34. 金持ちへの一歩
「あーあーあー……おーい! うおー! 響くぜ!」
部屋の物を全部出し、ガランとした部屋でアスタロトが声を出して遊んでいる。
物がなくなった分、いつもより声が響くことに驚いたみたいだ。
無邪気というか何というか……
普通のマンションでしたら怒られそうだ。
厳選された『いる物』は、袋に入れたままロイに俺の隣の部屋に運んでもらっている。
なぜ俺の隣の部屋なのか。
端的に言うと、ベルゼの部屋が壊れたから、だ。
アスタロトとのいざこざで壊れた床を治すために、俺の隣の部屋に仮住まいしてたベルゼ夫婦に「いっそのことここに移れば」と軽い気持ちで言ったらその通りになった。
元々三階には俺とラーナの部屋以外空室だったから、それをいくつか繋げてちょちょっと手を加えれば、ベルゼの元の部屋と遜色ない程の部屋の完成。
ただ、それにアスタロトが噛み付いた。
「こいつだけズルい」と不満タラタラのアスタロトのために、今度は反対側の工事を始める羽目になったのだ。
夫婦(未来のも含めて)の部屋に囲まれたことになったが、防音対策については念入りに頼み込んだ。特に寝室側のベルゼの部屋については!
一応、両隣に一部屋分ずつスペースを開けて作るって言われたから、大丈夫だと思うが……
「サタン様、そろそろ……」
「アスタロト、あと三日で終わらせないといけないんだ。そろそろ始めるぞ」
「おうよ! でも物もかなり減らしたし、余裕っしょ。二日で充分!」
楽観的なアスタロトにベルゼが長い溜息を吐いた。
確かに、頭を使う『物の選別』は終わったが、掃除はまだまだこれからだ。
ヤニやカビで黒茶色になった壁紙を引っぺがし、謎の液体で溶けた床石や水垢だらけのシャワールームを洗う。
そこからの作業はプロがしてくれるらしいが、無駄に広い部屋の掃除は大変だ。
自分では全く調理しなかったらしく、簡易キッチンに油汚れがないことは唯一嬉しかった点だったが。
「この部屋を綺麗にするだけで今日一日潰れるだろ。次は新しい部屋の掃除、その後は残した物の汚れを落として配置していかなきゃいけないんだ」
三人でするとはいえ、結構ギリギリだと思うんだ。
時間に余裕があるなら、俺も休憩日を挟みながらゆっくりしたいが、無理だろう。
「うっ……まだそんなにやる事残ってんのか……」
「そういうことだ。さ、今日の分を終わらせて、早く美味い飯食いに行くぞ!」
「では私はまずは天井の壁紙を」
「じゃあアスタロトは壁を頼む。俺は……シャワールームだな」
掃除の基本は上から下へ。
二人が上部分に当たる壁紙を剥がしている間に、同時進行で床を洗ってもまた汚れるため、床は後回し。
と来たら、シャワールームが妥当だろう。
重労働な場所を選んだ俺に、ベルゼがギョッとした顔を向けた。
「私がっ、私がそちらを致しますので、サタン様は壁紙の方を!!」
「いや、大丈夫だ。トイレ掃除は慣れてるし、ラーナに酸性の洗剤を用意してもらったしな。それに――」
急に声色を落とした俺に二人が顔を近付ける。
「トイレを掃除すると、金持ちになれるんだぜ」
今自分でも悪どい顔をしてると思う。ニヤリと笑って言い放った俺をベルゼは胡乱げな、アスタロトはきょとんとした瞳で見つめてきた。
「な、何で便所掃除したら金持ちになれるんスか?」
「お金は綺麗な所を好むらしい。家の中で一番不浄なトイレを綺麗にしたら……あとは分かるな」
「おおっ!」
俺につられて小声で聞いてきたアスタロトに、昔ネットで見た情報を話す。真偽のほどは不明だ。
お金が入ったら何をしようかと考え出したアスタロトは楽しそうだ。
「サタン様、貴方は魔王ですよ。よく分からない情報に踊らされないで下さい」
「まぁまぁ。でも汚いよりは綺麗な方がいいだろ? 気分的にも」
「そうですが……って、それがサタン様自らトイレ掃除する理由にはなりません!」
「うう……じゃあ、俺は先に風呂の方をするから、壁紙が終わったら手伝いに来てくれ」
俺の提案に渋々頷いたベルゼ。
こいつのことだから、本当にあっという間に終わらせて手伝いに来そうだ。
そういえば社長自らトイレ掃除する企業があるって聞いたが、部下達はこんな感じで反対したのかなぁ。
その後は順調に掃除も進み、無事その日のノルマを達成することが出来た。
酸性の洗剤が強すぎて、シャワーヘッドが溶けてしまうアクシデントはあったが。
湿気でじめじめする季節が近付いてますね。
梅雨は掃除に適した季節らしいですよ。




