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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集<そこから物語は生まれる>恋愛編

オレンジデー

作者: papiko

 あたしは、呆れていた。同僚の八坂がぶつぶつと愚痴をこぼす。


「何が同性のバレンタインだよ。全然ちがうじゃんか。蜜柑の日とか……」


 何杯目かのビールを煽る。あたしは純米吟醸久保田を手酌でちびちび飲みながら言う。

「あんたさぁ、もしかしてもしかしなくても、今まで自分から告白とかしたことないんじゃない?」

「え?あ……うん、そうだな。無いな。それがなんだよ」

 営業トップの癖に、恋愛音痴とはなぁとあたしはため息をついた。

「あのさ、沢口は別に意地悪したわけでも、嘘をついたわけでもないよ」

「なんでだよ」

 完全に絡み酒状態の八坂は、普段のクールさが木端微塵にふっとんでいた。


(恋に堕ちるとガキ臭くなるんだ。意外に)


 あたしは思わずにやにや笑ってしまった。

「何笑ってんだよ。俺、マジに悩んでんだぞ!」

「はいはい、まあ、ちゃんと説明してやるから。そろそろ酒はやめな」

 あたしは通りすがりの定員を呼び止めて、ウーロン茶を一つ頼んだ。

「あんたは、もともとノンケでしょ。それも告白されて付き合って別れるを繰り返してたってことは、今は沢口の事しか考えられないから、ゲイのバレンタインなんて言われてちょっとうかれてたんでしょ」

「そりゃ……うかれるだろう?何しようとか、何してくれんだろうとかさ」

「だいたい、根本から間違ってんのよ。あんたの認識」

「俺の?」

「そう、まずバレンタインは女の子が告白する日ってことになってる。まあ、もともと日本じゃ女性から告白するのははしたないって文化的土壌があったわけ。理由はね、古事記にあるのよ」

「古事記って……古典で習った?」

 あたしは久保田をちびちびなめながらうなずく。

「イザナギとイザナミの結婚話にね、イザナミ、つまり奥さんのほうから誘いの言葉をいったのよ。そしたら生まれた子は手も足もないヒルのような子供がうまれたわけね。それで、葦の舟でながされたのよ。今じゃ恵比寿さんと同一視されてるけどね」

そこまで話すと店員が、ウーロン茶を運んできた。


 あたしは、八坂を指差す。店員はウーロン茶を置くと彼ののみほしたビールのジョッキを下げた。八坂はそれでといいながら、ウーロン茶を素直に呑む。

「要するにそんな古くから、女の人は告白は禁忌っていう暗黙の了解があったわけよ。それが、キリスト教の布教とともにやってきたバレンタインデーをイギリスのチョコレート会社を真似して、女の子が告白できる日っていう売り文句でチョコを渡すようになったってわけ」

 八坂はだからなんだよぉと拗ねる。恋人に嘘をつかれたことがよほどショックだったらしい。


「だからさぁ。バレンタインは女の子の告白日。ホワイトデイは返事をする日。同性愛者には基本的に無意味ってことよ。どっちのイベントもね。だから沢口はオレンジデーをゲイのバレンタインっていったんでしょ」

「わかんねぇよ。そんなこと。だったら、最初からそんな嘘つかなくてもいいじゃんか」

「あのね。オレンジデーは蜜柑の日って意味だけじゃないのよ。二人の愛情を確かなものにする日なの」

 八坂は目を丸くする。

「だって……そんなこと書いてなかったぞ。愛媛のミカン農家がはじめたって……」

「あんた、検索に失敗したんでしょ。バカだねぇ」

 あたしは、久保田をくいっと飲んで笑ってやった。

「エースもかたなしだわ。確かに愛媛のミカン農家さんが発祥のオレンジデーだよ。でもね。そこはこぎつけがうまい世の中。カップルにオレンジ色のものをプレゼントしあう日ってことにしちゃったのよ。商魂たくましき我が国って感じね。あんまり定着してないけど」

 八坂は黙って考え込む。

「ついでに、明日はオレンジデーだし、パートナーデーでもあるわけよ。こっちは確か佐賀発祥だったかなぁ。いわゆる男女参画社会の記念日的なものとしてだけど」

 八坂は眉間に皺をよせて言った。

「つまり、恋人同士の愛の確認日ってことか?」

「まあ、そうね」

「じゃあ、なんで樹はそういわなかったんだよ」

「さぁね。たぶん、俗説の方を言ってみたのかもね」

「俗説?」

「そう、同性愛者にだって告白や返事をする日があってもいいじゃないかっていうね。でもさ、そんな日があったって、そうそう簡単に世の中に流布することもないし、がんばって流行らせようとしても、世の中っていうのはそれほど寛容じゃないのよ。ただでさえ、差別的な扱いをされるんだからね」

 

 八坂はがっくりとうなだれた。

「俺……もしかして樹のこと傷つけたのかな……」

 小さなつぶやきにあたしはどうだかねと答えた。企画部にいる沢口とは、滅多にあわないからバレンタインの翌日どんな顔で仕事してたかなんてあたしにわかるわけもなく、二人の間にトラブルがあったかなんて知ったこっちゃないって話なのだ。


「それは、本人にしかわからないけど。ただ、沢口がオレンジデーのことを知ってたか知らなかったかはわかんないけど、少なくとも異性愛者じゃない彼にとってはバレンタインやホワイトデーは無縁のものだったんじゃない?」

「そっか……そうだよな。あいつ、俺が告白したとき考えさせてくれって言ってお前に相談したんだもんな」

「そう、だからさ。あんた次第で明日は特別な日にしてあげられるってことよ」

「俺次第?」

「だってそうでしょ。あんたがオレンジデーだからっていう理由をあげればいいんだもん。愛の確認日っていってもう一度口説けばいいのよ。簡単でしょ」

 八坂は、俯いて右手で頭を支えた。


(少しはわかってんのかねぇ)


 八坂はしばらく考え込んで顔をあげる。いつもの冷静な営業トップの真剣なまなざしで、けれど必死な恋する男の目であたしを見た。

「サプライズってありだと思うか?」

「そりゃ、ありでしょ」

「よし、じゃあ悪いけど今から買い物につきあってくれ」

 そういってサクサクと帰り支度をする。あたしは、久保田を飲み干してあわてて居酒屋を出た。



 沢口は昼休みに届いた八坂からのメールに首をかしげた。

『仕事がおわったら、ホテルメトロポリタンエドモント前で待て。飯は食うなよ。日本食食うから。それと明日明後日休暇とれ。体調が悪いっていえ』

 沢口は何が何やらわからないなりに、了解と返信しておいた。


(どうせ、こっちが早くつくんだろうな。にしても、前ってなんだろう?ロビーじゃダメなのか)


 そう思った瞬間、沢口の胸はチクリと痛んだ。男同士でホテルで待ち合わせなんて、やっぱり嫌なんだろうなとネガティブ思考が頭をよぎって、結局、仕事にミスが出て一時間の残業をしてしまった。

 休暇はそのミスのおかげであっさり受理された。ここのところ、新人の教育やらなんやらで沢口は忙しかったせいもあり、不調を理由に有給申請をだしたら、課長は納得した様子で申請書に判をおした。

『ゆっくりやすめよ』

とまで言われ、少し罪悪感を覚えたが沢口の頭の中では、嫌な想像がぐるぐるとめまいを起こしそうなほど駆け巡っていた。


(別れたいとか……言われたら、オレは……)


 必死でその思いを振り払いながら仕事をしたが、やはり動揺は仕事にミスを出すほどに強かった。


 重い足取りで沢口はホテルの前に着くと意外にも八坂の方が早くついていた。八坂はなぜか私服だ。細身のジーンズに黒のシャープなジッパータイプのトレンチコート、襟元からは白いTシャツと銀のクロスのペンダントが見える。少しヤサグレた様な雰囲気のスタイルだが、品性を損なうことはなく、沢口は息をのむ。

「遅かったな。残業か?」

「うん……」

 八坂はそうかというなり、沢口の腕をつかんで近くのビルのトイレに入った。

そして、革張りの旅行鞄から服から靴まで一式取り出すと沢口に着替えろと言う。

「なんで?」

「いいから、ほら急げよ」

 沢口はため息をついて言われるままに服を着替えた。渡された服は黒のタンクトップとワインレッドのTシャツに黒のジャケット。それから、白のパンツに太目の少しパンクっぽいベルト。靴はヴィトンの革靴で以前、沢口がデザインが気に入っていたものだった。


 着替えて出ると、八坂は沢口が着ていたスーツや靴をさっさと鞄にしまい、ヴァンキッシュの赤いフレームのメガネを沢口にかけさせた。髪形をわしわしと乱され、鏡を見た沢口はそれを直そうとして驚く。いつもの自分じゃないような男が鏡に映っていた。

「よし、似合う」

 八坂は上機嫌で自分と同じ銀のクロスを呆然とする沢口の首に飾った。そして待ち合わせをしたホテルにはいり、和食を食べる。

「なんか……デートみたいだ」

 沢口がぽつりとつぶやいた独り言に、八坂はにやりと笑ってそうだよと言う。沢口は小さくため息をついて言った。

「なんだって平日に……それも二日も有給までとらされて……って、そういえばお前、明日は?」

「休暇とった。二日分」

「この忙しいときに……よく取れたな」

「そこはまさに俺様だからな」


(確かに……夏生なら忙しくても有給くらいもぎとれるだろうな)


「営業トップは伊達じゃないってことか」

「おう。そういうことだ」

 沢口はほっとした。半日のネガティブ思考に疲れ切った脳は、八坂の言うことだけしか聞こえていなかった。

「で、食事のあとはどこに行くんだ?」

「ここに泊まる」

 沢口はぽかんとする。

「ちょっと待てよ。ここ結構いいねだんするぞ。オレ、今日はそんなに持ってないし……」

「ああ、心配するな。今日は全部俺持ちだから」

「でも……ここ食事も高いし、泊まるのだって……」

「いいから、樹は気にするなよ」

「そういわれても……オレ、女の子じゃないし」

「みりゃわかる」

 八坂は楽しそうに笑っている。沢口は普通でないデートに理由を探してみたが、心当たりがなかった。


 食事を終えて、部屋へ入る。ダブルベッドのある部屋は落ち着いたイエローグリーンの壁やカーテンにこげ茶色の家具が並ぶ。八坂は部屋に入るなり、受話器を手にしてルームサービスを頼む。


(さっき食ったばかりなのに……)


 沢口は半ばあきれた顔で窓際の椅子に座る。カーテンをそっと開けて夜景を眺めていると、ノックの音がした。

 沢口はボーイがワゴンを押して入ってくるのを背後に感じながら、じっと外を見ている。頭の中ではいったいなんでこんな豪華なデートになっているのかという疑問が渦巻いていた。ボーイが出ていくと、シャンパンとグラスを手にした八坂が沢口の向かいに座った。

「シャンパンとか……なあ、いったいなんなんだ?」

 いい加減に説明してほしいと沢口がため息交じりに言うと、八坂はバレンタインだろと言った。


 沢口は一瞬にして思い出した。二月十四日のやりとり。そのとき、知り合いから聞いた冗談を口にしたのだ。


『不思議なことにさ、その日は同性愛者のバレンタインってことになってるんだよ。いつのまにかね』


(まさか……真に受けたのか?)


「あのさ、それ、冗談なんだ……その知り合いがそういってて……」

 沢口は真っ赤になって弁解しようとしたが、うれしいのと恥ずかしいのとでうまくしゃべれない。

「知ってるよ。俗説なんだろう」

「だったら……別に食事だけで……」

「いいんだよ。今日はオレンジデーなんだから」

 八坂は嬉々としてグラスにシャンパンを注ぐとほらと沢口にグラスを差し出した。沢口はグラスを受け取りながら、なにそれと聞いた。

「愛を確かなものにする日。ああ、そうだ忘れないうちに」

 そういって無造作にポケットから小さなリングを取り出した。

「左手だして」

 沢口は言われるままに左手を出す。リングは細いシルバーに小さなイエローの石を花のようにちりばめてあった。

「高くないけど、プレゼントな」

 沢口は赤面して言葉もでない。八坂はそんな彼をみて可愛いなぁとふわりと笑った。

「この石な。イエローオパールっていうんだ。恋愛成就と浮気防止の効力があるんだってさ」

「な、なんだよ。それ……」

 言葉を書き消すように八坂は沢口にキスをする。深く長いキス。沢口は泣きたくなるような切なさに胸がきしむ。ようやく離れた唇から当然のように紡がれた言葉。

「愛してる。俺のなか全部樹でいっぱいだ。だから、誰にもやらない。樹は?」

 そう聞かれて、思わず涙がこぼれた。

「泣くほど、俺のこと好き?」

 沢口はうなずいて答える。

「浮気なんてできない。お前じゃなきゃ一緒になんていたくない」

「じゃあ、言って」

 沢口はそっと涙を拭いてくれる八坂の手のひらに口づけて世界一愛してると言った。


【終わり】

『無用のカテゴリー』と企画参加させていただいたバレ☆プロ作品『とある彼らのバレンタイン』の彼らに名前をつけてみました。

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