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33. 手洗いはしっかりと


 食堂でのゴタゴタがあった次の日、俺は寝室を出た途端に拉致られた。

 犯人は意外なことに、すっかり掃除スイッチの入ったアスタロトだ。


 マーガレットと一緒に暮らしている夢を見たらしく、早く片付けて茶会を開くと息巻いている。


 綺麗な場所で寝たらいい夢見れるのって結構掃除あるあるらしいが、俺の場合は目を閉じたら次の瞬間朝ってぐらい熟睡出来る。

 前にネットで調べてみたら、無意識に見てる物でも脳がいちいち処理しているらしく、物が多いとそれだけ脳に負担がかかっている、って書かれていて感銘を受けたのを覚えている。


 洗濯から戻ってきたつなぎに腕を通し、キラキラとした瞳で見つめてくるアスタロトに、出会った頃の面持ちはない。

 例えるなら、毎日だらけてたヤンキーが天職を見付けたみたいな。


 出鼻を挫くのは悪いがせめて朝食だけは摂らせてくれと頼み、既に食べて来たアスタロトに先に片付けているように言うと、俺は食堂(ダイニングルーム)へと向かった。



「おはようございます、サタン様! 昨日は部下が失礼を致しましてっ」


 俺の姿を見るなり、料理長が飛んで来て頭を下げる。

 どう考えても昨日の料理人は悪い事はしていない。

 それでも上司には頭を下げなければならない、サラリーマン時代の理不尽さをふと思い出した。


「……いや、彼は巻き込まれただけだ。こちらこそすまない。美味しかったと伝えてくれないか」


 一瞬ぽかんと口を開けた料理長だったが、理解するとすぐに笑顔で頷いてくれた。

 朝食のスクランブルエッグを食べ終わり、部屋で着替えたあと、筋肉痛の身体に鞭打ちながらアスタロトの部屋に向かう。


 部屋の前に着くと、ベルゼが目を丸くして部屋の中を見ていた。

 

「おはよう。驚いた? 結構片付いただろ」

「サタン様、おはようございます。正直、かなり驚きました。あのアスタロトが……」


 言われた通り、先に掃除していたアスタロトが俺達に気付き、肩に掛けたタオルで汗を拭いながら近付いて来た。

 いつもなら顔を付き合わせるたび喧嘩するらしいが、ベルゼの言葉が聞こえなかったのか、昨日ので懲りたのか、ベルゼを一瞥するだけで突っかかって来なかった。


「早かったっスね。じゃ、ちゃっちゃとやっちゃいましょーか」

「なっ!?」

「そうだな。アスタロトは昨日と同じで袋に入れていく係。俺達は床や壁を拭いていくか」


 物の分別はアスタロト(所有者)に任せ、昨日は出番がなかった箒や雑巾を手にする。

 アスタロトの言葉遣いについてベルゼが何か言いたそうにしているが、スルーするよう目で頼むと渋々下がってくれた。



 ◇◇◇◇



「あー……そういやこんなのもあったなァ……」

 

 かなりの量を捨てて、物が一般家庭並になってからというもの、作業スピードが目に見えて落ちた。

 物が少なくなった安心感からか、一つ一つをじっくり見て選ぶようになったからだ。


 だからといって、決してサボっている訳ではなく、有りがちなアルバムや漫画を読んで脱線をしているなんて事もないため、注意するのも可哀相だと容認していた(ベルゼは終始イライラしてたけど)。


 流石にこのペースじゃマズい。声を掛けようと、雑巾を置き腰を浮かせた時、入口から俺を呼ぶ声が聞こえた。


「お、おおっ! ありがたい!! おーい二人とも、休憩しよう。料理長がサンドイッチ作ってきてくれたぞー!」


 朝食のときに頼んでおいた軽食の登場に、テンションが上がる。

 流石に、物が少なくなったとはいえまだ腐臭が漂うこの部屋で食べる気にはならないため、隣の部屋に簡易テーブルをセットしてもらった。


「俺玉子サンド!!」


 部屋に入るなり、昼食が置かれたテーブルに駆け寄るアスタロト。子供か。

 その勢いのままサンドイッチを取ろうとするその手を、ベルゼが阻止した。


「何すんだよ!?」

「アスタロト、ちゃんと手を洗おうな」

「汚れてねェっスから! さっきタオルで拭いたし。ほら!!」


 確かに、俺の目の前に出された手のひらは汚れているようには見えない。

 だが――


「あのな、目に見えなくても今お前の手のひらには菌がうじゃうじゃいるんだ。そんな手で食べたら、菌も一緒に食べることになるんだぞ? 気持ち悪いだろ」


 備え付けの水道で、石鹸を付けて念入りに洗って見せる。

 指の間に爪の間……最後にアルコールで除菌して完了だ。


「ぐっ……き、菌か何か知らねェが、そんなのに負ける俺じゃねェんで!」


 確かに!!

 悪魔が菌に負けるってことは有り得るんだろうか。

 ん? ってことは、悪魔は風邪引かないのか?

 いやでもボニー達の傷は化膿してたし、絶対勝てる訳ではない、はず。


 アスタロトの妙に核心を得た言い分に言葉が詰まる。

 だが、これならどうだ。


「お前はそうでも、赤ちゃんはどうだろうな?」

「は?」

「お前に子供が出来たとき、お前はその汚れた手で子供の顔を触るのか?」

「赤ん坊は免疫力が弱いので、下手したら死ぬ可能性もございますね」


 マーガレットとの子供を想像し緩めていた顔が、ベルゼの援護射撃によって真っ青へと変わる。


「あ、洗うよ」


 大人しく手を洗い始めたアスタロトに聞こえないように、ベルゼが小さく褒めてくれた。


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