61. 歩く断頭台
眠れない夜が終わり、憂鬱な朝が始まる。
料理長が作る美味い朝食を、砂を噛むような気持ちで平らげた俺は、足取り重くゆっくりと謁見の間へ向かったいた。
どれくらいゆっくりかというと、普段の速さなら優に三往復は出来る時間でまだ半分しか進んでいない程。
リネン等の洗濯物を回収して回るカリーナとすれ違うのも三回目になり、心配そうな顔持ちで俺に話しかけるか迷っているみたいだ。
「おはようございます、サタン様。こちらにございましたか」
「お、おはよう! 今日も仕事頑張ろう! な!?」
俺が謁見の間まで行くのを躊躇う原因、ベルゼが涼しい顔でやって来た。
あまりに遅いから迎えに来たというが、俺からしたら残り僅かの猶予時間さえ奪われてしまった状態。
断頭台が自ら歩いて来てしまい、心の準備が出来ていなかった俺は狼狽えた。それはもう、激しく。
何かを隠してます、後ろ暗いことがありますと自白したような俺の態度にベルゼが首を傾げる。
「如何されましたか? 顔色が優れないようですが……」
「いや何でもないよ。そういえばちょーっと寝不足だったかな。うん」
「寝不足ですか。何か心配事でも?」
「へっ!?」
しまったぁ――!
誤魔化そうとして墓穴を掘ってどうする俺!!
何か言おう、何か言わないと、と頭を働かせるが上手い言い訳が浮かぶ筈もなく。
まごつく俺を見たベルゼが、何かを考えるように口元を手で隠すと「そういえば」と漏らした。
「昨夜、アンドラスが面白いことを言ってまして」
「へ、へぇ……ちなみに、どんな……?」
「サタン様は偽物だ、と」
「――っ、……は、はは。変なことを言うね」
ひゅっ、と息を呑む音がした。
幸いベルゼは気付いていないみたいで、俺の言葉に頷いて乾いた笑みを浮かべている。
「まったく、そんな荒唐無稽な話、誰が信じると思うんでしょうか。ねぇ?」
「そ、そうだよな」
こ、これ、バレてね!?
完全にバレてカマかけてきてないっ!?
心ではそう思っても、それを聞く訳にはいかない。
出来るだけ、白々しくならないように笑うと、ベルゼもそれ以上は追及してこなかった。
……とりあえず、助かった……ってことでいいのか、これ。
「もしかするとまだ何か企てているのかもしれませんので、尋問が終わるまで、あの石を肌身離さずお持ちください。サタン様に危害が及ぶことはないと思いますが、用心するに越すことはないでしょう」
「あ、……うん。分かった」
「では、謁見の間まで行きましょうか」
いつもの、優しい顔で俺を促すベルゼにひとまず肩の力が下りる。
まるでさっきの話はなかったかのように振る舞うベルゼ。
ありがたいけれど、首元に刃物を突き付けられているような、お前はいつでも殺せるんだぞとでも言われているような気がする。俺の思い込みだと思いたいけど……
謁見の間に移動し、相談者の話を聞きながら、俺は今日中にサタンと話しに行こうと決意した。




