第二話:電話
朝。
正確には昼か。
本来ならとっくに会社にいって仕事をしている時間。
でも今日は会社に連絡さえもいれてない。
でも、不思議とイヤな感覚はない。
俺は昨日の夜、歯磨きも風呂にも入らずに寝たから自分から悪臭がしていた。
ひげがかなりのびた感覚さえする。
でも、もう歯も磨く必要もない。
風呂に入る必要もない。
髪を梳く必要もない。
俺は重い足取りで、そのまま自分の部屋を出て行った。
鍵も閉めずに。
どうせとられるものなんて何もない。
どっちにしろもうここには帰ってこないのだ。
鍵をかけようが、かけまいが、たいした問題ではない。
肩には昨日も使っていた会社用の鞄を背負っている。
正確にはそれしか持ってないのだ。
鞄の中には、財布が一つ。
樹海に行くには十分の金が入ってる。
ーそういえば…。
俺はバス停に歩きながらふと思った。
鞄の中を歩きながらみてみると思った通り、財布の他に携帯も持っていた。
「糞っ…。」
俺は思わず吐き捨てた。
本当は携帯は持ってくるつもりはなかったが…。
まあ、いいか…。
使わなければいい話だ。
使う予定もない。
俺は、ふらふらと、バスに乗った。
行き先は樹海。
バスに乗ってから数時間後、俺は樹海の中にいた。
樹海の中に入ってからはもう一時間ほど歩いただろうか、周りはもう日が下がってきてる。
日が完璧に下がってしまえば、歩き回るのも危険になる。
わけもわからず歩き続けたが、なかなか、樹海の奥のほうまで入って来れたように思えた。
俺にはコンパスもないし、もうここから出てくのは無理だろう。
唯一生命線である携帯もあるが…。
俺は鞄から携帯を取り出してみた。
思った通り。圏外。
これでもう誰も俺の死を邪魔しない。
誰かが見つけてくれない限り…、近いうちに死ねるはずだ…。
俺は近くの木の根に腰を下ろした。
「死ににきたぜ。」
俺は誰にともなくつぶやいた。
俺は木の幹を背もたれにして座りながら周りを見つめた。
樹海は静できれいだった。
いつもいる都会とは大違いだ。
これでよかったのかな。
少し冷静になりながら俺はふと思った。
走馬灯のように俺の人生を思い出す。
たかだか28年の人生。
あんまいい思い出はなかった。
むかつくことばっか。
いいことないし。
「犯罪起こさなかっただけでありがたく思えよ。」
俺は誰にともなくつぶやいた。
あたりはすっかり暗くなり始めた。
しかもかなり寒くなってきた。
俺は目を閉じる。
「死のうー。」
その時だった。
ープルルルル、プルルルル
俺はふと目をあげた。
混乱した。
どこからなってるのか。
でも、思い当たる所は一つしかないー。
俺は自分の鞄をあけて、携帯を取り出す。
「なっ…。」
俺は思わず声を出した。
携帯は圏外なのに、音を出している。
非通知設定だと?
どういうことだ?
そのとき、ふと脳裏に思い浮かぶ。
[「千回女って知ってる?」]
俺は自分の背中に冷たいものを感じた。
[千回女が現れる前に電話がかかってくる。]
[「でさ、いっつも死にたい死にたいって言ってたんだって〜。」
「うわ〜、やばいね。病気じゃん。」]
「ば…バカバカしい…!」
俺は吐き捨てるようにいった。
でも恐怖は俺を支配し始めていた。
携帯は鳴り止まない。
俺は思わず携帯を放り投げた。
プルルルプルルル
携帯は鳴り止まない。
ずっとなり続けている。
[千回女に出会った人間は、一週間後には、死んでしまうと言われている。]
死ぬ…?
ふと俺は思い出した。
俺、死のうとしてたんだ…。
プルルルルルプルルルルーー
俺は放り出した携帯の近くに歩み寄った。
ーならいっそ殺してくれ。
俺はそう思って携帯電話の通話ボタンを押した。
「もしもしー。」
俺は電話を耳にあててつぶやいた。