16. 新しい風
使用人代表でやって来た執事のロナルド。
いや、ね?
怖いのに手伝ってくれて嬉しいよ?
けどさあ……
ヨボヨボなんだけど。
「ああっ! そこは俺がするから! ロナルドは向こうの軽い分を!!」
重そうな棚を運ぼうとするロナルドを制し、花瓶を指差す。
悪魔だから、もしかしたら外見はヨボヨボでも体力や力があるのかもしれないけど、それを試す勇気はない。
老人に無理させて、ぎっくり腰になんかなられたら目覚めが悪いしな!
ああ! 転けて花瓶が割れた!!
申し訳なさそうに平身低頭で謝るロナルドに、気にするなという意を込めて手を振ってみせた。
あれ? 頭下げてて見えてなかったみたいだ。
下げ続ける白髪の頭に「よい」と短く声をかける。
失敗をフォローする言葉を掛けようかと考えたが、年上に言う言葉考えるのは難しいし、まあいいや。
「物は運ばなくていいから、物に積もった埃を拭いてくれ」
「は……?」
「いや、だから埃を……ラーナ!」
もう一度繰り返そうとしたが、目を見開いて固まってしまったロナルドの様子に匙を投げた。
だってずっと上の空だし、指示を飛ばすたびにきょとんとしてんだもん。
ラーナには悪いが、ロナルドの事を託す事にする。
ラーナに連れて行かれたロナルドの小さな背中が見えなくなるまで待って、大きく息を吐いた。
……うん。
ロナルドには一階を片付ける時に頑張ってもらおう。
◇◇◇◇
サタン様から離れた場所で、ラーナを手伝いながら、先の事を考える。
花瓶を割ってしまったのだ。
しかもサタン様の前で。
老いて体力が無くなったという事もあるが、それだけではない。
執事という立場になってからというもの、日々の精進する為の努力を惜しんでいたのだ。
怠けていた私に対する罰なのだと思った。
そして、今、死ぬのだと。
真っ白になった頭で、必死に頭を下げる。
殺されるのなら、できるだけ痛くないように一瞬で。
そう願いを込めて、目をきつく瞑る。
――だが、いつになっても痛みはやって来なかった。
代わりに来たのは「よい」という短い言葉。
少しも咎める様子のないそれに、思わず目を見張り、頭を上げてしまった。
そこにあったのは、困ったように苦笑を浮かべるサタン様のお顔。
初めて見た主の表情に、思考が止まる。
そのせいで、サタン様からの新たな指令を聞き逃すという失態までも犯してしまった。
ふと、近くに来たラーナへと視線を向ける。
この娘は、こんなに生き生きとした表情をする娘だっただろうか。
「……楽しい、のか?」
「え?」
つい口をついて出た言葉にラーナが気付き、振り向いた。
ほんの一瞬。
何かを考えるように口を紡ぐと、弾けんばかりの笑顔になった。
「はいっ! ……最初は、この仕事に就く事が、不安でした。でも今は、とっても……とっても楽しく働かせてもらってます!」
「……そうか」
言い切り、満足気な顔になったラーナが、観葉植物を持ってバタバタと走り去って行く。
一粒、涙が地面へと落ちた。
彼女が走った事で舞い上がった埃が、目に入ったからに違いない。




