48. 初めてのお使い
アスタロト視点です。
毒々しいネオンが照らす道を歩く。
ビルに囲われた細い道だというのに、すれ違う人間達は俺に気付かない。
どいつもこいつも、濁った目をしてやがる。
結婚してから、久しぶりに人間界に降りて来た。
こっちで人間に憑いて生活している後輩の顔を見るという名目で、つまりは息抜きだ。
もちろん愛する妻には何の不満もないし、俺達の家は暮らしやすく整えられていて居心地がいい。
だけど偶には羽を伸ばしたい。誰だってそんなもんだろ?
別に浮気する訳じゃねーんだから、と誰に言うでもなく言い訳をしたところで「あ、」と立ち止まった。
俺の声に気付いた人間が振り向くが、次の瞬間には何も無かった風に歩き出す。
人間界にいる間、俺達は姿をわざわざ人間に似せているっつーのに、何故かあまり気付かれない。
つっても、こっちから話しかければ気付くし、特に不便を感じたことはないが。
「……おい。『ジュウなんとか』と、あー……何っつったかな……ああ! 『魔法の粉』だよ。『白い粉』だったか? とにかく、そんな感じの。欲しーんだけど」
一際眩しいネオンの店の前に立つ筋肉ムキムキの男に声をかける。
男は急に話しかけられて驚いていたが、一度上から下まで俺を訝しげに眺めた後、付いて来るように言った。
「客が来やした」
「……ほぉ? 初めて見る兄ちゃんだなァ。何故連れて来た?」
「――ッ!?」
連れて行かれたのはビルの地下。正しく隠家と言った所だった。
椅子に座って煙草を吸う男が、ここまで案内してくれた男へと殺気を向けた。
ああ、ちょっと頼む時に魔力使って操ったから、連れて来た本人も驚いてら。
「そんなことより、早くしてくんねェか?」
もう一度魔力を込めて急かす。
こっちは今禁煙中なんだよ! ふざけんな。
連れて来たヤツ――もう面倒くせェから筋肉と煙草でいいや――が煙草に耳打ちすると、奥の部屋に入って行った。
煙草は俺の苛立ちに気付いたのか、それを灰皿に押し付けると商売人の顔になった。
「今準備させている。ちなみに、何に使うか聞いてもいいか?」
「あ? 掃除に使うんだとよ」
「ほう、掃除とな……。使うのは君の上の人かな?」
「まァ、トップだな。つーか人じゃなくて悪魔な」
「そ、そうか」
「この前もなかなか綺麗にならねぇってイライラしてたけど、でもこれがあれば一網打尽っつーの? なんかそんな感じらしーし、俺も楽しみだわ」
「は、ハハ……それはよかった……」
聞いてきたから答えたのに、段々と顔色が悪くなっていく煙草。
そうしてる内に筋肉が袋を抱えて戻って来た。
「そんじゃ、貰ってくぜー」
「ちょっ、ちょっと待て! 支払いがまだだ!!」
「支払い? ああ、そういえばそんなのもあったな……ほらよ」
袋を受け取って帰ろうとした俺を、煙草が慌てて止める。
財布からこの国の金を取り出して煙草の前に置くと、煙草が赤い顔で騒ぎ出した。
「これじゃ全然足りねぇよ!! こんな端金じゃ渡す訳にはいかねぇ!」
「はぁ? 俺はこんなもんだって聞いたぜ? こっちが嘘ついてるっつーのか、コラ」
「ひぃっ!?」
凄んでやると、煙草は椅子ごとひっくり返った。
ハッ、灰皿引っ掛けて頭から被ってやがる。
ちょっとばかし怯え方が異常な気がするが、まァいいや。
正直、これ以上払えって言われても、ねぇモンは払えねぇんだし。
煙草がそれ以上文句付けて来ないのを確認して、早々に部屋を出た。
あ゛ぁ〜……煙草吸いてぇ。




