04. ノーマルな男
「終わったあぁぁあ!」
風呂に入り、ベッドに倒れ込む。やっと一人の時間だ。
ベルフェゴール――ベルちゃんからの探りを躱しながらの掃除は、時間が何倍にもなったように感じた。
ただ人数が増えたからか、思っていたよりも早く荷物の整理は終わった。明日は床の汚れの掃除なのだが、またあの時間が始まるかと思うと気が重い。
今日一日で分かったのは、サタンの右腕がベルゼで、ベルちゃんが左腕っぽいという事。
ラーナみたいにメイドとして働いているのは下級悪魔だという事。
「――あれ? そういえば、俺自分の部屋と風呂場くらいしか知んないじゃん」
この家……いや、城の中の事も把握もしないといけないだろう。
ベルゼは何もしなくていいと言っていたけど、来週あるという会議についても予習しておかないと。
「大変だなぁ……」
その言葉を最後に、俺の意識は沈んでいった。
◇◇◇◇
次の日、憂鬱な気持ちと共に椅子の部屋――王の間っていうらしい――に行くと、そこにはピカピカに磨かれた床と、革の張り直された玉座があった。
後から入ってきたラーナも驚いた顔をしているから、彼女の仕業ではないようだ。
綺麗になった床や壁は、大理石らしく、高級感のある光沢を帯びている。
「すげぇ……」
「王の間って、こんなに広かったんですね……あ! すみません! 悪い意味はないんですっ」
思わず、といったようにラーナが呟く。それ程までに、片付いた王の間は圧巻だった。
「おはようございます、サタン様。お気に召したでしょうか?」
「ベルゼ! これ、お前一人でやったのか!?」
「はい。気に入らない所等ありましたら、何なりとお申し付け下さい」
「すげぇ! すげぇよベルゼ! 大変だっただろ!? ほんっと、ありがとうな!」
「なっ!?」
さらりと言ってのけるベルゼに、思わず抱き着く。
背中に羽根が生えているけど、この人やっぱりいい人だ!
「あーもう、ベルゼ大好きだ! ……あ、」
興奮のあまり抱き着いたまま叫んで、動きを止めた。
ベルゼの向こう側、扉の前に顔を驚愕の色に染めたベルちゃんが立っていたからだ。
「……サタン様が女に関心を示されないと思えば……そういう事ですか。そっちに走られたんですね……」
そっちってどっちだァァア!
俺は普通にノーマルだ! ベルゼも顔を赤くして固まるな!
やっとの事で誤解を解いた頃には、もう昼食の時間だった。
「昼食はこちらでとられますか? それともダイニングルームで?」
「そうだな……ダイニングルームにしよう。案内してくれ」
「案内?」
少しずつでも周りの悪魔の顔を覚えなくては。そんな事を考えていて、忘れていた。ベルちゃんがいる事を。
俺の言葉を不思議そうに繰り返す彼女。
助けを求めようとベルゼの顔を見ると、小さく首を振り、真剣な顔でベルちゃんを見据えた。
「ベルフェゴール、話がある」
「なに、急に畏まって」
「お前は、誰にも話さないとサタン様に誓えるか?」
「そりゃあ……逆らったら怖いし」
「誓えるのかと聞いている」
「はいはい。誓うわよ。で、何? 何を内緒にしたらいいの?」
「サタン様が記憶喪失された」
「――は?」
あれ? これデジャヴ?
ベルゼのカミングアウトに、動きを止めたベルちゃん。
しかしすぐに「いや、でも」とか「それだったら」とか独り言を言い始めた。
「納得しました」
「ベルちゃん?」
「これは一大事ですね」
「ああ。くれぐれも他のヤツに知られる訳にはいかねぇ」
「ええ……王の座を狙って馬鹿が攻めてくるかもしれないわね」
ええええ!?
そんなに危ないの!?
あっさりバレちゃった俺の演技力で大丈夫か!?
心の中で叫びまくってる俺を知ってか、ベルちゃんが安心させるように微笑む。
「大丈夫です、サタン様。私達がしっかりサポート致します」
「まぁ、コイツも滅多な事では裏切ったりはしないでしょう。安心して下さい」
「そ、そう? それじゃあ、よろしく……?」
「はい!」
ベルゼの後押しもあり、ベルちゃんに笑いかける。
思っていたより大変なサタンの立場に逃げ出したくなるけど、大丈夫だよね? 大丈夫だよね俺!?