第四話:俺と俺?
俺は神を恨んできた。
なぜ、俺にこんな糞みたいな運命ばかり与えるのかと。
そして、その神が臨終を心に決めた俺に与えたのは、目の前のこの変な男との変な出会いだ。
マジ、恨む。
「で、結局お前はどこから来た訳?
何なの。いったい。」
さっき出会ったこの男、太郎を俺は仁王立ちしながら睨みつけた。
手の携帯電話の微妙な光が太郎の顔を青白く照らしている。
「僕ですかぁ?」太郎は間の抜けた声で笑いながら答えると、空を見上げて指を上に向けた。「来た所は、上…ですかねえ。」
「は…?上?」俺のいらつきの混じった声とは対照的に太郎はうれしそうにうなずいた。
「はい。上です。」
こいつヤバい。
いっちまってる。
頭どうかしちまってる…。
俺は目の前の一見さわやかな男をまた見つめた。
太郎と名乗ったこの少し頭のおかしいヤローは、見かけは普通だ。
普通…、というより、顔立ちはむしろ奇麗なほうだ。
さっきからこの男が気にかけている白いコートと、その中のファッションも落ち着いた感じだし、おしゃれと言えばおしゃれだ。
おそらく、俺とは違って全てユ○クロコーディネートなんてことはないんだろう。
ふつうにしてたらモテる部類に入るだろうに…、この男の醸し出している雰囲気…、何かがおかしい。
この男。何かがいかれちまってるぜ。
俺は手に握った携帯電話を閉じた。
目の前の男をみているのもいらつく。
わけもわからないし。
何よりかかわり合いたくない。
糞っ…、なんだっつーんだよ…。
「あーっ、真っ暗になっちゃいましたよー。」
とぼけたような口調で太郎が言う。
「まあ、いいや。」
そういうと、男はどこから取り出したのか、懐中電灯をつけた。
それで自分の顔を下から照らしてにっと笑った。
「僕のこと、もっと聞いてください。これから一緒に一週間暮らすんですから、特別に色々教えてあげます!どんと来いってね。」
俺は太郎に背をむけようとした。
多分、かかわらないほうがいい。
この男、マジやばい。
一週間一緒に暮らすとか…、一人で妄想してやがる。
「渋皮泰人ー。
どこいくんですかー。」
太郎はそういうと、俺の前に歩いて回ってきた。
男が前にくると、俺は反対を向く。
また俺の前に男が回ってくると反対を向く。
こういう時はシカトに限る。
糞うざい。
「仕方ないですねぇ。渋皮 泰人クン。」
「…。」
俺は男を無視した。
マジ、うざい。
「気づいてませんか?足下。見てみてください。」
予期していなかった注文に俺は少し気になって自分の足下に目線をやった。
「…っ!!??」
俺は思わず、飛び退いた。
人らしき物体がいる。
いつの間にか、俺の足下の近くに倒れて。
暗すぎて輪郭しか見えないが。
せっ…先客か…?
自殺…者?
「そんな間の抜けた声だすなんて、情けないですねぇ。
よく見てくださいよー。」
太郎はそういって持っていた懐中電灯をその人間に照らした。
どうやら男らしい。
男はうつぶせに、土に顔をうずくめるようにして倒れ込んでいるため顔は見えない。
中肉中背。いやいや、けっこうデブいぞ。メタボがはいり始めてる。
それに…、ちょっと後頭部が薄くなり始めてる…。
苦労してんのかな。
…っていうか、男の着ている青いチェックのシャツ、ベージュのチノパン…ものすごい見覚えがー。
そんな俺をよそに太郎はしゃがみ込んで男の体を反転させた。
ごろん。
「っ……っ!?」
俺は思わず目を見張った。
そうー、男は俺だった。
俺がいた。
俺の足下に俺が倒れていた。
そして、俺は、その俺を立ちながら見つめている。
「な…っ…っ!!!!???」
「ハハー、驚きましたか?」
「…っ…………っ?……っ!?」
その衝撃は実際に味わないとわからないだろうが、あえて言うなら、自分を初めて自分じゃないと認識した気分だった。
まるで他人のように俺の足下に俺が、寝てやがるんだ。
その衝撃といったら、言葉にできねえほどだった。
だいたいなんで俺がいるんだ??
なら、いまいる俺は誰なんだ?
むしろ、俺の足下にいる俺は誰だ?
どっちが俺だ?????????
俺は…誰だ?
「何が起きたか知りたいですか??」
と太郎。倒れてる俺の隣にしゃがみ込みながら俺を見上げている。耳をほじくってやがる、こいつ。
むかつくし、あんまりかかわり合いたくなかったが、こう不可解な現象に見舞われちまっては仕方がない、早く教えろよ、コラ。
「うーん。まぁ簡単に言えば抜けちゃったんですよ。」
は…??抜けた?何が??
言ってること全然簡単じゃないし。
俺の混乱した顔を見ると楽しそうに太郎は笑った。
「魂ですよー。ソ・ウ・ル。心です。Heartです。」
…っは?
目の前の馬鹿なことを言う男を俺は思わず見入っちまった。
この男…、マジいかれてるわ。
マジ怖。
少しでもこの男に答えを求めた自分自身を後悔した。
「クソ意味わかんねーから。」
俺は半分笑いながら漏らした。
すると、太郎はポンと手をたたいてうなずいた。
「あ、そっかー。そうでした。
ここでは、そういうことは一切知られてないんですっけ?」
「そういうこと?」俺は思わず聞いた。すると太郎はうなずいた。
「魂とかの仕組みですよ。」
…………。
俺は言葉を失った。
真顔で魂の仕組みなんぞを口にするいい大人の男が目の前にいる。
そうそう見られる光景じゃないだろうと思った。
「渋皮泰人、僕を疑ってますね。
気持ちはわかりますよ。
理解の範囲を超えているんでしょう?
やっぱり'(%SJKLP'の想像どうりでした。
接触は上手く行くものではないのですね…。」
今、こいつの会話の中に入っていたわけなかんない言葉にやけに気を取られてる俺をよそに太郎は続けた。
「…うーん。
でも、正直渋皮泰人も困るんじゃないですか?
ちゃんと僕に説明してもらわないと。不安ですよね?
だって、今の状況、全く理解してないでしょう?」
太郎の少し客観的な言葉に俺は思わず床に寝転んでいる俺を見つめた。
確かに今の状況は不安だ。
流石についさっきまで自殺しようとしてたとは言え、こうもいきなり自分の理解を超える出来事が立て続けにおきると、自殺しようとしていた気持ちを忘れそうになる。
俺は少し間をあけてから、しぶしぶうなずいた。
「じゃあ。」太郎は言った。「僕と話をしてください。
精一杯教えますから、知っていること。
僕とのコミュニケーションを拒まないでください。
僕は別に怪しい者ではないです。渋皮泰人を傷つけるつもりもありません。」
いや、充分怪しいが…。
そう思う俺をよそに太郎は真顔でまっすぐに俺を見つめてきた。
太郎は、すごくまっすぐで澄んだ目をしてた。(男の俺がいうのもなんだけどよ)
それは、長い間忘れてるような、すっごい純粋で奇麗なものを少しだけ思い出させた。
それだけだ、俺が太郎に対して
「わかったよ。」
といってしまった理由は。
本当にそれだけ。
俺は床に寝ている自分の近くの木の根の上に座り込んだ。
何回見ても、やはり違和感を覚える。
目の前に自分がいるなんて状況、そうそうない。むしろ、普通ない。
確かに、こんな状況にいては、俺にはこの太郎以外、頼れるやつはいないのかもしれない。
俺はぼーっと目の前のもう一人の俺を見つめた。
そいつには意識がなさそうだった。
目を閉じて微動だにしない。
あぁ、俺死んだのかな?
これって俗に言われる臨死体験ってやつか?
あぁ……、やっぱり俺は死んだのか?
でも、ならいつ死んだ?
死んだ感触が全くなかった。
そもそも死ぬ感触なんてあるのか…?
俺はいつ…(ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ)
「ちょっ…、渋皮 泰人、一人で何かぶつぶつ言わないでくださいよぉ。(正直怖いですから)
ちゃんと、息すってますから。」と太郎は地面に眠っている俺の鼻をつまんだ。すると地面の俺は苦しそうに顔をしかめた。「ほらね。心配ご無用ですよ。とりあえず死んでないんで安心してください!あ、ちなみに地面に寝転んでるのが体、今僕と話してる渋皮泰人が魂ですよ。」
くったくのない笑顔で笑う太郎。
とりあえず死んでないことだけはわかった。
そしてどうやら俺は魂らしい。
「体は魂がないと動きません。
魂が抜けた状態の渋皮泰人の体は生きていますが、生理的な反応しかできませんし、自ら意思をもって動くことはありません。」太郎は続けた。「ただ魂の状態っていうのもこの地上では不安定です。魂はこの地上に適した物質で出来ている体を着て初めて、この地上で生活をすることができます。
逆を言えば、この地上に適した物質で作られた体がないというのは、この地上に生きる資格、というか必要最低限の条件がないということです。」
………。
なんとなーく、言いたいことはわかる。
到底信じられないことだけれど。
俺は黙って太郎の次の言葉を待つことにした。
「ちなみに、僕はこの地上での体はもらってないんです。
だから、この地上で暮らす資格はありません。」
は……?
「何、お前幽霊なの?」俺は思わず聞いた。
だとしたらびっくりだ。
俺は幽霊にであったことになる。
俺が思ってた幽霊のイメージとはほど遠いいが。
すると、太郎は笑った。
「うーん、ココの人たちが言う幽霊とは、少し指してるものが違いますかねえ。
体がないっていう点では同じですけど。
どっちかっていうと、僕はココの人たちがいう宇宙人に近いんですかねえ。」
っぷ。
これには苦笑だ。
宇宙人?
またこの男は真顔で笑わせるようなことを言う。
宇宙人だと?
でももしそうだとしたら、大スクープだ。
これは自殺なんて考え直して俺はこの大スクープをマスコミに売りにいかなきゃなんねえ。
それとも、本でも書くか。
どちらにしても、こいつは金のなる木じゃね?
俺は色々頭を巡らし始めた。
何も反論しない俺に太郎は何の疑問も持ってないのか、ゆっくりとした口調で話を続ける。
「僕の仕事はココでの世界を上から見つめるだけだったんですけどねえ。
本当は、違う星に属してるもの同士はコンタクトはとらないのが大鉄則なんですけど…、ちょっと状況が変わってしまいましてねえ。
初めてなんですよ、こんな風に実際に一週間も長期間で滞在するの。しかも、こんな風に身分を偽らないで現地の人とコミュニケーションをとるのは。
僕の仲間の一人は言ってましたよ。
絶対に僕らは受け入れられないから、ココに降りるのは危険だって。
でも、なんだかこうして渋皮泰人と話すことが出来て、僕はとてもうれしいです。」
俺は何となくこの太郎のよくわからない話を聞きながら一つ疑問が生まれた。
「そういえばよ…。」と俺。「なんで、俺なわけ?」
俺の質問に太郎は俺を見つめた。
「ラッキーなことに厳選なる抽選の結果、渋皮泰人に決定したんですよ。」
「なんで俺なの?抽選って何?
っていうか、どうせ話し合うならもっと価値のあるヤローにすればいいじゃん。
俺みたいな糞みたいな人生送ってるやつじゃなくてさ。」
俺の言葉に太郎は首を傾げた。
「もっと価値のある人?
それに、渋皮泰人は糞みたいな人生を送ってるんですか…??」
「…?あ…?ああ、そうだよ。」
俺の答えに太郎は笑った。
「何言ってるんですかぁ。
おんなじ魂に価値の上も下もないじゃないですかぁ、面白いこと言うなあ。
それに、なんで糞みたいな人生送ってるんですかぁ、やっぱりおもしろいなぁ、なんだか。」
太郎は可笑しそうに笑ってる。
でも、俺には少々太郎の笑いのつぼがわからなかった。
「何が可笑しいんだよ、俺は自分でいうのもなんだけど、クズみたいな存在だぜ、この世界にとっちゃよ。
お前が…、まあ宇宙人だとしてだ。(まあ信じられないが…)
俺みたいなやつの前に現れてもなーんのメリットもないぜ。悪いけどよ。」
俺の言葉に太郎は笑うのをやめた。
そしてすこしだけ悲しそうに笑って呟いた。
「……ーそう、ですか。」
太郎が悲しそうに見えたのもつかの間、次の瞬間には何にもなかったような明るい口調で太郎は続けた。
「とりあえず、僕は渋皮泰人と一週間生活をするために来たので、申し訳ないですが、これから一週間は僕は渋皮泰人の同居人になりますから。」
「…はぁ!?」突然の強引な展開に俺は言葉をつまらせた。「ふざけんなよ、勝手に決めんな。」
「それに、いいこと教えてあげましょうか。
その魂だけの状態じゃ、一人で生活するなんて無理ですよ。
僕が念力を送ってあげないと、周りの人に認識すらしてもらませんから。
魂の状態は一部の感のいい人たちを除いて気配すら感じられないんです。
だから、どっちにしろ渋皮泰人には僕の力が必要なんです。」
太郎は少しだけ勝ち誇ったように言った。
俺はそのちょっと上から目線の態度に腹がたった。
「はぁ!?尚更ふざけんな。
誰も頼んでねえし。
むしろ、知ってるか?
俺はここに自殺しにきたんだよ、そんな男がてめえに、頼むと思うか?
通常の生活がしたいから念力送って〜なんてよ、ふざけやがって。
魂がぬけたならちょうどいいんだよ、俺は死にたかったんだからよ。」
俺は続けて冷たく吐き出した。
「俺はここに死ににきたんだよ。
てめぇが誰だとか、もう興味ないから。
てめえが宇宙人でも幽霊でももうどーでもいい。
都合良く魂が抜けたなら、俺は死にたいんだ。
早く死なせてくれよ。」
どうだ。俺には俺の都合があるんだ。
とにかく、やっぱりこの太郎には早く失せてほしい。
話を聞くのは新鮮みはあるが、一週間も一緒になるとなると話が変わってくる。
むしろ、いきなりの初対面でそんなことを言われたら誰だって引くだろう。
とにかくこいつとはそこまでかかわり合うつもりはみじんもない。
早く消えてもらって、それから俺は一人でこれからのことを考えるとしよう。
なんだか死ぬ気も薄れちまったし。
まぁ、このまま流れで死んでもいいんだけど。
未練ねえし。
しかし、太郎は俺をつまらなさそうに見つめた。
「死ねますよ。」と太郎はあっさり言い切る。「そんなに死にたいなら、そのまま体に戻らなければ嫌でも一週間後死にますよ。」
…一週間だぁ!?
そんなにかかるのか…、糞…。
だったら死ぬには、体に戻ってから自殺を図るしかねえのかな。
あー、とりあえず、体に戻りたい…!
「一週間じゃあ不満ですか?」太郎は俺の頭を読んでるように話を続けた。「体に戻って早く自殺をしたいですか?でも今の状況だと体には戻れませんよ。」
「はあ!?なぜ、体に戻れない?」俺のつばが太郎に飛ぶ。太郎は少し嫌そうな顔つきをしながら答えた。
「だって、戻りたいなんて本当は思ってないんじゃないですか?」太郎は自分のコートのしわを手で伸ばしながら続けた。「魂も体もどちらもお互いを引き寄せてないですもん。
本当に戻りたいと思っていると、魂と体が互いを引き寄せるものなんです。
それでも、戻れないのは、どっちかに迷いがあるからです。
再び自殺を図るために戻りたいと思っているなら、尚更戻れないのは明らかです。
なりゆきで体に戻りたいと思っても、生きることに絶望して希望を見いだしてなければ、結果は同じことです。」
…。
何も言えなかった。
でも、ならどうすればいい?
俺は、このままどうすればいい。
「絶望した魂は体には戻れません。そういう魂は一週間後に死ぬのを、魂の状態で誰にも認識されずに彷徨い、待つしかないです。
それは言葉でいうよりもとても過酷で悲惨な状況です。
でも、渋皮泰人、あなたはラッキーなんです。
体に戻れなくても、誰にも認識されず、魂としてこの世界を一週間も彷徨う必要はありません。
僕をそばに置いてもらえれば、魂の状態でも僕の念の力で今までのような普通の生活が送れます。」
太郎は僕を見つめた。「悪い話じゃないでしょう?」
………確かに…。
このまま一週間待つのは辛すぎる。
しかも誰にも認識されずに、何もせずにただ一週間すごすのは、確かに辛いかもしれない。
でも待てよ。
どうせ死ぬなら、もう会社に行くのもばからしいな。
そうだ。どうせ一週間後に死ぬのがわかってるなら、好きなモノを好きなだけ食べて、好きな所に出かけて多少悪さをして、遊びほけて暮らすのもありかもしれない。
将来の金の心配をする必要もない。
……………。
…最高じゃねーか!
俺は太郎を見つめた。
「いいぜ。
一週間。てめえを居候さしてやるよ。」
使えるものは使う。
それが俺流だ。