第二話 結婚
3回目。
ジョージ様とは郊外で合流した。馬であたりを散歩中だった。
「来たか。結婚に同意、それで良いか」
「え、あ、はい。どうぞ宜しくお願いします」
ウイネがそう答えると、ジョージ様が少し首を傾げて馬上からウイネをじっと見た。
それから、少し笑った。
「必死だな」
言いあてられてカァっとウイネは赤面した。
「おいで。馬に乗るのは初めてか」
馬上でジョージ様が待っていてウイネに同じ馬に乗れと促す。
馬になんて乗ったこと無い。慌てて周囲を見回すと、傍に人が来て、ウイネがジョージ様の馬に乗るのを誘導してくれた。
ジョージ様と馬の首の間に持ち上げられるように座らせられた。
初めて乗った馬は、視点が高くて、動いていて、馬はブルルと鳴くしで怖い。
落ちないよね? 暴れないよね?
様子で乗馬は初めてだと察したのだろう。
「落とさないからもうちょっと力抜け」
とどこか少し呆れたように言う。
後ろから腹に腕を回されて、ウイネは、
「うわぁ」
と全く可愛くない悲鳴を上げた。
「行くぞ」
ジョージ様が馬を動かし出した。
身体がすくむのを、ジョージ様が笑った。はっはっは、と言う声が後頭部から響いてくる。
ウイネは泣きそうになった。
どうしよう。すでに結婚が決まったことを後悔しだしている。
パカポコパカポコと蹄の音がする。
ゆらゆら身体が揺れる。
お腹に腕を回されているのは、落とさないようにウイネの身体を固定しているのだろう。
ちょっと振動に慣れてきた。
と思ったのを、多分見抜かれた。
「走らせるぞ。そら!」
「うひゃぁ!」
とても楽しそうに、馬を走り出された。
ドドドッ、という馬のかける振動が直接来る。
ジョージ様はどうしてそんな楽しそうなの! 馬がきっと好きなんだ! そういえばそういう前情報聞いてたわ!
さんざん好きなように馬を走らせて、降ろしてもらった時にはウイネはぐったりしていた。
思わず地面にしゃがみ込んでしまった。
あはは、とジョージ様が笑った。
「そのうち慣れるさ。それとも、もう2度と嫌か?」
「・・・」
ウイネは気分の悪くなっていて顔色の悪くなっている顔を上げた。
ジョージ様は、42歳の中年のくせに、まるで少年のようにニカニカ笑っていた。ちょっと腹が立った。
体調が悪くなっていた事で素で答えた。
「別に嫌ではありません」
ぶっきらぼうに、しかし身分をわきまえた返事をした。
ジョージ様は片眉をあげて、
「そりゃよかった」
と言って水をラッパ飲みした。
あぁー、そりゃ、今までこの人独身だったの分かる気がしてきた。
と、ウイネは勝手に納得した。
「そういえば結婚式なんだが、派手なのは嫌だ。むしろしなくて良いと思っている。どうだ」
「は」
急にそんな話題でウイネは驚いた。
今、この状態でその話題なのか。本当にどうでも良いんだなこの人。
一体この人にとって結婚ってなんなのだろう。
・・・平民のウイネとするぐらいなんだから、もう本当にどうでも良いのだろうとしか思えない。
「ツインカーネが、式は挙げないと女性に気の毒だなどと言うんだが。やはりやりたいのか? この歳で? いい歳したオッサンとオバサンが、結婚式? お披露目なぞしたいと思うのか?」
「えぇえええと」
なんてどうしようも無い人だ。
ウイネは困った。そして、返事の前に水を飲みたいと思った。ちょっと水飲んで気持ちをスッキリさせてもらえませんか。駄目ですか?
「その前に、お水を私にも一口ください」
「ツインカーネに貰え。俺のはもう飲んだ。空だ」
ツインカーネさんは、ジョージ様の傍によくいる人だった。ただそれだけで同情した。
きっといつも引っ張りまわされているんだろうな。
きっとウイネも、そうなるんだろうな。
水を丁寧に渡されたので、おずおずと受け取って、一口飲んだ。
ぬるい。
残念。スッキリできなかった。
「・・・結婚式ですが」
あぁ、なにをどこまで言って良いのか分からない。
「私が、どうこう言えるものでは、ありません。どうぞジョージ様のお好きになさってください」
「そうか」
「はい」
きっとウイネは暗い顔をしていたのだと思う。
ツインカーネさんがジョージ様に何か苦言を言ったのかもしれないと、思う。
こんな会話をしたのに、ジョージ様は身内だけだけど結婚式をしてくれると後日ウイネに言ったのだ。
***
場所は、ジョージ様の家の敷地内。庭。
庭にチャペルがあるのである。貴族だ。
参加者は、ウイネの家族。父に、母に、兄に、弟に、妹。友達も5人呼ばせてもらった。皆忙しいのに来てくれた。
ジョージ様の家族の方は、ジョージ様のご両親と、妹さん。弟である宰相パスゼナ様のご家族は不参加だった。忙しいらしい。
けれど、宰相として、ウイネの結婚を祝福できないのだろうとウイネは察した。それが当然だからだ。
自分が貴族と結婚など、おこがましいにもほどがあった。
ただの平民で、しかも超美人とかならいざしらず。
世間にご迷惑をかけた悪女の実姉で、家も貧乏で、容姿も人ごみに簡単にまぎれてしまえる平凡さなウイネが。あり得ない事なのに。
お祝いとして、妹ケルネと交流のある貴族のご令嬢4名から花束や贈り物が届いた。
自分が結婚できたのは、ケルネとこのご令嬢方のご厚意のお陰だと、ウイネはしみじみと知っていた。
感謝して、皆様にご迷惑をおかけしないように、生きていきたいと、ウイネは誓った。
***
結婚式が終わって、そのままウイネはジョージ様の家で暮らすことになった。
結婚だから当然なのだが、間借り感がハンパ無かった。
ちなみに寝室はジョージ様と一緒だった。結婚したから当たり前なんだけどなんだか違和感を持ってしまうのはどうしてだろう。
一緒に寝た。
どうもウイネの事は、きっと新しく手に入れた馬か犬かみたいに思ってるんだろうなとウイネは思った。可愛がってもらってるんだけど、なんか、扱いが人ではないような、動物扱いされている気分がものすごくした。
***
翌日。
「俺は今日は外に予定がある。ウイネ、お前はどうして過ごす?」
「え、と」
すでに外出着ででかける準備万端のジョージ様だった。
ウイネが眠っている間に、多分朝ごはんも食べ終わってる。たぶん絶対そうに違いない。
「えぇと、ご飯をいただければ・・・それから・・・」
「動くの辛いか。寝てろ。食事はここに運ばせる」
ウイネは驚いた。
ここ、寝室! 運ばせるとか! 無理ですから!
「・・・どうした。何だ」
ジョージ様が眉をしかめてウイネのいるベッドにやってきた。
「あ、あの、こんなところに、ご飯なんて、運んでもらうとか、無理、」
「人に持ってきてもらうのが恥ずかしいとか」
「え、はい、そう」
真っ赤な顔でコクコク頷いているウイネを、ふーん、という顔でジョージ様が眺めた。
「じゃ俺がもってきてやる。それならいいだろう。何が良い。今日はゆっくりしてろ」
「え、はい、あの、」
ウイネの答えに、ジョージ様が眉をしかめた。
「昼には帰って来てやろう」
「え、はい」
「よし」
ジョージ様がサンドイッチを持ってきてくれた。スープまでついていた。
すすめられてウイネが食べ出すのをじっと観察してから、ジョージ様は予定のために出ていった。
ジョージ様、なんか慣れてる。
あと、私をやっぱり犬とかみたいに思ってる気がする。
・・・捨て犬拾っちゃって面倒見ている感じ・・・?
自分で至った発想にウイネは憮然としたが、しかしきっとそれは事実に違いないだろうとも分かっていた。
モソモソとサンドイッチを食べた。
おいしいけどなんか微妙。私これからどうなるんだろう。
・・・自分で結婚決めたくせになぁ。
ウイネは自分をふっと鼻で笑ってから、そのまま寝転がった。いつのまにかまどろんで、もう一度眠ってしまった。