ラヴィニアのおやつー若干怪しい昼下がりーある意味正しい主従の食事:指チュパ
「ラヴィニア、はちみつ舐める?」
ソファーでくつろぐご主人は、私の頭を撫でながらそう問うた。
「ん、頂こう」
ご主人の足元に跪き、膝の上で髪を撫でられていた私は、身を起こして答えた。
はちみつを舐める。
そう聞くと単なる間食、おやつにしか聞こえないが、私達主従の間に置いては、それはコミュニケーション、スキンシップも意味する。
ご主人がキッチンにはちみつを取りに向かう間、私は姿見に映った自分を睨み、身だしなみを整える。
今日の私の服装は黒を基調にしていた。
下から、膝上まである黒いソックス、やはり黒のスカートとシャツ。下地は黒一色に統一されているが、その上には暖色を着用している。
赤いベストを着込み、いつもならネクタイを巻いている襟の内側には褐色の首輪、二の腕、手首、膝上、足首に着けられた革の枷と同じ材質だ。
「……ふむ」
別段おかしいところはない。
いや、世間一般的に見てこの服装がだいぶおかしいことは理解しているが、服装に乱れはない。今はそれで十分なのだ。
ご主人ははちみつの入った小瓶を持ってくると、どっかりとソファーに再び腰を下ろした。先ほどまでの、どこか慎ましい掛け方ではなく、不遜ささえ感じさせる堂々とした格好だ。
いつものにこにことした笑顔を私に向け、「おいでおいで」と手招きする。
私は最後にもう一度、自分の姿を上から下へ一目見やり、おかしな点が無い事を確認すると、ご主人の下へと小走りに駆け寄る。
普段は室内で走るような真似は控えているのだが、こういう時はご主人の下へ即座に駆け付けることにしていた。首輪の背面から垂れ、背中で揺れる短い鎖がじゃらじゃらと音を立てる。
ご主人は側に控えた私の腕を掴み、ぐいと引き下ろして跪かせる。一見乱暴な行為に見えるが、ご主人はその辺りの力加減が恐ろしく巧みだった。兵士が命を預ける武器を扱うように、丁寧さと粗暴さを兼ね備えた非常に高度な力加減だ。
私は促されるままに跪いたままご主人に背を向け、肩越しに「頼む」とだけ伝える。
直後、微かに革の帯が首を絞める。背面から伸びる鎖をご主人が引いたのだ。そして優しく、だが反抗を許さない力強さで両手が背中に捻じり上げられる。
カチリ、と冷たい金属音が響き、右手の自由が利かなくなった。手首に巻かれた革手錠が鎖に繋がれた音だ。そのまま左手首が右手首に連結され、私は後ろ手に縛られた両手を下ろすことが出来なくなった。無理に動かせば首が締まってしまうこの構造は良くできていると、私は他人事のように感心した。
「はい、出来たよ」
「ああ、ありがとうご主人」
屈辱的に縛られて礼を言うというのもおかしな話だが、この人のいいご主人に限れば、私は縛られることが嫌いではなかった。否、至福と言ってもいいだろう。
元々私に被虐的な素質があった、と言われれば否定できない。サキュバスという自分の種族を考えれば別段おかしなことではない。
それでも日常の一コマ、男女の営みがどうこうとはあまり関係のない所でも、その屈辱的な扱いに安寧と満足を感じるのは、偏にご主人の包容力、ヒーリング能力の高さによるものだと私は考えている。
性的な物を一切感じさせない愛撫でも、とにかく優しく、溺れてしまいそうな心地よさを私に与えてくれるのだ。髪を撫でつけ、頬を擦り、時に優しく抱き抱えてくれるご主人は、もう何百年と私が忘れていた温もりや安心感を思い出させてくれるのだ。
誰かに甘えるというのは、こんなにも贅沢な事かと、しきりに感心する最近である。
「さて、と」
ご主人は私の両脇に手を滑り込ませて抱え上げ、自分の膝の上に跨らせた。
主人の足に跨るというのは、奴隷として決して褒められる行為ではないが、それが主人の意向ならば止むを得まい。そう自分を納得させ、私はじっとご主人の顔を見つめる。ご主人もそれに応じるかのように、じっと私の姿を眺めている。
これは率直に言ってかなり恥ずかしい。惨めに縛り上げられた姿をじっと鑑賞されても何とも思わない程、私の羞恥心は錆びついてはいない。向かい合って膝の上に跨るだけでもそうとうに恥ずかしいというのに。
だが、羞恥と嫌悪は同一ではない。それこそ恥ずかしい話だが、その屈辱に心地よさを覚えていることも、否定しようがない事実ではあった。
そんな私の恥じらいに満足したのか、ご主人は小さく微笑み、私の頬を一撫ですると脇に置いてあったはちみつの小瓶を手に取った。
スプーンで中身を掬い取り、蓋の上にたっぷりと垂らすと、そこに自分の人差し指を差し込み、念入りに塗りつける。
先端から付け根まで、指の腹も背も側面も、漬け込むようにじっくりと塗りたくると、私の顔の前に蜜の滴る指を突きつける。
「では……失礼する」
私は生唾を飲み込むと、ご主人の指を口に咥えこんだ。
甘い味覚と柔らかい肌、筋肉の感覚が舌の上に広がる。ただはちみつを舐めるよりもずっと甘美な感覚が、ぞくぞくと背筋を走る。
甘味を味わうよりも、ご主人の指を味わいたくて、舌を絡め、唇で撫でる。すべすべとした皮膚の舌触りを堪能しながら、じっと被虐的な気分に浸る。
なんてみっともない姿を自分は晒しているのだろう。
後ろ手に縛られたまま、赤ん坊の様に指をしゃぶっているのだ。頬が朱に染まるのを実感しながら、しかし心の奥底から、恍惚とさせる衝動が湧き上がってくることは抑えられない。屈辱的な快感を覚えながら、私は一度ご主人の指から口を離す。
蜜は一滴残らず舐め取られ、代わりに私の唾液に濡れた人差し指に口づける。
自分の不浄な唾液に濡れた主の指を唇で拭くことで、主に感謝の意を示すのが私の流儀だ。
「ん……」
最後に一度、指先に口づけし、私は一度身を引いた。
ご主人は顔を上気させ、微かに息の上がっている私を見て優しく微笑み、しかしどこまでも嗜虐的な顔で言った。
「おかわりは?」
「い……いただき、ます」
被虐心を刺激された私は、思わず口調を改めて頷いた。
どうやらどこか怪しい間食の時間はもう少し続きそうだ。