57. 違和感
アンドラスが牢に繋がれて数日が経ち、慌ただしかった城内も落ち着きを取り戻してきた。
処分についてのあれこれはフルカスのときと同様、ベルゼがやってくれることになったんだが、今回は城内での出来事だからと将軍のサタナキアも加勢してくれるらしい。何にせよ、ベルゼに任せてたら一安心だ。
ベルちゃんから今回の報告書が出来たとの報せが入りラーナと一緒に向かうと、既に着いていたベルゼ・リリス夫婦が添削していたところだった。
「もうすぐ終わりますので」とベルゼは言っているが、凝り性が故、妥協が出来ない彼の手にかかると暫く待つことになるんだろうな。
大人しくソファに腰を下ろしてその様子を見守ることにした俺の隣に、添削に飽きたらしいリリスが座った。
「ラーナ、頬はまだ痛む?」
「いえっ、大丈夫です。ありがとうございます」
「そう」
ソファに座らず、俺の後ろに控えるラーナの返事を聞いて、リリスは安心したのか柔らかく微笑んだ。
魔力の少ないラーナは怪我の治りが遅く、それこそ人間とほぼ変わらない程らしい。
腫れこそ引いたが、今も彼女の頬には湿布が貼ってある。
「痛む様ならすぐに言うのよ?」と念を押した後、隣の俺へと目を向けた。
「それと……サタン様。私、とても心配しましたのよ? あのとき――本当に飲んでしまわれるのではないかと」
「え? ……あ、あれは」
あのときは俺が毒を飲むのが一番いい手だと思った。
実際、ベルゼが来なかったら本当に飲んでいただろうし。
そのことを説明しようと口を開くが、それを遮る声があった。ベルゼだ。
「何を馬鹿なことを……。サタン様は俺が近いことに気付き、時間を稼がれていたに決まっているだろう」
「……そうよねっ! それであの余裕でしたのね。あのときサタン様笑ってらっしゃったもの!」
「ああ。……それに、いくらサタン様といえど、あれ程毒性の強いものを飲めばただでは済まなかっただろうしな」
そう言って俺の方に責めるような視線を向けるベルゼ。
これ、俺が本当に飲もうとしてたって絶対気付いてるよな!?
少々肩身の狭い思いもするが、飲まなくて済んだのはベルゼのお陰だ。
とりあえず、リリスに気付かれないように視線で感謝の意を伝えておいた。
◇◇◇◇◇
文句の付けようがない報告書に目を通した後、俺はラーナと庭園へと移動した。
危険な役を押し付けてしまった償いとして、なのだが、本当にこんなことでいいんだろうか。
「もっと休みが欲しいとか、物が欲しいとかでもいいんだぞ?」
「いえ……私はとても満足してますので」
「そう、なのか? ああ、そういえば……」
周囲に人がいないことを確認して声を潜める。
帰る手筈が整ったとサラに聞いたのは、つい昨日のことだ。
明日にでも元の身体に戻るつもりなんだと。
「本当にラーナには世話になった。あー、その……本物のサタンに付いて行けなくなったら、無理せず辞めるんだぞ!?」
「えっ!? は、はい……そうですね…………」
サタンも普段話している分にはそんなに危険な感じはしないけど、前科があるからなぁ。
お茶零しただけで殺すとか、洒落にならないから!
鼻息荒く言ってしまって完全に引き気味だけど、俺の勢いに押されたのか頷いてくれた。
暫く散策し、花を堪能した後、部屋に戻った俺は部屋の片付けを始めた。
立つ鳥跡を濁さずと言うし、自分が触った物は自分で片付けたかった。
……それに、サタンも帰って来て早々ごちゃついた部屋を見たくないだろうしね。
クローゼットの中身を全て出して種類ごとに分別する。
ここに入っている服は衣装担当のアドラメレクが定期的に入れ替えてくれているんだが、たまに変な服が選ばれていて困る。
紫の総レースシャツとか、赤と黒のまだら模様のズボンとか……。
普通のサラリーマンしてた感性からすると、派手すぎるんだよなぁ。
白地に大量の薔薇の刺繍が施されたジャケットを身体にあててみると、意外と似合っていて少し落ち込んだ。
「……あれ?」
変に折れた襟を正そうと思い触ると、指先に違和感を感じた。
ほつれているのかな、なんて軽い気持ちで見た俺は言葉を失うことになる。




