くの一の恋
人生には、まさかという出来事が起きるもの。田舎町で健気に生きる、独身アラサー女性の体験した、誰に言っても信じてくれない世にも不思議な物語。
私以外に、三人。いま、目の前にいるひとりの男性を奪うべく、私は人生初の合同コンパに参加中である。絶対勝つ。勝たなければ、帰らないと決めたから。
何度も持ち込まれた見合い話。どうして、世の中にはこうもマザコンで、ネガティブで、おまけに髪の毛は無いに等しく異性との会話が続かない駄目野郎ばかりが集まるのか。別に高スペックを望んでいるわけではない。普通の一般女性として、ただ単に幸せな主婦になりたいだけなのに。
私の住む町が主催する「迫り来る少子化を防げ!ナチュラル合コン。略してナチュコン」なる婚活イベントは、いつも予約が満杯である。我が町では独身男性が年々減っているらしい。近年、町の主力産業だった半導体メーカーの工場が相次いで撤退。雇用の場は失われる一方だ。町に働く場所が減れば、当然、男性の多くは町外へ出ていってしまう。これでは、男性参加率が下がっていくのは当然なのだ。
ある日。私は役場のホームページの片隅に「第13回ナチュコン開催!」の目立たぬ、小さなバナーを見つけてしまった。
「よっしゃ!」
心の中で叫んだ私は、さっそく参加希望入力頁に必要事項を入力し、送信ボタンを押した。
ナチュコン当日。参加人数は男性一人、女性は私を含めて四人、との連絡があった。ライバルが三人もいるのか。男性が少ないとは聞いていたが、これでは文字通り「奪い合い」ではないか…。
13回ともなれば仕方ないのか。いや、むしろこれくらいの少人数がかえってやりやすいのかも知れない。お見合い番組でよく見る、回転寿司のようにグルグルと、相手と数十秒しか話せないような状況よりはマシかも知れない、と、私は自分自身に言い聞かせることにした。
いつもは夕方で閉店する役場前の喫茶店が、その決戦場となった。進行役は町長の奥さんが務めるという。どこまで予算が無いんだ、我が町は…。
ざっくりと他の参加者を見渡す。私以外の三人は、大したことはない普通の女性だ。むしろ、最近は親同士がお見合いをする「親コン」なる催しもあるくらいで、当事者よりも親のプレッシャーが凄い、とも聞く。私が人のことを言えないが、自分の配偶者くらい自分で決めろ、と言いたい。
特にお洒落でもない私は、しかし女性らしい、先日届いた通販カタログで選んだ、そこそこ女性っぽく見られるブラウスと胸には無難な白いコサージュ、オマケで付いてきた黒いカチューシャで武装することにした。
女優志願中だというA子氏は、仮に女優になれたとしても、安物ドラマの端役がぴったりの、鋭いが目の細い、いかにも幸薄そうな人だ。衣装は地味な紺色で、マラソンが趣味だという。ま、こいつには勝つ自信がある。
役場の庶務課勤務のB子氏は、最近、自動車のCMで某アイドルグループが扮しているあのアニメの主人公のような丸い黒淵眼鏡が悔しいほど似合っていて、可愛い声と控え目な態度が最大の武器である。目の前の彼は、間違いなく彼女を選ぶだろう。何だかんだ言えども、男は不思議ちゃんには弱い。
工場勤務だというC子氏は、参加者の中で最もボーイッシュ。隣の市に移転した工場に通う、バイタリティー溢れてそうなところが魅力的。いつぞやの国会中継で、国のトップに1位を強要した答弁が話題になったあの某女性議員に雰囲気がそっくりだ。ま、バイタリティーと恋愛は別物だ。やめとけ。こんな女性には尻に敷かれることに間違いないから…。
いつしか話題は、ドライブの内容になった。彼は趣味がクルマだという。ヤバい。私は免許もないし、車種などさっぱりわからない。私以外の女性は元カレの影響か、男兄弟でもいるのか、最近出たという国産スポーツカーの話題で盛り上がっている。当然、私は話に入っていけず、静かに微笑むだけである。
あっという間に一時間が経った。男性は司会者に、お付き合いを希望する女性の番号を書いた紙をそっと渡した。その間、私達は目を閉じるように言われている。声を掛けられた女性のみが目を開け、晴れてカップル成立となる仕組みだ。このあたりの、残された者の敗北感に対する配慮の無さも、町主催のセンスの無さが光っていて逆に笑えてくる。
「A子さん。鋭い目と、マラソン好きのところに惚れました。付き合ってください」
私は選ばれなかった。いや、むしろ不思議ちゃんのB子氏が選ばれなかったのが意外だった。
「さらばじゃ、敗北者どもよ」
そう言うが早いか、A子氏は4、と書かれた番号札を引きちぎった…、かと思うと、彼女はいつの間にかアニメに出てきそうな、忍者のような黒装束姿になっていた。
こうして、目の前に座る貴重なひとりの男は、一般人に化けたくの一に奪われたのだった。そして、私達は彼女がくの一だった、という事実に驚く暇を与えないほど、速やかに彼を奪い去る姿を、呆気にとられてただ、黙って見ていることしかできなかった。
残された「私」は、一途に「第14回ナチュコン」開催日を待つのであった。地元ばかりではなく隣接の市とかにも目を向けてみたら?