43. 疲れた後の一杯
片付けている間、俺達は色々な話をした。
秘密の部屋を作ったこと。アスタロトの部屋を片付けたこと。ベルゼとアスタロトが隣の部屋になったこと。フルカスからマーガレット達を助けたことで、謁見者が来るようになったこと。
流石にベルゼが”サタン様観察日記”を付けていることは言えなかった。
――中でも一番聞きたがったのは、やっぱりアスタロトとマーガレットの馴れ初めについて。
一通り話を聞き終わると、意外にも自分のことのように喜んでいた。
「アイツもこれで落ち着くか。後はオレと――ベルの奴は置いといて、フルーレティと……そんくれぇか。……はぁ。結婚ねえ……」
ひとしきり喜んだ後、何故かしんみりしだしたサタン。
これはあれか? 独身が少なくなって寂しい、的な。
「……まぁ、その内いい人が現れますよ」
「んだよ他人事みてぇに。つーかその口調やめろ。オレの顔でそんな丁寧な言葉喋んな。むずむずする」
「ええっ!? 口調、ですか?」
「オレを敬いつつ、もっとフツーな感じで喋れ」
「分かり……分かったよ」
そんな無茶苦茶な、と思いつつ溜息をつく。
アスタロトに言ったのと逆になってしまったけど、敬いつつ敬語じゃないのって結構難しい。
「そういえば、前言ってたダブルデートはどうだったんだ?」
「ダブルデート? ああ、あの女か。途中までは遊んでやってたんだけどなァ……。あからさまにベッタベタ媚び売ってくっから、途中で捨てた」
「す、捨てたぁ!?」
いつの間にか付き合ってるとかじゃなくて一先ず安心だけど、仄かに犯罪色が漂う言葉に声が大きくなる。
「まァ無事に帰ったんじゃね? メールやら電話やら大量にきてたし」
「へ、へぇ……」
若干引きぎみの俺に気付かずに、次から次へゴミ袋に投げ込んでいくサタン。
片付け始めのときに、元々部屋に合った物も一緒にゴミ袋に入れてるのを発見して追及してからは、ちゃんとサタンが持ち込んだ分だけを捨ててくれていた。
「――よし。終わり、かな」
床に散らばっていた洋服は昼間の内に洗濯し、綺麗な状態で箪笥に入れられている。
そんな箪笥の中や棚の上だったり、ちょこちょこ目新しい物が増えていて自分の部屋じゃないみたいだ。
逆に、サタンも城に戻ったら驚くだろうし、細かいところは元の身体に戻ってから自分がしたいようにしたらいいだろう。
「ちょっと待ってろ。冷蔵庫にビールがある」
台所にビールを取りに行ったサタンを見送って、思わず苦笑した。
まさか人生の中でサタンと酒を飲み交わす日がくるとは。
話すだけ、いや会うだけでも普通なら有り得ないことなのに、一緒に部屋を片付けて酒を飲む。
これじゃまるで――
「……何だ? 一人でニヤニヤして」
「いや、何でもない。何か普通の……友達みたいだなって」
「……ふぅん?」
言ったら怒られるかなって思ったけど、予想に反してサタンは特に怒ることなく自分の分の缶を開けた。
続いて俺も。プシュッと炭酸が弾ける音がして懐かしい気持ちになる。
久しぶりのビールが染み渡る。
結局部屋の片付けは二日かかって終わった訳だけど、ここ最近疲れが溜まっていて、数本目を空けた頃俺は――……どうやら酔ったらしい。
今までの人生だったり、これから何がしたいかだったり、取り留めのない話が口から流れ出る。
意外にも、サタンは途中途中で「そうか」とか「それで?」だとか言ってくれて、ちゃんと聞いてくれているみたいだ。
なんか皆から聞いてたサタン像と全然違うんだけど。
また誰かと入れ替わって、中身別の人に! なんてなってないよな!?
「あっ、そういえばサラって子が入れ替わりについての本を読んだことがあるとかで、今探してもらってるから」
「……はぁ!!? んでそんな大事なこと最初に言わねェんだよ!? そういえば、じゃねェだろうが!」
一転して、火が付いたみたいに怒り出したサタンに謝り倒す。
いや俺も完全に忘れてたんだよ。
人生相談だけして帰るとこだった。危ない危ない。
「……チッ。大体、サラっつったか? 誰なんだよソイツは」
「えっと、髪も目も黒くて日本人みたいな……そういえば桜が好きだって言ってた」
「黒髪黒目ねェ……新しく雇ったメイドか何かか?」
「いや、マーガレットを助けるときに牢の中にいた三人の内一人だよ」
「はっ? そんな得体の知れねェヤツに話したっつーのか?」
その言葉にムッとする。
けど言われてみれば確かに、俺はサラのことを知らない。
だけど信じたいと思ってるし、唯一解決策を知る彼女に頼らないと、それこそ足掛かりがなくなってしまう。
俺が図書室の本を全部読むっていう手もあるけど、途方もない時間がかかるだろうし。
「……アイツには言ってねェのか?」
「アイツ?」
「アイツだよアイツ。蝿」
「蝿って……悲しむぞ? ベルゼには言ってない」
最初に”ベルゼ”と呼んだときの顔が思い出されて心が痛む。いつもこんな感じだったんだろうなぁ。
「なんでアイツに言わねぇんだ?」
「だってなぁ……俺が人間だって知られたら…………怖い」
「ふぅん。そんなもんか? ……まァ、人間はあんま好きじゃねェだろうしな」
「え゛」
「オレは何としてでも助けんだろうが、お前は……まっ、分かんねェな!」
ベルゼに言わなくてよかったぁ!!
何がツボに入ったのかサタンは笑い出したけど、俺は全然笑えない。
頬を引き攣らせた俺を見て、サタンが楽しげに喉を鳴らせた。




