首無し男、女を拾う
展開早いです。
あれ、ここどこだ……。
目を開けると木の天井が見える。木の質感をぼんやりと眺めながら、上体を起こす。その瞬間脳みそがどろどろにかき混ざられたような違和感に、思わず額に手を置いた。
……頭痛い。なんだこれ。
頭を抱えながら蹲っていると、物音がした。ちらりとそちらを向くと、木でできた扉から、ひょっこりと誰かがこちらを窺っていた。
……いや、語弊がある。窺うという言葉が当てはまらない。なぜなら、その『人』には、首から上が、無かったのだから。
「あの、そこのスプーンとってもらえませんか」
「……」
「ありがとうございます」
台所で昼食の準備をしている私の横には、首から上のない人。無駄に大きいその人は、なぜか私の横をちょろちょろとついてまわる。
手先でその人を追いやってからテーブルに皿を並べる。その人は慣れたようにスプーンとフォークを向いに一膳ずつ置いていく。そして手をあわせていただきます。
私がこの家に目覚めてから、早一年の月日がたった。この家の主である首無しの人は、家の前に倒れていた私を拾い、看病してくれたらしい。首無しの人が生きてるなんて日本、もとい地球ではありえないことだから、ここは異世界なんだと理解するのに時間はかからなかった。
私がこの世界に来る前に、仕事をクビになって酒を自分の部屋で飲み漁ってたせいか、泥酔状態でこの家の前で転がってたそうなのだ。両親も友達もいない私だから、日本に未練がなかったからよかったものの、ほかの子がこんなところに来ちゃったら、そりゃもう大騒ぎだろう。そう首無しにも話してやった。
首無しは口がない。だから、必然的に筆談となったのだが、あら不思議、この世界の言葉が私にはわかるのだ。これ幸いといろいろなことを首無しに聞いた。
首無しは異世界人の私にとてもよくしてくれた。私がいいなら、ここで家事をして住まないかと提案もしてくれたのだ。一年、私が衣食住に困らないで生きてこれたのも、ひとえに首無しの好意によってなのである。
「今日も仕事ですか?」
「……」
「なら、私は街に買い物に行ってきてもいいですか?」
「……」
「え、どうしてです?」
首無しはすらすらと紙に言葉を走らせる。
『なにかあったらどうするんだ』
「なにもないですって」
『襲われでもしたらどうするんだ』
……最近、首無しは私のお父さんのような発言をする。私の保護者であることはかわりないのだけれど。
私は首無しがお父さんモードになったら、頑として自分の意思を曲げないことを知っているので、ため息をまじえつつ、しぶしぶ了解した。
ご飯を食べ終わり、食器を片づけていると、いつものように首無しがまるで金魚のふんのように私にぴったりとついてくる。なにが楽しいのかわからないけれど、これは本当に心臓に悪い。
首無しで、顔が分からないが、こいつはれっきとした男なのだ。がたいの良い体をしている、男。
いくら雷にもビビる小心者であろうが、私とは異性であることにはかわらない。
それに……。
「うひゃ!!」
考え事をしていたら、後ろから抱きしめられた。数か月前からこういうスキンシップが増え、男に免疫のない私にはいささか苦行である。
「ちょ、放してください!!」
いくらじたばたと動いてみても、首無しの腕の中はびくともしない。
その事実に顔が火照るのを感じた。そう、私は私を拾ってくれた首無しに、あろうことか惚れてしまったのだ。初めて会ったとき、普通は首のないその姿に絶叫するものだが、おそるおそるこちらを窺っているその姿に思わず笑ってしまったものだ。
それから一緒に生活していくうちに、その気持ちはヒートアップし、恋だと認めたのは数か月前。
だから、スキンシップは本当に、本当につらいのだ。
「……だからっ、放してくださいってばっ!」
私は首無しの体を押そうと振り向いた。その瞬間、私の唇に、思いもよらない感覚が起こり、ぽかんとしてしまう。
え……、私が振り向いたのは、本来首無しの顔があるあたり。しかも、いまの感触って……。
呆然と自分の世界に浸かっていると、ぐいと首無しに今度は正面から抱きしめられた。
「やっと……やっとだ……」
ぽつりとこぼしたその声は、私の声ではなく。
反射的に見上げると、見慣れない……顔。顔?!
柔らかそうな茶色い髪に、真っ赤な瞳。形の良い唇からは嬉しそうなため息が漏れている。
私が放心している間に、首無し、いや、彼は私をさっさと寝室へつれていき、おいしくいただかれてしまった。
後で知ったのだが、悪い魔女に、愛した女に愛していると想いを告げることを許さず、なおかつ女自身からくちづけを貰わないととけない呪いを気まぐれでかけられ、他人に見られないように山奥でこもっていたところ、私が落ちてきたそうだ。私に一目ぼれしたものの、この姿で恐れられないか心配だったが笑顔を見せた私になんとしてもあんなことやこんなことをしたいと誓ったそうだ。
そんな下心満載の彼に、あっさり落ちてしまった私に鋭く気づいた彼は、スキンシップを増やし、あわよくば私からくちづけをしてくれることを待っていたのだそうだ。
……まぁ、幸せだから、いっか。
私はいまだにベッドから出してくれない愛しの元首無しを見つめた。
ちょっと書き方かえました!