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第五話 好き

ウイネが赤い顔で俯く様子にジョージ様は三人を見やり、

「ちょっとお前らあっちいってろ」

と追い払った。

「お前、貴族の奥方なんだから、傍に人がいるのいい加減慣れろよ。そりゃ出自の身分は色々思うところあるだろうが、お前がそれだと皆が困る。自覚しろ」

「はい・・・ごめんなさい」

「あと全部謝るのも止めてくれ。面倒だ」

「はい・・・ご、」


「使用人と話している気分になる。一応お前、妻だろうが。まぁ俺も色々自由にさせてもらってるけどな」

「はい・・・」

「言葉に出さないだけで謝罪を態度で表すのも止めろ、面倒だ」

「う・・・じゃあ私はどうすれば!」

ジョージ様はため息をついた。


「なぁ、知ってると思うが俺は本当に面倒くさいのが嫌いだ。平民相手ならまだ良いかと思ったのもあって結婚してやったぐらいだ」

「・・・はい」

やっぱり結婚して貰ったんだな、とウイネは知った。拾ってもらったのだ。


「ウイネ、お前は俺を少しでも気に入ってるのか?」

ジョージ様がやはり面倒くさそうに尋ねてきた。

変だった。

顔に、全然気にいってないだろうお前、と書いてあった。

変だった。本当にそう思っているのが読み取れたのだ。なぜそんな風に。


ウイネは、そういえば兄も勘違いが多かったと思い出した。ウイネ以上に分からない事が多いらしい。でもそれは普通はそうだと父に教えられていた。

ジョージ様も、兄と同じタイプだろうか。ウイネの思う以上にウイネの事が分からないのかもしれない。

誤解もしていそうだ。例えば、誰かの噂話とか、ご友人のちょっとした指摘とかを真に受けてる?

そうだ、ジョージ様は結構色んな事を真に受けやすい人だ。あり得る。


一方で、ウイネはジョージ様の指摘に納得もしていた。

自分は、ジョージ様に恋とかしてない。

ウイネは、ただ、縋り付いているのだ。捨てないでくれと、一生懸命ジョージ様のところにみっともなく縋り付いている。

ジョージ様はウイネの必死さを分かっている。


でも、分かってない。

本当に嫌で耐えられないような人なら、ウイネは縋りつかない。まぁもう後がないから、他の人よりは我慢強いかもだけど。


ウイネは首を横に振った。

駄目だ。私は自分の事しか考えてなさすぎ。

ジョージ様だって困っている。


「私、ジョージ様に拾ってもらって、結婚してもらいました。結婚したくて、必死でした。紹介してもらった相手がジョージ様だから、私はジョージ様に必死で縋っています」

「おぅ」

「で・・・。あの、とても勝手な事ですが、私は、ここに、居たいのです・・・。他に行くところが無いというのは本当です。他に行くところがあったりとか、例えば私が超美人とか、例えば私が貴族のご令嬢とかだったら、もしかして違うかもしれないけど・・・私には、すがる人が、ジョージ様しか、いないんです。ご迷惑だと分かるけど、でも・・・。私から離婚なんてしたくない。でも、ジョージ様が離婚だって言ったら、それは仕方が無いから、受け入れる。私がジョージ様を好きか嫌いかって言ったら、間違いなく嫌いなんかじゃない」

「おいそれは普通に『好き』でいいところじゃないのか」

ジョージ様が顔をしかめた。

「だって『好き』って、『好き』・・・」

単語を口にしてウイネはふっと意味に気づいた。


「『好き』・・・」

単語の意味を確認するように呟きながらジョージ様を見あげると、

「おぅ・・・」

と静かに呟いた後、ジョージ様がニィと口の端を緩ませた。

「・・・『好き』・・・?」

「なんで疑問形にしたんだ」

「ジョージ様は、私の事、好き? ですか?」

「なんでそれをこっちに聞く。そっちの話だっただろうが」


ウイネは一旦顔をそらせてから、もう一度ジョージ様を見た。

「『好き』・・・。あ、好きです。好きでした。好きですよ?」

「お前!」

ジョージ様が苛立った。ウイネの両肩が掴まれる。

「イライラするだろうが! ハッキリしろ!」


「ジョージ様は私の事、ちょっとは好きでいてくださるのは存じ上げています。大型犬みたいに可愛がってくださってますね。人としてはちょっと寂しいのですが。でも、ジョージ様、私は、ジョージ様を好きです。とはいえ若い感じのトキメキとはちょっと違うかも」

「正直に全部まるっと言い過ぎだろうがお前は!」

「私は、まだ置いておいてもらいたいのです・・・」

「・・・じゃあ、いれば良い」

「離婚不成立?」

「お前が望んでないなら不成立だろ」

「ジョージ様は?」

「俺はどっちでもいい。任せるよ」

ウイネの両肩から手が外された。


「じゃあ離婚しません」

「それで良い。そうしろ」

「はい。・・・あの」

「なんだよもう」


「妻でいていいですか?」

「当たり前だろ、お前何様だよ。妻だろうがよ」

「ふふ。良かった」

「あーあ。平民なのに結構面倒だったな」

「ごめんなさい」


だから謝んなって言ってるだろうが、とブツブツ言うジョージ様に、ウイネはちょっと調子に乗ってみることにした。

木にひっかけていた犬の手綱を取り直したジョージ様のもう片方の腕に、そっと触れて、手をかけてみる。

「・・・なんだ?」

「奥様のマネです」

「・・・普通の奥様なんかになってくれるなよ」

「どんな奥様がご希望なんですか?」

「まぁ、俺を自由にさせてくれるのが一番だな」

「他には?」

「馬に乗って遠出しよう。ウイネ」

ジョージ様が笑った。

「はい。頑張りますね」

仲直りしたようだと、ウイネは知った。


「ずっと縋り付いていても良いですか・・・?」

「好きにすると良い。俺だってそこまで面倒に思ってない。ウイネ」

名前を呼んだジョージ様の雰囲気が急に変った。

「お前は、本当に他に行くところが無いのか? ここにしかないのか?」

「・・・はい」

何を今更、とウイネは思った。他にどこに行けるというのか。

ジョージ様が真顔で見ている。


嫌いなのに置いておかないといけないとか、そういう事になるのは本当に嫌だ。

だから必死でジョージ様に合せるのだ。怒らせないかと、身分差をわきまえて様子を伺うのだ。


じっとジョージ様が見ている。

それから、はぁっとため息をついた。

ウイネはその様子に緊張を覚えた。


「俺が離婚だって言ったらどうしてた」

「・・・実家に帰ります。家業の店を手伝います」

「さっき、行く場所無いっていったじゃねぇか」

「・・・戻りたくないのです」

「仲悪いのか?」

「うーん・・・そうではないですが。戻りたくないのです・・・」

「・・・世間体とかか」

「それもあります」

「世間体なんて気にしなくても生きていけるだろう」

「私には生きていくのキツイですね。すでに悪女の姉ですし」

「そうか」


・・・でも、本当に嫌なら、離縁を言って下されば従います。

でも口にできない。

負担になりたくないけれど、捨てられたくない。


「そうか。お前には、俺しかいないのか」

ジョージ様が、静かに呟いた言葉は、ウイネの胸に深々と突き刺さった。


そうです。

私には、ジョージ様しかいないのです。


「でも俺は、もうちょっと自由な女が理想だ」

空を見上げるように、ジョージ様が言った。

「は」

ウイネが思わず言葉を零す。何この人。これ本音だ。


「もう一度言う。俺の理想はもっと気を使わなくて良い自由な女だ」

「う。あ。しかしですね」

面倒くさいの嫌いだもんね、ジョージ様!

しかしですね。超えられない身分の壁があるのです。こういうのは低い方がわきまえるものなんです。


ジョージ様が犬の手綱を持っている方の手で、添えているウイネの手をつかみ、グィっとウイネを引っ張った。そしてウイネの手と腕を自分の腕に巻き付け直した。

「もっと自由に振る舞え。命令だ」

「う、あ、はい」

「面倒くせぇな。おい、いっそその敬語止めろ。さっきお前普通に敬語抜いてたろ」

「いやあれはついうっかり」

「良いからもう、お前は俺の理想の女になる努力をしろ」

「え、は、はい」

「周りにもそう言っとくから。良いか。お、そう思うと楽しみだな」

ジョージ様がニヤリとウイネを見た。

「色々注文を出させてもらう。俺しかいないんだろ。希望に応えて見せろよ」


う、わ。

ウイネはその顔に絶句した。

本気だ。本気だよ!


「返事。敬語抜きだ」

「う、あ、うん、はい、そうする」

「頼む」

「うん・・・」


あ、やっぱりジョージ様良い人だったなぁと、ウイネはじわじわと思った。

「ありがとうジョージ様、好きです」

「お。急に来たか」

ウイネの様子を見降ろして、ちょっと照れているのを見て取ったらしい。

ニヘラ、とジョージ様の顔が崩れた。


「ウイネお前、俺の子ども産むか」

「え。急にそんな話?」

「どうだ。俺がそう思ったのはお前だけだ」

にやけていると思ったら急に真顔でジョージ様が言ってきた。


「え。あ、ただ、あの、私も、ジョージ様も、もう年齢が」

「そうだな。でもこの年齢で第三子や四子産んでるのも多いだろう。ならいけるだろ」

「・・・」


ウイネは思考停止してジョージ様の顔を見ていた。本気で言っている。

子ども。

年齢的にも望みは薄い。それに、そもそも自分を引き取ってもらった段階で、そんな望みは持たない方が良いと思っていた。

けれど。


「・・・できるか分からないけど、産んでいいの?」

「産んでくれ。・・・できればな」

「うん・・・」

ウイネは静かに感激していた。じわじわと来る。

ジョージ様が優しく笑った。ちょっと男前に見えた。


大型犬から、ちょっと人として認めてもらったかも、なんて思った。

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