悪魔からダッシュで逃げた話
一行でわかる前回のあらすじ
この世界がBLなのは悪魔のせいだった。
衝撃の事実を知り呆然としている間に天使と悪魔の舌戦やら口上やらが終わっていたらしく一触即発の雰囲気になっていた。
「それではイルデ、ライドス。 天使どもと遊んでやるといい」
「了解しました」「承知」
貴族っぽい悪魔ゼミウルが仰々しく腕を振ると後ろに控えていた二人の悪魔(見た目はほぼ人間)が前に出た。たぶんこいつらは強いやつだろう。この世にはなぜか人外なのに人型のやつは強いという法則があるようだし少なくとも中ボスに違いない。
それと同時に周りに絵にかいたような悪魔が何匹も現れ俺たちを取り囲む。・・・見た目はとても悪魔っぽいけどみんなコピー&ペーストしたように同じ姿してるからモブ悪魔だろう。たぶんダンジョンの道中でエンカウントする感じのやつ。
それでも俺にとっては危険極まりない相手なのだろうが。
「聖、槇原、ここは俺たちが抑える! お前らは逃げろ!」
サイコパスが剣を構えて叫んだ。
他の面々も同じ意見のようで武器を構えながら頷いている。
たしかにこんな屋上で空飛ぶ悪魔を相手にしながら俺たちを守ることは難しいだろう。
「とにかくどこかに隠れててくれるかなー。 片付いたら迎え行くからねぇ」
「う、うん。 わかった」
焦れたモブ悪魔が気味の悪い鳴き声と共に動き出す。それに生徒会長が呪文を唱え、真が切り払った。
「行けッッ!」
声と共に桜井に駆け寄る。
俺に飛びかかってこようとしたモブ悪魔はショタ先輩が弓で射落とした。
「ほら桜井、ぼさっとしてないで逃げるよ!」
「だ、だけどみんなが・・・」
「馬鹿! ここにいたってなにもできないでしょーが! それともなに? お前はあいつら全員倒せんの!? 不思議パワーに目覚めるの!?」
「それは・・・」
「できないなら余計なこと考えない! ほら行くよ!」
グダグダしてた桜井の手を引っ張り俺は校舎の中に飛び込んだ。
「それでどこに行くつもりなんだ?」
階段を駆け下りる中、桜井が聞いてきた。幾分か冷静さを取り戻したらしい。切り替えが早いのは良いことだ。
「ひとまずさっきまでいた空き教室に。 置きっぱなしの荷物の中になにか使えるものがあるかもしれないからね」
「わかった」
窓からは真たちが戦っている様子が見える。流れ弾が校舎の反対側に当たり校舎全体が大きく揺れた。
ああ、なんでこんな危ないことに巻き込まれてしまったのか。我が身が可愛いなら無理矢理にでも離れるべきだった。もっともこんなこと予想できなかったのでどうすることも出来なかっただろうが。誰が予想できるかこんなもん。
どれだけ嘆こうがもう手遅れなのだ。ならできることをするしかない。泣きたい気持ちを押さえつけ必死で走った。
「よし、着いた!」
幸運なことに特に襲われることなく空き教室に着くことができた。
教室の中になにもいないことを確認してから鞄の元に向かう。
中身を確認する間にまた流れ弾でも当たったのか校舎が揺れた。
「崩れないか心配だな・・・」
「ほんとにね」
桜井の言うとおりさっきからちょいちょい校舎が揺れているのが不安を煽る。というか崩れた場合俺たちは死ぬとして現実のほうの校舎は大丈夫なのだろうか。結界どうこう言ってたけど本当に大丈夫なのか。
「俺の方は終わったぞ」
「こっちも、あ、これはいらないかな・・・よし、完了!」
使えそうなものはポケットに詰め込んだ。ぶっちゃけ役に立つかどうかは知らないけど無いよりはましだろう。
さて、問題はここからどうするかだが。
「下駄箱らへんで隠れてるのはどうだ? すぐ外に出れる場所にいた方がいいと思うんだ」
「そうだねえ・・・よし、そうしよっか」
目的地も決まったので教室から出ようと扉に手をかけた時だった。
「・・・槇原、ごめん。 こんなことに巻き込んで・・・」
突然桜井が責任を感じてますみたいな顔でそんなことを言ってきた。いやほんと突然なにを言ってるのか。少し落ち着いて落ち込む余裕ができたんだろうけど今は落ち込んでる場合じゃないでしょうに。
こうも落ち込まれては逃亡に支障がでる可能性があるな。なのでその頭にチョップをかます。イラッとしていたのせいかチョップの威力が『ビシッ』ではなく『ゴッ』になっていたが。
「別に桜井が悪い訳じゃないでしょうに。 というか悪いのはあの変な悪魔でしょ」
襲ってきたのと襲われたの、どっちが悪いかといえば明らかに襲ってきた方である。
だというのに桜井みたいな良い奴はすぐ自分のせいだとか言い出す。もう少し賢く生きてもいいんだよ?
ていうか辛気くさい話とか嫌い。せめて平時にやれし。
「本当に、そうなのか・・・?」
さっさと話を切り上げてしまったため桜井がそう呟いてたことには気づくことはできなかった。
空き教室から出た俺と桜井は予定通り下駄箱に向かうことにした。上から聞こえる戦いの音はまだ続いているので
そんなわけで急いで移動していたのだがもう少しで下駄箱に着くというところで俺たちの行く先を阻む者がいた。
「見つけたわよ!」
立ち塞がったのは手に大鎌を持ち、妙に露出のある服を着ている羽の生えた女の子。
こ、これはもしかして・・・!
「我が名はタキラ! あんたたちに恨みはないけど捕まえさせてもらうわ! 観念なさい!」
まさかの悪魔っ娘であった。なんだろうこの新鮮さは。そしてやっぱり見た目の悪魔要素が薄い。
「お、おいどうする? ・・・ってなんでお前ちょっとほっこりしてるんだよ!?」
「いや男ばっかりの中で突然出てきた女の子につい・・・」
特に最近は花が足りないと思っていたのだ。あ、薔薇はいらないです。
しかし貴重な女の子とはいえこの状況では敵に違いないわけで。無事に帰るにはここを乗りきる必要があるのだ。
焦る桜井に「まかせて」と耳打ちして前に出る。
捕まえると言った手前殺されることはないだろう殺さないでくださいと思いつつ、ポケットを漁りながら気を反らすために悪魔っ娘に話しかける。
「ねえ君、一人だけなのかい? 部下とかは? いないの?」
「な、なによ。 別にいいでしょ部下なんていなくても」
「いやねえ・・・こんな来るかもわからない場所に一人だけいるってなんかへんだなーって。 普通待ち伏せするならもうちょっと数揃えるよね?」
「べ、別に戦力外通告された訳じゃないわよ! ただ女ってだけで蔑ろにされてるだけだから!」
「そっちのほうがヤバない?」
「・・・あっ」
なんか話した感じだとこの悪魔っ娘そこまで悪い人じゃない気がする。いや人じゃないけど悪魔だけども。
・・・まあ、それはともかく気を反らすはできた。目当てのものは手の中にある。
手にしたそれを悪魔っ娘に見せつける。
「え? なにそれ?」
「騒音発生器」
にっこり笑って防犯ブザーの紐を引っこ抜いた。
ピリリリリリリリッッ!
途端に防犯ブザーからけたたましいアラーム音が鳴り響く。案外この音は響くのだ。それと同時に思いっきり叫んだ。
「痴女だーッッ!!!」
「えっ、ちょっ!? てか音うるさっ!?」
「捕まえるって俺たちを捕まえてどうするつもり!? えろいことする気でしょエロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」
「エロ同人!? ち、ちがっ、そんなつもりじゃ・・・」
「エロ同人を知ってる上にそんなドエロイ服まで着て・・・言い訳ができるものかよ!」
「ドエロイ服!?」
今まで聞いた話とナンパの際の女性たちの反応を加味するとこの世界においてもっとも女性を動揺させるのはこういうのである。自分でやっといてなんだけどこれはひどい。
「違うの! これ悪魔の制服なの! 私の趣味じゃないの!」
「悪魔全体が変態なのかな」
効果は絶大で悪魔っ娘は顔を真っ赤にして腕で体を隠しながらまるで痴漢冤罪に巻き込まれたおっちゃん並に動揺している。・・・絶大すぎてやり過ぎた感すらある。
ちなみに桜井はさっきからポカーンとしている。まさか敵とこんな漫才じみた会話が始まるとは夢にも思ってなかったからだろう。正直俺も悪魔っ娘がここまでいじりやすいとは思っていなかった。こういう娘を嫁にしたい。
さて、なぜ俺がこんなことをしているのか。別に嫌がらせとかセクハラをしたわけではない。
防犯ブザーはこんな誰もいない場所ならとてもよく響くしついでに大声まで出したのだ。これだけ騒いで彼らが気づかないはずがない。
次の瞬間、それは窓を突き破り悪魔っ娘を吹き飛ばした。
「二人とも無事か!?」
「うん、無事だよ。 ありがとね真」
来たのは真だった。よかった安牌が来た。
ひとまずの安全は確保されたからか全身の力が抜けてどっと疲れが押し寄せてくる。あ、もう防犯ブザーの紐を戻しておこう。うるさいし。
悪魔っ娘は蹴り飛ばされた時に頭でも打ったのか気絶している。少し罪悪感があるけどまあ襲ってきたのはあっちだし心に棚でも作って置いておく。
「呼んどいてあれだけどそっちはどうなのさ。 無事に終りそ?」
「とりあえずはな。 ゼミウルの野郎も本気じゃねえみたいだ。 きっと今回はあくまで顔合わせのつもりなんだろうよ」
「余裕綽々だねえ」
とはいえそれに文句を言う気もない。今回はその余裕によって命を拾ったようなものだから。
気がつけば外は元の風景に戻っていた。空もあの気持ち悪い色から夕焼け空になっているし、まだ学校に残っていたらしい生徒たちの声も聞こえてきた。どうやら結界とやらは解除されたらしい。
もはやあの非日常の名残はなにもなかった
あれ?いつの間にやら気絶していたはずの悪魔っ娘もいない。
「まるで夢でも見てたみたい」
「ほんとにな。 だが・・・」
「夢じゃねえ。 あれは現実に起こったことだ」
できれば夢であって欲しかったなあ。
「そうだ槇原。 ありがとな、助けてくれて」
遠い目をしてたら桜井にお礼を言われた。悪魔っ娘の時のことだろうか。
「お礼言われるようなことじゃないさ。 ま、自分のためでもあったからねえ。 気にしないでいいよ?」
「それでもだ。 ・・・ありがとう」
「どういたしまして、っと。 それじゃ三人と合流して帰ろっかね。 もう疲れたよ」
久しぶりに走り回ったし明日は筋肉痛かなあ。というか休みたい。なんで明日学校休みじゃないんだろうか。
桜井と真も疲れたように息を吐きながら歩き出した。そんな中ふと、振り替える。
だけどそこあるのは夕陽に照らされる廊下だけだ。非日常なんて欠片もなく当たり前の日常しかない。
「これからどうなるのやら・・・」
俺の呟きに答えるものはなかった。
今回はわりと早く書けました。
だいたいこれで中盤の終わりでしょうかね。あと四、五話ぐらいで終わらせたい