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「うああぁ!」


 ルテアは思わず飛び起き両足をさすった。目を窓に向ければ、カーテンの隙間から青い空に大きな雲が浮かんでいる。先ほど見ていた夢は、無我夢中で戦ったカリナでの戦闘であった。


 戦いの後遺症か、夢の中で血と煙と人の焼ける臭いがはっきりと思い出してしまうことが多く、思わず起きてしまうのだ。長い髪と肌は汗でべとべとであるため、水場で汗を流して着替えると本校舎へと足を伸ばす。


 ケテル王国北方のカリナに現れた暴竜の出現により、当初国内は大混乱となったが、暴竜がその後現れることも無かった。カリナ領主の娘、セルリアは復興のため夏前に現地へと戻っている。


 最近は落ち着き始めた世情ではあるが、学園では後期の試験は中止となり臨時休校となっている。そんな学園の旧校舎で生活していたルテアは、昼過ぎに学園長に呼び出されるのであった。


「おい、ルテアが居るぞ」


「英雄ライア様に楯突いたのに、よく学園に居られ続けられるわね」


「おい。ちょっと遊んでやろうぜ」


「ああ、いいな」


 あのカリナ暴竜の戦いを経て、ライアは”英雄ライア”とまで呼ばれるようになっていた。これはゲームでも同様なイベントが存在したことをルテアは知っていたが、ライアが撃退するとばかり思っていたのはルテアの誤算であった。暴竜撃退では、かつて暴竜に関わったシトルの名前もちらほらと学園内で聞くようになっている。


 このライアの活躍を知った主人公らは遠征して難敵を倒していると、ロベリア経由でルテアは聞いた。最近ではメタルゴーレムも倒せているらしく、彼らならば暴竜とも戦えるとルテアは考えている。主人公らと行動しているロベリアは、明日午後に学園へ戻ってくると話していた。


 ライアが英雄と呼ばれる一方、1年の時にルテアが楯突いたとの噂が学園や街中で広まったことから、学園では堂々と悪口を言われ、男女問わずに絡まれる事となる。

 時には全身水浴びや泥まみれに、時には火傷や生傷を追うことになる日々であり。街中での買い物では、きつい目で店員から見られることが多くなってきていた。


「先日、タロン家より貴女が暴竜討伐に参加する意志があるのか確認がありました」


「――つまり、自分が暴竜討伐に参加しろと?」


「その通りです。参加することで貴女の援助を行うと申し出がありました」


「リュミエーラは……」


「貴女が断るならば、彼女が向かうことになるでしょう」


 タロン家から縁切りした娘にわざわざ確認するということは、”タロン家代表として参加しろ”というメッセージであるとルテアは判断した。学園長はその判断を肯定する。


「そうですか。それではイレーネさんは?」


「彼女は参加する意思があるそうです」


 暴竜討伐は貴族や一旗揚げたい冒険者が多く参加するだろうと、学園長はルテアに話してきた。暴竜討伐に参加して無事に帰ってこれる確率は低い。むしろ死亡する前提で動くほうが賢明だろう。そして、タロン家は大事なリュミエーラを向かわせたくないのだ。


「……少し待っていただけませんか」


「いいでしょう。大事なお話ですが猶予はありません。本日含めて3日待ちましょう」


「ありがとうございます」


 夕方、ルテアは学園を出る。行先は1日だけ過ごした屋敷だった。あの屋敷の部屋には、机とクローゼットしかなかったが机の中は空であり、生活感の無さに驚いたことを思い出した。その後、学園生活を送る傍らルテアの過去について調べようとしたが、何も手掛かりを得られずにいたのだが。


 そして、ルテアが懐かしの屋敷前へ到着する頃には既に日は落ち、高く大きな鉄格子のある屋敷正門から屋敷内を見ると明かりが灯っている。正門前には警備兵がいるため、ルテアはそのまま通り過ぎ、裏口の方へと向かった。


「何と言われようと――!」


「お前では――。何故わからない」


「分かっていないのはお父様ですわ!」


 ルテアが屋敷裏口へ向かうにつれて、屋敷内からの声が大きくなってくる。ルテアはリュミエーラと当主らしき既に顔も思い出せないあの男が口論していると判断し、そっと屋敷から離れ旧校舎へと戻るのであった。


「はぁ――……」


 帰り道、ルテアは長く深い溜息を吐き、薄曇りの半月が出ている夜空を見上げ目を閉じる。翌朝、ルテアは用務員室へ向かうことにした。


*****


「――という話がありました」


「そうか。ルテア君、君はどうするのかね」


「はい。国の南側へ逃げようかと思っています」


 ルテアは限界であった。学園生活も暴竜との戦闘もだ。暑い日も寒い日も、雨風の中も訓練した結果が散々な目でであったことも一因となっている。あれ程リュミエーラが元気ならば、話は断っても問題無いとも判断していた。


「これからの生活はどうするのかね」


「手持ちの金は少ないので……そうですね。野宿でも生活できるので問題ないかと思います」


「お世話になった食堂がある。田舎だが、住み込みで仕事ができるかもしれない。一筆書こう」


「ありがとうございます」


 シトルから手紙と地図を受け取ったルテアは旧校舎へ戻り、こっそりと準備をした。午後はロベリアが来るかもしれないので纏めた荷物は用務員室へと隠す。


「ルテア先輩!」


「ん。お待たせ」


 ルテアが用務員室から戻ると、旧校舎入り口に制服姿のロベリアが立っていた。垂れていた彼女の耳としっぽはルテアの姿を見つけると、ぴんと立つのであった。


「大丈夫です!待っていません」


「中に入る?」


「はい!」


 ロベリアが手を上げ返答する。しっぽはぶんぶんと振り回っていた。その後2人は近況の雑談をして過ごす――といっても話題は暴竜や主人公らのことが中心になるのだが。ルテアが外を見ると、既に夕暮れ近くになっている。


「もうこんな時間か」


「そうですね、いつもの食堂に行きませんか?」


「まぁ……いいけど」


 ルテアとロベリアは学園外に出て食堂へと向かう。ロベリアは学生服を着て、ルテアは茶色のズボンと大き目の白い服、大きな黒い帽子だ。空は日が傾き、人々は家路への道を急いでいる。


「ロベリア!」


 街中からロベリアを呼ぶ少年の声がする。ルテアが振り向くと主人公が立っていた。彼の後ろにはいつもの顔ぶれがいるのが見えた。


「一人かい?皆で夕食を食べないか」


「えっと……」


 ロベリアがルテアの方を向く。つられて主人公がルテアの方を向き、睨みつけてきた。主人公はルテアとロベリアの間に割り込みロベリアを守るような形をとる。


「いや。行こう」


「そうですよ、ロベリアさん。行きましょう!」


「ご飯いくの!」


「……ダメですか?」


  フィリカが、カレンが、シャントリエがルテアを見て顔を顰め、ロベリアに声をかけた。ルテアはそんな光景を見てロベリアへ頷き返し、彼らに背中を向ける。


「……はい。行きます」


 背中越しにロベリアの同意する声が聞こえ、笑い声が遠ざかっていく。その晩、適当な安い食事で腹を膨らませたルテアは、日持ちのいい乾パン干し肉などの食料を調達すると、用務員室から袋を回収して投げ込んだ。


「おう、ちっさいの。何処かに行くのか?」


「ええ。ちょっと」


「気をつけてなー」


 翌朝、日が上がった直後にルテアは起床し、腰まで届く長い髪をアイスナイフで肩口まで短くして学園を出た。服装は旅人の格好であり、背中には袋を背負っている。


 守衛には以前から酒や食べ物を融通して交友があり、顔見知りのため特に気に留められることもなかった。そして、その足で乗合馬車の発着場へ行き、南行きの馬車へと乗り込むのであった。


 ――そして馬車をさらに2回乗り換えて、移動に3日かかることになる。道中は平和であり、とても暴竜が暴れる世界とは無縁のようであった。


*****


「名前はアルテでいいか?シトルは元気でしとっか」


「はい、アルテです。シトルさんにはお世話になっています」


 ルテアが立っている場所は、畑が広がる小さな田舎の町の木造2階建ての小さな建物である。シトルは食堂と言っていたが、実態は宿屋に食堂が併設されている形であった。因みにルテアの調理は切る・焼く・煮るの3拍子、男の料理しかできないのである。


 ルテアの前には短い黒髪の中年の男性が、食堂の奥の調理場には長い茶髪の綺麗な中年になるかという女性が立っている。ルテアが話を聞くとシトルがよく泊まっていた宿屋だそうだ。名前はシトルと話して偽名を使うことにしていた。


「そうかい、元気ならそりゃよかった。はっはっは!」


「あんた!そんな大声出すんじゃないよ」


「わりぃなアルテちゃん。これが地声でよ」


「いえ。呼び捨ての”アルテ”で大丈夫です」


 ルテアは”ちゃん”付けに心が砕けそうになったが、何とか堪えた。堪えたのだが少し涙が出てしまっていた。身長はあの目覚めた日から変わっていなかったのだから。


 そうして、宿屋件食堂で働く日々が始まる。朝は寝泊まりしている客を起こし部屋の掃除を、午後は洗濯を行い、夜は食堂で配膳や洗い物を手伝っている。寝泊まりは、1階奥の空いている小さな部屋だ。


 服装は若草色の服と長いスカートに白いエプロンの田舎娘の格好となっている。当初はズボンを要望していたが、宿屋の女将に却下されていた。


「おぉ。久しぶりだな」


「おう、親父さんも元気そうで何よりだ。ちょっと休暇をもらったんで戻ってきたわ」


 夏も終わりに差し掛かるころ、夕方の賑わう食堂に青年が一人入ってくる。彼の足と腕には包帯が巻かれているが、歩く姿は問題ない。彼が店主に話しかけ、2人で話し込んでいると――。


「おー。竜殺しじゃねーか」


「んだそりゃ?酒の名前かい」


「いや、この娘がな」


 店主と話していた男はそう言ってルテアの方を指さした。ルテアは大声に我関せず給士をしている。


「がはは!お前もそんな冗談を言うようになったか」


「信じられないのは分かるが。そうだな……」


「――!」


「おい!」


 男はフォークを右手に持ち立ち上がると、ルテアの方を向いて振りかぶる。対するルテアは後ろに飛び退き、無言でアイスガードを発動させ、アイスアローを2本出現させて対峙した。


「降参だ、降参!」


 賑やかだった食堂は静かになり、2人に視線が注がれる。男は両手を上げ、フォークが床に落ちる音が聞こえると、ルテアは魔法を解除した。そして床に氷が散乱したので、ホウキを取りに奥へと戻っていく。


「俺の店で暴れる馬鹿がいるか!」


「いってぇ……」


 男の頭に店主の鉄拳が落ちる。そして涙目のままルテアの前へと歩いてきた。


「俺はヴァスだ。カリナでの防衛に参加してたが、あの時は助かった!」


「アルテです……別人かと思いますが」


「と彼女は言っているが?」


「いやー暴竜はすごかったが、あの娘もかなりのものさ」


 ヴァスはカリナでの暴竜の戦闘を食堂の皆の前で話している。ライア王子と防衛隊による暴竜との戦闘や街中の様子、自身の怪我や復興の状況などだ。皆は興味津々で聞いているが、ルテアのこともその中で触れていた。


 ルテアが聞くに、カリナでの戦闘が見られていたようであった。現場ではライアが英雄と呼ばれていることに、持ち上げすぎだとの声もある様だが、旗印として頑張ってもらう方向とのことだ。


「そこで現れたのがあのアルテさ!」


「……」


 そうして夜更けは過ぎていく。ヴァスの話の中ではルテアの評価は高く、持ち上げ話に耐え切れなくなったルテアは、店の外にこっそり出ると溜息をつく。見上げた夜空には星空が輝いていた。


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