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ラヴィニアの痙攣ー必殺のこむら返しー:こむら返り

 その夜、僕もラヴィニアも疲労の極みにあった。


 早朝、というにもまだ早い午前三時過ぎに古見掛を発ち、車に揺られて六時間。辿り着いた山中に築かれていた悪の秘密結社基地攻略戦に参加、地下深い悪の巣窟で昼過ぎまでの大乱闘、そして拉致されていた人々の救出に従事、報告会や事後の身体検査を終え、帰路に就いたのが夕方五時、途中何度か仮眠を取りながら、どうにか自宅に帰り着いたのは日付が変わってからだった。

 

 単純な寝不足と、往復十二時間の車旅、敵陣に乗り込んでの戦闘に救出活動。

 結構なハードスケジュールを日帰りでこなした僕たちは、もうボロボロのヨレヨレだった。帰宅した僕たちはもはや交わす言葉もなく、それでも最後の力を振り絞って暖房のスイッチを入れ、そのままフローリングの上に倒れ伏した。

 おやすみの一言を発する力も残ってはいなかった僕は、横になる快感を存分に味わいながら、そのまま意識を失った。




 翌日の朝十時過ぎ、シャワーを浴びてようやく生き返った心地の僕たちはリビングでくつろぎながら、朝食を作ろうか、それとも早めの昼食を食べに出かけようかと相談していた。

  

 「どうしようか。今から朝ごはん作るのもちょっとね……」

 「うむむ。本来なら朝は軽い物が好ましいが、もう時間が時間だし、昨日は満足に食べていないからな」

 「も少しゆっくりして、早めの昼食を食べに行こうか。せっかくの休日だし」

 「そうだな。では、少し早いが準備だけ……」


 並んでソファーに掛けていたラヴィニアが立ち上がろうとしたその時だった。


 「っ……? あ? ぅくっ、づあああああああ!?」


 突如、そのままどっかりと再び腰を下ろし、自分の右脚をぺちぺちと叩きながらのた打ち回り始めた。


 「ちょっ、ラヴィニアどうしたの!?」

 「いだだだだだっ! ギャアアアアアアっ!?」


 ラヴィニアは激しく暴れながら太腿をぺちぺち、そしてふくらはぎへと手を伸ばそうとして両手が空中を掻いていた。苦痛に顔を歪め、がくんがくんと頭を前後に揺らしながら悶えている。


 「ら、ラヴィニアしっかり! ちょっと脚見せて見せて、暴れないで!」


 僕は慌ててラヴィニアの前に膝を突き、のたうつラヴィニアの脚を捕まえる。

 尋常ではない痛がりようだが、僕はこの症状に覚えがあった。というか、大体の人は覚えがあるとは思うが。

 確証はなかったが、それでもおおよその見当はついていたので僕は冷静かつ冷徹に、そして少し乱暴にラヴィニアの脚を持ち上げてふくらはぎに手を触れた。

 

 「か、硬い! これはやっぱり……」


 靴下越しにもよくわかる。ラヴィニアのふくらはぎは普段はもっとぷにぷにだ。細くて可愛らしい、可憐なふくらはぎ。触れば実に幸せな気分になれる至高の手触りを僕は何度か堪能させてもらっている。

 しかし、今のラヴィニアのふくらはぎは、ガッチガチのビッキビキ、雄々しくたくましい筋肉の塊だった。いつものラヴィニアの筋肉繊維が絹や毛糸だとすれば、今は荒縄か、建設用のケーブルの様な逞しさだ。掴んでも柔らかな弾力ではなく、押し返してくるような反発がある。さらに脚の側面に触れてみると、なだらかな平面でなければならない部分が大きく窪み、その分ふくはぎが膨張している。

 ぴくぴくと震えるふくらはぎを目視し、僕は確信を持って叫んだ。


 「間違いない! こむら返りだ!」

 



 こむら返り。


 ふくらはぎの筋肉に起こる痙攣の事だ。

 筋肉が不随意に収縮し、踵がふくらはぎに向けて引っ張られる様な状態になる。当然足の甲は脛と水平になるような形になり、自力で通常の形に戻すことは難しい。

 数秒から、長いと数分以上に渡って継続的に症状が続き、その間はふくらはぎを中心に、足首や脚の側面にも強い痛みを感じる羽目になる。ふくらはぎだけでなく、指や首、肩など様々な筋肉に起こるが、一般的にこむら返りといえばふくらはぎを指す事が多い。

 原因ははっきりしたことはわかっていない。だが、筋肉が疲労していたり、あるいは普段運動不足だったりという場合もある。もしくは水分不足や、血液を中心とした体液の成分、濃度が原因という場合もある。

 特に睡眠中や運動中に起こりやすい、極めてやっかいな突発的症状だ。


 だが、正直面白い現象ではある。

 普段はふにゃふにゃのふくらはぎがムッキムキになって、しかも完全に制御不能に陥っているのだ。好奇心をくすぐることこの上ない。

 上手く足をつっぱれば、意図的に痙攣させることも可能だ。自力で回復させるのは難しいが、多少の痛みと引き換えても、くっきり浮かび上がった筋肉を指でなぞると、まるで生命の神秘に触れたような気分にさえなってしまう。

 寝違えを大きく引き離し、興味深い生理現象と言えるだろう。


 が、それも自分の脚ならばの話。




 「痛い痛い痛い! つっ、くああああ!」

 「ラヴィニア、ちょっと痛いけど我慢してね!」


 涙目で悶えるラヴィニアの脚をがっしと捕らえたまま、僕は彼女の真正面に陣取った。

 暴れる脚をぐいっと引っ張り、ラヴィニアの脚が付け根からつま先まで一直線になるように持ち上げる。

 事実、それは直線だった。通常、脛とは直角に近い角度になるはずの足の甲も(ひざ裏から踵に繋がる腓腹筋が全力で収縮しているので無理もないが)踵がふくらはぎを思い切り引っ張られているので、足の甲が完全に脛と水平になっている。

 

 僕は、彼女の足首を掴み、同時に、空いた手でワキワキと悶えているつま先を掴んだ。


 「デュウゥワ……!」

 「ぅづうぅっ!?」


 僕はラヴィニアのつま先を、脛の方へと起こした。脛と水平になっていた足をゆっくりと慎重に、しかし断固として垂直にした形だ。これは簡単だが同時に難しい行為だ。縮こまっている筋肉を強引に伸ばすのだから、力任せに行使すれば怪我をする恐れもある。収縮に逆らう強引さは必要だが、同時に丁寧慎重さが求められる。

 ラヴィニアは何とも言えない悲鳴を上げて身体を硬直させたが、やがて「つううっ……」と深い溜息を吐いた。

 ふくらはぎに手をやると、ギンギンに硬直した筋肉ではなく、むにむにの気持ちいい弾力がたまらない女の子のふくらはぎがあった。


 「大丈夫?」

 「あ、ああ。すまないご主人、助かった……」


 ソファーの上でぐったりとしているラヴィニアの、涙目、涙声でのお礼。

 羞恥ではなく痛みで泣きそうになっているのは新鮮ではあったが、僕もこの状態のラヴィニアを見て楽しむ程鬼じゃない。


 「可哀想に。少し脚を休ませておいた方がいい。伸ばし過ぎずに、ちょっとほぐしたほうがいいかな」

 「ううっ、面目ない……」

 「そう言えば、シャワー浴びてから水分摂ってないよね。再発予防に、何か飲んでおいた方がいいね。ちょっと持ってくる」

 「あ、ああ。ありがとう」


 僕はキッチンに向かい、適当な飲み物を探す。

 こういう時はスポーツ飲料など、単純な水分だけでない物が望ましいとは思うのだが、僕もラヴィニアもあまり頻繁に清涼飲料水は飲まない。したがって買い置きもない。だが、かといって牛乳を飲むのが望ましいかと考えると、これは微妙だ。僕は専門家ではないが、牛乳よりは水の方がいい気もする。

 仕方ないので水と塩を含んだのど飴を持ってラヴィニアの待つリビングに向かう。


 「ラヴィニアー、水持って来たー」

 「すまないな、何から何まで」

 

 既に姿勢を正していたラヴィニアは、僅かに身体を乗り出して僕の差し出したグラスに手を伸ばす。

 そして、手の届く直前にぴたりと動きを止めた。


 「ラヴィニア、どうしたの?」

 「え、え……!?」


 ラヴィニアは一瞬目を見開くと、恐る恐るといった様子で自分の足元を見下ろした。

 そして、姿勢を変える為に、ほんの少しだけフローリングを踏みしめていた足を突然持ち上げた。


 「いっ、なっ、いたたたたたたたた!?」

 「ええーっ!?」


 僕は流石に度肝を抜かれた。

 自分の足を持ち上げて悶絶しているので、少しだけスカート内が見えた気もしたが、それを意識しない程には驚いていた。


 一日二度のこむら返りというのは別段珍しいわけではない。治まったと思った途端に再発なんていうのはよくある事だ。

 しかし、右のふくらはぎを攣った後に左の土踏まずを攣るというのは中々ないパターンだ。確かに昨日は激しい運動をしたし、水分や栄養の補給も充分ではないし、睡眠も万全というわけではないが。


 (あれ? こむら返るための諸条件はそろっているわけか)


 僕は意識のどこかで冷静に分析しつつ、水をテーブルに置いてラヴィニアの足を再び捕まえる。

 するするとソックスを脱がせて確認すると、案の定、親指が人差し指の下に潜り込むような形で引き攣っていた。土踏まずは、やはりカチカチに固まっている。

 僕は土踏まずを押さえながら、親指をゆっくりと反らせてやる。


 「あぐっ! ……はあ」

 

 ラヴィニアは短い悲鳴の後、小さく溜息を吐いた。


 「……早めに水分と塩分摂ろう。それから身体をほぐした方がいい」

 「あ、ああ。そうさせてもらう。何度もすまない……」


 僕は水とのど飴を手渡し、午後の予定を組み直す。

 昼食はデリバリーのピザか出前でも取って、ラヴィニアのストレッチと休養に付き合った方がいいだろう。まだ疲れが抜けきってないようだし、身体をほぐすなら二人でやった方がいい筈だ。


 「……それはそれで楽しいかもしれない」

 「?」


 ラヴィニアがのど飴を舐めながら不思議そうな視線を向けてきたが、僕は気付かぬふりで腕を組む。

 

 その日、僕たちはピザをたらふく食べ、互いの身体をここぞとばかりに弄り合ったのだが、それはまた別のお話。






 なお、この不思議で魅力的な現象について、僕は全くの素人だ。

 仮にあなたがこむら返った時には、きちんとした医療的な知識に基づく手当を行って欲しい。それが僕の願いだ。

 


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