クラフト・アーツ4-2
「君が交換留学生のリャン君かね?」
外神 十三がとある男子生徒を前にしてそう呟く。
色黒の肌。少し褐色が入ったボサボサの髪。そして大きく目立つ縦にホホに走った傷跡。
「……リャン・ルイバー」
そうポツリと自分の名前だろう。小さな声で呟くのが聞こえた。
「実力のほどは伺っている。何でもその年で軍の一個中隊を全滅させたそうだな。そんな君を正式に一年次に招き入れることになった」
深く椅子に腰掛けながら外神は話を続ける。
「かなりの実力があるそうだな。しかも早速だがその力を発揮する場が用意されている」
クックックと喉を鳴らすように外神は笑う。
「……力を見せればいいのか?」
リャン・ルイバーがそう呟く。
「そうだ。全てをなぎ倒してしまえばいい。そのためにわざわざ君を誘致したのだ。君には交換留学生としていくつかの権限が与えられる」
指を組みながら外神は話を続ける。
「君はいわば実験のために用意されたのだ。まずはその力をクラス戦という形で我々に見せて欲しい」
外神が静かにそう告げる。
「……わかった」
リャン・ルイバーはそう呟くとそのまま部屋を後にした。
「……さて。どれほどの生徒なのか。楽しみではある」
ギィと音を立てながら椅子に再度、深く腰掛ける。
「尾上に勝てるだけの人材であるかどうか……クラス戦を楽しみにすることにしよう」
誰に語りかけるわけでもなく。外神は一人。そう呟いた。
「あれ? 皆、テンション低いですね。交換留学生ですよ?」
美作が教壇に立ちながら説明を続ける。
「交換留学生は他の国や別の学園から生徒を招き入れる仕組みです。その基準は少なくともロイドを習得していること。さらに色別検査で優秀な値を出していること。さらにさらに成績優秀な生徒のこととコンシェルジュによると定義されているのです!」
美作がそう全体に向けて説明する。
だけどこの段階だとロイドが何かがクラスの大半の人はわからないだろう。皆、ポカンとした表情を浮かべている。
ただ、僕には分かる。既にロイドが使える生徒がAクラスに加わったのか。それはかなり大きな事実である。
「そんな生徒がAクラスに転入してきたのですよ? なんだか大人達の思惑が見え隠れしているような気がするのです!」
確かに変だとは思う。こんなテスト前の時期にいきなり交換留学生なんて。
「美作はその交換留学生について詳しく調べるのです。何か進展があれば美作トトカルチョとして皆にちゃんと報告するのです!」
そう美作は宣言して教壇を降りた。
……この時はそれほど話題にならずこの話は流れていった。
皆はそんなことよりも目の前に迫ったテストの方が大事だったのだ。
問題となったのはこの日の合同訓練の時だった。
いつものように合同訓練が行われている。
テスト前でも参加人数はかなり多い。むしろ日に日に増えていっている気すらする。現実逃避が含まれているのかも知れない。
人数が多い方が全体としてはいい傾向だとは思う。クラス自体の士気も上がるし、訓練内容もより深い物になっていくことが出来る。
そんな訓練の様子をいつもと同じ様に壁際で見ていた。
……そうしたら一人。見慣れぬ生徒が観測所の中央に現れたのである。
「なんだ? お前」
それに奥山君も気がついたようだ。そして奥山君が知らないということはCクラスの生徒でも無いということだ。
明らかにこの国の人間では無い。何処か東南アジア方面の人みたいである。流石に不信感を持つだろう。
ホホに走る傷跡が遠目にも目立つ男の子だ。
もしかして美作が言っていた交換留学生? とふと思った。だけどここはCとEの訓練場所だぞ?
「……お前は強いのか?」
右手を前に突き出しながら、その怪しい生徒は呟いた。
「なんだ? やる気なのか? 誰かはわからんが相手にはなるぞ?」
奥山君が構えを取る。
「まずは名前ぐらい名乗ったらどうだ? 俺は奥山 陸だ!」
そういって右手を突きつける奥山君。
その様子を見て生徒が集まってくる。
「……リャン・ルイバー」
静かにそう怪しい生徒は呟いた。
そのまま右手を水平に持ち上げる。その手の先に銀色の大きな剣が空間から姿を現した。
「ほう……大剣か。いざ相手になるぞ!」
奥山君が距離を詰める。
この段階で奥山君は油断していたのかも知れない。
「……お前は弱い」
リャンと名乗った生徒はそのまま一閃。大きな銀色の剣を水平に振るった。
「……えっ?」
たった一振り。その場の空気が変わった。
奥山君は一撃で切り伏せられ、壁際まで吹き飛ばされる。
大量の出血をしたのが遠目にでも分かった。
生徒から悲鳴が上がる。急いで僕も奥山君が飛ばされた方に向かう。
「何や? 何が起きた?」
流石に不審に思った連花さんが人ごみをかき分けて中央に向かう。
「って奥山! 何があった?」
僕が奥山君の元に駆けつける。
傷口を見て慌てて高速治癒を発動させる。
致命傷だ。下手をすると命さえ危ないレベルの傷口。すぐに止血して治癒に入る。
「……弱い。虫けら」
リャンと名乗った生徒は奥山君が倒れている方を見てそう呟いた。そしてケラケラと笑い出す。
「……やったのアンタやな? いくら訓練ゆうてもやって良いことと悪いことぐらい分からへんか?」
それを見て連花さんが静かに切れた。
「……お前は強いのか?」
銀色の大剣を突きつけながらリャンと名乗った生徒が連花さんに尋ねる。
「もしかして言葉が分からへんのか? なら実力で叩きのめすだけやな」
鞘から刀を抜き出す。連花さんもただごとではないことに気がついたようだ。
そのままリャンと名乗った生徒が銀色の大剣を目にも留まらぬ速度で連花さんに叩きつける。
ガキンッと言う高い金属音が鳴り響いた。連花さんは刀で大剣を受けきる。
「……お前はそれなり」
そう呟いてリャンと名乗った生徒が距離を取る。
「……東雲はん! こいつEクラスの生徒か?」
連花さんから質問が飛ぶ。
「違う。でも話ではAクラスに交換留学生が来たらしい」
そう返答する。奥山君の傷の処置は終えた。意識は失っているけどこれでとりあえずは大丈夫だろう。
「……ほお。Aクラスか。随分舐めた真似してくれるやん」
連花さんが静かに刀を構える。
「……行くぞ」
リャンと名乗った生徒の姿が消える。
「!?」
連花さんも見失ったようだ。しかし背後に回られたのは察知したようで後ろに刀を回して大剣の一撃をギリギリで受ける。
あの動きは恐らくロイドだ。リャンと名乗った生徒はどうやら交換留学生で間違いないだろう。
そのまま再びロイドでの跳躍に移る。
「太刀の一 鎮」
連花さんもこのままでは危ないと思ったのだろう。あのカウンター特化の構えを取る。
「……弱いな」
それをリャンと名乗った男の子は真正面に移動したかと思えば銀色の大剣からかなり速い一撃が振るわれる。
それをギリギリの所で連花さんは反応して間に刀を差し込んで防ぐ。しかし大剣の一撃はその刀ごと叩き割った。
「っく……」
そしてそのまま大剣で連花さんの右腕を縦に切り裂かれてしまう。
血しぶきが舞う。あの連花さんがやられた?
慌てて僕が間に突っ込む。
「……邪魔だ」
リャンと名乗った生徒は、間に入ろうとした僕ごと今度は再び水平に大剣を振るい、一撃で薙ぎ払おうとする。
それになんとか間に合い、流体防御で大剣を吹き飛ばす。
「!? フルード?」
明らかにリャンと名乗った男の子は驚いた顔を浮かべた。
そのまま連花さんの傷を高速治癒で治し始める。
「……お前は強いのか?」
僕に向けて大剣が向けられる。こいつさっきからそればっかりだ。
「……そこまでです。リャン・ルイバー君。これ以上の戦闘行為は禁則事項になります」
やっと監督役の教師が間に入った。
「……つまらない。この程度か」
銀の大剣を空間にしまう。
そのままここから立ち去ろうとする。
「……待ち! 随分、舐めた真似してくれるやん。どういうつもりや!?」
連花さんが後ろ姿に叫ぶ。
「クックック。面白いものが見れたな」
リャンと名乗った生徒のすぐ横に一人の教師らしき男性が現れていた。
「外神さん……」
こちら側に居た教師がかなり慌てたようにそう呟いた。
「悪いなCとEの諸君。まだリャン君はこの国に慣れてなくてな。ちょっとした手違いで君達ともう勝負だと思い込んだようだ」
クックックと笑いながらそう外神と呼ばれた男は語り出した。
「正式に紹介しておくよ。彼はリャン・ルイバー君。Aクラスにやってきた交換留学生だ」
そう言って隣に立つ生徒を紹介する。
リャン・ルイバー。彼が交換留学生か。
「クックック。ケガを負わせたのは済まなかったな。だがそちらには高速治癒の東雲君がいるのだろう? どうやら訓練を行なっているようだし別に問題はあるまい」
そう僕を見据えながら外神と名乗った教師が言い放った。つまりこの件は問題にならないってことか。
奥山君と連花さんをいきなり斬っておいて、それが治癒術が使える僕がいるから問題無しだと?
「そう睨むな。東雲君。君のことは聞いている。その治癒の力が発揮されたのだからいいじゃないか。全て元通りだ。何も問題はあるまい?」
静かに睨みつける僕に向かって外神はとても面白そうにそう呟いた。
この教師は油断出来無い。そしてあまり良い印象も持てない。そんな第一印象を僕は受けた。
「まぁそういうわけでこの場は収めさせてもらう。リャン君を引き取ろう。ではクラス戦を楽しみにしているよ」
そう言い残して外神氏とリャン君はこの場から立ち去った。
残されたのはあまりの出来事に唖然とした空気のCクラスとEクラスの生徒である。
「……東雲はん。奥山は?」
しばらく立ってから連花さんが思い出したように慌ててそう呟いた。
「治療は施した。でも意識を失ってる。僕の治癒術は意識には効果が無い」
あれだけの深手だったのだ。しばらくは目を覚まさないだろう。
「十分や。東雲はんが居て助かったわ」
連花さんが全員の視線を集める。
「……アレは危険や。クラス戦ではウチがやる。白水が帰ってきて本気でやらな相手にならんわ。皆、クラス戦であったら全力で逃げや?」
そう皆に向けて説明する。
「大丈夫や。本領発揮のウチならそんな簡単に負けはせん。さっさと気持ち切り替えて訓練に入るで!」
そう言いながら大きく手を叩き、連花さんが全体を動かし始める。
しかしこの日はずっと。重たい空気が全体を覆ったままであった。
「リャン・ルイバー。東南アジアの小国から一人。Aクラスに招かれた交換留学生」
槇下さんがそう説明してくれる。
日曜日。指導教員の授業の時に、この間の顛末を説明したらそう槇下さんが話し始めたのだ。
「話題には結構前からなっていたわ。なんでも一人で小国と戦闘状態にある軍の一個中隊を全滅させたって噂と一緒に」
そう物騒な事も呟く。やっぱり実力がある生徒なのか。
「普通は交換留学生は早くても後期から編入するのが一般的。それを外神の奴がこんな時期に招き入れた。理事長もそれは止めれなかったみたい」
悔しそうに槇下さんがそう呟く。
「随分、敵意がこもってますね」
外神と槇下さんが呟いた時にそう感じた。
「そりゃね。私も外神は敵だと思って行動してるもん。春香ちゃんには悪いけど、こんな時期に普通は留学生なんて呼ばない。絶対何か裏があるに決まってる」
かなり槇下さんは怒っているようだ。
「しかもA対Cのクラス戦前でしょ? 明らかに別の狙いがあるのが見え見えだよ。もしかしたらもっと先を外神は見据えてるのかも知れない」
そこで僕もふと思い当たった。二年次の尾上と呼ばれた生徒の事である。
「Dクラスが不祥事で数人、学園を追放処分になった生徒が居る。東雲君のEクラスも一人、追放処分にされている。だから普通はまず先にそれを交換留学生で穴埋めするはずなの。実際そういう手続きがされていて、後期から交換留学生が来る手筈になってる。それなのにその手続きを飛ばして外神はAクラスに彼を編入させた。それだけの何かがあるってこと」
言われて思い当たる。そうだ。DとEは今、クラスが三十人に満たないのだ。
「悔しいけど外神の好きにやられている。これは私の権限じゃ届かない範囲の出来事。春香ちゃん。Aクラスに何か説明あった?」
そう言われて少し戸惑ったように神楽坂さんが顔をそむけた。
「それが……彼は好きなようにクラス戦をやらせてくれとの説明が最初にありました。一般の授業もまだ受けてません。私達もいきなりの交換留学生に戸惑ってるのが現状です」
そう静かに話した。Aクラスも戸惑っているのか。
「ふむ……まぁ二人共、注意はしておいてね。明らかにリャン・ルイバーは一般の生徒と違うから。どちらかというと彼の経歴も学園生ってより傭兵って言う方が適してるし」
頷き返す。
……銀の大剣で奥山君と連花さんを簡単に斬りつけたのだ。しかも全く躊躇はなかった。
あの様子から見て、相当に腕が立つのは簡単に予想が出来た。見た目は僕達とそう年齢が変わるようには見えなかったけど。
しかもクラス戦に出てくるというのだ。連花さんが相手をすると言っていたけどかなり不安である。
「本当、こっちの計画をぶち壊しにしてくれるよ。あんな生徒を呼び寄せるとは思ってなかった。クラス戦がまた血みどろになっちゃうよ……」
そう槇下さんが呟いた。リャン・ルイバーはそれだけの生徒と言うことである。
クラス戦は確かに危険な行為だとは思う。
だがルールがちゃんとあるのだ。それに従って行動する限り、ケガ人は出たとしても死者は出ないと心の何処かで思っていた。
……だけどあのリャン・ルイバーの銀の大剣を見てその考えが甘いのだと思い知らされた。
あれは人を殺すためのアーツだ。手加減という物が全くなかった。
二年生も尾上という生徒によって同じ経験を味わったのかも知れない。だから危険なクラス戦が行われないようになったと考えられるのだ。
「……愚痴ってても仕方ないね。だからこそ何かが起こる前に早く二人にはロイドを習得してもらわなきゃ」
そう呟き槇下さんが立ち上がる。
「さぁ今日の授業を始めるよ! まずは流体防御の訓練から」
この日もロイドの習得を目指して、流体防御の訓練から始まった。
流体防御はもう僕も神楽坂さんもほぼマスターしたと槇下さんからお墨付きを貰った。
だがその先がまだわからないのである。ロイドと言うのが一体、何なのかがまだわからないのだ。
「焦ることは無いよ。普通の生徒だってほとんど半年掛けて学ぶ技術を一月でもう習得手前まで来たんだから。ここからはのんびりでもいいと思う」
全く成果が出ないことに対して、この日の最後に槇下さんがそう呟いたのがずっと僕の中に残っていた。
七月も三週目に入る。明日からテストが開始される。
皆は明日からのテストに対しててんやわんやな状況だ。
「纒ちゃん!」
「纒様!」
……特に凛さんとタケル君。この二人は見ていてもうそれは痛々しかった。なりふり構わず纒さんに泣きついている。本当に危ないのだな。
期末テストで成績が悪かった場合、八月前半の夏季休暇がなくなるわけでは無い。
が、それが終わった八月後半の休みがなくなる。それはそれで厳しいことが目に見えている。
更に成績は各家庭の方に送付されるらしい。いくら軍学校とは言え赤点まみれの成績など取っていては家族の印象も悪いだろう。
学園に留年という制度は無い。テストの結果が悪ければその分をレポートや補習で補う形だ。
ただしテストという物が存在しているのだ。その結果が学園を卒業した後の進路に影響を与えることぐらい誰だって理解していると思う。
だから皆、テストに必死になる。
……僕はそのテストを免除された。なんだか一人だけ別の世界に迷い込んでしまったようで、ちょっとだけ寂しかった。
「東雲君。東雲君。ちょっと聞きたいことがあるんですよ」
ボーッとしていたら美作に声を掛けられた。
「何故かここに来て美作トトカルチョをAクラスに変えたいって人と、賭けそのものをやっぱりやめたいって人が出てきたんですけど。これって何か理由わかります?」
やっぱり。そうなるか。あの惨劇を見たら賭けそのものをやめたいと思う人が出てもおかしくはないと思っていた。
そこでこないだの訓練の様子を美作に説明した。
「ふむ。そういうことだったんですね。美作はそのリャン・ルイバーという生徒が暴れた所を運悪く見てないですからね……」
「彼について調べているんじゃなかったのか?」
気になったので聞いておく。
「調べてるのです。それが不思議なくらい何もしないんです。それで油断してたのです。東雲君みたいな特待生候補なのか授業にも出て来ませんし。かなり厳しめのトレーニングメニューをこなすだけで特に目立った行動もしてなかったのですよね」
指をくるくると回しながら美作がそう話す。
「アーツを発動させてるのは見たのです。銀色の大剣を空間から取り出してたのです。その大剣を用いた戦闘訓練みたいなのを一人でやってるところも見たのです」
となってくるとリャン・ルイバーは一人でクラス戦に向けて準備を整えているのかも知れない。
「Cクラス代表の前園さんが負傷したのを間近で見たら流石にAに変更する人が出てきてもおかしくはないですね。ここに来てまた問題ですよ……」
美作が頭を抱えている。
「美作はクラス戦というのはゲームの一種だと思ってたんですよね。だからこんな風に遊びの一環で賭けをすることを持ち出したのです。でも話を聞くとそのリャン・ルイバー氏は明らかに異質です。クラス戦そのものの意味が変わっちゃうのです」
美作も槇下さんと同じ考えのようだ。
「もう少し、リャン・ルイバーについて詳しく調査を頼むよ美作。それに外神って教師を知ってるか?」
槇下さんの話を思い出せば、リャン・ルイバーと外神に関係が無いとは思えないからだ。
「む? 東雲君の口からその名が出るとは思わなかったのです。外神 十三氏はこの学園運営のナンバー二ですよ?」
どうやら美作も名前は知っているようである。
「外神についてもちょっと張り付いて調べてみて。もしかしたらリャン・ルイバーのことも詳しく分かるかも知れない」
美作に調査を依頼する。こいつの能力なら盗み見は得意のはずだ。
「分かったのです! テストの合間に調べるのです」
そう言って美作は自分の席に戻っていった。
これはまだ先の話だけど、EクラスはもうすぐAクラスとの再戦の可能性があるのだ。
その時にはあのリャン・ルイバーを誰かが止めなければならない。
……その役目が今の僕に出来るのか? と不安になる。それくらいにはこの間見た光景が強く目に焼き付いている。
と言ってもまずはCクラスが先にAクラスとぶつかる。
もしもあの連花さんが止められなければ……いや考えるのをやめよう。そんなマイナスのことばかりを考えている余裕はない。
そんな不安なことばかりがずっと僕の頭の中を支配していた。
午後の実習である。今日が終わると、次はもう七月の最後に三日ほど、テスト返しの時に実習があって夏季休暇だ。
こう考えると意外と八月終わりにあるというダッシュのテストまで、あまり実習の時間はないのだ。
だから五月度や六月度に先にダッシュを生徒に見せたり、残り時間をダッシュの練習に費やしたりといった行為を教師は行ったのかも知れない。
現在、ダッシュが習得出来ている生徒は今日の段階で五人。
全体で見ると、もう盾タイプのシールドは皆、出せるようだ。次々とプールに浮かぶ練習から始めている。
水上でのダッシュの訓練に移っている生徒も増えてきた。しばらくテストで実習は間が開いてしまうが、ダッシュを成功させる人が増えてきてもおかしくはない状況である。
「東雲君! 今日も張り切って遊ぶのです」
美作に呼ばれた。今日はバトミントンのラケットを持っている。
「これ、教師から渡されたのです。どうやら二年次の内容みたいですね」
そう言って神島さん。僕。及川にラケットを渡す。
ちなみに連君はこの時間。ずっとと言っていいほど端で寝ているか実習そのものに参加していない。美作も誘おうとしたようだが無視されたと嘆いていた。
「ネットをこうくるくるーと水上に張って、水上バトミントンの開始なのです」
水の上にネットが張られる。ちょっと不思議な光景だ。
バトミントンなんて簡単に言っているけど、普通に水上での動きが安定してないと出来無いと思う。
「ま、ものは試しなのです。チーム別けるのですー」
チーム別けの結果。僕と神島さんチーム対美作及川チームになった。
そのまま水上バトミントンが開始される。
まだ神島さんは水の上では動きがぎこちない。それを僕がカバーする形だ。
シャトルが打ち上げられる。しばらくは皆、様子見で普通のバトミントンが続けられた。
のだが、しばらくすると早速、美作が飽きてきたようだ。
「必殺! ジャンプスマッシュです!」
ピョンと水の上で飛び跳ねてネットより高い位置から急にシャトルをこちらに叩きこんできた。流石に反応出来無い。
「っていうか美作。お前いつの間に水上でジャンプが出来るようになってるんだよ」
これもダッシュの応用だ。だがダッシュよりも縦方向への推進力を得るのは難しい……はずなんだけど。
「美作は遊ぶことに掛けては全力ですよ?」
との話である。こいつが少し恐ろしい。
「でもこれつまんないのですー。ザウルス三号の方がよっぽど楽しいのですー」
ポイッとラケットを放り投げて美作がプールサイドに戻った。
このバトミントンは二年次の内容だそうだ。だからそれなりに高度な訓練のはずなんだけど。僕もザウルス三号を構えて走り回る方が訓練になると思った。
「さっさと片付けてザウルス三号で遊ぶのです」
そういって片付けを行なっている時に生徒の方で歓声が上がった。
「むむ? また増えたのですかね?」
美作が目ざとく反応して様子を見に行く。
「坂本さん。橘さん。北都さん。三人が合格ですね」
意外だ。一気に三人も合格したのか。
「ずーるーいー。纒ちゃん!」
凛さんが嘆いている。どうやらまだ凛さんは水の上に浮かぶ練習中のようだ。
「こんな日がいつか来るとは思ってました。ザウルス三号をたくさん用意しといてよかったのですよ」
美作がニヤリと笑った。こいつ絶対容赦無く狙うぞ?
一気に三人が加わり、遊ぶ面子は計七人になった。
「僕、ちょっと休憩。それで三対三でしょ」
プールサイドに座り込む。美作が指示を出しながらチーム別けを行なっている。
……この時間は平和だと思う。こんな風にいつまでも続けばいいのにと強く思うのだ。
合同訓練である。今日がテスト前の最終日だ。と言ってもテストの日程中も訓練自体は開かれるようだけど。
「結構、減ってもうたな……」
隣で連花さんがポツリと呟いた。
あのリャン・ルイバー乱入事件の後から、流石に訓練に参加する人が減り始めた。
それだけのインパクトがあったのである。
「連花さん。勝てる? あれに」
「勝てる? やない。勝つ! んや。やないとクラスの皆が危ない」
即答された。連花さんもクラスのことを一番に考えているようである。
「……ウチのことは心配せんでええ。白水もギリギリクラス戦には間に合う手筈や」
軽く笑いながら連花さんは呟いた。
「白水って僕が折っちゃった刀だよね。言ったら悪いけど僕程度で折れる刀で、あの大剣を相手にして大丈夫なの?」
そうなのだ。気になっていた点だ。いくらバイタルフォースで強化した両腕とはいえ、ただ挟みこむようにして僕は結構あっさりとあの刀を折ってしまったのだ。
「アハハ。心配はいらへん。あの白水ゆう刀は対アーツ特化の刀や。それをウチの力でさらに強化して使う。アーツに対してはまず負けん」
自信を持って連花さんはそう答える。
「東雲はんは物理的に折ったやろ? あれは想定してなかったから簡単に折られてしもたけど、次はもう無いで? この前は不覚を取ったけど、久々の強敵にウチも燃えるわ……」
そう連花さんは呟きながら大きく背を伸ばす。
「……クラス戦。負けるつもりは全く無いよ。東雲はんにもこれだけ協力してもらってるんやし」
僕の方を振り向いて改めて連花さんはそう呟いた。
「……さぁ。今日の訓練始めよか。ウチがアイツを相手にする間、他のAクラスの生徒を皆にはどうにかしてもらわなあかんってことやし」
気を取り直して訓練の再開である。
この日から明らかに連花さんの行動が変わった。
具体的には及川とアーツ無しでの訓練を最初に始めるようになったのだ。
連花さんは予備の刀まで折られてしまったから木刀と鞘で自分の訓練も本格的に始めたようだ。
大体三十分程度かな。息もつかないような連撃の訓練が繰り広げられる。及川もよくそれに食らいついている。
……Cクラスで一番強いのは間違いなく連花さんだ。たぶん学年単位で見ても上位に来るだろう。
その連花さんが本気になったようだ。その熱意はクラス全体に広がっていく。
リャン・ルイバー乱入事件から合同訓練の参加者は確かに減った。けど逆にやる気を出した人も結構居たのである。
リャン・ルイバーが恐ろしくて逃げた人と、逆にそれに立ち向かおうとした人と。大きく二つに別れたような気がするのだ。
もうすぐクラス戦のフィールド発表。つまり一週間前である。
それに向けて最終調整を始めているような。そんな雰囲気を全体から受けたのだ。
……ついに期末テストが開始される。皆は講堂でテストを受けている。
そんな時間に僕はいつもの観測所で槇下さんと向き合っていた。
「ま、時間はあるんだ。ゆっくりやっていこうか」
白衣を脱ぎながら槇下さんはそう呟いた。
「ロイドを習得したいとなるとやっぱり組手の数をこなす方が向いている人も居る。東雲君は明らかに実戦向けなタイプだと私は思う」
右手で拳を作り、僕の方に向けながら槇下さんが話を続ける。
「だから。ロイドを用いた組手を続けるよ。八月の実習までに私ぐらいのロイドは防げる様になってほしい」
今後の方針だろう。そう改めて槇下さんから説明があった。
「じゃ、行くよ! 春香ちゃんが居ないけど、手加減はしないから!」
その言葉を呟くのと同時に槇下さんが視界から消える。
土煙が右手の方で上がったのが見えた。横から来る。
一気に側面まで距離を詰められて右手でのストレートを脇腹辺りに打ち込まれる。
見えてさえいればなんとか反応は出来る。流体防御でそらして距離を取る。
「だから逃げちゃダメ! 流体防御を使えば逃げるのは結構出来る。そこから反撃出来無いとダメなの!」
そのまま槇下さんはダッシュを発動させて一気に逃げた僕を追いかける。
今度は真正面から来る。懐の一歩手前で止まって、今度は左ストレートを放つのが見えた。
半身になって体の内側に巻き込むように左ストレートをやり過ごす。
……攻撃に転じれるようにならなきゃダメなんだ。
そのまま半回転して、右手での裏拳を槇下さんの頭を目掛けて狙う。
槇下さんは右手を持ち上げ、流体防御で僕の裏拳を防ぐ。
パンッと乾いた音が響いて僕の右手が吹き飛ばされる。
「良い感じ。ロイドを習得したらそんな簡単には吹き飛ばされなくなるよ!」
そのまま槇下さんは後ろにステップして僕との距離を取る。一旦仕切り直しだ。
「……凄いやん。それが流体防御の訓練?」
気がつけばもう連花さんが観測所に来ていた。
「え、早くない? まだテスト中でしょ?」
槇下さんも驚いたようだ。確かにまだテストの時間だと思ったのだけど。
「あんなん簡単すぎて時間が余ったもん。だから先に抜けてきたら面白いもんが見れたわ」
連花さんが軽く笑う。その次は何かを考えるような仕草を見せた。
「槇下はん。今のその高速移動。ウチにも使えるようになる?」
ロイドのことかな。
「後期になったら一般生徒も習うよ。ちなみにあと一週間ちょっとじゃ習得はまず無理」
連花さんの思惑を読んだのだろう。そう槇下さんは付け加えた。
「やっぱりかー……」
そう連花さんは呟きながらもまだ考えている様子だ。
「じゃその東雲はんの防御術は?」
「流体防御の事?」
ふと槇下さんまで攻撃の手を休め考える仕草を見せた。
「……ちょっと考えさせて」
そのまましばらく槇下さんの動きが止まる。高速で何かを考えている様子である。
「連花ちゃん。あとクラス戦まで十日。ギリギリだと思うけどやってみる?」
そしてそう槇下さんの方から言い出した。
「願ってもない。今より少しでも強くなれるんやったらそれに賭けるわ」
それに連花さんも即答した。
「わかった。ごめんね東雲君。また予定が崩れちゃって……」
こちらに軽く申し訳なさそうに槇下さんが呟いた。
「私も外神の好きにやらせるのは我慢出来無いの」
そしてそうハッキリと言い切った。
「別に構いませんよ。僕は楽出来るし」
それに今は連花さんの方が大事だろう。結果的にケガ人が少なくなるはずだ。
「じゃ手続きしてくるね! ちょっと待ってて!」
そう言うと槇下さんは大急ぎで観測所を後にした。
「すまんな。東雲はん。槇下はんを取り上げてもうて」
そう先に連花さんから謝られた。
「今度、何かの形で返してもらうよ」
そう軽く笑いながら僕は返したのであった。
「……というわけや。ウチは槇下はんに稽古をつけてもらう。だから全体に指示出しは出来ん。あとは男子は奥山。女子は舞を中心に訓練を行ってや」
テストが終わり、生徒が一通り集まった所で連花さんが全体に説明する。
隣には話を聞くとどうやら訓練の監督役も引き受けた槇下さんがプラスチックのバットを構えている。
連花さんの説明が終わり、全体が広がっていく。
訓練自体に変更は無い。参加人数がちょっと少ないけどいつも通りだ。
それは連花さんにも当てはまる。まずは及川と打ち合い稽古のような物は毎日続けるようだ。
「それはやった方がいい。刀の勘を忘れちゃ話にならない」
と、槇下さんのお墨付きだ。
さらに連花さんの動きを見るなり槇下さんがこう呟いた。
「やるなら本気でやった方がいいよ。連花ちゃん。手加減がクセになっちゃう」
どうやら連花さんは刀……今は木刀だけど、と鞘を同時に扱った戦い方と、それとは別に刀一本で戦う戦い方の二種類を使い分けているようである。
そして本気になった時だけ、鞘を地面に置くのだ。それを槇下さんは初見で見破った。
「槇下はんにはかなわんな。じゃ悪いけど及川。本気で行くで?」
木刀を構える。そのまま及川に飛びかかる。
断然、連花さんは木刀だけの方が速くて鋭い。それに及川も驚いているようだ。なんとか反応は出来ているみたいだけど。
木刀から鋭い突きが繰り出される。及川はなんとか竹刀でさばいているが、その隙に一気に距離を詰められ、今度は縦に木刀が振るわれる。
及川が連花さんの動きについていけない。そのまま木刀で叩きのめされる。
そこで僕の出番である。治癒術で及川を決して倒れない兵士として連花さんの前に送り出すのだ。
僕の治癒術は意識さえあれば即ケガを治せる。そのまま及川を連花さんの前に押し出した。
……及川に取ってはちょっと酷なようでもあるけど、連花さんの相手が出来る人が他に居ないから仕方ない。連君はあれからずっと姿が見えないし。
三十分ほど打ち合い稽古が続けられる。ほぼ一方的に及川がやられた形である。
「それぐらいでいいかな。連花ちゃん。訓練に入るよ!」
頃合いを見計らって槇下さんが止めに入る。
プラスチックのバットを取ってきたということは僕と同じ方法で流体防御を覚えさせるようである。
「まず最初に狙ったポイントにシールドが展開出来るかどうか! 授業で水に浮くことはやってるよね。それの応用!」
ちなみに何故かよく分かっていないだろう及川も隣に居る。どうやら及川も流体防御の訓練をさせられるようだ。
第一段階である狙ったポイントにシールドを発動させることはどうやら二人とも出来るようである。
「うむ。初日にしては上出来。それが出来るならあとはひたすら反復作業だよ!」
そう槇下さんが呟いたかと思うとプラスチックのバットで地面に円を描き始めた。
「なんや? この円」
それに連花さんも及川も戸惑っているようである。
「君達は武術の経験があるからね。それを制限させてもらうの。この円から出ちゃダメだよ」
半径一メートルも無いぐらいの大きさである。ほとんど自由に行動が出来無いだろう。
そして連花さんから木刀と鞘を。及川から竹刀を取り上げて僕の方に渡してきた。
「今から私がこのプラスチックのバットで君達の体の何処かを叩く。それを先ほどの小さなシールドで弾き飛ばして。それを極めると流体防御と呼ばれる防御方法になる」
二人の間に立つようにして槇下さんが説明を続ける。
「その円の中だったら私の攻撃を避けていいよ。ただし円から出ちゃダメ。ま、物は試し。やってみるよ」
まだ連花さんと及川はよくわからないようだ。
その様子を見て、槇下さんはロイドを発動させた。
「って……手加減は無しですか」
一瞬で連花さんの背後に移動し、プラスチックのバットで殴りかかる。
普段のクセだろう。連花さんは反射的に木刀を持っているはずの右手で防ごうとしてしまう。
その隙に遠慮なくプラスチックのバットを叩きつける槇下さん。
パシンッと乾いた音が響いて槇下さんが手前に戻ってくる。
「避けれるなら避けてもいいよ。避けれるならね!」
遠目に槇下さんがニヤリと笑ったような気がした。この人、相変わらずの性格である。
……そのまましばらくは一方的な展開が続いた。
ケガ人を治療しながら合間に連花さんと及川の様子を見る。
「遅い遅い遅い! まだまだ速くシールドを展開すること!」
さっきからパシンッという乾いた音がずっと響いている。僕の時よりも激しい訓練のようだ。
「武術の経験があるからどうしてもそれに頼っちゃうけど最初はシールドで防ぐこと重視だよ!」
連花さんも及川も。武器は取り上げられている。なのにその武器で槇下さんの攻撃を防ごうとする体の動きが染み付いているようなのだ。
特に連花さんが厳しい様子だった。無理やり反射的に動き出そうとする体を押さえつけているような気すらする。
それを遠慮なく叩く槇下さん。
「シールドは出せるんだ。それを何処でも。さらにタイミングよく展開出来れば流体防御の基礎は出来たことになる。二人共そのタイミングを掴むこと!」
二人の中央に槇下さんが戻ってきたタイミングで僕が治癒術を発動させる。
プラスチックのバットで叩かれるのは経験済みだ。結構痛いし、小さなシールドを発動させるのも慣れるまでは厳しいのが分かっている。
「ねぇ東雲君。気になってたんだけど、何で僕まで?」
及川が今更と言った感じで呟く。
「連花ちゃんの相手になる子が他に居ないから!」
それに迷うことなく答える槇下さん。
「もうちょっとこれ続けたら分かるよ。今はシールドで防御が出来るようになる訓練!」
僕が治癒を終え、下がったのと同時に再び槇下さんが二人の間に立つ。
……こうして流体防御の訓練が、他の訓練をしていた生徒が帰っても遅くまで続けられていた。
A対Cのクラス戦一週間前。フィールド告知だ。
今回のフィールドは中央で両者が激突するフィールドで、二つの交差する通路がある今までとはちょっと違った感じを受けるフィールドだ。
東西に別れたお互いの拠点から二本の通路が伸びており、それが中央の広場に繋がっている形だ。
つまり相手の拠点を目指すには必ず中央の広場を通る必要があるということである。
攻めるなら中央の制圧を。守るなら二つの通路を。と戦略によって戦い方がガラリと変わりそうなマップなのだ。
Eクラスだとしたらまずはいかにして中央を押さえることから考える。
その方が後々有利だ。遠距離攻撃を生かせる形になり、中央を押さえればあとはゆっくりと通路を登っていけばいい。
だけどこれはEクラスの戦力を考えた場合だ。クラスの戦力自体が全然違うAクラスとCクラスはどんな戦略を取るのか楽しみではある。
テスト期間中の僕の動きも大体方針が出来てきた。
連花さんと及川が来るまで槇下さんと組手。あとはいつも通り壁際で治癒術待機。アルバイトがある時は先に切り上げさせてもらう。その時は大抵、訓練も終わりになる。
しかし連花さんと及川の二人はかなり遅くまで流体防御の訓練をやっているようだ。
僕は約一月掛かった。それを十日でマスターしようとするのだから厳しくて当然か。
槇下さんも手加減が無い。最初からロイドを使っている。ただしバットで叩く時はロイドを切っているようである。
まずは二人にシールドで防御をする感覚を掴ませようとしているみたいだ。それが出来れば後は発動タイミングの練習となる。
だがここで問題になってくるのが、二人の武術の経験だ。
経験が邪魔をするのである。見ていてよくわかるのだけど、ほとんど反射的に武器を持っていなくても二人の体は動き出してしまうのである。
槇下さんいわく、
「別に体が動き出してもいい。ただ反射的に流体防御が使えるようになってからの話」
とのことだから悪いことではないのだろうけど、流体防御の基礎を学ぶ上ではかなり厳しいようだ。
それがここ数日の話である。まだプラスチックのバットで叩かれる練習は続いている。
あと一週間。言葉に出してみると結構重い。さらに連花さんはCクラスとして戦略も立てる必要があるだろう。かなり忙しそうである。
ちょっとした休憩時間に連花さんがCクラスの生徒を集めて軽く会議を行なっている。
恐らくクラス戦の戦略を練っているのだろう。邪魔しないように遠くから見ておく。
リャン・ルイバーを連花さんが止めるのは確定だろう。となると残りの生徒でAクラスの攻撃を防がないといけない。
その打ち合わせをどうやら行なっているみたいである。どんな戦略でAクラスに挑むのだろう?
「はい。連花ちゃん休憩終わりー。続きやるよ!」
しばらくして槇下さんが連花さんを引きずるように引っ張っていった。連花さんも大変そうである。
美作情報と組み合わせて考えてみると、AクラスとCクラスにそれほど大きな差があるとは思えないのだ。
ただリャン・ルイバーの存在だけが大きな問題である。それを連花さんが抑える場合、今度はAクラス代表の篠宮さんが野放しになる。
それが一番危険だと僕は思う。篠宮さんも連花さんじゃないと抑える事が出来無い気がするのだ。
そこら辺をどのように対策するのかが気になる。クラス全体として防御の訓練を多く行なっているみたいだけど、篠宮さんの炎が簡単に防げるとも思わないし。
……と言ってもCクラスの事だ。僕が気にする必要は無いのかも知れない。
ふと連花さんが引きずられて行ったあとのCクラスを見ていると、一人の男の子が引き継いで作戦会議を続けているようだ。
これにはへぇ……と素直に思った。Cクラスの中心人物だと思われてた連花さんが居なくても作戦を立てる事が出来る人が居るのか。
前に立っている男の子は訓練ではあまり目立った事が無い生徒である。僕にはすぐに名前が出てこなかった。
ホワイトボードを持ってきて熱心に作戦を立てている。Cクラスは中心人物が居るけど、クラス全体でクラス戦の作戦を立てるようだ。
そんな様子を遠巻きに見ていたら、その中心に立っていた男の子が僕の方に寄ってきた。
「東雲氏。頼みがある。Cクラスの作戦立案に協力して欲しい」
そう真っ直ぐに僕にお願いしてきたのだ。かなり意外だった。
「僕が? 治癒術使いとして協力はしてるけど、Cクラスに個人的に協力するつもりは無いよ?」
「そこを何とか。代表も東雲氏には協力してもらったらいいと言っていた」
連花さんに頼られるのは悪い気はしないけど……
「客観的に見て、東雲氏が一番、Cクラスを分析していると私は思うのだ。これだけの戦力を私達のクラスは見せているのだ。作戦を立てる協力ぐらいはどうだろうか?」
わりと目ざといな。こいつ。
僕が壁際でCクラス全体を見ていた事を指摘された。やっぱり見てる人には分かる物か。
「申し送れた。私は高橋 進。Cクラスの参謀を務めさせてもらっている」
挨拶があったので僕も返しておく。
メガネを掛けた知的そうな男の子だ。初めて名前を知ったから、恐らく訓練ではそれほど活躍しているわけではないのだろう。
「もうクラス戦まで一週間しか無い。打てる手は全て行うつもりだ」
高橋君はそう言い切った。
そして僕も少し考えていた。
「条件を出すよ。CクラスからEクラスにクラス戦をしばらく……そうだな。再戦禁止期間が過ぎても一月は仕掛けない。それが条件」
今の連花さんを止めれる人がEクラスに居るとも思わない。ならしばらくその問題を先延ばしにしてしまおうと思ったのだ。
「むっ……仕方ない。それくらいなら飲もう。ではこちらに来てくれ」
それくらいは予想していたのかもしれない。あっさり高橋君はこちらの要望を飲んだ。もう少し条件を厳しくしておいてもよかったかもしれない。
「皆。東雲氏にクラス戦の作戦立案を協力してもらうことになった」
Cクラスの面々の前に連れて行かれる。ホワイトボードを前にして皆で話し合いの真っ最中だ。
そこに僕が飛び込む形だ。驚いている人もいる。
「まずは今、私達が考えている作戦を説明しよう」
そう高橋君が言い出したので、僕もCクラスの皆の近くに腰を下ろす。
高橋君が作戦を説明してくれる。
どうやら現在、Cクラスが立てている作戦は一点突破の拠点急襲のようだ。
武器を持った人を中心に通路を一気に登りきり、相手の拠点を攻め落とす作戦のようだ。
「……以上の事からこのような作戦がいいと考えられる」
高橋君が話をまとめる。
「どうだ? 東雲氏。何か思う所はあるか?」
少し考える。僕がCクラスの軍師だとしたらどのような作戦を取るだろうか。
「まず僕は一点突破はあまりオススメしない」
ゆっくり考えながら話を始める。
「なぜなら相手の方が戦力的に上であるというデータがあるから。それにリャン・ルイバーの存在と相手代表の篠宮さんが居る」
あくまで今現在の話でもある。
「その作戦だとかなり多くの負傷者がCクラスに出る。それで大将を落とせなかったらそのまま負けるよ?」
一点突破の欠点だ。このクラス戦のフィールド上、相手も似たような作戦は考えるだろう。
問題となるのは相手の大将がリャン・ルイバーか篠宮さんだと倒しきれない可能性が高いのだ。
その二人は連花さんが相手にしなければならない。
「しかし……それ以外の作戦も考えた。だが私達が勝つにはそれしか方法が無い」
この段階で連花さんを頼らないのはCクラスの凄いところだと思う。
「もうちょっと代表を信じてあげなよ。代表がリャン・ルイバーは倒すって言っているんでしょ?」
「それはそうだが……」
逆に言えば、Cクラスでリャン・ルイバーとまともに戦える人が居ないのである。あの奥山君でさえ一撃でやられたし。
「なら僕が立てる作戦はこうだよ」
僕が考えた作戦を説明しだす。
この時ばかりは自分がCクラスの軍師になったような気がした。
クラス戦五日前。今日もいつもの様に槇下さんとの組手中である。
「遅い! もっと反応速く!」
右側面から蹴りが飛んでくる。慌てて右手を持ち上げて流体防御で防ぐ。
ズンッと蹴りの重さが体の芯まで響いてくる。受けきったが衝撃を殺しきれたわけではない。
ただ、簡単に吹っ飛ばされないようになっただけ上達したとも言える。
そのまま左手で槇下さんに殴りかかる。
それは簡単に逃げられた。蹴りを受けた瞬間に行動を開始しないと間に合わなかっただろう。
「だいぶ防御は上手くなったね。あとは攻撃とロイド……だけどやっぱり数をこなすしかないよ」
そう呟きながら槇下さんが距離を取って軽くステップしている。次の跳躍に入る準備だ。
視界から槇下さんが消える。このロイドだけは未だに分からない。
今度は左側面に移動されたのが分かった。そのまま右手での正拳突きが飛んでくる。
それを体の芯をズラすことで避け、カウンター気味に右手を突き出す。
「私のロイドくらいにはもう反応出来てる。そう遠くないうちにロイドが習得出来ると思う」
僕の右手を軽く体を逸らしながら避けた槇下さんから左手でボディーブローが飛んでくる。
慌てて流体防御で受けるも後ろに十数メートル吹き飛ばされた。
「油断するとほら? こうなる。もうちょっとしゃきっとする!」
そのまま組手は続く。だいぶ防御は安定してきたと自分でも思う。
しばらく組手のようなモノが続く。
「ま、今日はこんな所かな。あとは地道に積み重ねるしかないよ」
連花さんの姿が見えたので今日の組手は終わりだ。相変わらず防戦一方である。
「わりと凄いなぁ。それが後期になったら普通になるん?」
純粋に連花さんは僕と槇下さんの組手を見て感心しているようだ。
「一年の終わり頃になったらこれが普通になると思う。それまで時間と段階が掛かるけどね! 東雲君はそのステップをいくつか飛び越えてるから」
槇下さんからそう説明がある。
「ちなみに連花ちゃんとあの及川君にもこれくらいは出来る様になってもらうからね。しかもあとたった五日で!」
槇下さんの言い分はかなり無茶な注文に聞こえる。
「今日からプラスチックのバットは卒業だよ。実践的な流体防御の訓練に入ります」
たった数日でプラスチックのバットを卒業である。授業でプールに浮かぶという事前訓練のような物をやっていたとはいえかなりのハイペースだ。
「問題はあくまで流体防御は防御の方法ってところね。攻撃の手段じゃないの。だから習得しても突然強くなるわけじゃないから。その点は注意してね。打たれ強くはなるけど!」
槇下さんから補足が入る。
ーが相手だとして、その攻撃を食らう前提だと厳しいのはもう目に見えている。
「それはわかってる。あくまでこれは保険や。リャン・ルイバーはウチの実力で倒す」
連花さんには自信があるようである。何か秘策でもあるのだろうか?
「よろしい。本来は私もこれはちょっとルールから外れた行為なんだけどね。まぁそこら辺はどうにでもなるか」
教師から生徒に何かを教える行為というのはこの学園ではルール違反のような気がする。
あくまで。生徒に資格があれば問題が無いのだろうけど、無差別に教える事を禁じているような気がするのだ。
例えばだけど……先生が好みの生徒に流体防御を教えるだけで、クラス戦のバランスが大きく歪んでしまう。
そういった点を考慮しているのだと僕は思う。授業で教える以上のことは禁則事項なような気がするのだ。特にロイドなんて即戦力になりうるだけの素質を秘めているし。
「続々と生徒が来るね。そろそろ準備しようか」
そう槇下さんが呟いて、この日の組手は終わりとなった。
五日前になって実践的な流体防御の訓練となったようだ。
及川に竹刀が戻される。
「かなり急だけど、及川君には竹刀で連花ちゃんを叩いてもらう。それを連花ちゃんは流体防御で防げるようになる。これが出来れば八割は完成」
槇下さんが説明を続ける。
「あくまで流体防御っていうのは防御の手法でそれも出来ればあまり頼らない方がいい技術だってのは覚えておいてね。緊急時に身を守る手段としておいた方が何かといい」
再度、説明があった。
流体防御でも相手の攻撃を防ぎきれない場合がある。
僕が考える防ぎきれない場合は、
一つ。相手のアーツが単純に僕のシールドより強力すぎる場合。
これは小型のシールドを突き破ってアーツがダメージを与えてくる場合だ。リャン・ルイバーの大剣での一撃もこれになるだろう。
ただ、流体防御は攻撃を受け流す技術だ。大剣の一撃をモロに食らうというのは考えにくいし。実際に僕は一度、リャン・ルイバーの大剣を流体防御で弾いている。
二つ。相手のアーツが流体防御で防げない場合。
こちらの方が実践ではよくあることだろう。例えば凛さんの重力波のようなタイプだ。
広範囲に攻撃する攻撃を流体防御では防ぎきれないのだ。これはAクラス代表の篠宮さんにも当てはまる。
ただし流体防御で致命傷を避けることは出来る。そのため、流体防御は速く皆にも覚えて欲しい技術である。
「じゃ、始めるよ。及川君。東雲君がいるから手加減は必要ないよ!」
今度から槇下さんは見守る立場に変わり、及川と連花さんの生徒同士での訓練となる。
及川は槇下さんが描いた円から脱出したが、まだ連花さんは円の中である。
この訓練を想定していたから及川にも流体防御が何なのかを掴ませようと槇下さんはしたのかも知れない。
それにこちらが正式な流体防御の訓練方法だろう。見ているとわりと参考になる。
及川が竹刀を振りかぶって連花さんを狙う。
それを連花さんはなんとか流体防御で防ごうとする。
しかしやっぱり体が勝手に反応してしまうのか、相手の軌道を読んで避けてしまおうとする。
その葛藤があるのか連花さんが攻撃を受ける前に軽く震えたような気がした。
「避けれる攻撃はなるべく避けたらいいよ。防ぎきれない場合だけ流体防御で防ぐのが基本になってくる」
槇下さんから指導が入る。
「及川君も手加減はいらないよ。訓練だから。それに連花ちゃんはそんなに弱くない」
それを聞いて及川も頷いた。
それからしばらくは連花さんが及川の攻撃を避けたり叩かれたりと一方的な展開である。
当然か。連花さんはまだ武器を持っていないし。
しかし流体防御の基礎のようなシールドは軽く展開出来そうになってきているのである。
僕はどれだけ掛かったかな……とちょっと考えてしまう。それぐらいにあっさりと連花さんは流体防御を習得しようとしている。
「ま、これも才能だね。連花ちゃんの」
その槇下さんの一言でまとめられる。
この日の終わりには結構な確率で及川の竹刀を流体防御で防げるようにはなってきた。どうやら連花さんは壁を超えてコツを掴んだようである。
目に見えて成果が見られるのだ。かなり速いと言ってもいい。
「この調子で二、三日やるよ。それであとは連花ちゃんの本番に向けての調整。それでなんとか間に合うかな」
この日の終わりにそう槇下さんが呟いた。
少し希望が見えているような、そんな状況であると僕は思った。
クラス戦三日前。
テストも残り一科目。やっと明日がテストが無いという休みの日。つまり凛さん纒さんタケル君の三人が合同訓練を見学しに来ることが出来る日が訪れたのである。
最初に観測所に来たのはタケル君だった。お昼が過ぎるとすぐにやってきた。
「思ってたより盛況だな。これで減ったのか?」
訓練全体を眺めながらそう呟く。
「一番多かった時と比べると流石に減ったよ。でもクラス戦が近づくにつれてまた増えてきている」
正直な感想を述べておく。まただんだんと人が戻ってきているのだ。
「ほう……どれしばらく見学するか」
僕と同じく壁際にもたれかかるようにタケル君も隣に立つ。
「Cの代表は教師から個別訓練中か。って及川もいるが……」
「あれは本当に特別訓練中。もう時間も無いから内容も濃いよ」
及川から竹刀での連撃が繰り出される。
それを連花さんは避けたり流体防御っぽい物で防いだりしながらやり過ごしている。
「あそこまでやるのか……」
それを見てタケル君がポツリと呟いた。
「それくらいやらないとたぶん勝てないってこと。Aの交換留学生が相当だから」
一応、補足しておく。
「西条タケル氏だな? 少し協力を頼みたいのだが……」
確か高橋君である。タケル君の姿を見つけると真っ先に寄ってきた。
「あん? 俺様か?」
「そうだ。Eクラスで一番強いR系の生徒だそうだな。その炎を訓練に使わせて欲しい」
率直だな。高橋君。どこから情報を仕入れたのだろう? 同じ訓練を受けているEクラスの生徒からかな。
「こう言ったら悪いが、学年で一番強いR系の生徒は間違いなく篠宮嬢だ。それよりも幾分弱い西条氏の炎ぐらいを防げないとCクラスとして防衛が出来無いだろうと考えている」
言葉を選びながら高橋君は話している。
「言われなくても俺様が一番自覚してるぞ。ビデオで見たが、俺様の炎は篠宮の奴より格下だ。隠すまでもねーよ」
あ、ちょっと意外でもある。自信家なタケル君が敗北を認めているのか。
似たような能力とはいえ、色別検査の数値にして約百の差がある。それは結構大きいし、篠宮さんとタケル君が直接対決したことはないだろうけど、恐らくタケル君は勝てないと思う。
「ちょっと協力してきたら? 全力で炎を使う機会なんてほとんどなかったでしょ?」
そう補足とそれとなく促しておく。
「それもそうだな。ならちょっと手伝ってくるわ」
そう言ってタケル君が合同訓練の輪の中に加わる。
「俺様の炎が防げねーなら篠宮の炎なんて防げるわけもないぞ!」
タケル君が全方位に吠えながら訓練に加わっていく。
どうやら全体の方針がクラス戦が間近に迫って、防御主体に切り替えたようだ。
その防御にタケル君の炎を利用するようである。賢い選択だとは思う。
実際、タケル君の炎が防げないなら、それよりも格上の篠宮さんの炎が防げるとも思わないし。これはやっておいた方がいい訓練だろう。
そんな様子を壁際から伺っていた。
「ストップ。よし。そろそろいいかな。連花ちゃんに武器解禁」
槇下さんが訓練を止め、連花さんに武器を返す。
「もう本番まで三日。実践を想定して動くよ。二人共武器を用いた訓練とします」
連花さんもようやく円から脱出である。
「及川君がちょっと流体防御の訓練が少ないけど、そこはなんとか根性で頑張ってね。いざとなったら東雲君がいるし」
槇下さんもその点だけはどうしようもなかったようである。まぁ連花さん主体だしね。
「武器を解禁します。これからは武器を使った訓練とすること。流体防御は本当に危ない攻撃に対して使うこと」
槇下さんが説明を続ける。
「アーツについてはまだダメだよ。これが安定してきたらアーツも解禁する。それが最終調整になると思う。じゃ、向い合って。開始!」
そう合図があり打ち合い稽古が開始された。
今の段階だと流体防御で相手の攻撃を弾いた瞬間に隙が出来る。
そのため、二人とも慎重な出足であった。
しばらくして連花さんの調子が戻ってきたらそんなことも言ってられなくなったけど。
やっぱり武器を持つと圧倒的に連花さんが強い。及川でもなんとか喰らいつくような形である。
それは流体防御が使えるからといっても同じであった。しかし流体防御で武器が吹き飛ばされた後のリカバリーは及川の方が速い。
しばらくはその様子を眺めていた。及川も実践形式の稽古になると、流体防御を上手く使えなくてケガをして僕の治癒術で回復というパターンを何度か繰り返すうちに自然と流体防御が上達している気がする。
これを見るとやはり荒療治の方が上達は速いのかも知れないと思うのだ。連花さんに追いつこうと及川も必死である。
「やっと来たよー! 思っていたよりかなり人がいるねー」
そんな途中で、凛さんと纒さんと神島さんの三人が現れた。
「ここら辺でいいかなー。シート広げるよー」
凛さんが大きなレジャーシートを広げる。
その中央に大きな重箱が置かれる。
「差し入れのお弁当を作ってきたのだ! 作ったのは纒ちゃんと晶ちゃんだけど」
凛さんがエッヘンと胸を張る。って凛さんは作ってないのか。
「なんやー 美味そうな匂いがするでー」
ふらふらと休憩時間になったからだろう。連花さんと及川がこちらに寄ってくる。
「差し入れか。気が利くなぁ」
そのまま僕の隣に連花さんが腰を降ろす。
「ちょ、Cクラス代表!」
凛さんが慌てる。なんだろう?
「別にいいやん。合同訓練やし。あ、これ美味しいわ」
連花さんはそのままパクパクとお重の中身を食べ始める。
「むむむ……Eクラス用に作ったのに、最初にCクラス代表に食べられるなんて」
凛さんが凄んでいる。
そんなことは一切気にせず、連花さんがくつろいでいる。
折角作ってもらったのだからと僕と及川も少し食べる。中々美味しかった。しかし及川はハードな練習であまり食欲は無いようだ。
「連花さん。調子はどう?」
ふと気になったので尋ねる。
「まぁまぁやな。木刀も戻ってきたし。もうあと三日やから本格的な訓練に入ってくれるのはありがたいわ」
唐揚げを頬張りながらそう連花さんは呟いた。
「うちの白水はたぶん前日に届くかなぁ。それもちょっと使いたいんやけど、微妙やな」
連花さんはギリギリまで本命の刀が使えないのか。これは大きなことかもしれない。
「ハイハイ。休憩終了! さっさと二人とも戻ってくる!」
槇下さんが現れ、及川と連花さんの首根っこを押さえて引っ張っていく。
「もうちょっと休憩……」
「そんな余裕無いでしょ! ほらガンガン練習する!」
それを皆はあっけにとられた感じで見ていた。
「教師が個別指導しているのか。珍しいな」
そんな様子を見て、神島さんがそう呟いた。
やはり僕以外でも不思議に思う人もいるみたいだ。
「あれは色々事情があるみたいだよ?」
そう補足しておく。主に槇下さんの思惑がにじみ出ている気がするけど。
「あっちではタケル君が暴れてるし。なんだか訓練って感じはあまりしないねー」
そう凛さんが呟く。指をさす方ではタケル君が炎の蛇を呼び出していた。
「全体を見ているとわりと本格的だよ。あのタケル君の炎もAクラスの篠宮さんを想定して防御の訓練って言ってたし」
その割にはCクラスの生徒はタケル君の炎から逃げ惑っている。あれだと篠宮さんの炎は防げないと軽く見た感じでは思う。
三日前だ。どこもクラス戦を意識した訓練になっている。
のだけどやはり全体をまとめる連花さんが個別訓練で不在のためか、ちょっとまとまり意識が薄いような印象を受けた。
「こうして見るのはやっぱりいいわね。もう少し早く来ればよかったかも」
纒さんがそうポツリと呟いた。
「来たらよかったのに。別に好きな時間に来ていつ帰ってもよかったのだから」
そう告げておく。纒さんがもし前に来てたらタケル君と同じく訓練に参加させられてそうだけど。
「でも凛がね……」
その一言で大体理解した。
この合同訓練で先を見据えた上での大きな点はEクラスの主力を担う人達のアーツをほとんどCクラスに見せていない点でもある。
と言うか合同訓練に来てないのだ。連君も連花さんにやられてからたぶん来てないし。この三人にタケル君だって今日が初めてだ。美作にいたっては現場に姿すら見せていない。
それは良い点なのか悪い点なのか僕には判断出来無いけど、戦力をおおっぴらげに見せることは無いからそれはいいのかなと思う。
「東雲! ケガ人が出た。治療を頼む」
呼ばれたので動く。どうやらタケル君の炎が直撃したみたいである。極端だな。
「皆は見学してて。訓練に参加したかったらそこら辺の人に声を掛けたらいいから」
そう言い残して僕は治療に向かう。
……この日はタケル君が暴れている以外は全体的に防御に主体を置いた訓練となった。
連花さんと及川は武器を手にして真剣勝負となっている。連花さんの方が上手だけど。
連花さんはどんどん鋭くなっていく感じを受ける。及川ですら相手にならないのだ。Eクラスじゃ誰も連花さんを止めることが出来無いのかも知れない。
見学に来た凛さん纒さん神島さんの三人はあとはのんびり見学をしていたようだ。
別に訓練に参加は強制ではない。見るだけでもいいのだ。来てくれただけでも収穫だろう。
こうしてクラス戦三日前は過ぎていった。
「あーあー。こちら美作。こちら美作。東雲君。聞こえてるのです?」
「別にそんなことしなくても聞こえる。なんだ? こんな夜遅くに」
美作からコンシェルジュに着信があった。
「いやですねー。美作見ちゃったのですよ。東雲君がCクラスの作戦会議みたいなのに加わってるのを」
そのことか。
「条件はつけた。さらに僕の意見を丸々信用するとは思わないぞ?」
まぁ候補の一つにはなるだろうけど。
「でも美作トトカルチョとしてはちょっと行き過ぎな行為だと思ったのです。Cクラスに協力しすぎなのですよ。それを言おうと思ったのですけど、もうクラス戦が終わるまで会えなさそうですからね」
美作から注意される。確かにちょっとCクラスに情が移っていたかもしれない。
「そんなことより美作トトカルチョはどうなんだ? 僕が作戦に協力した段階だともう変更は受け付けてないだろ?」
「だから余計に協力したら目立つのですよ。色々あって結局は四対六でCクラス優勢ですね。美作的にはまぁよしと言ったところでしょうか」
リャン・ルイバーの存在で多少Aクラスが盛り返したようである。
「Aクラスのデータは大体、収集が終わったのです。また後でまとめて送るのです。それともう一つの件ですよ」
そういえば僕は美作に外神も見張れと指示を出していたのだった。
「ちょっとまて。その話はコンシェルジュだとまずくないか?」
「のでやってきました。開けて欲しいのです」
窓際に人影が現れる。美作が直接、僕の部屋を訪れたようだ。
「よっと。東雲君。お久しぶりなのです」
窓から美作が部屋に入ってくる。一応、ここ二階なんだけどな。たぶんよじ登ったな。
僕はテストに顔を出さないから美作と直接会うのは久しぶりだ。
「まぁテスト期間中ですから要件を伝えてさっさと帰るのですが。外神の件ですね」
美作が考えこむような仕草を見せる。
「外神の見ていたデータをこっそり覗き見したのですけど、まぁそれは色々なデータがあったのです。あまり美作のような能力者に見られている可能性があるとは思ってなかったみたいですね。見たい放題でした」
それは意外でもある。用心深そうな感じだったのに。まぁ美作の能力が反則みたいだけど。
「それによるとどうやらリャン・ルイバーは実験の一環としてこの学園に招かれたようですね」
「実験の一環?」
気になったので尋ね返す。
「そうです。どうやら外神にはいくつかのプランがあって、そのプランの一つがリャン・ルイバーという生徒だったようです。そのプランっていうのがですね。二年のとある生徒……えっとこれです。尾上って言う生徒を倒す算段の計画書みたいな感じでした」
美作がコンシェルジュを展開してデータを見せてくれる。
「尾上 大貴。美作も色々調べました。その顔だと東雲君も噂ぐらいは聞いてそうですね」
「こっちに詳細なデータがあるよ。送る」
美作のコンシェルジュに尾上のデータを送る。
「こっちのデータの方が詳細ですね。と言うことは誰かにもう聞いてますか。この生徒が今、この学園で一番の問題とされている生徒です」
美作がそこで区切る。僕も詳細は槇下さんから聞いている。
「その尾上を倒せる生徒を招く……というのがリャン・ルイバーをこの学園に招いた本当の目的のようです。クラス戦はその前座にすぎないようですよ」
そんな予感はしていた。まだ僕は尾上という生徒に会ったことは無いけど、よほどな人物のようだ。
「外神はそれをゲーム感覚で進めているみたいですね。色々計画はあったのです。その中には美作達Eクラスが尾上と戦うことも検討されてたのですよ」
まぁそうなるだろうな。今のところ一年で一番強いと言えるのは僕達Eクラスだ。
外神はゲーム感覚で尾上という生徒をいかに倒すのかを検討しているのかもしれない。
「尾上という生徒は調べたらすぐに色々な情報が出てくるほど危ない生徒なのです。美作もEクラスとして戦うのは断固反対なのです」
「それは僕も同じだよ。クラス戦は上位学年と勝負する場合、下位学年には拒否権がある」
一方的なクラス戦を禁止するための処置だろう。
「知ってましたか。なら安心ですね。その権限はクラス代表が持ってますから」
美作はホッとした様子でそう述べる。
「他にも色々計画はあるみたいですが、今の段階だとリャン・ルイバーの実力を見たいというのが本音のようでしたね。そのためにわざわざクラス戦を仕組んで、リャン・ルイバーを呼び寄せたのですから」
「ちょっとまて。クラス戦を仕組んで?」
外神はそこまで計算していたのか。
「そうです。どうやらAクラスをそそのかしてCクラスに宣戦布告させた影には外神が居ますね。Bクラスは情報不足。Dクラスは人数不足。Eクラスは再戦禁止期間とCクラスしか選択肢がなかったみたいですけど」
少し話が見えてきた。もしかしたら最初から出来レースだったのかも知れない。
「外神は学園運営のナンバー二です。それなりに大きな権力を持っているのです。美作も情報を集めている間は大きな闇と戦ってる気分でしたよ……」
そう付け加えるように美作が呟いた。
「リャン・ルイバーについてももうちょっと詳しく分かったのです。けどもう東雲君の方が詳しく知ってそうですね。説明するまでもないですか」
頷き返す。学生よりも傭兵に近い経歴といったことだろう。
「ま、今はクラス戦が始まるのをもう見てることしか出来ないのです。リャン・ルイバーをCクラスが止めれるかどうかに掛かってそうですけど」
「その点は連花さんがきっと止めるよ」
連花さんでも止めれないなら……その場合はどうしよう。
「こんなところですね。報告は終わりなのです」
美作がコンシェルジュを閉じる。
「美作はEクラスのために動くのです。これからも外神の様子はたまに伺うことにするのです。あれはちょっと危険な香りがしたのです……」
「そうしてくれると助かる。僕も目をつけられている感じだったし」
あとは簡単な打ち合わせを美作としておいた。ついでにAクラスとCクラスのデータも交換しておく。
「じゃ、美作はテストに備えて帰るのですよ。また何かあればコンシェルジュに連絡するのです!」
そう言って美作は颯爽と窓から出ていった。帰りは別に玄関からでもよかったのに。
……外神か。僕の存在も事前に知っていた。
この学園で注意すべき存在なのかも知れない。とりあえず得体のしれないことをしてそうだし。
この日はあとはAクラスの情報を整理していた。
クラス戦前日である。ついに明日の午後三時、クラス戦が開始される。
そしてテストも今日で終わりである。そのため、午後になると一気に人が訓練所に訪れてきた。今までで恐らく一番多いだろう。
「フッフッフ。東雲はん。見てーな。これ」
連花さんが怪しい笑みを浮かべながら近くにやってくる。
その手には一本の刀が握られていた。
見た目はごく普通の刀である。取っ手の部分には小さな鈴が取り付けられていた。
「それが白水?」
僕がクラス戦で折ってしまった刀だ。
「そうや。今朝届いてん。これでウチも戦える。やっと戻ってきたわ。ウチの相棒」
スリスリとホホに刀を擦り寄せている。それだけ愛着があるのだろう。
これで連花さんが本気を出せるということである。
「連花ちゃん来たね。それが限定武装の白水?」
槇下さんがひょっこりと現れる。
「最終日だしそれとアーツを使った訓練としようか。連花ちゃんにとって及川君じゃ物足りないかもしれないけど、そこら辺はどうにかしてね」
そう槇下さんが呟いて、連花さんと共に奥の方に歩いて行った。
言われれば最終日である。意外と早かったな。
あれからタケル君は毎日、訓練に参加してはCクラスの生徒に炎の蛇をぶつけている。
凛さん纒さん神島さんは姿が見えない。今日は来るかも知れないけど。
「もう連花さんとか来てるね。おはよう東雲君」
挨拶を返す。たぶんこの合同訓練で一番実りがあったのはこの及川である。
今の連花さんとも打ち合い稽古は続けられている。遅れを取ることも多いけど、続いているという事実の方が大事だ。
つまりそれだけ及川が上達したということである。
欲を言えば及川に連花さんを抑えられるぐらいまで強くなってほしいけどそれは高望みか。
「あ、及川君来た。さぁやるよ! 今日が最終日。張り切っていこう!」
そのまま及川は槇下さんに引きずられて行った。
そんな様子を壁際で見ていた。
連花さんと及川の打ち合い稽古が続けられる。最終日だからだろうか。自然と見学者が多くなっている。
「よし。そこまで。次からアーツ有りでやろうか。二人の詳しいアーツ知らないけど!」
そう槇下さんが呟く。
「僕のアーツは単純です。ラディカル・ソード。大きな剣を作り出す能力です」
及川が説明しながらアーツを展開する。
大きな剣だ。竹刀を核にして巨大な剣を武器として扱う。アーツに対して抵抗力を持つ剣だったはずだ。
「ウチの能力はカット・タイ。斬って繋げるのが能力や。ただし銀の能力は斬れへんし、ウチの能力以上のアーツは吸収できひんかったはずや」
連花さんも自分の能力をわざわざ説明する。今まで訓練に付き合ってくれた礼も兼ねているのだろう。覚えておいて後でメモに書こう。
銀の能力が斬れないのは前のクラス戦のビデオで確認していた。連花さんの能力以上。つまり色別検査の数値以上の能力は吸収出来無いというのは初めて知った。といっても連花さん以上の色別検査の値を出している人なんてほんの一握りだろうけど。
「ふむ。ならそのまま始めていいね。私が危ないと思ったら止めるから二人でいつもと同じようにやったらいいよ!」
そう槇下さんが述べる。そのままお互いが構える形だ。
そのまま打ち合い稽古がスタートする。
まずは及川が連続して大きな剣で殴りかかる形だ。
「及川。今まで付き合ってくれた礼に一つ見せるわ」
そう及川の攻撃をさばきながら静かに連花さんが呟いた。
「太刀の二式 舞」
瞬間、連花さんの姿がぶれた。
「!?」
非常に驚いたような表情を及川も浮かべる。ただし攻撃は止めなかった。
しかしその攻撃をすり抜けるように連花さんが及川との距離を一瞬で詰める。
「すまんな。これがウチの本気」
カチャリと刀を及川の喉元に一瞬で突きつける。
とにかく驚いた。動きが目で追えなかった。いや、それほど速いという印象は持たなかった。
とにかく驚いた。動きが目で追えなかった。いや、それほど速いという印象は持たなかった。
スルリとまるですり抜けるように連花さんが一気に及川との距離を詰めたのである。
「凄いね。防ぎ方が初見じゃ分からなかった」
及川が素直に賛辞の言葉を述べる。
「やろ。簡単にこれは見切れん。それにまだあるで。だからそんな簡単にリャン・ルイバーにウチは負けん!」
打ち合い稽古を見ていた全員に告げるように連花さんは大きく言い放った。それが目当てでわざわざ手の内を見せたのだろう。
「もうクラス戦は明日や。皆。やれることやって明日に備えるで!」
そう連花さんは呟いて今度は全体を動かすために指示を出し始めた。
それにあわせて、おー! と、全体の士気が上がる。悪くはないと僕は思う。
そのまま。あとは皆が最終調整をするのを壁際で眺めていた。
クラス戦当日である。テスト返却日でもある。
槇下さんは今日の午前中は会議との事で、昨日で組手は終わり、僕も講堂に向かう。
クラスではテストの返却に合わせて様々な声が飛び交っていた。
「フッフッフ。今のところ三勝一敗だよ? タケル君。まだやるの?」
「まだまだだ。終わったわけじゃねぇ!」
凛さんとタケル君がテストの見せ合いをしていた。ちょっと二人のテスト用紙を覗いたけど纏さんの半分も取れていない。すごく低レベルな争いである。
しかし二人共、なんとか補習は回避しているようであった。それは喜ばしいことである。
「お昼ご飯を食べて実習。それが終わったら皆でクラス戦の見学かしら?」
纏さんがそう呟いた。それと同時に僕のコンシェルジュに着信が入る。
「山神だ。東雲。お前は午後の実習には出ず、そのままアリーナの方に向かってくれ。午後からのクラス戦に予め待機する形だ」
と、やっぱり呼び出しが来た。
「あれ? 涼君は?」
急に席を立った僕を見て、凛さんがきょとんとした顔を浮かべている。
「治癒術使いとして待機命令が出てる。悪いけど皆とは別行動するよ」
そう呟いて席を後にする。もうここまで来たら引き返すことも出来無い。
……あとはただ。結果を見守るだけだ。
「時間になりました。三十分のブリーフィング時間の後、Aクラス対Cクラスのクラス戦を開始します」
アナウンスがアリーナに響き渡る。
それを僕は別室からモニターで見る形だ。
それぞれAクラスもCクラスも作戦会議をしている様子が分割されたモニターに映しだされている。こうやってクラス戦の時は中継されていたのだろう。
映しだされている映像からは参加人数は恐らくAクラスの方が若干多い。篠宮さんに神楽坂さん。それにリャン・ルイバーの姿も確認出来た。
Cクラスも人数では少し負けているけど主力となる人物は参加している。連花さんに奥山君。舞と呼ばれていた少女に高橋君も居る。
両方のクラスが話している内容まではモニターからはわからない。どんな作戦を練っているのかまではわからないのだ。
それにいざクラス戦が始まれば僕は運ばれてきたケガ人を治癒することで精一杯になるだろう。そうなったらクラス戦を最後まで見届けることは難しいかもしれない。
……どっちが勝つのだろう。それはもう実際に始まってみないとわからない。
Cクラス拠点前。
「ふむ……東雲はんはそんな作戦を立ててたんか」
高橋君が作戦を説明する。
結局、Cクラスは全体で話しあった結果。東雲の立てた作戦を軸に戦うことに決まった。
東雲が立てた作戦は、代表がリャン・ルイバーの相手をする。その間、残りのCクラスは通路で防衛に当たるというシンプルながらよく考えられていた作戦であった。
「ほなウチが頑張らなあかんな。敵さんも大将はそれなりの人物を申請するやろうし」
連花さんが刀を構え直す。
「Cクラスはウチを大将として申請するで。ウチがリャン・ルイバーに勝てへんかったらその時点でクラス戦は終わりや。ま、そう簡単に負けるつもりはないけどな」
連花さんがニヤリと不敵に笑う。
「皆はウチがリャン・ルイバーと戦っている間、なんとかして耐えてな。あとは作戦通りに行くで!」
大きく掛け声をかけ、全体の士気を高める。
Cクラスの準備は整った。あとはぶつかるだけである。
Aクラス拠点前。
「皆さん。作戦はよろしいでしょうか?」
篠宮さんが全体に問いかける。
と、言ってもAクラスはあまり作戦らしき作戦を立てることが出来なかった。
「リャン・ルイバー氏。貴方に掛かっている部分もあるのですよ?」
問いかけるように篠宮さんがリャン・ルイバーに尋ねる。
一つはこのリャン・ルイバーの存在のためだ。予めリャン・ルイバーを自由に行動させろとの指示が上層部から出ているため、Aクラスは取れる作戦の幅がかなり狭くなってしまったのだ。
「……俺は自由。ただ相手を倒すだけ」
リャン・ルイバーはそう自分に言い聞かすようにそう呟いた。
「フンッ。それが何処まで信用出来るのかしら……貴方の事は自由にさせろと指示が出ていますわ」
篠宮さんはリャン・ルイバーを信用していないようである。
「私達のクラス戦ですわ。私達で勝利を掴むのです。では作戦通りに行きますわよ!」
篠宮さんが全体に言い聞かせる。
Aクラスも準備は整った。あとはぶつかるだけである。
「クラス戦開始五分前です。各員所定の配置についてください」
アナウンスが響き渡る。それにあわせてAクラスもCクラスも移動を始めた。
それぞれ人員が配置につく。意外にも両クラスが取った作戦はどちらも同じ。片側の通路に主力を置いて、もう片側は単騎で乗り込むという通路を主戦に置いた戦略を取った。
「さぁ始まるで。派手に行こうや!」
「始まりますわ。行きますわよ!」
……そしてクラス戦の火蓋が切って落とされた。
南側通路。
一人の生徒が悠々と歩いてくる。
リャン・ルイバーである。Aクラスは彼は自由にさせるため、主力のほとんどを北側の通路に配置した。
対するCクラスも南側は一人だけ配置し、北側にほぼ全主力を集結させる形を取った。
その南側の通路を歩いてくるのはリャン・ルイバー一人である。
そしてそれを迎え撃つCクラスもたった一人であった。
「ウチらに運は向いているようやな。まさか似たような作戦を取ってくるとは思わんかったわ」
連花さんが静かに呟く。刀を鞘から抜き出す。
「……お前は確かそれなり」
それを確認してリャン・ルイバーも銀の大剣を空間から呼び出す。
「この前は不覚を取った。でも今回は背負ってるモノが違うからな。かかってき!」
連花さんが刀を構える。
それを見て、空間から銀の大剣を出したリャン・ルイバーがロイドを発動させ跳躍に入る。
一瞬で連花さんの背後に周り、銀の大剣で真っ二つに切り裂こうとする。
それを連花さんはわざと流体防御で受けた。
リャン・ルイバーの大剣が吹き飛ばされる。
「!? フルード!」
かなり驚いたようにリャン・ルイバーが呟く。
「フルード。たぶん流体防御のことやな。これが使える奴がいるなんて思ってなかったんやろ?」
連花さんが刀を水平に構える。
「ウチも今回ばかりは本気や。手加減せえへんからケガさせたらすまんな」
そのまま刀を構え、一気にリャン・ルイバーとの距離を詰める。
刀と大剣がぶつかり合う。激しい金属音が辺りに響く。
「……お前。何者?」
リャン・ルイバーの大ぶりの大剣での一撃を細身の刀で連花さんは受けきる。
「Cクラス代表の前園 連花や。って言うてもわからんかもしれんけどな」
リャン・ルイバーの激しい攻撃を全て白水で受けきる。
そのまま反撃に転じ、高速での突きを繰り出す。
リャン・ルイバーが初めてそこで距離を取った。
「……お前は強い。潰す」
大剣を改めて向け、そう呟いた。
「かかってき? ウチも本気やし」
それに呼応して、連花さんも刀を向けた。
北側通路。
「ハッハッハ。我こそはAクラスの雷槍。御堂筋 明彦なり。Cクラスの雑兵の群れよ! 我の名の前にひれ伏すがっ」
御堂筋君が名乗りを上げている間に奥山君が一気に距離を詰め、そのまま顔面に右ストレートを叩き込んだ。一撃で吹き飛ばされ、御堂筋君が壁に激突する。
「代表が戻ってくるまでこの通路は死守するぞ!」
そのまま一気に攻められた通路を半分手前まで制圧する。
「ック……名乗りの間に攻撃してくるとはお前にも騎士道精神は無いのか!?」
怒りに震えながら御堂筋君が起き上がる。
「な、何だ? 確実に顔面にヒットしたぞ? なのにまだ起きれるのか?」
そこを静かにセイレーン・ボイスが響き渡る。
「フハハハハハ。我々にはセイレーン・ボイスという治癒の術がある。それがある限り、倒れることなどないのだよ!」
御堂筋君が簡単に答えをバラす。
「聞いたか? 相手の治癒術使いを潰すのが最優先だ。この歌声の主を狙うぞ!」
奥山君が全体に指示を出す。
そして相手の陣営の中央で歌っている一人の少女に狙いをつける。
「なっ……お前達。卑怯だぞ! 正々堂々と真正面からぶつかるつもりは無いのか!?」
御堂筋君が叫ぶ。
「クラス戦に正々堂々もクソもあるか。勝つか負けるかただそれだけだ!」
奥山君が前線を押し上げながら神楽坂さんとの距離を詰める。
「くっ……サンダー・スピア!」
御堂筋君から雷の槍が投げられる。
それを奥山君は指輪をつけた右手で叩き落とす。
「こいつの相手は俺がする! 舞! 今のうちにあの女の子をやれ!」
次々と飛んでくる雷の槍からクラスメイトを守るように奥山君が立ちふさがる。
その隙を狙って舞と呼ばれた少女が一気に相手の防衛ラインに切り込んでいく。
「ペスト・ボード!」
厚紙を手裏剣の様に投げて飛ばし、相手を牽制しながら距離を詰めていく。
しかしAクラスも神楽坂さんを落とさせるわけには行かないと、突っ込んできた少女を数人掛かりで押し返す。
「フッフッフ。地力の差でも我々Aクラスの方が優勢のようだな!」
御堂筋君が雷の槍を投げながらそう言い放つ。
「っく……相手の方が数が多い。とにかく今は耐えるんだ!」
戦況を見ながら高橋君がそう全体に指示を出す。
そのまま、最前線で御堂筋君と奥山君が殴りあう展開になり、北側通路は膠着状態になった。
この状況を打開するのは……
南側通路。
激しい剣の打ち合いが続いている。
リャン・ルイバーと連花さんの実力はほぼ拮抗しているように見えた。
「……お前は強い。認める」
何度目かのロイドの跳躍に入り、連花さんの背後に回る。
「だからゆうてるやろ! その技はもう効かへん!」
それを反転し、刀で受けきり反撃する。
リャン・ルイバーが距離を取り、何度目かの仕切り直しとなる。
「……ウチもそろそろ行かなあかん。やるで」
そう連花さんは呟いて刀を構え直す。
「太刀の二式 舞」
一気にリャン・ルイバーとの距離を詰め、刀の連撃を放つ。
驚いた表情を浮かべたリャン・ルイバーであったが、初見でも連花さんの攻撃を見切って防御に徹した。
「そこまでは想定済みや! でも次は防げるやろか?」
ニヤリと連花さんが笑う。
「太刀の三華 結」
大きく振りかぶられた刀から必殺の一撃が繰り出される。
リャン・ルイバーもギリギリで大剣を差し込んだが、その大剣ごと右腕を縦に切り裂かれる。
そのまま崩れ落ちるリャン・ルイバー。
刀の一撃はそのままリャン・ルイバーの意識も奪い取ったようだった。
「すまんな。ウチは確かに銀は斬れん。せやけど叩き割ることは出来るんや」
カチンと刀を鞘に収めながらそう連花さんはその場に倒れるリャン・ルイバーに呟いた。
連花さんがリャン・ルイバーを倒したのである。
そのまま通路を広場に向けて走りだす。
「意外と手間取ったわ。まだ耐えてるといいけど」
広場まで駆け込むと今度は引き返し、北側の通路に走りだした。
北側通路。
「な、後ろから一人突っ込んでくるぞ!」
Aクラスの生徒が叫ぶ。
「代表だ! 代表! その中央で歌ってる女の子が主力だ!」
奥山君がすぐに代表の姿を見つけ、相手の主力を伝える。
「アンタか。悪いけど、沈んでもらうで!」
刀から鋭い一撃が放たれる。
それを神楽坂さんは流体防御で防いだ。
「!? アンタも流体防御が使えるんか。でも連撃には耐えられんやろ?」
そのまま続けざまに連撃を放つ。
神楽坂さんも防ぎきれずに連花さんの刀の前に沈んでしまう。
「くっ……神楽坂さんがやられた! 全員。引くぞ!」
Aクラスが一気に通路を逆走する。それを手前に来た相手から連花さんは切り伏せていった。
「代表! こっちに来たってことは……」
奥山君が連花さんの側に近づく。
「リャン・ルイバーは倒した。あとは相手の大将さんや。Cクラス! 向かうで!」
そのままCクラスの皆を引き連れ、一気に通路を相手拠点まで登っていった。
Aクラス拠点前。
逆走してくるクラスメイトを篠宮さんは静かに眺めていた。
「こちらに戻ってくるということは作戦は失敗ですわね」
そして大きくため息をついた。
そしてその直後に勢いのあるCクラスの生徒がこちらの拠点に攻めてくるのが見えた。
「止まり! 相手の大将は恐らくあの篠宮はんや。ウチが相手になる。皆は時間切れになった時のために周りの生徒を潰していき!」
連花さんが素早く指示を出す。
「意外やな。一番の主力が攻めずに拠点待機してるとは思わんかったで」
刀を篠宮さんに向けながら連花さんが呟く。
「リャン・ルイバーを自由にしろとのことでしたから。まぁ失敗したみたいですけど」
それでも余裕を持った状態で篠宮さんが返す。
「悪いけど大将首をもらうで。アンタを倒してこのクラス戦は終わりや」
カチャリと連花さんが刀を構え直す。
「フッフッフ。私を倒す? そんなことが出来ると思いに?」
同時に篠宮さんを取り巻くように炎の龍が出現した。
「そちらこそ覚悟はよろしいのですか? 私が本気で壊滅して差し上げますわ!」
炎の龍が踊る。まずは一匹が連花さんに目掛けて突っ込んでいく。
それを連花さんは一太刀で切り裂く。
「焔返し!」
そのまま刀の先から炎の龍が逆に篠宮さん目掛けて飛び出していく。
「私の龍を斬っただけでなく吸収して反撃するなんて……面白い能力ですわね」
それをさらに一回り大きな炎の龍を召喚して簡単に飲み込んだ。
「しかしモノには限度という言葉がありますわよ。一体いつまで私の龍をかき消せるのかしら?」
再度、今度は一回り大きくなった炎の龍が連花さんに向けられる。
連花さんが篠宮さん目掛けて走りだす。
「斬るだけやったらいつまでも付き合えるで! でも今は大将首や!」
そのまま飛び上がり、一気に篠宮さんとの距離を詰める。
「だから甘いのですわ! 何も対策をしていないと思いに?」
瞬間。篠宮さんをまるで覆うように大きな炎の鎧が出現した。
「!?」
炎の鎧に一太刀を浴びせるも、その瞬間に炎の鎧はすぐに斬られた箇所が修復する。
「行きなさい!」
その言葉と共に大きな炎の鎧から腕が伸びて、連花さんに向けて殴りかかる。
たまらず連花さんが距離を取る。
「風切!」
距離を取った連花さんが空間を切り裂き、真空波を相手の炎の鎧目掛けて放つ。
風の刃は炎の鎧から伸びていた腕に当たり、炎の腕が地面に落ちる。
「遠距離攻撃を取ったということはこの炎の鎧は斬れないみたいですわね」
そう軽く笑いながら篠宮さんは呟いた。
「皆。離れ! あれは危険や! もう倒した数はウチらが有利や! あとは下がって時間をやり過ごすで!」
連花さんが素早く全体に指示を出す。
「それを見逃すと思いに?」
Aクラスの拠点の奥まで攻め込んでいたCクラスの生徒が標的にされる。
「ッチ……風切!」
連花さんが風切を連続して放ち、炎の鎧から伸びた手を叩き落とす。
その隙にCクラスの生徒は通路まで避難した。
「アンタかてその炎の鎧。確かに強力やけど、どうやらその場から動けなくなるみたいやな!」
連花さんが指摘する。炎の鎧を展開している篠宮さんの足元はまるでクレーターのように大きくくぼんでいる。
「ええ。防衛用の能力ですから。でも斬れるモノなら斬ってごらんなさいな?」
そう言って連花さんを挑発する。
「っく……まぁやってみるわ!」
一気に距離を詰める。それを狙うかのように炎の腕が伸びてくる。
「太刀の三華 結」
一瞬で篠宮さんの目の前にまで辿り着くと、連花さんが持つ最大の攻撃を放つ。
が、炎の鎧は一瞬、切り裂かれたものの、すぐにその部位を修復して、さらに連花さんに襲いかかってくる。
「やっぱダメか」
炎の腕から逃れるようにダッシュを発動させ一気に距離を稼ぐ。
連花さんが距離を取ったのを見て、篠宮さんも炎の鎧を解除する。
「あとは実力勝負ですわ! そちらの攻撃は防ぎました。なら今度はこちらから行きますわよ!」
篠宮さんの髪の毛が真紅に変わる。
かなり巨大な炎の龍が一匹召喚される。
「行きなさい!」
そのまま連花さん目掛けて炎の龍が向けられる。
「風切!」
連続して風切を放つも、巨大な炎の龍の前では何も傷を与えることは出来なかった。
「っく……」
一太刀を炎の龍に浴びせて軽く切り裂くも、炎の龍の再生速度の方が速い。
慌てて連花さんが距離を取る。
「能力的には私の方が優勢みたいですわね。そのまま焼きつくしなさい!」
炎の龍が一気に連花さん。そしてその後ろに居るCクラスの生徒の方に向けられる。
「ウチも負けられんのや!」
連花さんが刀に手を当て、刀の面を炎の龍に向ける。
「鈴音!」
チリンと鈴の音が鳴り響いた。
それと同時に強力な衝撃波が炎の龍にぶつかる。
「なっ……」
一撃で炎の龍がかき消された。
「やっぱりな! ビデオで確認はしてた。その龍。振動系の能力が弱点なんやろ!」
そのまま刀を篠宮さんに向ける。
「あとはこっちは防衛に回るだけや。Aクラス代表。かかってき!」
残りのCクラスの生徒は連花さんの後ろの通路まで避難している。
ここでAクラスが勝ちたければもう攻めるしか手はない。
「フンッ……一度、かき消したぐらいで調子に乗らない方がいいですわよ!」
再度、巨大な炎の龍が召喚される。
「行きなさい!」
再度、炎の龍が連花さんに向けられる。
再び、代表同士のぶつかり合いが始まろうとしていた。
……が、その途中でアナウンスが入った。
「クラス戦終了時刻となりました。現在、戦闘不能者の数を計測中です。ただちにクラス戦を中止し、その場に待機してください」
「流石に学年主席は強いわ。ウチもまだまだやな」
刀を鞘に収めながら連花さんがそう呟く。
「最初からアンタが真っ直ぐに攻めてきてたらクラス戦はどうなってたかわからんかった」
素直に称賛の言葉を述べる。
それだけ篠宮さんは東雲に負けた二ヶ月で強くなったのだ。
「……今回のクラス戦は外部からの圧力がありました。それがなかったらわかりませんでしたわ」
そう答えるように篠宮さんがポツリと呟いた。
「集計が出ました。負傷者の数はAクラス十二名。Cクラス八名。よって今回のクラス戦はCクラスの勝利です」
それと同時にCクラスの方から歓声が上がる。
「ま、今回はウチらの勝ちや。中々面白かったで?」
そう連花さんは呟き、篠宮さんに右手を差し出す。
「……次は正式な条件で勝負を申し込みますわ」
その手に篠宮さんも答えた。
これにてA対Cのクラス戦は決着となった。
「使えんな……」
外神がボソリと一言漏らす。
背もたれの大きな椅子に持たれながら、直前まで見ていたクラス戦のモニターを切る。
「まさかただの一生徒に負けるとは。あの程度では尾上に勝てるとも思わん」
深く椅子に腰掛けながら独り言を続ける。
「前園 連花。特待生候補ではあるのは知っていたが、彼女が凄いのか?」
コンシェルジュを展開しながら新しくデータを呼び出す。
「それに流体防御を使っていた。つまり誰か教師が彼女に教えたということだ」
クックックと喉を鳴らすように笑いながら呟く。
「まぁいい。少しプランに修正が必要なだけだ。相模!」
指を鳴らすのと同時に秘書である相模を呼ぶ。
「前園 連花のデータを用意しろ。あと彼女に流体防御を教えたと思われる教師も調べておけ」
スッと壁際に待機していた男が礼を返す。
そのまま男は部屋を後にした。
「これでいいだろう。反乱分子……まぁどうにでもなるか」
そして外神はまた深く。鈍くニヤリと笑ったのであった。
「……近づくな!」
医務室に運ばれてきたリャン・ルイバーが銀の大剣を片手に暴れている。
手がつけられない。右手を大きく刀で切りつけられたような傷が見えて、出血も多いのにリャン・ルイバーは治療を拒否している。
数人がかりで押さえつけようとしたけど、それも銀の大剣で跳ね除けられた。逆にこちらの医療班にケガ人が出る始末である。
恐らく連花さんに負けたのだろう。ものすごく荒れているのが見て分かった。
「本人が治療を拒むのですから、どうしようもありません。僕は他の人の治療に回ります」
リャン・ルイバーの治療は諦めた。他にも次々にケガをした人が運ばれてくる。
これが普通なのかも知れない。クラス戦というのはこうやってケガ人がそれなりに出るモノなのだろう。
僕みたいな治癒術能力者が居るのは本当に例外だ。ケガをなかったことにしてしまえるのは反則的にすら思える。
AクラスもCクラスも関係なく治療を施す。
医務室に運ばれてくる人は戦闘不能になった人だ。その多くは気を失っている人が多い。
空いているベットに片っ端から寝かせて、治癒術で傷を治す。その中には神楽坂さんの姿もあった。
再戦禁止期間はこんなケガも想定しているから三ヶ月も取られているのだろう。まぁその間に他のクラスとのクラス戦をすればいいだけの話でもあるけど。
一通りの治療を終えた所で、大きな歓声が響いてきた。どうやらクラス戦の決着がついたようである。
それを医務室のベンチで聞いていた。どちらが勝ったのかな。
あとでビデオか何かで確認しようと思ったのである。
「いやー盛り上がりましたね。クラス戦。結局勝ったのはやっぱりCでしたけど!」
次の日。僕の隣にはホクホク顔の美作がやってきていた。
あれから詳細データは録画されていたビデオを見た。やっぱり連花さんは強かった。
だけどその連花さんでも篠宮さんは倒せなかったのである。これはかなり大きな事実だ。
美作は皆から巻き上げた商品をとりあえず目の前に並べて、賭けに勝った人と物々交渉中である。
「東雲君。約束は約束ですよ。食事券十回分はちゃんと出してくださいね!」
美作がそんなことを言っていたので、一応頷いておく。
と言っても、もうすぐに夏季休暇だ。しばらく間が開いてしまうのかも知れない。
……そんな平和なクラスの様子を伺っていた。
「えー……涼にぃ。お盆も帰ってこれないの?」
電話口でがっかりしたようにサクラが呟く。
「軍に研修だって。だから夏季休暇も帰れない」
改めてサクラに説明する。
槇下さんから今日、説明があった。
僕と神楽坂さんの二人は八月前半の夏季休暇に正式にATF第八陸軍に派遣されることになったらしい。
期間は夏季休暇中の二週間だ。帰ってきたらすぐにまた授業が始まる。一日だけ休みがあるみたいだけど。
「まぁ忙しいのはわかるけど……それでもなぁ」
ぼやくようにサクラが呟く。まぁまぁとなだめておく。
「たぶん冬には帰れるよ」
「気が長すぎるよ。それに冬まで戻ってこないつもり?」
ちょっと怒った口調でサクラは話す。
「まぁそれだけ忙しいってこと。その分、かなり送金してるだろ?」
ルピスがある程度貯まったら、孤児院の方に送金している。もう結構な額になっているはずだ。
「あーあれね。マザーが止めてる。本当に孤児院が経営難になるまで涼にぃの貯金にするんだって」
なんてことはなくサクラが話す。
ちょっと意外ではあった。そんなこと気にしなくていいのに。
「まぁそこら辺は大人達が考えるから涼にぃもほどほどにってマザーが言ってたよ」
「わかった。意識はしておく」
と言ってもそんなにルピスの使い道があるわけでも無いから結局、貯金になってしまうと思うけど。
あとはいつもの通り二、三の諸注意を告げて電話を切った。
ベットに転がる。明日がテスト返却の最終日。そして明後日から軍に研修である。
クラス戦が終わったと思ったら今度はまたイベントである。心休まる暇が無い。
……それに。色々考えなければならないこともある。
篠宮さんの炎の鎧は明らかに接近戦を意識した能力だった。
たぶん僕が治癒術で篠宮さんを倒しちゃったから。それならば篠宮さん本体に近づけない能力を作ればいいとそんな意味で新しい炎の鎧という能力を身に着けたのだろう。
……見た目はまさに炎の塊だ。流石にアレに近づいて治癒術を使うのは不可能だと思う。
と、なると。僕は篠宮さんも次に戦ったら恐らく倒す事が出来無いのだ。
それにあの炎の鎧をEクラスで突破出来る人が居るとも思えないのだ。つまり彼女を止めれる人が居ない。
これは結構重要な問題であった。ただでさえリャン・ルイバーがいるのに、本命の篠宮さんを誰も止めれないとなったら、次のクラス戦は厳しいことになるのが簡単に予想出来る。
しかも八月にはAクラスとのクラス戦再戦禁止期間が終わる。すぐにでもAクラスが仕掛けてくる可能性があるのだ。
しばらく……先延ばしにして欲しいと思うけど、そうもいかないような気がする。
連花さんに勝てる能力の開発だけでなく、あの篠宮さんの炎の鎧をどうにか出来る能力の開発も必要なのだと思ったのだ。
しかも時間は短い。出来ればあと一月で何かを完成させる必要があると思った。
……と考えてみても。そんなにすぐに新しい能力が浮かんでくるわけもなかったけど。
そしてそれに目を奪われがちだったけど、明後日には軍に研修なのだ。それも二週間もある。
何をやらされるのだろうか? 名目上は治癒術使いとして軍に派遣との事だけど、絶対に何かあるとしか思えない。
コンシェルジュを持ってくる事! との話であった。つまり軍でもコンシェルジュが使えるってことなのかな。
それ以外の持ち物は着替えぐらいであとは成り行きに任せる。と、半分諦めた様子で槇下さんから説明があった。
引率役は槇下さん。それに僕と神楽坂さんの計三人での研修旅行である。
どうやら槇下さんも詳しい話はわからないようである。ただ学園の方針から見ると、僕や神楽坂さんに治癒術を使わせたいってことみたいとは言っていた。
まぁ……なるようにしかならないだろうと思う。でも治癒術を本当に使わせたければ僕らを病院にでも派遣すればいいのにとは思った。
ベットの上で転がる。色々と課題が山積みだ。
でも一つ一つ片付けていくしか無いのかもしれない。少なくとも今の僕にすぐ何かが出来るわけではなかった。
目を閉じる。良い感じで眠気が襲ってくる。
いい夢が見れるといいなと思いながら、この日は就寝とすることにしたのだ。
また明日は良い日でありますようにと願いながら。