一話・悪魔が空から落ちてきて
俺の名前は凡屋平太。超超普通の高校生!でもってオタク、顔面フツメン(自称)ちょっとした贅肉と、わざと崩したダサめなファッションがチャームポイントだ。
その夜、俺は悩みに悩んでいた、なんてことはない、男子高校生なら皆が切に思っているはず。そう、彼女が欲しい。
(顔はそこそこなのに全くモテない……、クッソー、いいよなあ。俺もイケメンに生まれて、可愛い彼女と夏祭りに行きたかった…)
風鈴が切なげにチリン、と鳴った。夜がジリジリと、嫌らしい暑さが肌を焼く。窓の外を見ているときらり、と遠くの星が光り尾を描いた。
(ん…?)
何か訪れる違和感。星かと思われた光が猛スピードで近づいてくる、地球に、いやこの辺に、何と直通俺の部屋に!
ドゴォン!!爆音と共に起こる煙。軋む家はやがて沈み、俺の目も霞みながら人が横に倒れているのを捉えた。
「いてててて…」
褐色の、それでいて綺麗な肌。そいつには、尻尾が生えていた。一般的に悪魔の尻尾、って言えばわかりやすい奴。背は俺の半分くらいしかなく、髪は紫の短髪。Tシャツと短パンの隙間から、割れた腹筋が覗いている。女みたいな顔立ちだが、目の前のそいつは明らかに男だった。
「よぉ童貞!今日も元気にシコってっか??」
ちょこん、と敬礼ポーズをとるが全く可愛くない。いや、腹立つくらい可愛いけど、言動が。
「誰が童貞だ、せめてDTと言いなさい。恥じらいを持て恥じらいを」
「よぉDT。さえない顔してるな全く」
「うるせえよ……、てかお前誰ぇ!?」
俺の部屋に、ちっさい男の子が尻尾を生やして立っている。あー、てか俺の部屋抱き枕とポスター大量なんだけど。
マジで見ないで。教育に悪いよ教育に。
「ああ、自己紹介遅れたな!俺は悪魔だ。あ・く・ま。名前は特にない!悪魔君とでも呼んでくれ」
それは水木しげるに怒られそうなのでやめておこう。
「実は宇宙飛行に失敗してしまってな、何とか急停止してここにたどり着いたらものの見事に欲求不満そうな人間がいたって訳。早速だけど、おにーさんの願いを一つだけ叶えてやるよ」
「ちょっと待ってくれ…、全然訳が分からん。何だ悪魔って。お前、本物の悪魔なの?」
「そうそう、俺は悪魔。人の願いを叶えることで魔力を蓄え生きながらえる特殊な存在。さっきの宇宙飛行を失敗したせいで魔界に帰るための魔力が切れちまったのさ。願ってもない大チャンスだぜ?これ」
まだ目の前にいる奴の言うことは全然信じられないけど…、一つだけ、頭の中に浮かんでいることがあった。そう、
俺はモテモテになりたかった。モテモテに。
「本当にお前、どんな事でも叶えられんの?」
「辺り前だ!俺は悪魔。基本的には何でも叶えられるさ」
「俺、モテまくって、恋人作って幸せな人生を送りたいんだけど」
「…キッモ」
グサっ!俺の心に刺さる音がした。
「……まあいいや。契約成立な。それじゃあ深呼吸してぇー。はい、俺の手を掴んで、息止めて」
「?」
言われるがままに手を掴んだ。ふわっとしていて、懐かしい匂いが漂ってくる。しかし、本当に可愛い顔してるなこいつ。
「ちょっと目がキメェんだけどおにーさん。……、まあいいや。いいか、今から世界移行するから絶対に手を<離すな>よ」
「えっ、ちょっと待って、世界移行てなっ」
俺と悪魔君、二人の足元から暗闇の塊が現れた。そいつは獣の様な見た目をしていて、大口を開けたと思うと俺たち二人を飲み込んでしまった。
ビュオォォォォォォ!!辺りが物凄いスピードで過ぎ去っていく。それぞれの世界の境界こそ曖昧だが、様々な風景が過ぎ去っていく情報量は、明らかに脳が認識仕切れない程の多さだった。
「ちょっと待て!世界移行ってどういう事!?てか早すぎ、マジで吐くから一旦タンマ!!!」
「目えつむっときな、人間風情が移行のスピードに追いつける訳ない。おにーさん、気が狂って境界のハザマに落っこちちゃうぜ」
「えっ、怖ッ!……ほんとだ、ちょっと楽になった」
「おにーさん、あの世界線じゃどうやってもモテないわ。どうやってもDTのまま死んでいく未来しかない」
「何それ、悲しすぎる…」
「と、言うわけで!おにーさんにピッタリモテそうな世界を俺が見つけて上げようって訳。願っても無い話だろ?」
「ちょ、ちょっと待てよそんなの聞いてねえ、お母さんお父さんは?妹は?もう会えないってのか?助けて和葉(妹)ーーーー!!!!!!!!」
「うるさいな……、あっ、お目当ての世界に近づいてきた。じゃあ、今からダイブするから、ちゃんと目を閉じて、息も止めとけよ?いくぜ!」
ドォォォォォォォォン!!!巨大な爆音と共に、まぶたの中、さらに暗闇へと進んでいた。ああ、俺、死んじゃうんだ……。和葉(妹)、知代子(母)、ハゲ(父)……、今までありがとう、俺、ずっとお前らのこと忘れないよ。
それから、どれくらいの時間が経ったかなんて、全然分からなかった。ただ、深い海の底を一枚の藻屑になってふわふわと浮かんでいる気分だった。俺っていう意識さえずっと高くにあって、段々手繰り寄せるのが難しくなってくる。
このまま、俺が俺でなくなってしまうのかもしれない。フッ、と恐怖が湧いてきた途端。一筋の光が俺を刺した。
「…………、…て………!」
何かが聞こえる。
「……きて、…起きて!」
それは、とてもとても野太い男の声。
「…起きて、起きてください!!!」
ゆっくりと目を開ける。暑い、日差しが俺の目を静かに焼く。……誰かに抱かれているのを感じる。ぬっ!不意に凛々しい金髪の青年の顔が、俺の目の前に現れた。
「大丈夫ですか!旅の方……、誰か!早く水を!!」
その男は白銀の鎧を身にまとっていた。格好の荘厳さは、風格を十分に醸し出している。それなりの地位にいる人間らしく、部下の兵士…、の様な男が水の入った筒を持って来た。へへ、まるで中世ファンタジー、ファ◯ファンだな、ファ◯ファン……。FF派?そんなもの、俺は知らん。金髪の青年は俺に水を飲ませた。ああー、生き返る。
徐々に正気に戻ると、ある重大な事を俺は思い出した。
「女!!」
「あっ、ちょっと…」
そして俺は走り出した。悪魔が言っていた、この世界では俺がモテモテ、モテの中の王子!!!!エリートモテモテ人なんだ!!!
「女の子はどこだーーーーー!女の子!いないのか!!」
周りの奇異の目など気になりはしなかった。俺は街の中を颯爽と駆け巡った。きっと俺のことを好きになってくれる女の子がいるに違いない。そう信じて走り回った。しかし、そんな女の子など一向に見つかりはしなかった。おかしい、何かがおかしい。
「ぜんっぜんいないぞーーーー!!!!!! 」
あまりにいないので、辺りにいる人に問いかけた。息を切らしながらに問いかけた。
「あんた、女だ。女の子を知らないか」
気の良さそうなおじさんは俺にこう告げた。
「女?知るわけがないだろう。そんな伝説上の生き物」
「……伝説?どういう事だよ!」
「だから言ってるだろう、この世界には女など存在しない。伝承でしか聞いたことがないよ私も」
「な、何だって…??」
確かに、さっきから周りを見てもやたら美形な男しかいない。まさか本当にこの世界に女の子は存在しないっていうのか?すると、
「おーい!」
振り向くと、ひらひらと、手を振りながら走ってくる悪魔くんの姿が見えた。
「おにーさん、やっと見つけたぜ!どうだよ、この世界線は!満喫してる?」
俺は奴に不満たらたらだった。そして不安もいっぱいだった。
「おい、ちょっと待て。この世界、女の子いないらしいんだけど」
「おう!ここは美形の男しか存在しない世界、その名も<BL world>!俺は悪魔だからな、人の願いはちゃんと叶える主義さ。ここの世界に生まれ替わったお前はモテモテだって、ちゃんと俺の勘が告げてるぜ」
「はあ?俺は女の子の恋人が欲しくて……」
「お前は<恋人>って言ったろ?性別の指定なんかしてない。文句は言わせないぜ」
正に騙された気分だった。目から鱗、なんてもんじゃない。
「それと、」
「な、何だよ…」
「お前いいのか、服着なくて」
目線を足元に下げた。あれ〜、確かに。服着てないわ。やけに清々しいと思ったぜ。
「貴様!何だそのみっともないチ◯コは!!」
いーいタイミングで警察的なやつがきやがんの。誰がみっともないチ◯コだ。
「猥褻物自慢気に露出罪で逮捕する!」
そうして俺は、ごく普通の高校生のはずが謎の世界<BL world>の犯罪者というよく分からない位置に急転換しちまった。俺は逞しい警官の腕にがっちりホールドされ、薄れ行く意識の中で自分の未来をただ案じるばかりだった。