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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

トイレさん

作者: さとうさぎ

「……幽霊ねぇ」

 俺は便器の裏に落ちている薄汚れたコンドームを眺めながら呟いた。

 ここは件の西校舎一階の男子トイレ。真ん中の個室。

 好奇心旺盛、かつ新聞部所属の俺、蓮堂大毅れんどうだいきは、怪談話の真相を確かめるべく、最終下校時刻を過ぎた学校に残り、今まさにコトの真相を暴いている最中である。もちろんトイレに人影はない。

「もしかすると、って思ってたけど、まさかこうもあっさりと物証が見つかるなんてな」

 これで確定だ。

 噂のトイレは、ただのヤリ部屋だった。漏れ出る嬌声をどこぞのバカが勘違いして変な噂を垂れ流したのだろう。まぁ、予想していたからこそ、最終下校時刻を過ぎた今頃にこうして調べに来ているわけだが。

 さて、どう書いたものか。

 ネタがネタだけに、事実を暴露するのも悪くはないかもしれない。エロとグロは、いつの時代も大衆を沸き立たせるものだ。

 そんなことを考えていると、あるものが目に入った。

 落書きである。それも、割と大量に。

 確認してみたが、三つの個室のうち、何故か真ん中の個室だけ妙に落書きが多い。




授業めんどいわ〜 H・K


6組の谷さんのカラダエロ過ぎ抜いた N


ちょwww なんかイカ臭いと思ったらお前かよwww


おまえらの好きな曲を書いてこうぜ O


monster liveとか


彼女募集中! U


↑ここで募集してどーするんだよ




「……バカばっかりだな、ホントに」

 アルファベット一文字の奴は、特定を恐れているのだろうか。誰も気にするはずがないのにご苦労なことだ。

 あと、イニシャルだけで彼女を募集するのも気が触れてるとしか思えない。

「……ん?」

 無数の落書きの中に、目にとまるものがあった。




おい、コンドーム落ちてんぞwww心霊スポットどころかただのヤリ部屋じゃねーかwww A・T




 おや、もう既に誰か他の生徒が噂の真相に辿り着いていたようだ。ちょっと悔しい。

 しかし、A・Tか……。苗字がタ行で名前は‘あ’から始まる奴……頑張れば特定できそうな気がするな。

 とりあえず、続きがあるので読んでみることにする。




なんだ童貞か

嫉妬乙 S


は? 嫉妬じゃねーし A・T


童貞乙 K


童貞じゃねーし! A・T


溜まってるならわたしとセックスしない? A・T君 J


え? なに? あんた女? A・T


うん




「……女? このトイレの個室に?」

 普通に考えればこの男子トイレの個室に女子生徒がやってくる可能性は低いだろう。

 まして、ここを秘密裏に利用している雌豚にすれば、彼氏との軋轢を生む原因になりかねないこんな落書きを書くメリットはない……はずだ。不特定多数の男とヤりたい淫乱という可能性もなくはないが。

 ということは、このJの落書きは他の男子生徒が悪戯で書いた可能性が非常に高い。というか、十中八九そうだろう。




……本気で言ってんの? A・T


うん たくさん出させてあげる


どうせ釣りだろ? A・T


釣りってなに?




「…………」

 なんだろう。この感じ。

 ……違和感? 何に対して?

 どうせ釣りだろ? に対する返事が、釣りってなに? というのは、別にそこまで違和感を覚えるものじゃないはずだ。無垢だなーと思うだけで。

 ……なんとなく釈然としないものを感じながらも、続きを読み進める。




……まあいいや。え? ホントにいいの? A・T


うん たくさん吸ってあげる


じゃあ6月14日の6時に、ここに集合でいい? A・T


いいよ

楽しみにしてるね




 落書きはここで終わっている。

 ……あれ? 今日って何日だっけ?

 そんなことを考えながら、俺はスマホを取り出した。

 6月14日 17:52

 ディスプレイには確かにそう表示されている。

「……出るか」





 トイレから出た俺は、近くの手洗い場の下に隠れていた。

 ここなら、身長が極端に低い奴じゃない限り死角であるため、まずバレる心配はない。しかも、トイレのドアが正面にきているというオマケ付き。

 俺がこんなところに隠れている理由は、A・T君と謎の女子生徒の正体を突き止めるためだ。



 ……程なくして、一人の男子生徒がやってきた。キョロキョロと辺りを見回しながら、ゆっくりと歩いている。

「……マジかよ、安藤じゃねーか」

 驚くことに、その男子生徒は、同じクラスの安藤であった。

 俺も人のことなど言えないが、安藤は俺から見てもかなり真面目な生徒である。……安藤? 安藤のフルネームは確か……安藤哲也あんどうてつや。A・T……いや、安藤哲也のイニシャルをとったらT・Aになるはずだ。

 ……でも、日本ではイニシャルの定義がかなり曖昧である。苗字を頭に持ってくる奴がいても何ら不思議じゃない。

 ……この時間にこのトイレに来たことからも、間違いないだろう。A・Tの正体は安藤哲也だ。

 ここで、さっきの落書きをもう一度思い出してみる。

 そういえば、Jの落書きには、一つ目の落書き以降、自分の名前、つまりJという目印をつけていなかった。

 ……俺は、それに引っかかったということか?

 安藤はまだトイレの前で右往左往している。

 ……もしかしたら。

 あのJという人物と、二番目以降の落書きの人物は、全くの他人なのではないだろうか。

 何となく……文章の書き方というか……普段から新聞記事などの文章を書いている俺としては、一番目と二番目以降の落書きには、かなり違和感を感じたのだ。

 まぁ、だからといって何が変わるわけでもない。安藤と見ず知らずの女子生徒がセックスして終わり。

 ……そうだ。これ以上ここにいても何の収穫もないだろう。時間の無駄だ。

 帰ろう。

 俺は当初の、女子生徒の名前を突き止めるという目的を忘れていた。

 なんとなく、嫌な予感がする。こういう時の嫌な予感は当たるものだ。

 もう六時五分だが、女子生徒の方は、まだ来ていない。

「……あー、もういいや。俺が先に入っとこ」

 安藤はじれったくなったのか、もう待ちきれないとばかりに、トイレのドアを開けた。

 安藤が背中を向けている隙に、俺は、手洗い場の下から出ようと



「なんだ、先にもう入ってたのか」



 安藤の気の抜けたような声が聞こえた。

 俺は耳を疑った。そして目を。

「え……」

 俺は確かに見た。

 安藤の背中の向こうに。



 真ん中の個室が閉まっていた。



「――――っ!?」

 おかしい。

 俺はついさっきまで、あの個室に入っていた。

 トイレから出てからも、外からトイレのドアはずっと見張っていた。

 つまり、あの個室に誰か入っているなんてあり得ないのだ。

「いや……落ち着けよ。窓があるじゃねーか。きっとあそこから入ったんだ」

 そうだよ。きっとそうに違いない。そうじゃなきゃ説明がつかない。

 冷静さを取り戻した俺は、すぐに手洗い場の下から這い出た。

 トイレのドアは、何故か開きっぱなしになっている。ドアの向こうで真ん中の個室をノックする安藤の姿が見えた。

 そして、個室のドアが開いた。

 それは一瞬だった。



 安藤が個室の中に消えた。



「…………は?」

 思考がフリーズした。

 が、すぐに正気に戻る。

 ……今、一瞬だけ見えた、あの個室から伸びてきた手は。

 赤かった。



「たくさん出させてあげる」



 個室から、声がした。

 雑音と少女の澄んだ声が入り混じったような、そんな声が。

 そして、個室から何か硬いものが砕けるような音がした。その鈍い音は、途切れることなくトイレと廊下に連続して響く。同時に、耳に纏わりつくような、粘着質な音が聞こえてくる。それは、肉を咀嚼する時の音によく似ている気がした。個室の下の隙間から、大量に赤い液体が溢れ出て――――

 気がつくと、俺は走りだしていた。

 ――死にたくない――

 後ろは振り向かず、ただそれだけを考えて走った。







 翌日。

 自分の身体を無理矢理動かしながらも、俺は登校した。

 昨日は、家に辿り着いてからも、得体の知れない化け物が追ってくる気がして、一睡もできなかった。夜中に何度も泣きながら嘔吐を繰り返した。

 安藤は学校を欠席していた。

 他のクラスメイト達は、特に気にした様子もなかったが、真実を知っている俺だけは身体の震えが止まらなかった。友人たちにも、俺の異常な様子が伝わったのか、今日に限って誰も話しかけてこなかった。

 新聞も、当分は書けないだろう。







 あれから一年。

 俺はほぼ完全に立ち直っていた。新聞部にも復帰した。

 結局、安藤は行方不明ということになっている。手がかりは何ひとつないままだ。

 あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。

 あの日以来、俺は西校舎には近づかなくなった。だから、あの後一階の真ん中の個室がどうなっているのかは全く知らない。

 西校舎は、明日から取り壊されることが決定している。教師が理由を言っていたが聞いていなかった。

 俺は、再び西校舎一階の真ん中の個室を調べることを決意した。

 同じ新聞部の友人である田原と加藤の二人を誘って、例のトイレに向かった。

 時刻は午後四時過ぎ。遠くで野球部が練習する声が聞こえてくる。

 個室までの道のりはあっけないものだった。一年前と同じように、ドアを開く。

 普通のトイレだ。血痕の一つもない。多少変わったのは、ひとつだけ、落書きが増えていることぐらいである。




ごちそうさまでした




 誰のイニシャルも書いていないこの落書きが、今は逆に腑に落ちる。

「……やっぱ気味悪ぃな。もう行こうぜ」

 田原がそう言うと、二人はトイレから出て行った。

 俺も二人の後についていく。

 安藤、お前のことは忘れない。

 俺は一年前にあったことを全て新聞に書こうと思う。

 妄想だと笑われてもいい。不謹慎だと罵られても構わない。

 俺は、俺が正しいと思ったことを貫き通すまでだ。

「蓮堂! 早く行こうぜ!」

「ああ!」

 俺は、これからも生きて――



「遅くなってごめんね。あなたもたくさんださせてあげるね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 粗野で猥雑な文章に一瞬馴染めませんでしたが、改めてストーリーの内容から考えるとこれしかないという気がしています。 トイレに潜むものも、書き込みと口調等がとてもおそろしくてよかったです。 トイ…
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