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秋が来る。今年の夏はフィリカの護衛も必要なく、ルテアにとって平和な毎日であった。ルテアが余った時間を使い、速度特化でひたすら訓練を行った結果、先日草原でアイスジャベリンの速度を計測すると秒速800m程度は出ていたのだった。
ゲームと同様にルテア――彼は単体戦特化、遠距離回避を貫いている。何故ならばルテアというキャラクターの背景と性能がそうせざるを得なかったからだ。まず悪評によってパーティー行動が難しいことから、魔力を集める時間が長い範囲攻撃は無理であり、低身長かつ腕力の無さで近接攻撃は無理であった。
加えて、魔法を連発すると直ぐに疲れが襲ってくるため、相手の攻撃は魔法による防御ではなく回避行動を行い、攻撃はアイスアローで牽制を、止めにアイスジャベリンを使うというゲームのパターンを踏襲していた。
そんな速度魔のルテアは、ロベリアの押しに負け前期の試験を北東の山岳地帯に住むワイバーンを2人で討伐して合格している。ワイバーンは翼長10mを超える巨大な灰色の鳥だ。さらに、ただ飛ぶだけでなく風魔法で体を飛ばしているため飛行速度は高速であり、魔法攻撃が通り辛く、倒すのは容易ではない。
対ワイバーンのため、ルテアは以前ランデと戦闘した経験を生かして攻撃方法を改良した。具体的には直径1cm、長さ30cm程の鉄矢をアイスジャベリンの中心核として飛ばしている。外側の魔力が掛かった氷で攻撃対象の魔法防御を相殺して、鉄矢で相手に致命傷を与えるのだ。所謂、タンデム弾頭である。
しかし、ルテアは体力がないため多く本数を持つことができない。その為、ワイバーン討伐にはロベリアにも運搬を手伝ってもらい、ロベリアの土魔法で防御壁を構築した中から、危険を冒してでもワイバーンができる限り接近したタイミングで攻撃し、やっと成功したのだった。
*****
「ルテア先輩、何かお考えですか?」
「んー……。もしも明日世界が崩壊するって言ったら信じる?」
「ルテア先輩のことは信じたいですが、それはちょっと……」
「ですよね。では暴竜が――1週間後に現れると言えば?」
「世界が崩壊することに比べればまだ現実的だと思います。でも最後に暴竜が暴れたのは40年ほど前です。それからは現れた話は聞かないですし」
ロベリアの耳としっぽが垂れていくのを見てルテアは話題を切り替える。
「それにしても毎日作ってもらってばかりで悪いね」
「いえ!好きでやっていることですから!」
旧校舎の休憩室で、ルテアが夕飯を食べている時に、ロベリアから質問が飛んできた。最近、昼食や夕食はロベリアがルテアの部屋に持ってきて一緒に食べることが多くなっている。今日の晩御飯は肉じゃがのようなものであった。
ルテアは来年の暴竜との戦闘を見越して、同じ時期の現地へ行こうと考えていた。これは主人公のためでなく、女性陣――特に恩人のイレーネと、仲良くなったロベリアのためだ。もしも暴竜が現れるならば、彼女たちも主人公と一緒に戦うことになるかもしれない。もちろん、暴竜が現れることがなければ万々歳である。
しかし、現地は国の管理区域であり許可が必要となる。ゲームではライアが主人公達と協力したことから、すんなりと通行許可が出ていたのだ。また、対暴竜戦に備えて訓練と準備が必要と考えた。しかし、金が掛かるためパトロンを募集することにしたのだった。
「ご馳走様でした」
「はい。お粗末様です」
「ルテア先輩は週末お暇ですか?一緒に買い物でも――」
「ごめん。週末は用事があってね」
「むむ!ルテア先輩は私を差し置いてどこに行くつもりですか」
ルテアが話を断るとロベリアの目が鋭くなる。可愛らしい顔に鋭い表情の組み合わせで妙な威圧感を放つロベリアにルテアは折れた。
「金髪王子、ライアだっけ?あいつに会いに行こうかと」
「先輩!」
ロベリアはルテアに前のめりに迫る。そんなロベリアの目は据わっていた。そんなロベリアにルテアは今後の計画を説明する。まずはライアに会うことからスタートだ。翌日、1人で学園長室にルテアは向かう。
「学園長、お話があります」
「何でしょうかルテアさん」
「はい。ライアについてなのですが――」
以前ランデの顔を立て、泥をかぶったというカードをルテアは切った。ライアに会いに行くことを伝えると、学園長は少し顔をしかめたが、特にルテアへ追求することもなく話は通る。この面会には、学園長の進めもありイレーネと行くことになった。
その後、学園長室に呼び出されたイレーネは、学園長から説明を受けるとライアへ会いに行くことについて猛反対した。ライアは王子ですらりとした長身のイケメンだったが、品行方正とは真逆の女好きで金使いが荒いことから、イレーネの真面目な性格とは水と油の関係なのである。
*****
週末、木枯らしが吹く中イレーネとルテアの2人で学園から王城のライア別邸へ馬車で向かうことになるのだが、馬車の中の空気は氷点下であった。そんな馬車から降りると、ルテアの目の前には、白亜のおしゃれな石造りのライア別邸が建っている。3階立てて少し大きな一軒家だが、細部の装飾のつくり込は細かく、流石王子の別邸であった。ルテアの前に歩いているイレーネは、既に入口をノックして、中に入ろうとしている。
「ルテアさん?」
「今行きます」
ルテアは小走りにイレーネのほうへと走っていく。邸内に通されたルテアはメイドに案内され、ライアの部屋前まで移動した。
「ライア王子、お二人をお連れしました」
「入れ」
「失礼します」
「……失礼します」
メイドは部屋に入らずに位置口で立ち止まる。イレーネの後を追いルテアが部屋に入ると、厚い扉が静かに閉められた。
「イレーネか。その女はルテアだな」
「はい。今日用事があるのは私ではなく、ルテアさんです」
「ルテアです。お話しするのは初めてですね、”ライア王子”」
「はっ、よく言うぜ。あの”ルテア”が」
ライアはルテアの方見ようともせずイレーネに話しかけるが無視される。そんなライアに対して、ルテアは名前を強調して話かけた。
「この度はライア王子に”お願い”があり、お伺いしました」
「お願いだと?」
ルテアの話を聞き、ライアの眉間にしわが寄る。
「はい。北方にある管理区域の通行許可と、この様な――武器を作って頂きたいと」
「それくらいなら簡単だ。だが、あそこは何もないぞ」
「おや?王子様は何もお知りにならないと?」
「貴様、何が言いたい」
「”危険”があるではありませんか」
ルテアが話を振ると、ライアは口元を歪める。
「――いいだろう。その話に乗ってやる」
帰りの馬車でイレーネから”危険”について質問されたがルテアが話すことは無く、イレーネは溜息をついて窓の外を眺める。ゲームでは北の最果てに竜たちの住処があり、そこで暴れ群れから追い出された竜が、暴竜との設定であった。また、図書館にもそれに似た記載の本が散見されていたことも、設定の裏付けとなっている。
約40年前、北の最果てから南下してきた暴竜は、暴れに暴れたあげく当時最精鋭の冒険者パーティーにケテル王国北方で撃退され姿をくらましている。暴竜戦の1年ほど前から暴竜の痕跡が散見されていたゲームと同じく、近頃大型モンスターを食い散らかした後が王国周辺から頻繁に見つかっているが、各国は当初隠蔽をしていた設定をルテアは記憶していた。
その記憶の正確さについてライアへ確認するため会いに行ったが、ライアの表情はその存在を雄弁に語っていた。
ライアとの面会後、3日後に通行許可証が、1週間後に武器の現物がルテアの手元に届く。そして、ロベリアと共に北方へと向かうのだった。
*****
薄曇りの空の下、雪で薄く白くなり始めた地面をルテアとロベリアは踏みしめた。2人が立っている場所はかつての決戦地、ケテル北方の丘陵地帯であった。風は冷たいが雪は降っていない、しかしこれから本降りになり、やがては真っ白になるだろう。
「何もいませんね……」
「嗚呼……」
寒空の下ロベリアが呟き、ルテアが返す。観光に行くとロベリアに話すと嬉々として付いてきたのだが、今のロベリアの顔は暗い。
「悪いけど、あれを1本」
「わかりました!」
ロベリアは気を取り直して背中に背負っていた包みを解き、中に入っていた直径2cm、長さ50㎝の特殊な金属の矢を1本ルテアに渡した。これはライアに頼んだ特注製であり、通常の鉄矢よりも同形状で重くなっている。
ルテアが図書館にある暴竜に関する書物では、通常の剣や矢、魔法などは固いうろこで攻撃が通らなかったが、バリスタのような攻城兵器では通ったとの記載があった。また、暴竜との戦闘の記録を追うと、飛行速度はワイバーンより速いが動きは鈍重であり、防御能力はメタルゴーレムよりも上であったとの記録がある。その為、ルテアは次の目標となるメタルゴーレム討伐のためライアを巻き込んで武器を作らせた。
「アイスジャベリン!」
ルテアが魔法を唱えると、矢に氷が纏わりつく。そして、ルテアの視線の方へ恐ろしい勢いで飛んでいき、遠くの丘から轟音と砂煙が上がる。アイスジャベリンの速度は既に秒速1200mは超えていた。
そして過ぎていく2年目の冬、ルテアとロベリアは協力して、古代の遺物であるメタルゴーレムを特注矢で倒していく。メタルゴーレムは身長3mはある巨大な金属製の人形であり、廃墟となった遺跡の門番を担っている。
メタルゴーレムは物理攻撃と共に魔法攻撃への耐性も高く、移動速度も速いため、魔法使い殺しと言われている。戦闘はロベリアが動きを阻害し、ルテアが攻撃するという分かりやすいものだ。
この戦闘後、ルテアはさらに速度増強の訓練を繰り返した。特注矢をメタルゴーレムに放った結果、侵徹の具合にばらつきがあったことから、安定した速度が不足していることが露呈したのだ。
*****
3年目の春となり、エルフの美少女が入学するということで、学園中の話題となっている。
ルテアの姉、リュミエーラは今年で卒業となる。あの屋敷追い出しから、リュミエーラは直接ルテアに何かするということは無かったが、取り巻きがちょっかいを掛けてくるくらいであった。
ルテアは暇を見つけてシトルとの訓練や、ワイバーンとメタルゴーレム狩りに汗を流していた。そんな訓練と戦闘の日々が過ぎる中、新入生が入ってくる。ルテアは去年と同じく式典が開かれている講堂には出ずに旧校舎で惰眠を貪った。
空腹となったルテアは目を覚まし、学園外へ食べに行こうとする。外は暗く外の空気は少し冷たい。そんな中星空を見上げて歩き出すと――。
「ちょっと待ってください!」
こんな夜中に声をかけてくるなんて不審者か、はたまた余程の物好きか。ルテアはスルーして歩き出す。
「ねえ!待ってよ!」
しかし、再度声が掛かってきたのであった。おおっと、流石のルテアもこれを――スルーした。
「待って……」
鳴き声が後から聞こえてきたのでルテアは止まった。戦いは終わった。ルテアの負け、完敗であった。ルテアが振り返る。星空の下に居たのは、ルテアより頭一つ高いセミロングの薄い緑髪で冬服を着ていた、エルフの美少女であった。