを抜けて、外へ出た。
ゆらゆらと揺れる陽炎の中、最愛の彼女は歩みを進めていた。
待ってくれと言うように、追いかける、必死に走っているはずなのに、追いつくはずなのに、優雅に歩く彼女に追いつけない。
まるで、自分だけが、スローモーション再生されているかのようであった。
必死に追いかけ、辿り着いたのは、高校時代通った、学校であった。
彼女と出会い、恋をした、思い出深い、母校。
此処でした、告白は、数え切れない。
何度も、何度も、彼女の前に手を出しては、握ってくれることを祈った。
それも。
「ごめんなさい」の一言で終わる。
ただ、俺の熱量にお手上げなのか、彼女は卒業式の日、懲りずに差し出された俺の手を、優しく握っては微笑んでくれた。
「よろしくお願いします」と。
嬉しかったの一言である。声を大にして、喜びの言葉を叫んだ。周りからも歓声が湧き上がり、彼女は少し照れくさそうに、周りの女子と会話をしていた。
それから、充実した生活が続いた。
二人でショッピングモールに行っては、買い物をしたり。海に行ったり、母校に帰ったり。
デートも何度もしては、同棲までするようになった。
同棲しようと、告げたとき、彼女は、嬉しそうにしたが、顔を俯かせた。
その時に聞いた、病気の話。
彼女は生まれつき、心臓が弱く、病を患っていた。
何時まで生きられるかは分からないが、そう長く生きることは不可能と、医者に告げられたらしい。
俺の告白を何度も断ったのは、そのせいで、本当は、ずっと好きでいたらしい。
病状が悪化したとき、別れを告げようとしてが、勇気は無いし、別れるのは嫌で、どうしようかと頭を悩ませていたんだとか。
この病気のせいで、捨てられたらどうしょうとも考えたらしく、中々、言い出せなかったとのこと。
「なんで、あんなにアプローチしたのに、そんな簡単に別れるとかあり得ないでしょ
俺はあの時、一生、未央奈を幸せにするって愛するって決めた
別れるって気持ちもないし、捨てるなんて以ての外、死ぬまでお前を愛してやるよ」
こっ恥ずかしいが、そんなことを言った。
彼女は、俺の言葉に驚き、泣きだしてしまった。
ありがとう、ありがとう、と何度も礼を言った。
同棲を始め、二年の月日が流れた。
彼女の病状が悪化し、入院を余儀なくされていた。
毎日のように、仕事帰りには、病院によって、看護婦さんに追い出されるまでの時間、ずっと病室にいては、話をしていた。
幸せで、楽しい時間であった。
その時間も直ぐに終わりを告げた。
入院してから、一年後、病状が更に悪化し、八月三十一日、彼女は帰らぬ人となった。
彼女の最期の言葉。忘れはしない。
「天国に行っても、愛し続けるから」
もう、熱の灯らない、彼女の手を震える手で包んだ。
彼女の事を一生忘れはしない。そう、確信した。
クラリと視界は揺れて、目の前にあった、母校が傾き、目の前が暗闇に包まれた。
暑苦しい空間、目が覚めた。
セミの鳴く声がうるさい。
着替えては、朝食を作り、テレビをつける。
アナウンサーが告げた日にちは、九月一日。
あれは夢だったのか、なんとも不思議な夢を見たな。
食器を片付け、玄関に飾られた、一つの写真に。
「行ってきます」と声をかけ、仕事へ向かった。
人混みで揺れる陽炎の中に、白のワンピースを着た女児が、男児と共に仲良く、スキップする姿が見れた。
微笑ましい光景である。
まだまだ、暑苦しい、この世界で、生きていこうと決めた。
初めまして、なーちゃんと申します。
初投稿でございます。
拙い文章と薄い内容でしたが、如何でしたでしょうか。
暇があれば投稿いたしますので、よろしくお願いいたします。