浜辺のふたり
この作品はアンリ様主催の『告白フェスタ』参加作品です。
告白ったら告白です!
水平線に沈みゆく夕陽が、浜辺で寄り添う男女を照らしていた。白いワンピースの女と、黒いジャケット姿の男だ。
オレンジに染まる世界の中、潮騒だけが響き渡る。
「あのね、話があるの」
徐に女が切り出した。言い難いことなのだろうか、俯いたその顔は、苦渋に満ちていた。
「なんだい、そんな暗い顔をして。いつもの君らしくない。素敵な笑顔を見せておくれよ」
男は俯く彼女の顔を覗き込んだ。顔をあげた彼女の瞳は涙で潤んでいる。ぐっと結ぶ唇がかすかに震えていた。
「あたし、あなたに言わなきゃいけないことがあるの」
わななく唇で、彼女は言った。
「あたし、本当の姿は半魚人って言ってたけど、実は、人魚なの!」
彼女の頬を一筋の涙が伝う。だが男は彼女に微笑みかける。
「あぁ、そんなこと」
「そんなことって……あなた、わかってない」
女は顔を激しく左右に振った。零れる涙が夕陽を集め、オレンジの粒が海岸に散らばる。
「人との恋は、叶うことはないの……必ず破局になるのよ。そしてあたしは、泡となって消えてしまうの……」
彼女は肩を落としがっくりと項垂れた。砂浜にはオレンジや青い粒が落ちていく。人魚の涙は結晶化して真珠となるのだ。
様々な色が砂浜を彩っていくにつれ、彼女の嗚咽も大きくなっていった。
「そうだね。人魚と人は、結ばれることはない。昔話でも、それは今でも、変わらないことだね」
男は微笑みのまま、残酷な言葉を紡ぐ。
「そう、結ばれることはないの。あなたのことがどんなに好きでも愛していても、結ばれることは、ないの!」
感情のままに叫ぶ彼女の顎に、男の手が添えられた。そして静かに彼女の顔があげられる。
彼女の唇に、にっと笑う彼の指があてられる。
「まぁ、相手が人間だったら、の話でしょ? 僕ってば、こんな格好してるけど、河童だからさ」
彼の言葉に女は目を見開く。信じられないという言葉を、封じられた口の代わりに伝えていた。
「アンダスタン?」
彼女は首を左右に振った。でも、もう涙はない。彼女の口から彼の指が離れた。
「河童?」
「イエス、カッパ」
彼女は高速で瞬きをする。彼は笑顔のままだ。
「頭に皿がないよ?」
「君の尾のように変化できるしね」
「じゃあ背中の甲羅も?」
「あれは、時代も変わって必要性がなくなったから、進化したのか退化したのか、無くなっちゃった」
彼女の顔が、驚きから安堵へと変わっていく。
「良かったぁ……」
彼女はワンピースのスカートに手を入れ、ごそごそと丸い物体を取り出した。
「あのね、できちゃったの」
彼女が恥ずかしげに差し出した手には、ダチョウの卵ほどの白い球体が載せられていた。
彼の頬がひくりと動いた。
「でき、ちゃった?」
「できたの、卵が」
嬉しそうな顔の女を見つめる男は引きつった笑顔を張り付けたまま、頭の中では高速で走馬灯が流れていた。
「えっと」
「昨夜のえっちで、できました! よかった、この卵が無駄にならなくって!」
「は、早くない?」
「捕まえた男を離さずに身籠るのが人魚の得意技。だって自分が泡になる前に逃げなきゃいけないでしょ? アンダスタン?」
「イ、イエス……」
有無を言わさない彼女の笑みに、彼の返事はひとつしかなかった。