正也の疑問ー恐怖の脚ーどうでもよい生理現象への私的考察:足ビクッ 夢 ジャーキング
時折、僕は夢を見る。
いや、夢自体はしょっちゅう見ているのだけれど、たまに見るある特定の内容の夢。
高所から落っこちる夢だ。
仕事柄、高い所へ跳んだり、逆に落ちたりすることは多いから、変にリアリティーがあって困る。
何が楽しくてそんな夢を見るんだろう。僕の脳内には、落下を連想させる情報で溢れかえっているとでもいうのか?
まあ、この手の夢自体はポピュラーらしいから、見ること自体はさほど気にしていないが、実は切実な問題と抱えてもいる。
ジャーキングと呼ばれるらしい忌まわしい現象。
睡眠中に足がビクッとなるあれ。あれによって、僕は何度か壁に足をぶつけ、布団の中でもぞもぞとのた打ち回った事がある。
深い眠りの中ならともかく、あのビクッとくる瞬間は結構眠りが浅い事が多い。当然、脳も痛みを律儀に感じ取り、せっかくの心地いい微睡がぶち壊しになってしまう。
いや、あのビクッ自体がかなり煩わしい時がある。基本的には面白い現象だし、不快とまで思わないが、たまにあれで起こされるとひどく損をした気になる。折角の微睡なんだから、邪魔はして欲しくない。
あまりに頭に来たので一度簡単に調べては見たが、原因も対策も、満足のいく情報は得られなかった。
仮説や大まかな概要はいろんなところで見つかるのだが、どうにも納得いく説明がない。
脳の誤作動という極めて大雑把な説明をすれば、それは大間違いではないのだろうが、それで満足出来るかとなるとそうではない。
理不尽で馬鹿馬鹿しくて、しかし興味を引くあの間抜けな現象は、僕に一つの疑問を突きつけたのだ。
落下する夢を見たから、脳が足をビクッとさせたのか、それとも足がビクッとしたから、脳が落下する夢を形成したのか、という疑問だ。
どうでもいいことこの上ない。
解明したところで、僕の生活に何か変化があるとも思えないささやかでしょうもない疑問。
だが、疑問は疑問だ。
恐らくは解明される望みは薄いのだろうが、気になるものは仕方ない。
前者だとすれば、一体なぜ、そんな落っこちる夢ばかり見るのか、という疑問が湧く。
確かに横になっている間、足の裏は何も踏みしめていないから、脳が落下中と判断する可能性はあるとは思うが、身体はしっかりと床に接しているんだから、ちょっとしっかりして欲しいとも思う。
いや、睡眠中は合理的な判断なんて出来ないのだから、何も踏んでない=落下という理屈が成り立つのも無理はない。「でも身体は地面に着いてるよ?」なんて答えあわせをするような理論的な思考は存在しないのだ。
後者だとすれば、ビクッとなってから意識がはっきりするまでの一瞬の間に、どうやって脳は随分と複雑で、体感時間が少なくとも数分はある夢を作り出すのか、という問題が生まれる。
だが、珍しい事ではない。
人間が眠るのは基本的に一晩だけだ。しかし、実際問題として、夢の中で数日を過ごすことはそう稀有な事ではない。
では、もしかして夢の中で数日間を過ごしても、実際にはほんの数秒しか過ぎていないのだろうか。だとすれば人間の脳のでっち上げ能力には脱帽せざるを得ない。
ほんの一瞬で風景や音、思考や状況の変化を無意識に組み立てているのだ。これはすごい事だろう。
「いや、待てよ?」
だがそれはちょっと凄すぎる。
もしかしたら、夢の中で起こったのは、映画のあらすじを読むような非常に大雑把な意識の変化だけで、細かいディティールや思考は、ある程度目が覚めてから後付けで補正しているという可能性もある。
夢の中で書いたあらすじに、覚醒途中、もしくは覚醒後に辻褄合わせの映像や記憶、感覚をでっち上げているという可能性を誰が否定できるだろうか。
しかし、そうなると夢とはどこからどこまでということになるのだろう。もしこの妄想と合致する例が存在するなら、人は起きたまま夢を見ていることになる。
「ううむ……」
僕は窓から午後の日差しを睨み、腕組みをして唸った。
「すぅ、すぅ、……」
可愛らしい寝息のする方を振り向くと、最近僕に仕えてくれている、やはり可愛らしい少女の姿が目に入った。
来客用のソファーに行儀よく腰かけて仮眠を取る姿に思わず微笑ましい気持ちになる。
「ふむ」
そして、眠りながらもお行儀よくソファーに座っている彼女の姿を見た僕の脳裏に、悪魔的アイデアが浮かび上がる。
この子は、脚がビクッとなった時、どんな反応をするのだろうか、と。
思い立ったら僕の行動は速い。
足音を殺して彼女の側まで忍び寄り、しゃがみこんでその膝頭に狙いを定める。
脚気検査を思い出して欲しい。
膝頭のある一点をコツンと叩くと、脳の前に脊髄が反射的な反応を返し、足が勝手に跳ねるあのおもしろおかしい検査だ。
もし眠っている時に脚がビクッとなったら、彼女は一瞬で落下する夢を見るのだろうかという疑問もさることながら、この生真面目で凛とした少女が睡眠中にビクッとなる姿を見ることが出来れば、さぞや愉快だろうという邪な思いも多分にある。
僕は唇を引き攣らせるように笑い、デコピンの要領で中指に力を溜め込んだ。
「……えいっ」
無邪気な寝顔を見せるあどけない少女に対する不意打ちの脚気検査を実施する罪悪感を押し殺し、僕は邪念のこもった指を解放した。
刹那、小鹿の様に細い脚は劇的な反応を見せた。
常人を遥かに越えた力を備えたその脚は、恐るべき反応速度と瞬発力を発揮し、期待以上の動きを見せた。
一瞬の間に蹴り上げられた足は僕の顎を直撃し、そのまま蹴倒した。
「ぐっ……!?」
仰向けに倒れ込む直前、ビックリしたように跳ね起きる可愛らしい姿が目に入った様な気がしたが、それを確認する前に僕の意識は遠くなる。
背中から床に打ち付けられた僕は、沈みゆく意識の中で一つの結論に辿り着いた。
人体って不思議。