40. 解決の兆し
人目を避け、風を切って走る。
気分はさながら任務中の忍だ。
目的の部屋の前まで来た俺は、辺りを窺う。
誰もいないのを確認して、ノックを――
「……サタン様?」
「うっわああぁぁあ!?」
今まさにノックしようとしていたドアから出てきたサラに驚いて、大声を出した。
そして何故か大声を出した俺のじゃなく、彼女の口を塞いで部屋の中に押し込んでしまった。
「ご、ごめん!!」
「い、いえ……」
急いで手を放したが、何とも言えない気まずい空気が流れる。
気まずい。けどここで聞かないとここに来た意味がなくなってしまう。
さっき叫んだ声でいつ誰が来るか分からないしな。
「いきなり来てすまない。けど、こうでもしないとなかなか二人きりになれなくて」
「えっ……?」
「この間の……俺が誰かって話だけど、どうしてそう思ったのか、詳しく聞かせてくれないか?」
困惑した表情のサラが、俺の言葉で納得いったように頷く。
「こちらへ」と勧めてきたソファにありがたく座らせてもらって、彼女の話を待つ。
「急いでおられるようなので、手短に申し上げます。私は魂が分かるのです」
「へっ?」
ん? えっ?
なんか新手の宗教的なこと言ってないか――?
俺の間の抜けた返事に、サラが苦笑を浮かべるがどこか悲しげだ。
「魂の本質と言いますか……そういうのが色で分かるんです。本来なら、身体と魂は同じ色なんですが、貴方の場合チグハグな印象を受けました。身体と魂が合っていないような」
「おおぅ……」
言っていることは怪しいが、実際合っている。
俺が納得したのに気付いたのか、少し安心した顔になった。
確かに、こんなことなかなか言いづらいよな……
「分かった。教えてくれてありがとう。……サラ、お前を信用して言うが、確かに”俺”は……――この身体の中身はサタンじゃない」
「――っ!」
「俺は元々、桜が沢山ある日本って国の人間なんだ。ただ、ちょっと事故に巻き込まれて中身だけ入れ替わってしまった……」
これまでのことをぱぱっと説明して、サラの言葉を待つ。
一秒が一分に、一分が五分にも十分にも感じられた。
「――それで、元に戻る方法を探していると」
「……ああ」
俯いて暫く考え込んでいたサラが、勢いよく顔を上げる。
「もしかしたら……もしかしたらですが、私も協力出来るかもしれません」
「えっ!? 本当に!?」
「はい。精神の入れ替わりについて、前に本で見たことがあるのです。ただ、昔の記憶ですので、うろ覚えではありますが……」
「どんな本だったかは分かる? 城の図書室に自由に入っていいから、出来れば……」
「分かりました。早急に探しておきます」
あっさりと頷いてくれたサラに、ふっと肩の荷が下りる。
そして肝心なことを言ってなかったことを思い出した。
「このこと、君以外知らないから絶対他の人には――」
「はい。分かってます。内緒に、気付かれずに、ですね?」
口に指を当てての茶目っ気を含んだ笑みに、自然と口元が緩んでいた。
そうして二人で笑い合った。
ここ暫くの悩みの種が解決した。そればかりか、もっと重大な、入れ替わりの問題さえも解決の兆しが見えてきた。
だからだろう。
何の気兼ねなく部屋のドアを開いてしまったのは。
「おはようございます。サタン様?」
笑っているのに、目だけは冷ややかなラーナがそこにいた。
「や、やあ。おはよう、ラーナ」
何の心構えもなかった俺の顔は、かなり引きつっていたと思う。
それに一瞬だけ瞳を伏せた彼女が悲しげに見えた。
が、再び俺を見たラーナはしっかりと俺を見据えていて、思わず尻込みする。
「朝食が出来たと知らせに行きましたら、お部屋にはおられず……もしや昨晩からここにおられたという訳ではございませんよね?」
「い、いや違う! ちょっと用事があってさっき来たんだ! 部屋を出るときにベルゼ達にも会った。聞いてくれれば分かると思う!」
浮気こそしていないが(というかそもそも二人ともそんな関係じゃないが)、やましいことがあるのは事実なのだ。
浮気を問い詰められた旦那のような感覚に、勝手に冷や汗が出る。
それが怪しさに拍車をかけているが、こういうのは気にしたら余計に出てくるものなのだ。
「……サタン様は図書室閲覧の許可を与えに来て下さりましたの」
「そうだ! 前に言っていたのを今朝思い出して……」
サラが出してくれた助け舟に飛び乗る。
それが幸をそうしたのか、それとも最初から深く聞くつもりはなかったのか、短く「そうですか」と返ってきた。
嘘をつく罪悪感で痛む心の中で謝っていると、何事もなかったみたいに「では参りましょうか」と。
「え?」
「料理が冷めてしまいます」
「そ、そうだな!」
俺を見送るために頭を下げるサラを置いて、ラーナと食堂に向かう。
歩いている間も後ろからやたらと視線を感じてはいたが、何か聞かれたときに答えられる自信がない俺は振り向かなかった。
だから、後ろを歩く彼女の瞳が悲しげに揺れていたことになど気付く由もなかった。




