03. ベルフェゴール
「――では、あの男の召喚は成功していて、それに巻き込まれた時に記憶を無くされたという訳ですね?」
「多分、そんな感じ」
ベルゼとラーナと、部屋を掃除しながら会話する。
最初に居た椅子の部屋を掃除しようと思ってラーナに言ったら、「サタン様がされるのに、自分がしないでいい筈がありません!」ってベルゼが言い出して、三人で掃除している訳だけど……
空気が、重い!
「あの、ラーナ? かなり震えてるけど、大丈夫か?」
「だだだ大丈夫ですっ。なのでこの骨の様にだけはっ」
「チッ、今はまだ殺さねぇって言ってんだろ。大体、お前一人で掃除しろよ。サタン様の手を煩わせやがって……」
俺に対する態度と違いすぎなんだけどォォオ!?
紳士かと思ったのに! 怖すぎる!
「あの……ベルゼ、さん?」
「おやめ下さい! 私めに敬称など……。いいですか、サタン様。貴方様は悪魔の頭。私達のトップなのです。家来達に気を砕くなど以ての外です!」
「わ、わかった」
ベルゼの剣幕に押され、思わず頷く。ベルゼもそれを見て満足気に頷いた。
それから数時間。気まずい空気の中片付け続けて、やっと床が見えてきた頃、ノックの音が響いた。
ベルゼは俺に目線で合図すると、訪問者に誰かを尋ねている 。
「ベルフェゴールですわ。サタン様、来週の件でお話が」
ベルフェゴールだと!?
たしか、トイレに座ったオジさんの姿が有名だが、実は妖艶な美女にもなれるというベルフェゴールだと!?(大事だから二回言った)
やばい、緊張して手に汗が出てきた。
「は、入れ」
扉を開ける時、ベルゼがまた目配せしてきたが、何の意味があるんだ。まずそれを説明してくれ。
「失礼致します」
入って来たのは、秘書系の美女。長い紺色の髪が歩く度にさらりと揺れる。色気が! ハンパないッ!
「おい、ベル。見て分かるだろうが、サタン様は今忙しいんだ。用件は俺に話せ。俺から後で伝えておく」
「何故? そこに居られるのですから、直接お話した方が早いでしょう? 手は使えなくても、耳は使えるのだから」
クールに言い放つベルフェゴールに、ベルゼが苦虫を噛んだ表情になる。
今分かったが、ベルゼは俺がボロを出さないように、気を利かせてくれてたみたいだ。
「……サタン様?」
「あ、ああ。で、用件はなんだ」
「? はい。来週の会議の件なのですが、ダンサーの一人が急遽来れなくなりまして」
会議なのにダンサー? 何かの隠語? とにかく、来れなくなっちゃったなら仕方ないよな。
「そうか」
「サ、サタン様!? 失礼ですが、どこか具合が悪いのでは?」
ボロが出ないように、短く返した。が、何かマズかったようだ。
後でベルゼに聞くとして、今は不審がるベルフェゴールを帰らせるのが先だ。
ベルゼに目をやると、心得えたとばかりに頷いてくれた。
「用は済んだか? 済んだなら早く立ち去れ。これ以上居座るというのなら、掃除を手伝ってもらうぞ」
「え……わかった。手伝うわ」
「は?」
「それで、私は何をしたらよろしいですか?」
追い出す話じゃなかったのかと、ベルゼを見ると彼もまた驚いた顔をしていた。まさか本当に手伝うとは思わなかったんだろう。
「じゃあ、向こう側を頼む」
「わかりました。魔物の死骸はベヒモスにでも喰わせましょう。あとは……まぁ、頑張りますか」
腕捲りして大きな魔物の死骸を軽々と担ぎ上げたベルフェゴール。
大物から片付けると言って、部屋から出て行った間に、作戦会議する。
「すみません。ベルは怠け者なのですが、自分が知りたいと思った事に関しては妥協しない性格でして……裏目に出ました」
「俺の態度、そんなにおかしかった?」
「……怒らなかった事が不思議だったのでしょう。会議にはいつも、踊りを見に行くようなものでしたから」
ダンサーってやっぱりダンサーだったんだ。隠語でも何でもなかった。
「とりあえず、ラーナは別の場所を片付けてもらおうかと思うんだけど」
部屋の隅でガタガタと震える彼女が不憫になる。
俺とベルゼの時でさえ震えていたのに、ベルフェゴールが来てからは明らかに顔色が悪い。
「ではあの女には隣の、サタン様のお部屋を掃除させましょう。あと、サタン様はベルの事を”ベルちゃん”と呼ばれていました。くれぐれも、お気を付けて」
「ああ。頑張るよ」
ここの王の間と寝室は隣の部屋を挟んで繋がってて、寝室を掃除する時、ちらっと見たけど隣の部屋も結構散らかってたぞ。
それを一人で掃除するラーナに同情するが、残された俺達で挑んだ掃除は、一人でするよりも随分疲れた気がした。