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正也とラヴィニアの有り得たカタチ:没ネタサルベージ 夢オチ パラレル


 不思議な事に、私はそこが夢の中だと自覚していた。

 普段なら、どんなに非現実的な光景を目にしても、それを夢だ現実だと意識することはない。ただ目の前の事象に反射的な反応が現れるだけだ。

 その夜に見た光景も、極めて非現実的な光景だったし、私はそれに対して感慨を抱くこともなかった。

 写真、ならばもう少し感情移入したかもしれない。目の前の現実ではないにしろ、それはどこかで存在した現実なのだ。どちらかと言えば、絵画を見るような感覚だろうか。

 写実的な物ではなく、それこそ夢を絵にしたような、美に魅入られることはあっても現実感を見出すことは難しい光景。


 星の海に、廃墟が浮いていた。

 

 漆黒の宇宙にぶちまけられた星光の海の中に、その朽ちた街は漂っていた。

 詳しい構造には意識が向かなかった。だから私は土台となる土地もなく、廃墟と化したビルや、その合間を這い回るアスファルトの路面を特におかしく思うこともなかった。

 私は何故自分がそこにいるのか疑問に思うこともなく、ただ当たり前の様に死んだ街並みを歩く。


 ふと、耳に騒音が響いた。

 けたたましいエンジン音を始めとする機械音、瓦礫の崩れる音、そして砲声と銃声。

 現実ならば神経を張りつめて警戒するだろう物騒な物音を聞いても、私はなんの感情も抱かなかった。


 身を守るという思考さえ意識せず、ビルの陰から這い出して来る物々しい車両に目をやる。

 戦車、というには曲面の多い、しかし確かに砲塔を備えた未知の鉄塊が姿を現し、砲火で周囲を照らした。

 轟音と爆風に私は吹き飛ばされるが、衝撃も痛みも感じることなく地面に落下し、平然と立ち上がる。この状況でも、私の心にはさざ波一つ立はしなかった。


 私はのんびりと立ち上がり、眼前で繰り広げられる戦闘を眺めていた。

 血に染まり、よたよたと逃げ回る人々。あるいはその辺りに散らばる死体―否、血と肉の破片を踏み潰し、一人の少年が歩んでいる。


 真っ黒な光沢のある、全身の覆うスーツは戦闘服だろうか。肩や腰、股間や膝といった急所に硬質な装甲を纏い、無骨なライフルを抱えて無表情に歩いている。

 自身も負傷し、額の皮膚は剥がれ、内部から金属質の骨格が顔を覗かせている。

 流れ出る血で真っ赤に染まってはいたが、それは紛れもない私の主人―本条正也の顔だった。

 無表情に、死体の山を踏み歩きながら、およそ人間的な感情を感じさせない動きでライフルを構え、動く物を手当たり次第に銃撃している。傍目には抵抗の力も無さげな怪我人や幼子、あるいは痙攣するだけの首のない身体に、淡々と銃弾を叩き込んでいる。


 悍ましく、怖ろしい光景だった。

 心優しい主が酷い傷を負いながら、無力な生き物を淡々と虐殺している光景。

 だが、私はそれにもまったく、感情を揺り動かされなかった。

 心のどこかで、あれはご主人ではないという思いはあったが、それは信じがたい光景への拒絶ではなく、傷口から覗く金属質の骨格、皮膚の裂け目から飛び散る火花を観察し、あれがご主人ではないと推察した冷静な思考に過ぎない。

 何故、その時だけまともに思考が働いたのかは分からないが、とにかく私はそう理解していた。


 そうこうする内にご主人は、否、ご主人に瓜二つの兵士は胴体から鮮血を散らして倒れた。

 どうやら、どこかから銃撃されたらしい。


 私は数分間、倒れ伏した兵士を眺めていたが、やがて飽きた様にその場を立ち去った。




 一歩踏み出した時、私は星の海を漂っていた。

 

 周囲を見渡しても、そこには路面もビルもない。暗黒の世界と、そこに浮かぶ無数の光だけがあった。

 いや、違う。よく見れば遠くに廃墟の群れが浮いている。恐らく先程まで自分が歩いていただろう朽ちた街だ。


 私は地面もないのにそこに向けて一歩踏み出し、次の瞬間には高層ビルの屋上に立っていた。どうやら一歩で数キロは離れていた街に、大地も無しに歩み寄ったらしい。

 不思議な事の筈だが、やはりそれを不思議に思うこともなく、私は四角い足場の縁まで進む。


 そこには、一人の女が立っていた。

 金色の長髪を風に泳がせ、私には背を向けて遥か地上を見下ろしている。


 「そんなところで、何をしているんだ?」


 私は意識せずに声を掛けていた。

 自分でも何故問い掛けたのかは分からないが、夢とはそういうものだろう。自分の行動にも思考にも、予測も反応も出来ずに、私はただ問い掛けただけだ。


 「さあ、何をしているんだろうな」


 女な随分と悲しげな声で呟き、振り向いた。

 驚くべき光景が私の視界に飛び込んできたが、それでも私は驚かず、無表情に眼前の女を眺める。


 女は私によく似ていた。いや、そういうレベルの話ではない。

 私がもう少し齢を経れば、確実にこの顔立ちになるだろうという確信が持てる程に、ほぼ同一の顔がそこにはあった。

 だから私は何の疑いもなく、この女が自分だと理解できた。


 「何を見ていた?」

 「あの男を見ていた」


 女の隣に立ち、その視線を追う。

 小さなビルの屋上で、黒い戦闘服の兵士がナイフを手に駆けていた。

 さっき、銃撃されて倒れた兵士だ。だが、その顔には感情が蘇り、鋭い目つきをしている。


 「あの男は、私のご主人によく似ている」

 「おまえの?」


 私の言葉に、女は少し驚いた様子を見せたが、やがて優しく微笑み(少し悲しげではあったが)頷いた。


 「そうか。おまえはあれに仕えたか」

 「うむ。優しく、頼もしい自慢の主だ」 

 

 答えに満足したのか、女はもう一度頷いて兵士に視線を戻した。


 「あれは、おまえの主か?」

 「いいや。あれは私の犠牲者だ」


 女の返答の意味は分からなかった。

 疑問は抱かなかったが、私は反射的に「犠牲者?」とおうむ返しに訊き返していた。


 「ああ。私のせいで、あれは長い長い戦いを続けている」

 「何故戦っているんだ?」

 「私が呪ったからだ。この手で殺せないなら、せめて苦しみ続けろとな」


 今度は明確に悲しげな顔で、女は答えた。

 

 「私はあれに家族を殺された。大勢の無辜の民が、あれに殺されるところも見てきた」

 「そうか。だから呪ったのか」

 「ああ。家族の仇討ちにと、戦火の中を探し回り、ようやくあれを見つけた瞬間、あれは流れ弾に倒れた」


 私はついさっき見た光景を思い返した。

 思考も何もすっとばして、あれがその時の光景だと直感した。


 「私は絶望しかけた。復讐の対象が眼前で勝手に死ぬなど、とても受け入れられなかった。だから、私はあれを直した」

 「あのご主人は、機械の身体を持っていたな」

 「おまえの主は生身か。が、あれの身体は大部分が機械だった。死に物狂いで直した。この手できちんと殺すために、その為に直した」

 「そうか。殺せたのか?」

 「いや。ある程度機能を回復させ、意識も戻り、いざ殺そうという時に、今度は私が流れ弾を受けた」

 「惜しかったな」

 「ああ。あの時即死していれば、私はあれに呪いを掛けずに済んだんだがな」

 「後悔しているのか?」

 「ああ、している」


 女は暗い顔で答えた。声も生気に欠け、どこか死人と話しているような気持になった。いや、事実女は自分を死者と説明している。

 だが、それを深く考えることもなく、私は話に聞き入っていた。


 「死ぬ間際、私はありったけの呪いの言葉を浴びせかけた。罵詈雑言、というにも少し過激すぎるか。とにかく、ひたすらあれを罵り、恨みをぶつけた」

 「それで、あれはどうした?」

 「当初のことは分からない。私は死んで、気付いたらここに居たからな。だが、それでもあれを探し回った。もう肉体が無い以上、あれが死ぬ様子だけは見届けたいと思った。それが、失敗だった」

 「失敗……」

 「あれを見つけ、観察する内に、色々と知りたくない事を知ってしまった。あれの身の上を知ってしまったんだ」

 「身の上を聞いて、後悔したのか」

 「そうだ。あれが私の言葉を受け、贖罪の戦いを始めた事を知った時、私は憤った。あれだけ大勢を殺しておいて、今さら償いとは、なんて身勝手な話だとな。だが、その内に私は恨みの大前提が間違っている事を知ってしまった」

 「やはり。あれは自分の意思で殺戮を繰り広げたわけではないのだな。そんな顔だ」

 「そう。あれはただの被害者。軍部に拉致され、高性能な兵器に作り替えられただけの犠牲者だった。優れた制御機構以上の意味を剥奪された脳は、好き勝手に動く機械の身体に閉じ込められ、部品として使われていたに過ぎなかった」

 「暗黒技術で製造された兵器は、その兵器さえもが犠牲者というわけか」

 「そうだ。つまりあれは、内心でのたうちながら殺戮に従事させられ、軍部に向けなくてはいけない恨みと憎しみを一身にぶつけられてしまった」


 女の声が微かに震えた。眼下で異形の影と戦っている兵士を見つめるその瞳さえ、微かに揺れているように見受けられる。

 女が何を考えているのか、などと私は意識しなかった。どこまでも客観的に観察し、冷静で無感情に佇むだけだ。


 「苦痛と罪悪感にのたうちながら、それでも稼働を止めない身体がようやく壊れた時、私がそれを直してしまった。やっと死ねると安堵した時、私が無理矢理命を繋ぎ、呪いを残して目の前で死んだ。悪い事に、あれの身体の自由だけは取り戻させてから、な」

 「それが、おまえの言う呪いか」

 「結果、あれは他人の罪と恨みを背負わされた。今は、破滅的な支配への反抗の先頭に立っている。一人でも多く救う事が、あれの償いだそうだ」

 「悔いているなら、伝えてやればいい。気に病むことはない、おまえは悪くない、と」

 「私は死人だ。観察は出来ても干渉は不可能だ。そしてあれは、決して死なないだろう。自分が完全に機械になっても戦いを、償いを続ける。人の肉体を完全に捨てても戦いをやめない」

 「もう、会うことは出来ないのか?」

 「だろうな。既に、あれの意識は機械と同化しつつある。そう遠くない内にあれの意識は0と1の集合体に置き換えられる。それがあれの意識の最期だろう。別物と溶け合わさった意識は、私の様に漂うこともない。水に溶かした塗料の様に、形も意味もなく拡散して薄まり、やがて消える」

 「そうか」


 言うべき言葉が見つからず、いや、特に何か言おうとも思わず、私は口を噤んだ。

 女は相変わらず、悲しそうに兵士の戦いを見つめている。

 

 ふと、ご主人の顔が思い浮かんだ。

 もしかすると、私とご主人も、これと似たような関係になっていた可能性に思い至ったからだ。

 

 同時に、世界が塗り替わり始めた。

 

 ご主人の顔から連想したのか、私とご主人が出会った頃の記憶が、この夢を塗りつぶし始めた。墨を水に溶かしたように景色が揺らぎ、代わりに全く異なる風景が浮かび上がってくる。

 平和な街、困ったように微笑むご主人、迫る悪意とそれを迎え撃つ気のいい市民達。私を助ける為に血を吐き、倒れ、それでも立ち上がるご主人の姿が映画の様に流れていく。


 「なるほど。確かに自慢したくなるような主人だな」

 

 ふと、女が声を掛けてきた。

 やはり物悲しげに微笑み、労わるような、羨むような視線を向けてくる。

 初めて、私は心にざわつきを覚えた。


 「決して、私達の様な関係になってくれるなよ」

 「待て、おまえは……」

 「永遠に罪悪感に苛まれるというのは、中々に辛いからな」

 「待て。それはおまえの罪というわけでも……」


 言い終わる前に、私は目を覚ましていた。

 

 「……」

 

 ゆっくりと上体を起こし、辺りを見渡す。

 ご主人があてがってくれた私室だ。あまり飾り気はないが、それでも家具や小物は少しずつ増えている小奇麗な部屋。窓はまだ暗いコバルト色に染まっているので、恐らくは早朝と言っていい時間帯だろう。


 私は、ゆっくりと自分の身体を抱きしめた。

 まるで自分の物ではないかのように、勝手に身体が震えていた。頭から氷水を浴びせられたような悪寒と、言い様の無い恐怖感が自然と身体を震わせていた。

 そこでようやく、私は自分が夢を見ていた事を思い出した。

 ご主人と同じ顔の、理不尽に罪を背負わされた殺戮者と、自分が成長したかのような、果ての無い後悔という煉獄に幽閉された罪人。

 自分の夢が何を意味するのかは、全く分からない。


 いや、夢は夢だ。そこに意味も何もありはしない。

 単に脳に浮かんだ情報を基に、つまらない連想やこじつけで造りだされた、与太話以下の妄想に過ぎない。

 だが、私は理屈も何もなく、ただただ深い哀しみを感じていた。

 あの二人は、ただの妄想の産物だ。自分の無意識に作られた、その場限りの架空の幻想だ。それが分っていながら、私は深い嘆きと憐みを抑えきれず、嗚咽を漏らした。


 そうなれば止まらない。

 恐れや悲しみ、哀れみが怒涛の様に襲い掛かり、私の理性は瞬く間に押し流されてしまった。


 半ばパニックに陥った私は、布団を撥ね退け、ベッドから飛び降りて部屋を飛び出した。

 ようやく薄暗いと言えるだけの明るさを得始めている廊下を駆け抜け、半狂乱でご主人―本条正也の部屋へと急ぐ。

 礼儀も何もない。私はノックもすることなくドアを開け、主の寝所へと飛び込んだ。ぐっすりとベッドの上で眠るご主人へと、逃げ込むように飛びつく。


 「ん……ううぅっ? らヴィに……ア? ん~、どうしたのいきなり……」


 安眠を妨げられたご主人は朦朧としつつ、それでも目を覚まして事情を尋ねてくれた。


 「す、すまない……恐ろしい、いや、ひどく哀しい夢をみた……」


 無礼への謝罪もそこそこに、私はどうにかそれだけを訴えた。がたがたと震える身体を必死に抑え、主の身体にしがみ付く。


 「……」


 私の様子にただならぬ物を感じたらしく、ご主人は身を起こし、軽く頭を振って私の顔を覗き込んだ。


 「大丈夫? かなりよくなさそうな様子だけど」

 「ああ、大丈夫だ……」


 反射的に大丈夫と答えるが、内心は恐慌一歩手前だった。

 あんなにも薄気味悪く、そのくせ哀れな夢は初めてだ。私は溺れる子供の様な必死さでご主人の身体にしがみ付く。


 「ラヴィニア、おいで」


 と、ご主人はそんな私をぐいと抱き寄せ、ベッドに引き摺り倒してそのまま布団を被せた。


 「もう一眠りしなよ。僕が一緒に居るから、怖がることも、悲しむこともない。夢は夢だ。一時の幻だよ」

 「そう、か。そうだな……」


 現金なもので、ご主人の体温の残る暖かな布団に包まれ、そして直接ご主人に抱かれると、荒れ狂っていた哀しみと不安はかなり和らいだ。

 しっかりとこの場に存在するご主人に、現実を意識できたからかもしれない。

 

 「どんな夢……いや、後で聞こうか。もう大丈夫? なんなら、気晴らしにドライブでも行く? まだ顔色が悪そうだけど」

 「いや、大丈夫だ。ただ、もう少しこうしていさせてくれるとありがたい……」

 「わかった。何か希望があったら言って。出来るだけ応えるから」

 「ああ、ありがとう」


 珍しく、私はご主人に抱かれた喜びよりも、夢から覚めた安堵を強く感じていた。

 そうだ。夢はあくまでも夢、実際にあんな出来事が起きたわけではない。だれも、悲しんだり苦しんだりはしていない。あの哀れな二人はあくまでも幻想、存在しない幻でしかない。


 ようやく、体の震えが収まりつつある。

 

 私はそのままご主人にしがみ付き、朝を迎えた。あの夢が何だったのかは、考えるだけ意味のない事だ。

 自分はうたかたのおとぎ話を読んでいただけだ。私は再びうとうとしつつあるご主人の顔を見つめ、そして所詮は夢と思いつつも、どこかであの二人の冥福を祈っていた。


 

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