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エルフの少女はケテル王国北の街カリナに住んでいた領主の娘、名前は”セルリア”であった。身長は155cm程であり広範囲の風魔法が特徴だ。
彼女の両親が暴竜復活を察知し、彼女を勉学という名目で避難させたのだが、その直後に街は暴竜に襲われてしまう。彼女の両親も、暴竜との襲撃に巻き込まれる流れになっていた。このイベントには、主人公たちは直接絡まないのだが――。
「私の名はセルリア!貴女を倒す者の名よ!」
「……」
「どう?格好いいでしょ!」
薄い胸を反らせて自慢げにおしゃべりするセルリアを放置し、フードをかぶり歩き出すとセルリアは後ろをついてくる。仕方なく、セルリアを引き連れたまま行きつけの、ロベリアのいる食堂へと向かった。今の時間ならばちょうど食べているだろうとルテアは考えた。
おしゃべりの中、セルリアは学園一の悪者のルテアを倒すことで、学園の人気者になれるのだとルテアに話す。ルテアにとっては傍迷惑な話であった。
「ルテア先輩、この女は誰ですか?」
「ふふっ!」
「わかりました。女狐……いえ、女エルフですね」
セルリアが挑発すると、光のない目でロベリアが呟く。血の雨が降る前に、ルテアは仲裁に入った。
「私のために争わないで――……何ちゃって」
「「ルテア先輩、ちょっと黙ってください!!!」」
「……」
2人から凄みのある顔で振り向かれルテアは固まった。
「わたしのルテア先輩に近づかないでください!」
「どう?悔しい?悔しい?」
ロベリアが怒り、セルリアがルテアの腕に腕をからませてきた。
食堂の人々は、微笑ましい顔でそんな2人を見守っている。そんな騒々しい中、ルテアはセルリアを横目で見つつ北方の街に行こうと計画していた。
セルリアが学園に入学するということは、暴竜が本格的に動き出す前触れなのだ。そして、北の街の襲撃は初夏手前のイベント、既に猶予は無い状況であった。
*****
入学式から時は過ぎ、季節は雨季手前となっている。1年でも特に過ごしやすい季節であり、冬服から夏服へと変わる時期だ。あのセルリアは、冒険者界隈や学園でも有名になっている主人公らと一緒にいることが多い。
そんな中、夏服の白いシャツに着替えたルテアは1人、用務員室へ向かった。
「カリナまで行くのかね。ルテア君」
「はい」
ロベリアが居ない間を狙い、シトルにカリナへ行くことを話す。カリナ行きについては学園長へも申請済みであった。最近の訓練はロベリアが主体となり、ルテアは端でアイスアローとアイスジャベリンをひたすら撃っているだけであったが。
「ふむ。用件は知らないが、何か手伝えることがあるなら言うことだ」
「……」
ルテアは悩んでいた。暴竜に単独で挑んだとして、現在の魔法でどこまで対応できるか不明であったこと。万一、動けなくなった場合のことなどだ。
シトルに相談する事にはしたのは、過去に暴竜と戦闘して生き残った人物がいると、暴竜関連の本には記載があったこと。さらに、シトル本人の口からも度々それらしき話が漏れていたためだ。つまり、シトルならば暴竜との戦闘に詳しいのではないかという考えであった。
「実はカリナ周辺に暴竜が出るのではないかとの噂があります」
「それならば、ワシもこの前耳に挟んだかもしれんな。北のほうが騒がしいらしい」
「もしも暴竜が現れるならば参戦したいと考えています」
「その意気込みは素晴らしいが、果たして君の魔法で倒せるかね?」
「いいえ、倒せないでしょう。しかし倒すつもりもありません。撃退……防衛の助けになれば十分かと」
会話が途切れ部屋が静かになる。遠くから学生たちの声が聞こえてくる。
「……ふむ。ワシも行こうかの」
シトルはルテアに同行することを伝える。3日後、旅人の格好でカリナ行きの馬車へ乗り込む2人の姿があった。この馬車へは特別製の矢が入った箱を持ち込んでいた。道中の2人は特に会話する事もなく、外の景色を眺めていたのだった。
「この部屋がいいかもしれんな」
「分かりました。取りあえず3日、2部屋の予約を入れてきます」
北の街は山に沿って建てられており、山の上側が領主の館、その下が貴族や金持ちの家、さらに平野に町民の家が数多く建っていた。街並みは尖った屋根の家が多く、道路は石畳で整備されていた。
その中でシトルが選んだのは、山側中腹の見晴らしが良い石造りの宿の1階だ。ルテアは小金を稼いで貯めていた為、連泊でも問題ない。
「おい!来てやったぞ!」
「……」
ルテアが宿の受付に行くと、入り口から大声が掛かる。その声の方を向くと、手前にライアが、奥にランデが立っていたのだった。宿の外をルテアが見ると、宿前には立派な馬車が止まっている。
ライアは春より長期休学を取っていたはずであり、学園には居なかった。ということはカリナにずっと滞在しており、学園から話が伝わっていた可能性があるとルテアは推測した。カリナの街中は軍服や甲冑を着た兵士の姿が多く、穏やかな空気は感じられない。
ルテアが受付に宿泊費を支払い、無言で部屋へ戻ろうとすると後ろを2人がついてくる。
「これは俺の仕事だ。お前らにいい恰好はさせんぞ」
「ライア王子ですか。噂はかねがね聞いております」
「……誰かと思えば、偶然生き残った運のいいシトルか」
シトルの部屋に不機嫌そうな顔をしたライアが入ってくる。その後ろに、表情には出ていないが入り辛そうにしているランデが続く。
「邪魔をすれば命はないと思え」
「ええ。もちろんです」
「……」
ライアがシトルに釘を刺すが、シトルは平然と受け流した。その光景を壁の一部となって見ていたルテアは沈黙を貫いた。
「おい、屋敷に戻るぞ!」
「失礼します」
そう言ってライアとランデは去って行った。どうやら馬車は貴族の住む方へと走って行ったとルテアは宿の人に聞く。その晩、暴竜のことや作戦についてルテアとシトルは話し込むことする。
シトルは、竜は生まれると白色、年数がたつと灰色になり、最後は黒色になるとルテアに話した。40年前の暴竜は若干白い灰色であり比較的若かったとも。もし襲ってくるならば、同じ暴竜の可能性が高く、当時は人が多いところを中心に暴れまわったため、平野に現れた暴竜を中腹から遠距離で狙う方針だ。
当然、平野で暴れるならば多くの犠牲が出るだろう。しかし、接近で暴竜と戦闘できるほどの能力はルテアとシトルには無い。ルテアは歯がゆい気持ちで口を噛みしめた。
――そうして過ぎること8日後の明け方、北の空から巨大な影が街へと舞い降りた。
*****
激しい鐘の音が街中に響き、遠くの街並みから人々の叫び声が聞こえ、轟音と共に煙が上がる。赤みのある灰色の鱗の暴竜は3階建ての建物の2倍超、高さ20m超程。ルテアたちの宿からも、その大きさがはっきりと判るほどだ。ルテアは震える足を叩き立ち上がる。
「ルテア君、準備はいいかね」
「大丈夫です」
「では、話した通りの手順でいくぞ」
ルテアとシトルは空いた時間を攻撃の手順について打ち合わせていた。
暴竜への攻撃個所については、狙いは頭部であり、次点が首回りと羽だ。胴体は鱗と分厚い筋肉によって、命中しても効果がないと判断している。
また、攻撃はルテアが行うのだが、矢が重いためシトルが革袋に入った長い矢を5本、ルテアが短い矢を5本持ち、ルテアが攻撃をする流れだ。暴竜は魔力感知が鋭い可能性があり、攻撃後は速やかに逃げる必要があった。
「はい」
「走るぞ」
震える声でルテアが返事を返すと、シトルが走り出しルテアが後を追う。遠くからは爆発音が聞こえ、ルテアの腹に響く。平野に比べ建物が少ないためか通りを逃げる人は少ないが、それでも着の身着のまま家から出て街の外へと逃げようとしている。2人は建物の影から影へと移動する。
「ここからがいいだろう。ワシは少し先に居る。撃った後はすぐに逃げるんだ」
路地裏の建物の間の向こうに暴竜が見える位置で、シトルがルテアに長い矢を1本渡す。受け取ったルテアが暴竜の方を向くと、目を覆うような光景が広がっていた。
暴竜が降りた地点の家屋は破壊され、街には火の手が回っている。対峙する兵士は長い尾で吹き飛ばされ、逃げる群衆や遠くから攻撃している魔法兵は、口から出る火球で焼かれている。街には赤いシミと黒い塊が散見され、怒声と悲鳴が止むことは無い。
ルテアが見る限り、暴竜への攻撃は効いているようだが僅かなものであり、撃退するまでにどれほどの時間がかかるか見当もつかない。
「……アイスジャベリン」
暴竜は群衆に目を光らせ口を開く。口には火の塊が溜まっていく。慌てる気持ちを抑え、ルテアは羽に狙いをつけ、発射した。
「こっちだ!」
ルテアが着弾は確認する間もなく、走り出す。遠くから爆発音と暴竜の叫び声が響く中、シトルが大声でルテアを呼ぶ。
「どうでしたか」
荒い息で2人が逃げる中、シトルへ状況を聞き出そうとすると――背後の建物に暴竜からの火球が着弾し、爆風に背中を押され吹き飛ばされた。路地裏に倒れたルテアの手を引き、シトルが起き上がらせる。
辺り一面には熱風と煙が漂い、ルテアは激しく咽た。
「走れ!」
再度、建物の影に隠れたルテアにシトルが話しかける。ルテアの攻撃は羽に命中し、傷を与えたようだと。話している間にも暴竜の攻撃はまだ続いている。シトルが攻撃場所を探し、ルテアが長い矢で攻撃すること2回、胴体に1発、空振り1発であった。胴体に当たると腹を立てたのか一層大暴れし、破片が離れているルテアにも降りかかる。
「奴が動くぞ。羽を狙うんだ」
「はい……アイスアロー」
動き回った暴竜の周囲一帯は廃墟となり、周りには兵士が集まっているため、空を飛ぶとシトルが話す。息絶え絶えのルテアは、平野近くの廃墟の影から、短い矢を凍らせたアイスアロー3発を暴竜の羽に叩き込む。
砕けた氷が光に反射し輝く中、羽から2つ赤黒い血飛沫が上がる。そして叫び声をあげた暴竜が2人の方を向き、口を開ける。
「アイスアロー!」
顔を向けた暴竜へアイスアロー2発同時に射る。アイスアローは暴竜の顔と首へと吸い込まれ爆音が響く。ルテアは鱗が砕け、血が流れ出ていることを確認した。その傷口に向かって、魔法兵から火や水の攻撃魔法が飛びかかる。ルテアが霞む目で兵士らを見ると、後ろには目立つ服を着たライアが立っているようだ。
「不味い――彼らを狙っている」
ルテアの方とライアの方を見た暴竜は、ライア達の方へ口を開ける。長い矢2本をシトルはルテアの前に置く。ルテアはそのうち1本を凍らせ、1本は掴み、シトルの方を向く。
「攻撃します。逃げてください」
「――わかった」
シトルが頷き走り出す。その背中を見たルテアは、暴竜へと走り出す。ルテアは少しでも接近し、命中率を上げようと考えた。空には火の粉が舞い、倒れて動かなくなった人々と、異臭のする街の中をルテアは駆けていく。
「アイスジャベリン――」
ルテアがアイスジャベリンで暴竜の顔を攻撃し、矢が首の後ろを掠める。ライアの方を向いていた暴竜の口がルテアの方を向く。暴竜の口から火球が放たれ、ルテアは全力で建物の影に退避した。
「アイスガード!アイスガード!アイスガード……」
建物の影に飛び込みつつ防御魔法を唱えると同時に着弾する。ルテアの周囲に氷の壁ができるが、氷が恐ろしい勢いで溶けていく様子をルテアは目の前で見た。
短くも長い時間が過ぎ、火が収まる。辺り一面は焼け焦げて真っ黒となっていた。もちろん家屋の中は言うまでもない。人々の叫び声が聞こえ、暴竜の羽ばたく音がする。ルテアは握りしめた矢を見下ろし、長い溜息をつく。
「このっ!」
空に上がる暴竜へ、建物の影からアイスジャベリンを放つ。上昇しつつもルテアいた建物の方を眺めていた暴竜は、ルテアの姿を見ると今までで一番大きい叫び声を上げ――火球を放った。
*****
ルテアと距離を置いたシトルは、空に上がった暴竜を眺めた。ルテアの矢は羽を貫通して暴竜の体勢が崩れる。そして、丸腰のルテアに火球が迫る。
「サンドウォール」
ルテアの前に厚い土壁がせり上がり火球が衝突する。火球と共に土壁は爆散し、辺り一面に土と砂が飛び散った。その衝撃により、暴竜の攻撃にさらされていた建物がゆっくりと崩壊し、動けなくなったルテアの頭上から降り注ぐ。
「ルテア君!」
「人がいるのか!?」
「そうだ。少女が1人倒れている」
ルテアは瓦礫の下になっていた。シトルが大声で叫ぶとルテアは小声で返事を返した。兵士や町の人が集まり声をかけてくる。集まった人員でルテアの上の瓦礫を除去すると、建物の大きな部分がルテアの両足の上に載っていた。
「悪いが……」
「あぁ。頼む」
兵士の1人が建物を見て、手持ちの斧を見るとシトルは頷いた。
「わかった。暴れないように押さえておいてくれ」
シトルがうつ伏せのルテアの頭と腕を固定すると、兵士が斧を振り上げる。ルテアから男の姿は見えないが、男の影と手に持っている斧の影が見えた。そして、斧の影がゆっくり上がり――振り下ろされた。
その後、激痛だが不幸にも意識を保っていたルテアは、両脚の膝から先がないため救護所で止血の治療を受け、学園へ移送されることになった。学園に到着したルテアは、静かに怒ったイレーネから治療を受けることになる。
「――ルテアさん」
「ルテア先輩!」
そして容態が安定すると、イレーネとロベリア2人に傷の原因を詰め寄られ、暴竜との戦闘を白状することになるのだった。ロベリアは次に戦いがあるのならば、同行すると言って引き下がることは無かった。
この両脚の治療には1週間、足をまともに動かすには一ヶ月かかることになる。また、療養後の訓練の結果、ルテアの運動能力は大幅に落ちていることが判明したのだった。
ルテアが療養に励む一方、学園や街中ではライアが暴竜を撃退したとの噂で持ちきりであり、本人が登校すると多くの学生が取り巻いていた。また、本人も特に否定することなく苦笑いで返答する光景を、ルテアは遠くから見ることになるのであった。