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第八話 惚れちゃった

妹ケルネと知り合いだという貴族の人たちと話をさせてもらって、まだそれほど時間も経っていないタイミングで、ジョージ様がウイネを迎えに来た。

「ウイネ。せっかくだから踊るぞ」

「え。あぁ」

「あんだけ練習したんだ、踊らせろ」

結構本気の発言だった。

集まっていてくれていた優しい貴族の方々に礼をとってジョージ様の傍に戻る。


さわさわと人が動いていて、中央でゆっくりとダンスが始まっていた。


「どうだった」

「皆様、とても優しかった・・・!」

「よかったな。後で礼状を出せよ。ルネージュにやり方を聞け。相手が誰か忘れたらパスゼナに聞いとけ」

「うん・・・」

ジョージ様が貴族っぽい事を言っている。だが『俺に聞け』と言わないのはどうしてだろう。ジョージ様だからだろうな。


ところで、

「ねぇ、ダンス、曲が全然違うんじゃない? これだといつもみたいに振り回してもらえない気がするけど・・・」

ウイネはゆっくりした動きで優雅に踊る面々を見つめて、尋ねた。

「大丈夫だ、曲は大体パターンがあって変わっていく」

「ふぅん」

「いつもみたいなのは次の次だな」

「じゃあ少し先ね?」


「そこまで待つかよ。次から行くぞ」

「え、嘘」

ジョージ様に抱えられるように空いているスペースに出される。

さすがと言うべきか、そのタイミングで曲が終わり、少し間が空く。

ジョージ様に誘導されて手を置く。曲が始まった。いつも振り回されているより、穏やかな曲。

いつもよりちょっとワンパターンで簡単。


「悪くない」

見守るように満足に笑まれた。

急に、カァっとウイネは赤面した。自分でも驚いて焦った。

なぜ、今、自分は動揺したのか。こんな人前で自分のような平民年増女が赤面とか止めてー!! とウイネは内心で自分に悲鳴をあげた。

不覚にも、ジョージ様がいつもより素敵に見えたのだ!


いつもより頼りがいのあるジョージ様とのゆるやかなダンスは、ウイネを盛大に照れさせた。


曲が終わった。

ウイネの状態をきっと分かっているだろうにジョージ様は次の曲も踊る気満々のようだ。

まぁ、そりゃ次の方がいつもの曲だし。本命だし。

でもね?

と思ったら始まった。

人を選ぶ曲らしく、踊っている人たちの数が急に減った。振り回されるのにちょうど良いスペースが空く。


「ん」

短い言葉で、しかし楽しそうに、ジョージ様がウイネをぶんぶん振り回した。


***


ぐったりだ。


「じゃあ踊ったし、帰るか」

全く疲れていないご様子のジョージ様がそう言ったので、やっと帰る事になる。

知らなかったが、夜会とは最後までいなくても良いらしい。


いつもの事ながらちょっとよろけそうになるのをジョージ様が支えてくれて、馬車に乗った。

「疲れました・・・」

馬車に乗ってすぐ思わずこぼれた本音に、ジョージ様は笑った。ちなみに隣に座ってきた。


「ウイネ。お前が相手で良かったよ」

と自分の肩にウイネの頭をもたれかけさせて、ジョージ様が言った。

「・・・そうですか。私も、ジョージ様で、良かったです、よ」

「息も絶え絶えだな、お前」

「もうすぐ眠りたいぐらい」


「そのまま寝たら筋肉痛だろ。ちょっと我慢しとけ」

「うん。我慢してますよ」

「面倒くさいねぇ」

わずかにぼやいて、ジョージ様がウイネの片足を持ち上げた。

「ひゃぁ!?」


「ちょっとほぐしといてやるよ」

「え、足あげるの辛いから良いです。というかこういうのジョージ様マメすぎ・・・」

「でもまぁなぁ」

身体のメンテナンスはマメなジョージ様がウイネの足をほぐしてくれる。


「ジョージ様って、本当に、貴族っぽくない」

「まぁな。自覚はある。だが貴族だから自由に生きていられる。どうだ、すごい矛盾だろ」

「ふふ」

疲れているウイネは笑った。

「ありがと、楽になった」

両足とも、簡単にほぐしてもらって足を降ろす。ウイネは甘えてジョージ様にすり寄った。

「おぅおぅ。今日は可愛いな」

「今日だけ?」

「・・・俺だけ言わせるのは不公平だろう」


もう眠たい。ジョージ様は優しい。

ウイネは腕を巻き付けた。

「ジョージ様、好き。貴族の中でジョージ様一番好き」

「・・・平民を入れたら?」

「一番好き。大好き」

「そりゃよかった。今、何を言われるか緊張しただろうが。・・・お互い結婚したかいあったな」

「一番好き?」

「・・・聞くな恥ずかしい」


作り笑顔なんかなくて笑ってくれるから大好きだ。

他の人がジョージ様についていけなくて、本当に良かった。

呆れるぐらい子どもみたいだけど、でもそれで良い。


***


数年が過ぎた。

ウイネは、夜会でお話しできた妹ケルネのお友達な貴族の方々と、少しずつ交流を持つことになった。

本来の貴族とはこういう交流をいろんな人とするものらしい。


一方、恐ろしい事に、ジョージ様に対する夜会のドキドキの影響は消えなかった。

多分貴族の夜会に連れて行かれて、ジョージ様がものすごく頼りに思えてしまったのだろう。そもそも夜会に連れ出したのはジョージ様なのに、分かっているのに、駄目だ。

本当に惚れてしまった自覚がある。


きっと、色んな貴族たちを見た影響もあるだろう。

作り笑いを浮かべている人たちも多かった。

執事のルネージュさんたちに聞いてみたところ、貴族と言うのは感情をそのまま表に出すことを良しとしないそうだ。

内面を隠すため、仮面のような表情を保てるようになってこそ、有能な貴族と言われるそうだ。


そんな中で、ジョージ様は、あり得ないほど子どもの振る舞いのまま年齢を重ねた。自分の思うように、好きなまま、仮面を被る訓練を怠ってしまったのだろう。


でも、そんなジョージ様で良かったと、ウイネは思う。

こういう人で、本当に良かった。


それに、そのお蔭で、ジョージ様は40歳過ぎても自由人で余ってたわけだから。だから、ウイネを拾ってくれるに至ったのだから。


貴族としては、ダメな人かもしれないけど。


まぁでも、この貴族の家は弟のパスゼナ様が継がれると決まっている。ジョージ様は傍流になる。

子どももいないし、傍流になって消えていく運命なのだろう。

・・・それで良い。

それでも、少なくともウイネは幸せだと思った。


***


「うぇっぷ」

ある日、食事しようとしたら、吐き気が来た。


「・・・おいどうした。悪いもん食ったか」

「う・・・」

我慢できず、席を立つ。

廊下に出ようとして、心配した執事ルネージュさんに誘導されて、空のボウルに吐く。


「うー・・・」

「大丈夫ですか奥様。リエラ、お医者様をお呼びしなさい」

「おいどうした。・・・おい変なもん食ったんじゃなかったら、お前、妊娠してないか」

食事を中断してウイネの様子を見に出てきたジョージ様が、なんとそんな事を言った。


「は? 妊娠」

「・・・」

「どうだ」

ジョージ様がなぜそんなセリフを、とウイネは思った。


「え、ちょっと待って、分からない」

「お医者様に」

「お前、先月、女の出血無かっただろ」


「ギャー、ちょっとそういうの人前で言わないで!」

「・・・」

執事のルネージュさんが無言だ。

「そんなこと言ってる場合か。運んでやる、大人しくしとけ」

ジョージ様が、ウイネを抱き上げた。


***


お医者さんに見てもらって、ジョージ様の言葉が正解だったと分かった。

嬉しかったけどなぜか無性に恥ずかしくてなぜかジョージ様に八つ当たりしたくなった。

しかしそんなのを吹っ飛ばして、ジョージ様が喜んだ。

「やったな、ウイネ! やった!」

満面の笑みで嬉しそうで、それだけで直前のこっぱずかしさが吹き飛んだ。

「・・・うん。でも・・・無事に産まなきゃ・・・」

照れてしまう。


「良かった。お前は乗馬もするし体力もある。大丈夫だ。絶対大丈夫だ」

人前だというのにジョージ様がベッドに身を起こしているウイネに抱き付いてきた。

えへへ、とにやけたウイネもどうかしていると自分で思った。

嬉しい。

嬉しい。

嬉しい?

「嬉しい、どうしようジョージ様、私、赤ちゃんできたの! 歳なのに!!」

「・・・今やっと理解したのか、おい」

「どうしよう、待って、無事産めるかしら、どうしよ、お母さん、助けてもらって、呼び寄せて!」

「落ち着け、こっちにも母はいるだろ。落ち着け」


***


今。ウイネは出産準備中だ。

先に妹のケルネの方が出産したから、ケルネに色々教えてもらう。

ケルネの方が妹なのに、なんだか順番が逆でおかしい、とくすりと笑えてしまう。


中流貴族の傍流になるジョージ様と、平民のウイネとの間に生まれてくる子だ。

貴族の世界でうまくやっていけるかは、かなり本気で心配。


いっその事、平民の世界でたくましく生きてくれた方が、ジョージ様と自分の子どもとして合うんじゃないかななんて思っている。

男の子か女の子かも分からないけれど。どっちにしても、嘘の笑顔なんてつくる練習なんてしないで生きていって欲しいと願ってしまう。

自分が平民だからだけど。


でも、いつも本当の笑顔でいれるような、そんな世界で生きてほしい。

まだ生まれてもいないけれどウイネは願ってしまうのだ。


出産間近で超過保護になったジョージ様と、夢を見て過ごす。

でも何よりも、どうか無事に産まれて来てね。


***


数か月後。太陽が明るく輝く乗馬日和に。

ウイネは第一子を出産した。

女の子だ。ジョージ様に似ていると言われた。お転婆になるのかしら。


夢見ているように幸せだ、とウイネは少しボゥっとして笑んだ。


「ウイネ!」

ジョージ様の呼びかけにハッとした。じっとウイネの様子を見つめている。ジョージ様は、なぜか妙に硬い表情だった。変なの。


「子どもを残して逝くなよ。しっかりしろ」

笑うと、ジョージ様がますます顔を強張らせた。ウイネの額にキスをした。


「消えそうに笑うな。俺を残して逝くな」

心配性だなぁ、とウイネは思った。

残してなんか逝きませんよ。子どもだって産まれたばかりだし。まだまだこれから、です。


でも、ちょっと疲れたのは本当・・・。

「ウイネ! 待て!」


***


白いふわふわした場所にウイネは居た。

周りで、子どものキャッキャと笑う声がした。見れば近くにベッドがあって、赤ん坊が眠っていた。


気付けば、赤ん坊だらけだった。

皆ニコニコ笑っている。


少し歩いてみて、ウイネは不思議になった。

私の子どもは、どこ?


娘だった。ジョージ様に似てるっていってた。


どの子? 分からない。いない?


名前は、なんていうんだっけ。

ウイネはボロボロと涙を落とし始めていた。


「ジョージ様。どうしよう。私、子ども・・・」


助けて。迎えに来て。一緒に探して。

むしろ、子どもを連れて、迎えに来て。

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