01. あだ名はさったん
年末の大掃除を応援するお話です。
※悪魔が出てきますが、結構適当です。
あー……やばい。
何がやばいって? 聞くな。いやごめん。聞いて下さい。
なんで……なんで……
「俺がサタンになってんだよォォオ!?」
俺の叫びが空間を震わせた。比喩じゃない。本当に震えた。だってビリビリっていったもん。窓が割れたもん!
衝撃波としか思えないそれに取り乱したが、聞こえてきた足音に居住まいを正す。
「サタン様!? 如何がなされましたか!?」
「いっ、いや、なんでもない……」
血相を変えてやって来た男に、どもりながらでも返事が出来たのは上出来だろう。
なぜなら、燕尾服をしっかりと着こなしたその青年の背中には、四枚の羽根がついているのだから。
やはりどもったのがおかしかったらしく、青年は首を傾げて様子を伺っている。
「サタン様……?」
「なんでもないと言ったらなんでもない! 少し一人にしてくれ」
「……はっ、わかりました」
「……ふぅ」
執事風の青年が立ち去り、一息つく。
――状況を整理しよう。
俺、佐田透。二十代後半のサラリーマンで、独身。
因みに、小学生の頃のあだ名はさったんだったが、本当にサタンになると思って付けてないわな。
そう……サタン。今俺サタンになってます。
仕事帰りに電車でうたた寝してたのまでは覚えている。それで目を開けたらこれだもんなぁ。驚くよ。
玉座から立つと、瓦礫や得体の知れない魔物の死骸を踏んで、鏡まで歩いて行く。
俺もね、踏みたくはないんだけど、なんか色々積み重なった上に椅子が置いてあったの。踏まないと動けないの。ごめんね魔物。
心の中で謝りながら、やっとの事で辿り着いた鏡に映ったのは、ちょい悪風な青年の困り顔。ちょい悪っていうか、サタンだからかなり悪い筈なんだけど。しかも思ってたのより若いんだけど。
「……角……耳……羽根まで……」
頭には捻れた二本の角。耳は尖り、背中には蝙蝠のような羽根がついている。
変わり果てた姿に、溜息を吐く。
目を開けてすぐ、何故か、自分がサタンになったという事は理解した。が、それだけだ。
どんな性格で、どんな生活をしていたかも分からない。もっというと、口調もだ。さっきも怪しがられたし。
「どうしよう……」
正直言うと、さっきの執事の正体については目星が付いている。
ベルゼブブ。サタンが天使だった時からの側近だ。昔したゲームに出てきたから覚えている。
ゲームでは蝿の姿だったが、人間寄りの姿でよかった。蝿に話しかけるなんて、随分と暗い人と思われそうだ。
「うぅ……ていうか、俺何でサタンになってんの? 人間界?の俺は?」
「サタン様、失礼します」
「お、おう。入れ」
ノックの音がして、とりあえず鏡から離れる。ナルシストと思われたら嫌だ。
入って来たのはさっきの執事、もといベルゼブブ、さん?で、手にはティーセットの乗ったトレーを持っていた。
「サタン様、お茶をお持ちしました」
「ああ……ありがとう」
「ありがとう、ですと?」
「うっ、すまん。何かおかしかったか?」
「サタン様からお礼を言われるなんてっ……! このベルゼブブ、感激の極み!!」
「そ、そうか?」
やっぱりベルゼブブだった。というか、自分を抱き締めて、泣きだしたんだが、大丈夫なのか?
「お、おい。大丈夫か!?」
「はっ!? 失礼致しました」
ベルゼブブが深呼吸している間に、俺も紅茶を飲んで気を落ち着かせる。
冷静になって考えると、お礼言っただけで驚かれるって、今までどんだけ傍若無人だったんだよ。まぁ、サタンだし?分かるっちゃ分かるけど……
「あ! そういえばサタン様、一応報告しておきたい事が」
「ん? なんだ?」
「前々からサタン様を召喚しようとしていた人間を殺したと報告がありました 」
「え? あ、そう?」
「正直鬱陶しかったですし、万々歳です。殺す直前にも召喚しようとしていた様ですが……それも失敗に終わった様ですね」
「ふぅん?」
そういうもんなのか、と曖昧に頷いておく。
ベルゼブブ――長いから今度からベルゼと呼ぶ事にする――ベルゼは俺が飲み干したカップに紅茶を注ぎながら、なんて事は無い事の様にさらりと口を開く。
「そういえば、その男、電車に乗っていたらしいのですが、近くの人間も巻き添えで殺してしまった様です」
「そっかそっか……え? ちょっ、その男の名前とか分かる?」
「名前ですか? たしか……佐田、でしたかな?」
NOォォオ!!
死んじゃってるじゃん! 巻き込まれてんじゃん俺!!
え、じゃ何? 実は召喚成功しちゃってた的な? 俺と流行りの入れ代わりしちゃった的な?
って事は、俺の身体に入ったサタンって……
「死んじゃった……?」
「はい? まぁ、関係のない男ですし、運が悪かったですね」
なんてこったぁあ!
嘘だろ!? サタン死んじゃったよ!
「大丈夫ですか? 顔色が悪い様ですし、今日はもう休まれては?」
「う、うん。そうする」
ふらふらとした足取りでベルゼの後を付いて行く。
案内されたのは寝室なのだが、その光景に絶句した。
基本的に黒を基調とした部屋なんだが、なんて言うか……汚部屋だ。
いや、さっきの部屋で分かってた。分かっていたさ……
誰のか分からない頭蓋骨を横目に、物に埋もれたベッドへと向かう。
掛け布団の下に何かの骨を見付けた時、俺の中で何かが弾けた気がした。